2007年03月11日更 新
大正時代の函館が生き生きと描かれた『はこだて記憶の街』
昨日は久しぶりに神田・神保町の古書街を歩いた。
古い地図や絵葉書、旅行関係の資料が揃う泰川堂書店では、昭和8年発行の「旅行日本」という雑誌と昭和29年昭和天皇が北海道を巡られた記念に発行された道内絵地図(北海道鉄道管理局発行)を購入した。
もう一軒、地方出版物を専門に扱っている書店を覗く。あざらし君の「いい旅」が積んであったが、その横に「はこだて記憶の街」という写真集を発見。ページを捲ってみると1920年代の函館の町並みと人々、風俗などが描かれているこれまで見たこともない写真集なので思わず衝動買いしてしまった。
作者の熊谷孝太郎は、函館在住のアマチュアカメラマンらしいが、これまで作品が紹介されることはなかった。最近になって膨大な写真が発見され、1冊の本になったようだが、これは都市風俗として恐ろしく貴重なものである。都会ならともかく函館という地方都市を描いているところに意味がある。
街を走る市電、連絡船乗り場、芸者衆、銭湯の風景、映画館、子守の女の子など生き生きととらえている。写真全体に活気があり、当時の函館が今と較べていかに元気であったのが伺い知れる。
この写真集、2,800円と手頃である。
はこだて写真図書館編・刊「熊谷孝太郎『はこだて記憶の街』」発売モール。ISBN978-4-938628-49-9
| はこだて記憶の街 | |
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» [街]旅行先で街の写真集があると自分へのお土産に重宝します。 from 趣味の吹き溜り
北海道観光研究所 北杜の窓を見て知ったのですが、はこだて記憶の街 (はこだて写真図書館叢書)と言う写真集が、出ているようです。函館では既に、北海道新聞社が函館... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2007年03月12日 09:51
この記事に関するコメント
泰川堂書店いいですよね。あの古書店は地図も充実しているんですよね。地方関係の書店はアクセスですか?あそこは、地方の物も多いですが、個人出版物に魅力的なものがありまして、最近だと「モツ煮狂い」なんてのが面白く且つ、本としての体裁が整っていて良かったです。
紹介されている本は、見たことが無いのですが、道新が出版している街並み今昔と言う物なら、数冊持っております。大きな写真を中心に文を控えめにしているのが好きです。
因みに盛岡でも、伊山治男という建築家が、昭和の中頃に撮り貯めた街の写真を本にしておりました。
投稿者 maksim727 : 2007年03月12日 09:00
maksim727さん、泰川堂書店をご存知ですか。流石ですね。あそこは充実しています。但し、旅行雑誌のバックナンバー(昭和30~40年代の「旅」(交通公社)がないので取り寄せてほしいとお願いしているところです。
地方関係の書店は靖国通りの一本裏手にある確かさくら通りにある小さな書店で「アクセス」で間違いないと思います。
確かに自費出版物で面白いものがあり、「函館記憶の街」の他に「ミック博士の昭和プロレス」などというシリーズ本も買ってしまいました。
maksimさんは岩手(盛岡?)在住のようですが、今月末に花巻温泉郷にある鄙びた台温泉と最近有名になった大沢温泉か鉛温泉の藤三旅館に行く予定です。
あの辺り、岩手県交通の古いバスはもう走っていないのでしょうか。
投稿者 管理人 : 2007年03月12日 22:25
古いバス。どうだったかなぁ。
八戸(南部バス)ならまだ走っているそうですが、花巻では殆ど、角張ったバスに生まれ変わっていると思いますよ。もう、岩手県交通のオリジナル塗装ですら珍しいですから。
花巻は温泉もいいですが、マルカンデパートは外せないですね。人が歩いていない中心部で、なぜか展望大食堂だけ賑わってますから。
あと、鉄道に興味があるようでしたら、駅の反対側にある花巻電鉄軌道線の廃線跡を北上方面に進むと、馬ヅラ電車がフェンス越しですが保存してあります。
隅々見ると、どんな街も楽しいものです。
投稿者 maksim727 : 2007年03月13日 10:09
maksim727さん、情報ありがとうございます。
さすがに岩手県交通でも昭和50年代前半のバスは無くなったのですね。南部バスは今度八戸へ行くのでチェックしてきます。
花巻のマルカンデパートですか。よさそうですね。展望大食堂という響きに惹かれます。
馬ズラ電車が保存されているのも知りませんでした。
子供の時、鉄道雑誌で見たあの強烈な個性は忘れられません。確か昭和45年頃まで走っていたと思いますがそれも奇跡ですね。
投稿者 管理人 : 2007年03月14日 09:32

