口コミ温泉評価、黒川、湯布院と九州勢が上位に
2007年11月30日掲 載
「価格ドットコム」系列のフォートラベルが運営する『旅行のクチコミサイト フォートラベル』のサイト内において、「みんなで決める!全国人気温泉ランキング 2007」アンケート調査が実施された。
このアンケートは、国内の人気温泉地120 カ所の中から実際に「行ったことのある」温泉地を選択してもらい6つの評価項目<人に勧めたい度/お湯/ホテル・旅館の質/日帰り入浴施設の充実度/温泉街の雰囲気/交通の便/)を3 段階で評価してもらうものある。
すべての評価の平均を算出した「総合評価」では、1位熊本県 黒川温泉、2位大分県 由布院温泉、3位群馬県 草津温泉と、昨年と同じ温泉地が上位3位内にランクインする結果となった。
評価は以下の通りである。
≪総合評価≫
1位 熊本県/黒川温泉
2位 大分県/由布院温泉
3位 群馬県/草津温泉
4位 兵庫県/城崎温泉
5位 愛媛県/道後温泉
6位 兵庫県/有馬温泉
7位 大分県/別府温泉
8位 秋田県/鶴の湯温泉(乳頭温泉郷)
9位 神奈川県/箱根湯本温泉
10位 北海道/登別温泉
≪人に勧めたい度≫
1位 秋田県/鶴の湯温泉(乳頭温泉郷)
2位 熊本県/黒川温泉
3位 秋田県/玉川温泉
4位 青森県/酸ケ湯温泉
5位 大分県/由布院温泉
6位 青森県/黄金崎不老ふ死温泉
7位 群馬県/草津温泉
8位 兵庫県/城崎温泉
9位 北海道/登別温泉
10位 新潟県/松之山温泉
≪お湯(泉質・効能)≫
1位 秋田県/鶴の湯温泉(乳頭温泉郷)
2位 秋田県/玉川温泉
3位 青森県/酸ケ湯温泉
4位 群馬県/草津温泉
5位 長野県/白骨温泉
6位 青森県/黄金崎不老ふ死温泉
7位 新潟県/松之山温泉
8位 山形県/白布温泉
9位 熊本県/黒川温泉
10位 群馬県/万座温泉
≪ホテル・旅館の質(施設の充実度・清潔感、サービス)≫
1位 熊本県/黒川温泉
2位 大分県/由布院温泉
3位 宮城県/秋保温泉
4位 兵庫県/城崎温泉
5位 石川県/和倉温泉
6位 群馬県/四万温泉
7位 兵庫県/有馬温泉
8位 新潟県/月岡温泉
9位 岩手県/鶯宿温泉
10位 群馬県/草津温泉
≪日帰り入浴施設の充実度≫
1位 熊本県/黒川温泉
2位 兵庫県/城崎温泉
3位 愛媛県/道後温泉
4位 群馬県/草津温泉
5位 大分県/由布院温泉
6位 秋田県/鶴の湯温泉(乳頭温泉郷)
7位 長野県/野沢温泉
8位 秋田県/玉川温泉
9位 兵庫県/有馬温泉
10位 大分県/筋湯温泉
≪温泉街の雰囲気≫
1位 熊本県/黒川温泉
2位 群馬県/草津温泉
3位 兵庫県/城崎温泉
4位 大分県/由布院温泉
5位 愛媛県/道後温泉
6位 兵庫県/有馬温泉
7位 長野県/野沢温泉
8位 大分県/別府温泉
9位 長野県/渋温泉
10位 秋田県/鶴の湯温泉(乳頭温泉郷)
≪交通の便≫
1位 静岡県/熱海温泉
2位 神奈川県/箱根湯本温泉
3位 静岡県/伊東温泉
4位 新潟県/越後湯沢温泉
5位 神奈川県/湯河原温泉
6位 大分県/別府温泉
7位 兵庫県/有馬温泉
8位 愛媛県/道後温泉
9位 北海道/湯の川温泉
10位 神奈川県/宮ノ下温泉
昨年は湯布院が総合で1位であったが今年は黒川になった。タイプは違うが、この2ヶ所は「個」をもてなす部分では秀でている。それに対して、「集」をもてなす大型旅館ホテルが多い温泉地のランクインが少い。また、20年前までは「秘湯」といわれたような酸ヶ湯、乳頭温泉鶴の湯、玉川、黄金崎不老不死、松之山などが入っているのが興味深い。これらはすべて東日本エリアであるが、JR東日本の温泉プロモーションも大いに影響していそうである。
総合的には、宿も温泉街も小ぎれいで、こじんまり、風情情緒がある温泉地が選ばれている。女性ウケするところが目立つ。また、源泉掛け流しの温泉地が多く、このあたりも時代のニーズがよくあらわれている。
北海道は、総合で登別が10位、人に勧めたい度で9位、交通の便で湯の川が9位に入っている。温泉天国といわれる割にはさみしい結果だ。このあたりにも時代のニーズに対して、後手後手になる北海道観光(温泉地)の弱みが出ているのではないか。
JTBも高級ホテル旅館サイト事業へ参入 生対応で差別化も
2007年11月29日掲 載
JTBの高品質旅行専門店「ロイヤルロード銀座」が、国内の高級旅館・ホテルの宿泊プランを紹介するサイト「JTBロイヤルステイ」をオープンした。経済的、時間的に余裕のある富裕・シニア層に向けて展開するが、ネット以外でも予約や問い合わせは電話で受け付け、「コンサルティング機能を駆使し、差別化をはかる。定期更新は毎月1・15日の2回の予定だ。
サイト構成は、目的や方面、ホテル・旅館のタイプなどのこだわりで分類されており、「離れに泊まりたい」「料理自慢の宿がいい」というユーザーの希望に合う宿泊施設を、簡単に見つけられるようになっており、伊豆箱根などの有名どころからスタートする。
旅行会社は富裕・シニア層をターゲットにサロン型の店舗展開を進めている。また、「一休ドットコム」の成功以来、単価の高い高級ホテル旅館予約サイトに各社が参入している。
JTBの場合、これまで複数の予約サイトがあり、窓口が一本化されていなかった。JTBに限ったことではないが、従来の旅行会社系サイトは各営業部門との兼ね合いもあるのか、後手後手の印象ある。JTBは最近になってビジネスユースを「るるぶトラベル」でブランド統一を図っているが、高級ホテル予約でいうと「Kihin」というサイトがJTB本体の商品にあり、まだまだ統一感は取れていない印象で、ブックマークしたくなるようなものが存在しないのだ。(るるぶトラベルとるるぶ.comも紛らわしい)。
今回の「JTBロイヤルステイ」はネット予約+電話窓口があるのが、ウリだが電話対応は既に「じゃらんネット」で実施しており、オペレーターの知識の問題もあり、インパクトには欠ける。
売れ筋・個性がある商品を出すのがいいが、利用者への「わかりやすさ」を消費者の視線で今一度、考えたらどうであろうか。
あの平和台球場は今・・・・
2007年11月28日掲 載
福岡といえば西鉄、西鉄といえば西鉄ライオンズ(強引、今はソフトバンクホークスだが)。ちょうど鉄腕・稲尾和久さんが亡くなる2日前に博多を訪れたが、夕方時間が少しあったので、ふらりと稲尾さんが活躍した平和台球場へ宿のある天神から大壕公園まで歩いてみた。
管理人は、西鉄黄金時代や稲尾さんの現役時代は知らない。初めて知った稲尾さんは西鉄末期に33歳の若さで青年監督として就任した時であったが、早々にあの「黒い霧事件」に巻き込まれ、鎮痛な面持ちで、涙を流していた姿が子供心に記憶にある。この時、5年で100勝を上げた池永さんが事件に巻き込まれて永久追放処分を受けている(一昨年に名誉回復された。それも稲尾さんなどの地道な運動があったからこそである)。余談だが、東中洲で池永さんが経営するスナック「ドーベル」は年内で閉店するとのことである。
管理人は、稲尾さんが監督を務めていた西鉄末期、そして太平洋クラブライオンズ・クラウンライターライオンズの大ファンであった。無茶苦茶弱くて、ハチャメチャな球団だったが、西鉄時代からの熱狂的なファンが全国にいた。
ファイターズファンには悪いが、昔の後楽園球場では、ライオンズファンの方が圧倒的に多かった。勝っている時や7回攻撃の前にはファンが内野席通路でスクラムを組んで炭坑節を唄った。懐かしい時代である。最初にトランペットで応援をしたのは広島カープではなく、ライオンズの東京応援団のはずである。
ファンは意外に若く、西鉄黄金時代を知らず、さらに博多とは縁も所縁もないような人が多かった。
その頃は、金やん率いるロッテオリオンズと稲尾監督の太平洋クラブの「遺恨対決」が有名であった。実は裏ですべて仕組まれており、ポスターに乱闘シーンの写真を使い、「平和台で決着」のようなプロレスまがいの宣伝をして、リーグから大変なお叱りを受けた。
金田監督は気の毒で、平和台では瓶や缶が集中砲火され、小便の入った一升瓶を頭から掛けられたこともあったらしいが、二人の監督はパリーグの灯を消すまいと必死に盛り上げていたのだ。
これを仕組んでいたのが、同時の球団社長の坂井さん、後に西武球団やダイエーの社長となり、、現在はプロ野球経営評論家だ。先日、亡くなったオーナーの中村長芳氏の片腕で、もともとはロッテ球団の”準オーナー”(この経緯は説明すると長くなるので省略)であったが、オーナー共々移動して西鉄を譲り受ける。
今では許されない行為だが、当時のパリーグは存亡の危機であった。太平洋クラブ、そしてクラウンライターとしてチームが消滅するまでの7年間、親会社を持たず、福岡野球株式会社という独自の法人が、営業収入のみで運営をしていた。チーム名の太平洋とクラウンは、冠スポンサー企業であり、今のJリーグと同じような経営スタイルであった。
東京のファンもかなりの過激派で、今では言えないような野次が飛び交っていた。ファイターズの名二塁手・大下などはバッドをもってスタンドに殴りこんできたし、1試合で1イニングごと全ポジションを守って有名になったTHは、何と試合終了後、ライオンズファンに一撃を食らわせようと通路で待機していた。
それを知った大沢監督が「T、お前何やってんだ!!お客さんには手出しちゃいかんぞ。お前のやっているこを考えてみろ」と怒鳴られて退散した光景を覚えている。
その後、75年に太平洋クラブの監督を辞めた稲尾さんは後楽園球場の放送席で、九州オンエア向けのラジオ解説をされていた。稲尾コールをすると放送中にも関わらず、放送ゴンドラから客席に向かって手を振ってくれた。隣りのゴンドラ(RKBとKBC)には中西太さんが解説をされており、負けじと手を振り返してくれ、お二人とも人がよかった。
ホームの平和台では、ナマで観戦することなく、チームは79年に西武に身売りされて、福岡から所沢へ移っていった。あの時の悔しさは一生忘れないであろう。あれ以来、本気で応援できるチームがなくなった。
稲尾さんはその後、ロッテの監督や中日の投手コーチになった。あの落合博満も稲尾さんの時に開花し、全盛を迎えた。
稲尾さんが何度も鉄拳制裁をしてまで育てた東尾修は、「黒い霧事件」で主力がどっさり抜け、急遽一軍へ。先発、救援と西武へ行くまでの11年間、酷使に耐えた。投球回数が300イニングを超えることはざらで、西鉄最後のシーズン72年は18勝25敗、太平洋時代の75年は317イニング投げて23勝15敗7セーブ。78年も303イニング23勝14敗2セーブ、投手が分業制になってからの記録なので意味がある。もしあのまま九州で弱いライオンズが続いていたら350敗ぐらいはしたのではないか(実際は247敗)。
稲尾さんは遥かに多い400イニングを投げていた。年間42勝、5年連続30勝はあまりにも有名だが、人間技とは思えない記録であり、史上最強の投手といっていいのではいか。今シーズンの最多勝、西武の涌井は、17勝10敗、投球回数も両リーグ最多の213イニングだが、これを見ても稲尾さんがいかに凄かったかがわかる。
今は取り壊されて、遺跡発掘調査が行われている平和台球場。スタンドの一部が遺構のように残っているが、かつてサムライ軍団がいたこの場所は、まさに兵も夢の跡だ。70年代の古きよきパリーグの時代である。
稲尾さんが亡くなる2日前足を運んだ平和台、不思議な縁をかんじた。
野球少年時代の楽しい思い出ありがとうございます稲尾さん。ライオンズ、そして平和台球場。
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上:西鉄時代の稲尾投手(ベースボールマガジン)中:太平洋クラブ監督の稲尾監督(野球カード)下:太平洋クラブのエース東尾と加藤初(ベースボールマガジン)
中洲と天神の中間点、最高立地の西鉄イン福岡(最近泊まった宿)
何と19年ぶりに博多へ泊まった。全国各地へ行っているつもりだが、博多は出張もなく、ご無沙汰であった。以前の記憶は殆どなく、どこに泊まるか迷ったが、福岡といえば西鉄なので今年8月にオープンした西鉄イン福岡へ予約を入れた。
福岡市中心部には西鉄インと名の付くホテルが、「福岡」のほか「博多」、「天神」とあり、さらに天神には西鉄グランドホテル、ソラリア西鉄ホテルがあり、混乱してしまう。
ホテルは那珂川沿いにあり、中洲と天神の中間、アクロス福岡の真ん前なので最高の立地である。ホテルはオープンして間もないが、もともと博多東急ホテルとして使われていたところである。それなので建物はかなり古い。
しかし、元シティホテルだけあって客室はゆったりしており、昔のスタンダードな都市ホテルに泊まっている安心感はある。客室はブロードバンド対応で、リニューアルもちゃんとされている。
朝食は最上階の”元・ラウンジ”でいただく。800円の和洋どちらかチョイスのセットメニューである。最近では珍しいスタイルであるが、内容は及第点といったところ。1泊目は洋食、2泊目は和食を選んだが、洋食にジュースが付かないのは残念だ。
料金も安く、コストパフォーマンスにも優れているホテルだ。
11月9,10日宿泊(じゃらんネット経由)ツインシングルユース 7200円
今後、「最近泊まった宿」は観光ミシュランで公開します
中島公園を一望、隠れ屋的なノボテル札幌だが(最近泊まった宿)
札幌の大好きな景色に紅葉の中島公園がある。そんな景色を眺めたく、かなり外れにある仏外資系ホテルノボテル札幌に予約を入れた。
ノボテルになってからは昨年の2月以来、2度目の宿泊。ホテルアーサー時代から何度も泊まっている。今回は「じゃらんネット」経由で公園側ツインシングルユース(8,000円)で予約を入れた。平日なので安い。
率直な感想は、リニューアルオープンした昨年2月と比較するとクオリティが落ちた印象だ。ホテル全体に覇気がかんじられない。客室のベッドシーツには血液の染みがあり、清掃全体がいまいち。ツインといってもそれほど大きな部屋ではないが、デスクが小さく、ノートPCを置くのがやっと。バスルームも暗く、水捌けもよくないが、アメニティは充実している。
朝食は昨年泊まった時と殆ど変わっていなかった。バイキング形式で、目の前で卵料理は好みに焼いてくれる。シャトルバスはルネッサンスホテルと共同だが、時間通り動いていた。アクセスが悪い場所なのでシャトルバスは助かる。
客室から中島公園の眺めは、ノボテルの向こうに位置する札幌パークホテルに軍配が上がる。パークは、藻岩山など市内中心が一望できるが、ノボテルは、南から東に位置しており、札幌ドーム方面は眺められるが、市内中心部は泊まった客室からは見ることはできなかった。
夜は最上階にあるバー「21」へ足を運んだ。札幌パークホテル開業時からの超ベテランバーテンダーさんがノボテルに居り、ギムレットをいただいた。体調が芳しくなく、ススキノへは出なかったが、久しぶり札幌の夜景を楽しんだ。
11月6日宿泊(じゃらんネット経由)ツインシングルユース8000円
合理的な駅前一等地にあるコンフォートホテル函館(最近泊まった宿)
函館駅前、電停の前に10月末にオープンした「コンフォートホテル函館」。開業してから1週間後に泊まってみた。コンフォートは、宿泊特化型ホテルで朝食は無料。勿論、客室ブロードバンドもあり、「ロフテー」枕に大きめのベッドと今どきのビジネスホテルである。
外資系のチョイスホテルジャパン(他にクオリティインなど)に加盟しているが、実際は四日市の会社がチェーンを運営しているらしい。
客室、ユニットバス共に狭いが、5,800円なら文句は言えない。これまで函館では、国際ホテルやロイヤルなどのシティ系か湯の川のビジネスパックなどに泊まってきた。以前、函館大門の東横インにはじめて泊まった時、その貧乏臭さがイヤになり、あまり安いところは避けていたが、寝るだけ、新築なので選んだ。
ホテルに文句はないが、無料朝食のサラダやフルーツはコンビニのひとり用プラケースに入っており、食器もすべて紙。濃縮オレンジジュースは原液で固まっていて飲めなかった。
それにしてもこの料金と設備、そしてアクセスのよさ、地場のホテルは太刀打ちできない。管理人はできるだけ地元資本のホテルに泊まるようにしているが、この合理性には勝てないと思った。
11/5宿泊 シングル5,800円(朝食無料)
流氷減少を防ごうとオホーツクの宿がエコ作戦を展開
観光業者らでつくるオホーツク圏観光連盟と網走支庁は、流氷の勢力を弱める地球温暖化などを地域一体で防ぐ「オホーツク流氷トラスト運動」に乗り出すことになったと27日付け道新が伝えている。
オホーツクの流氷は年々減っている。管理人が初めて紋別へ訪れた1990年頃でも10年前と較べると「ちっちゃくなっちまった」と地元の人が言っていたが、それから20年近くが経過。さらに薄べったい流氷になっている。以前は流氷が見られた稚内では回数が減り、流氷観光船もなくなってしまっている。
今回の運動、12月1日から網走管内のホテル・旅館の暖房温度を低く抑える室温適正化運動を始めるほか、2月第3日曜日(来年は17日)を「流氷の日」に制定し、住民に危機意識を高めてもらうという。
ホテル・旅館の室温適正化運動では、ロビーや廊下の温度を例年より2度ほど低めに設定、夏季は冷房を2度ほど高めに設定してもらう。約200施設に呼びかけ、これまでにウトロ地区を中心に20施設が応じているという。
こういった観光エコ運動は長野県が、「信州エコ”泊”覧会」という名称で今年からキャンペーンを実施している。おもな内容としては、「エコキャンペーン」マイ箸持参など自然や環境にやさしくお客様の五感を喜ばせるおもてなしをすることなどで、サービスとしては、御膳を季節の樹の葉で彩る、箸置きに小枝を使う、自家製ジャムやパンを提供する、無農薬野菜を料理に使う、夏はうちわと打ち水、冬は湯たんぽ
近隣の里山を案内するなどがある。
マイ箸には抵抗がある人もいるかもしれないが、室温を下げるのは問題がないのではないか。だいたい北海道の宿は室内が暑すぎてかえって風邪など体調を崩してしまうことが多い。マイナス2度といわずマイナス5度くらいでもいいと思うが。
環境・エコ対策はバブル期から言われているのに成果は上がらず、悪い方へ加速している。政府の「チームマイナス6%」も地に足が着いているとはいいがたい。
世界的にも稀有で、貴重な自然現象である「流氷」がいつまでも見られることを祈る。
昭和パワー炸裂 花巻「マルカンデパート」大食堂
2007年11月27日掲 載
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マルカンデパートと昭和の雰囲気充満の大食堂、売り切れが続出の盛況ぶり
映画「3丁目の夕陽」がヒットしているが、昭和30年代から40年代のデパート食堂黄金時代を彷彿させるものに出くわした。
ちょうど花巻へ行った折、何度かコメントを頂いているmaksim727さんご推薦の「マルカンデパート」を訪れてみた。何が目的かというと最上階に「大衆食堂」である。昭和レトロのいいかんじを出しているというので、東和町からの帰り、路線バスがマルカン前にちょうど停まったので、急きょ途中下車をして訪れてみた。
外見は地方都市の地場デパートである。イメージでいえば函館の棒二森屋か上諏訪の温泉があるデパート丸光、潰れた釧路の丸三鶴屋(丸井今井)といったややうらびれ系である。
中に入ると雑然としており、100円ショップなどガラクタも多い。何よりも休日なのに客が少ない。管理人は朽ち果てた食堂を想像してエスカレーターを登ったが、着いてビックリ!!
昭和のお好み食堂(大食堂)を思い出させる大きなフロアが満席。さらに食券を買うのに行列が出来ている。ショーウインドーを見ると「売り切れ」と書かれた商品が続出している。
ここは花巻市民のオアシスか?いったいどこからこれだけの人が集まってきたのであろうか。外の商店街の人は疎らだが、大いなる熱気が大食堂にはあった。
そのパワーと混雑に圧倒され、何も食べずに引き上げたが、地域に愛されていることがよくわかった。意外にこういった施設が地域や商店街再生のカギになるのではないかと思った。
都内ではデパートの大食堂は殆んど消えたはずだ。高島屋の「特別食堂」でさえも無くなった。老若男女、家族同士が楽しく食事をしている光景を見て安心した。、日本も捨てたもんじゃないなと思った。
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花巻駅前を行く昭和50年代中頃製造の岩手県交通路線バス こちらも昭和パワーだ
自家源泉と鄙びた家族宿 台温泉・滝の湯旅館
滝の湯木造本館入口と2食付7500円の夕食そして湯量豊富な源泉風呂
鉛温泉・藤三旅館の翌日は、同じ花巻温泉郷でも北に位置する台温泉に宿を取った。
花巻駅前の観光案内所で宿の紹介を頼むと連休の土曜日と紅葉でどこも満室かもしれないと言われたが、管理人は台温泉は空いているという予想をしていた。事前にパンフで調べたが、素泊まり2千円くらいからの湯治宿が何軒かあり、写真で見ると鄙びているところが多い。連休中とはいえこういった宿へカップルやOLグループが本物温泉ブームとはいえ足を伸ばすとは思えなかった。
その中で「滝の湯旅館」が気になった。自家源泉も持っているようでかなり古そうな木造3階建て。これは管理人好みである。食事も付き、設備も整っていそうである。
早速、電話をしたが、「休前日にひとりでもいいですか・・・」と質問すると「空いてますよ。どうぞ」とシンプルな応答。観光パンフに書いてある料金より安い2食付7500円で、ひとり客料金や連休中の特別料金も取らない良心的な宿のようである。
チェックインの前、花巻近郊の土澤にある「萬鉄五郎美術館」に出かけてみた。管理人の知人が萬画伯の孫にあたるので以前から訪れたいと思っていた。ちょうど特別展では「熊谷守一」展を開催中。熊谷守一は管理人が生まれた豊島区千早町の自宅アトリエがあり、家がすぐ近くでよく通りかかったもので懐かしい。
それにしても地方の美術館は連休に関わらずガラガラ。さらに料金が常設と企画展を見ても700円なのだ。これは羨ましいことだ。
土澤からの帰り、釜石線の本数がなく、岩手県交通の路線バスで花巻へ。JRよりも3倍する運賃であった。花巻からは台温泉行きのバスに乗換え。乗客は3人。途中、豪華な宿が並ぶ花巻温泉を通るが、その先にあるのが台温泉である。
こじんまりした路地に十数軒の温泉宿が並ぶ。どこも規模が小さく、いい味を出している。お世話になる滝の湯は唯一、メインストリートから少し離れ、坂を登ったどん詰まりにあった。新館は鉄筋のようだが、玄関がある本館は相当の年代ものの木造建築である。
休前日にも関わらず泊り客は管理人以外に一組のみ。ちょっと不安であったが、館内は清潔で、実直そうなご夫妻は切り盛りをしている。温泉は自家源泉であるが、湯量が多く、他の温泉にも配湯しているとのこと。台温泉は源泉を共同で管理しているところも多いが、滝の湯は単独で、且つ2つの源泉を持っている贅沢な宿である。
浴槽なシンプルなつくり。打たせ湯がある。鉛温泉同様にくせのない無色透明だが、かすかな硫黄臭がする。
夕食は料金が料金だけに期待していなかったが、10品以上もあり、豪華な食卓であった。松茸料理が2品も出ている。この料金で申し訳ない内容だ。腹が膨れ、地酒で酔い、そのまま深夜まで寝てしまったが、12時過ぎに温泉には入った。
翌朝、オーナーの小瀬川夫妻と話が弾んだ。以前は湯治客が多かったそうだが、今は殆んどいないらしい。夫婦だけであまり宣伝もせずに地味になっていると言ってが、勿体ない気がした。ちゃんとPRができれば十分に復活できそうな宿である。
7500円プラス冷酒代では申し訳ないので1万円を置いてきた。のんびり1週間ぐらい過したい台温泉・滝の湯旅館であった。
台温泉には素泊まりで2千円台の湯治専門の宿が何軒かある。また、レトロな佇まいの中島旅館などいい形で温泉街が残っている。(11/3宿泊)
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女性ウケしそうな岩手県鉛温泉・藤三旅館旅籠部(最近泊まった宿)
2007年11月26日掲 載
函館へ向かう前日と前々日は花巻温泉郷に泊まった。
花巻市は鄙びた宿からハイグレードの宿まで広範囲で点在している温泉郷だ。11月上旬、予てからの楽しみであった花巻温泉郷にある木造3階建て旅館2ヶ所に宿泊した。1泊目は全国的にも名の知れた鉛温泉の藤三旅館旅籠部に投宿。
藤三温泉は鉛温泉にある一軒宿で古くから湯治場として栄えている。「旅籠部」と書いたのも「湯治部」と分かれているためである。
花巻駅から岩手県交通のバスに乗車。30分足らずの距離だが、運賃が900円と高い。そこそこの乗車があったが、車がないと地方は生活ができないとあらためて思う。
途中、志戸平、渡り、高倉山、大沢などいくつかの温泉を通っていくが、どこも個性がある宿に見える。特に大沢は藤三と同じような鄙びた湯治棟からレトロな和風棟、豪華な新館まであり、混浴露天が有名だ。藤三旅館はバス停から道を下り、川沿いにあった。お目当ては木造3階建建築であるが、よく手入れが行き届いている。
名物は日本一深いといわれる岩風呂であるが、この他にも渓流沿いの露天など4つの風呂がある。お湯は癖がない単純泉だが、こういうお湯が意外に後から効く。現在、もう一ヶ所、違う泉質のお湯の掘削に成功したと仲居さんが言っていたが、枯れないか心配だ。
この宿、なかなか経営も近代的で合理的。管理人は「じゃらんネット」で経由で予約を入れたが、予約の約半分がじゃらんなどのネットエージェントだという。少ないスタッフを効率よく動かしており、今どきの頑張っている旅館である。外見からは想像できない。やる気のある後継者がいれば変わってくるはずだ。
夕食は部屋食。十分な量だ。東北の温泉宿としては品のいい料理で合格点。花巻は温泉郷となっているので、各旅館は刺激しあい、切磋琢磨しているのでレベルが高くなるのであろう。
面白いのは湯治部だ。夜、訪れると観光の網走監獄を思い出させる暗い廊下。湯治客の日用品が揃う売店が2ヶ所ある。とても気のいいお婆ちゃんがやっており、話が弾んだ。湯治部は2食付でも5千円でお釣りが来る。自炊なら2千円程度だ。古くて、少し暗いが湯治部も混んでいた。ちなみに管理人が泊まった旅籠部は9300円であった。
翌朝はスタッフ全員でお見送り。よくある光景だが、花巻温泉郷ではどこでもやっているようだ。1万円以下のそれも湯治系の旅館でこのようなサービスをやっているところは初めてだ。
管理人は鳴子温泉によく行くが同じ湯治系でもホスピタリティという世界から鳴子はかけ離れている。多分、30年以上誰も泊まっていないような客室がある湯治棟がある宿があるが、レトロを通り越えてお化け屋敷であった。
鉛温泉・藤三旅館、決して鄙びていないが、OLグループや家族連れでも楽しめる宿である。また、行ってもいいレベルだ。但し、温水便座の水圧が足りずどれも使えなかったのは残念。(11/2宿泊)
高速バス&「なっちゃんRera」で行く北海道
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上 「盛岡函館きっぷ」の告知 下 盛岡-青森フェリーターミナルを結ぶ高速バス「あすなろ号」
ちょっと古い話で恐縮であるが、11月初旬に盛岡から高速バスで青森港フェリーターミナル、さらに9月に就航した高速フェリー「なっちゃんRera」で北海道上陸するプランを立てて旅に出た。
東京からは新幹線で花巻へ、なぜ花巻へ行ったのかというと花巻温泉郷にはお気に入りの古い木造温泉旅館がいくつかあり、鉛温泉の藤三旅館、台温泉の滝の湯旅館に1泊ずつした。このあたりは別記事で書きたい。
盛岡と函館間は、バスとフェリーを利用する結ぶ安い切符があることを知った。「盛岡・函館きっぷ」という名称で、青森までは高速バスの「あすなろ号」を利用する。東日本フェリーとバス会社の共同きっぷだが、最近バスとフェリーを抱き合わせてものが増ええいる。6千円なので盛岡-函館をJRで移動するよりも3千円以上安く、旅に変化が付けられるが、何よりも目的は新造船の乗船体験である。
当日、花巻から普通電車で盛岡へ、ここから高速バスに乗換え、青森フェリーターミナルへ行く予定だったが、津軽海峡の波高が予想で5~6メートルという台風並みの嵐。2,3日前から荒天が予想されていたのを知っていたが、当初予想が4メートルというのでとりあえずフェリーの予約は入れてみた。
管理人は船酔いをするので予報で3メートル以上と聞くとフェリーはキャンセルすることにしている。だが、新造船は揺れない、というフレコミであったので待ってみようと思った。
盛岡駅で下車し、高速バスターミナルでふたたびフェリー会社へ連絡を入れてみると現在、函館港で天候調査中とのこと。再開予定とは言っていたが、2時間以上は遅れるとのことであった。
それよりも船酔いが心配なので何度も「揺れますか?」と訊くと、渋々「かなり揺れると思います」という答えが。東日本FのHPを見ると「最新装置を設置したため揺れが少ない」と書いてあるが、新造船ができると必ず「揺れない(揺れが少ない)」とどこの船舶会社でも言うのだ。そんなのは嘘。
バスターミナルで青森行きを待つ人の多くが、このバス&フェリーきっぷを持っていたが、行列の隣のおばさんに「フェリーが時化で遅れており、接続しないかもしれませんよ」と教えてあげると、一瞬、困った顔に。おばさんは、「函館から行きにも乗船したがえらく揺れた」と言う。どうも船の構造(双胴型)が関係しているかもしれない。
結局、「なっちゃんRera」乗船は諦めたが、また新幹線の切符を買うのも癪なので岩手県北バスの「あすなろ号」で青森駅まで乗車。そこから「白鳥」に乗換えて、函館まで行ったが、払い戻しができないため、高いものについた。
後で聞くと2時間半程度遅れで、フェリーは青森へ到着したようだが、待ち時間や津軽海峡の時化を津軽海峡線の車窓から見て乗らなくて正解と思った。
その日は久しぶりに函館山へ登った。ロープウエーが風で止まり、バスでの登山。津軽海峡の波も納まってきたが、頂上は恐ろしい強風と寒さ。しかし、その風のおかげで最高の夜景が見れた。最後は少し得した気分になれた。
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2008年5月に「なっちゃんWORLD」に今度は乗船しました 乗船記はこちら
「くしろ港町ビール」が営業譲渡、苦戦する地ビール
2007年11月25日掲 載
釧路市の地ビールメーカー「くしろ港町ビール」が事業を停止し、工場を札幌の企業グループに譲渡することが分かったと23日付けの道新が伝えている。
買収するのは土木事業、食品加工など21法人からなる企業グループの持ち株会社「北武総業」で、、同市入舟の工場で生産を続ける予定だ。
くしろ港町ビールは、1996年の創業。釧路の観光名所「フィッシャーマンズワーフMOO」の対岸、倉庫街にある。道内地ビールがブームの頃に創業したが、味は可もなく、不可もなくといったところで特長に乏しい印象があった。売上高は開業当初の約2億円から徐々に減少。ブームが下火になるなどでこの数年間の売上高は7千万円程度に落ち込んでいた。負債総額は約1億6千万円。
地ビールは税制などの問題もあり、収益を上げるのが難しいジャンルだ。管理人は、以前、熊石海洋深層水を使った地ビール「熊石伝説」のマーケティング関連の仕事をしていたが、製造していた函館のメーカーが倒産、その後、加森観光系の薄野地ビールに生産を委託していたが、最近では評判を聞かなくなった。
道内では既に10ヶ所以上の地ビールが倒産や休業に追い込まれている。全国ブランドの「銀河高原ビール」でも倒産するぐらいなので、合わないビジネスなのかもしれない。
ニセコいわないと阿寒湖畔スキー場に差別化策を導入
2007年11月23日掲 載
例年より早い降雪となり、ニセコ地区や札幌国際などではこの連休でゲレンデオープンした。
北海道運輸局や旅行会社、北海道スキー連盟などでつくる「地域のスキー場活性化に関する検討委員会」は21日、モデルスキー場に選定したニセコいわない国際スキー場と国設阿寒湖畔スキー場について、子どもの集客や未圧雪路ツアー実施などを柱とした活性化策を発表した。
活性委員会は7月に道内スキー場からモデルを募集。その中から岩内と阿寒湖畔が選ばれた。このあたりの経緯については、7/30付けのブログで詳しく書いている。
活性化策では、共通して地元の子どもを呼び込める遊び場の整備やイベントの実施、外国人観光客らに人気の高い新雪や未圧雪路を楽しめるツアーづくりが盛り込まれた。ほかに、ニセコいわない国際は「団塊の世代」ら熟年層を対象にしたスノーボード教室の開催、国設阿寒湖畔は道外からの修学旅行向けプログラム改善のためのアンケートなどを行い、新たなスキー客の掘り起こしを目指すとある。(この部分道新記事)
管理人はいわない国際は閉鎖されている深雪バーンの開放とオフピステを利用したツアー、また、隣接する岩内温泉と豊富な海の幸を満喫できるような滑りではなく、寛ぎをメインにした楽しみ方の提供を訴えた。また、阿寒湖畔は、ビギナーの外国人旅行者誘致などを考えたが、委員会では修学旅行プログラムの改善が入っていた。概ね、こちらのイメージと同じ内容となった。
地域やそのゲレンデが持つ特性、強みは温泉や旅館などど同じで近くにいると気づかないもの。まだまだ埋もれているスキー場や観光地はあるはずだ。
[白い恋人」の販売が再開されたが
2007年11月22日掲 載
今朝22日、朝日新聞東京版22面を見て驚いた。何と全面広告で石屋製菓の「白い恋人」販売再開のお知らせが出ているではないか。道新はチェックしていないが、おそらく同じくそうであろう。それにしても新聞広告が安くなったとはいえ売上げ80億円程度の会社がこんな広告を出すのは異例のことであり、道外購買者を意識していることがわかる。
ご覧になった方も多いと思うが、6つの「私たちの約束」がある。賞味期限を120日にしたこと、ひとつひとつの袋に印字するなど品質管理の徹底を図っていることなどコンプライアンスを訴えている。
石屋製菓の事件以降、赤福や船場吉兆など土産菓子業界は矢面に立たされている。特に赤福は、絶対的なブランドにも関わらず嘘を積み重ねた結果、長年の伝統を数日で失墜させた。管理人も赤福には驚いた。その赤福に憧れ、北海道にもあのような菓子をということで石水社長はそれを目標にやってきた訳だが、今はどういう気持ちでいるであろうか。
今後の石屋製菓と白い恋人、銀行から数人入っているので当然その影響が強くなるであろう。これまでは石水商会、オーナー即決会社であったが、今後はそうはいかない。このあたりが、吉と出ると凶と出るか。白い恋人自体の売上げはそこそこ回復するであろうが、会社自体にパワーが戻るかは疑問である。
菓子以外の新規事業はセーブがかけられるであろう。
白い恋人は、もともと普通のチョコレート菓子、貯金箱で使えそうな箱のデザインセンスも決してよくなく、30年前のチロリアンといったかんじである。どう変化するか興味は尽きない。
ススキノと中洲・盛り場を比較してみると
これまでススキノは星の数ほど(言い過ぎ?)足を運んでいるが、西日本最大の盛り場・中洲には縁がなかった。もともと九州に行った回数が少なく、福岡は今回で2回目である。かなり旅はしている管理人であるが、全国で抜けている個所はけっこうあるのだ。
博多には2泊したが、滞在したホテルは西鉄イン福岡。福岡市内に「西鉄」と付くホテルが5つあり、さすが地元というかんじだ。8月にオープンしたばかりのホテルだが、実は2年前まで博多東急ホテルとして営業していた建物だ。那珂川沿いにありちょうど天神と中洲の中間。客室からは対岸に中洲のネオンが見え、立地はサイコウであった。もとはシティホテルなので客室も広く(ツインシングルユース)、古いながらもよくリニューアルされていた。
夕食時、天神から中洲を歩いてみた。天神は西鉄の始発駅、天神福岡駅があるが、九州最大のターミナル、そして最大の商業エリアである。あらゆる機能がここに集約されており、札幌でいえばJR札幌駅から大通、ススキノにかけてのマチ機能を兼ねているかんじであるが、スケールは博多の方が遥かに上である。この他JR博多駅もあり、ターミナルは2ヶ所あることになる。福岡空港も地下鉄で博多駅まで5分、天神まで11分とえらく近く、千歳と比較すると札幌はお話にならない。
さて本題の盛り場、中洲へ天神から歩いてみた。まさに那珂川と博多川に挟まれた”中州”に立地するのだが、ススキノと較べると意外に地味な印象であった。まず、規模がそれほど大きくなく、飲食店の数は2千軒強ぐらいということで、ススキノの較べると半分近い。
ススキノと違うところは、食事処よりもバーやクラブなどが目立つことだ。勿論、多くの居酒屋もあるが、普通の飲食店は天神界隈に多く、若者はそこに集中していた。
ススキノでは1軒目の食事から2軒目のスナックやカラオケまで同じススキノで完了するが、博多の場合、ちょっと違うようだ。それにしても博多は食べ物が安い。今は”ふく”の季節だが、3千円位からコースがある。管理人が入った割と有名な店では、とらふくコースが5千800円であった。また、どの居酒屋でも生の鯖(ごま鯖など)があり、初めて一尾姿で出てきたものをみた(何と580円)。この他にも水炊きやモツ煮込みやモツ鉄板焼、うどんも300円でお釣りがくる安さで食べられ、それも美味しく感激してしまった。
札幌の食は安い部類だが、博多には敵わないと思った。よく、単身赴任経験者にアンケートを取ると札幌と福岡が1,2位を占めるがよくわかる気がする。どちらも共通するのは食べ物が美味しいこと、そして地元の人のよさである。
ススキノと中洲、比較すると面白いが、中洲は大人のホステスさんを多く見かけた。和服を着ている人も多い。ススキノは、ニュークラブ(?)の子供ばかり目立ち、大人の女性を見かけなくなった。和服のママさんなど絶滅品種である。管理人は最近、ススキノが面白くなく、足が遠のいているが、こんなところにも理由があるかもしれない。
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ホステスさん御用達のブティック(?)
新・交通博物館もいいが九州鉄道記念館もオススメ
2007年11月21日掲 載
大宮に新しくできた交通博物館が大人気である。これほどまでに「鉄道趣味」が陽の目を浴びるとは想像もつかなかったが、この現象は、かつてプロレスが「私も実は昔からのファンなんですよ」といったかんじで、隠れキリシタンが一斉に外へ出てきたような時と似ている。潜在力の凄さをメディアに利用されているかんじだ。まあ嬉しいことだが。
大宮の交通博物館は混雑で当分行く気がしないが、先日、門司港へ行った折、駅に隣接する九州鉄道記念館を訪ねた。最初は何も期待しないで行ったが、結構見所がある。展示車両は門司港駅構内に併設するかたちで縦に並んでいる。
気になった車両は初の量産型気動車である戦前のキハ40000系、これは大宮の新博物館でも人気があるらしいが、九州でも記念撮影をしている人がもっとも多かった。何がひきつけるのであろうか。
また、管理人の世代には郷愁を誘う世界初の電車特急511系「月光」なども展示されている。レンガずくりの旧・九州鉄道本社跡建物が資料館となっており、なかなか見ごたえもある。ここだけの限定グッズもあるので見逃せない。東日本在住の人間には、生で見る機会が少ない車両や資料が展示されている。そういった意味でも新鮮で面白かった。
門司港、関門地区の観光活性と青函地区の比較
1ヶ月以上、諸般の事情がありブログ更新が滞った。本日から再開とします。
先週末、博多に所要があり訪れたが、その折、門司港に寄ってきた。門司港はかつて九州の玄関口であったが、関門トンネルや橋の開通、さらには航空機の発達により、取り残されたような場所になっていた。鉄道や海運が華やかし頃の歴史的建造物が残り、それを活かしたマチづくりをしようと「門司港レトロ」をキーワードに整備を続けてきた。
管理人は以前、函館で行なわれたマーケティングセミナーで「海峡観光交流」というテーマで話をしたことがあった。実は今回、訪れた関門地区、下関へは行ったことがあったが、九州側には行っておらず、門司を訪ねないことには罪悪感が消えず、いつか行こうと思っていた。
当日は博多からJR九州自慢の特急「ソニック」で小倉へ、フローリング調の床は流石と思い、その独創性にあらためて感激。小倉からは、赤いカラフルな電車に乗換え、門司港まで行った。まず、驚いたのは門司港での下車客が多いことである。終点であるが、多くが観光客。本数も1時間に3本以上あるが、鉄道を使ってこれほどの観光客が下車する光景は地方では珍しい。ちょっと感激した。
門司港の街はまるでハウステンポスのようであり、無料のテーマパークといったところ。コンセプトがしっかりしており、バラつきがない。北海道で似たような観光地を探せば、函館や小樽であろうが、観光地としての歴史がないにも関わらず、統一感ではこちらが上である。逆にいえば、完璧すぎて遊びがない。アーケードなど生活場を歩くと現実が見えて楽しかったが。
それにしても九州から対岸の下関は近い。レンタサイクルで関門人道国道で渡ったが、押して歩いても20分とかからない(乗っての走行は禁止。自転車は20円)。下関からは船に自転車を積み、門司へ戻ったが、非常に手頃な遠足である。
ところが青函地区の場合、そうはいかない。青森-函館間は、JR、高速フェリーを使っても2時間かかり、往復すれば1万円。関門往復なら往路人道、復路船で千円でお釣りがくる。
航空機が発達する前、連絡船で北海道旅行をした頃は、行きか帰りのどちらか十和田湖や浅虫などで1泊するのが普通の観光ルートであったが、今は別個の観光コースとなっている。
