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ススキノの顔、「エンペラー」が閉店

2006年08月11日掲 載

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エンペラーの入口にあるショーの告知 有名歌手は月1,2回であるが以前は毎夜出演していた
札幌・ススキノに「エンペラー」というマンモスキャバレーがあるのをご存知であろうか。
有名芸能人のショーが見られ、800人を収容できる規模で一時は札幌市内観光バスのコースにも入っていた店である。そのエンペラーが9/9で廃止されることになった。大変ショックである。

ここにはいろいろな思い出がある。たまたまエンペラーがある青木ビルの屋上に私が以前勤務していた会社のネオンサインがあった。今から13年ほど前だがそれを撤去することになり、広告宣伝担当であった私は挨拶へ行った。

その後に案内されたのがエンペラーであったが、生まれて初めてキャバレーというものに入った。チャイナドレスや和服を着た数え切れない女性がおり、フロアーを走り周っている。多分、100人はいたであろう。店には活気があり、笑い声や歓声がこだましていた。
ホステスさんはおばちゃんから若い子まで千差万別であり、まるで動物園のよう。お客さんも面白い人が多く、ボックスでうつ伏せになり、マッサージをしてもらっているオジサン。新聞紙から魚の燻製を出し、ホステスに振舞う漁師町から来た人など見ているだけで飽きなかった。
道内の地方から来る客が多いことを後で知ったが、ここに来るのを楽しみにしていたことが傍目にもわかった。

その後、エンペラーには、札幌へ行くとたまに顔を出すようになった。
エンペラーには八柳鉄郎さんという有名なマネージャー(当時は専務)がおられた。ススキノを舞台にした多くの著作を残しており、氏ならではのシュールで暖かい作風に惹かれ、殆んどの著作を読んでしまった。テレビの人生相談や雑誌のエッセーなど書かれており、北海道の方はご存知の方も多いであろう。

ちょうど八柳さんがフロアにいらした時、思い切って声をかけてみた。お客様から著書のファンだといきなり言われたのは初めてだと恐縮しておられたが、その後、何回か手紙のやり取りをさせていただいた。
ある時、八柳さんに挨拶へ行くと「Oさんの手紙に書いてあった文章、感動しましたよ。こないだの全員ミーティングで使わせていただきました」と言われ、穴があったら入りたい気分になった。

最近はエンペラーにも足が遠のき、八柳さんにもお会いしていない。既に75歳ぐらいのははずだがお元気でいられるのであろうか。閉店までに是非一度、顔を出したい。
エンペラーの話はいろいろあるのでまた書きたい。


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