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鉄道でしか行けないスキー場の話

2007年12月27日掲 載

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面白山高原駅

かつてはこの時期、スキー板を担いだ客でターミナル駅はごっだがえしていたが、この10年ほどで見なくなった。首都圏、東海圏、関西圏からはシュプール号などのスキー客用夜行列車が出ていたが、最近はごく一部の臨時を除いてスキー列車はなくなった。
スキーバスも激減、スキー人口そのものが減ったとはいえ、皆どういう手段でスキー場へ行っているのであろうか。

23日夕刻、新潟から上越新幹線に乗車したが、多くのスキー場がある越後湯沢からはパラパラとスキー客が乗車してきた。ボードを持っている客がいたがスキー板を持っている客はいない。雪不足のため、一部のスキー場しかオープンしてしていなかったが、多くはガーラ湯沢帰りのようだ。

ガーラ湯沢とはJR東日本が初めてつくったスキー場であり、季節営業のスキー場専用駅があるところとして有名だ。また、車の乗り入れは制限されており、新幹線客専用スキー場といっていいであろう。

新幹線を降りたターミナルがスキーハウスであり、ゴンドラに乗り換えればゲレンデに到着する。後発のスキー場のため、湯沢地区では開発に適した山がなく、標高の高い場所を無理やりゲレンデにしたせいかスキー場としては面白みに欠ける。湯沢高原や石打丸山と連絡しており、標高が高い分、上越にしては雪質がいいのとシーズンの長さがウリである。

鉄道とスキー場の関係は古く、1933年には上越線に岩原スキー場前駅が臨時駅として開業している。隣りの土樽や中里なども歴史が古い駅前ゲレンデである(土樽スキー場は数年前に廃止になった)。
岩原には鉄道省山の家があったが、既に戦前からスキー列車は運行されており、各地に鉄道省のスキーハウスができている(ニセコ五色温泉なども戦前からあった)。岩原の開業は清水トンネルの開業時期つまり上越線の開通と重なっており、当時の鉄道省が鉄道&スキーでキャンペーンを張ったのであろう。世の中がきな臭くなる前のいい時代である。
なお、岩原は昔、渡辺プロダクション系列の会社が経営しており、芸能人が多い華やかなスキー場であったらしい。

また、時代は遡り、1997年には同じ上越線に上越国際スキー場前駅が誕生している。マイカー時代となり、スキー人口も下降、それも新幹線ではなく、在来線にこの時期、この駅ができたのは不思議だ。

鉄道でしかいけないスキー場として有名なものとして仙山線の面白山高原駅がある。先週、仙山線に乗ってみたが、地図通り林道しかなく冬季は通行止めらしい。そして改札口の前にはスキーリフトがあった。オープンの前日だったので動いていなかったが、ホームを降りてリフト乗り場まで30秒はかからないであろう。面白山高原駅も歴史が古く1937年には開業している。スキー場の歴史も古く、ほぼ同時期に開業しているようである。

管理人の知る限り、100%鉄道でしか行けないスキー場は面白山高原だけであろう。

この他、駅前ゲレンデとしては飯山線の津南や木次線の三井野原などあるが、鉄道そのものの本数が少ないので利用者は微々たるものと思われる。また、北海道で駅前スキー場といえば夕張駅とマウントレースイスキー場であろうか。倶知安駅ホーム前に旭ヶ丘スキー場があるが少し距離がありそうだ。

以前は多く見られた駅前スキー場であるが数は減っている。面白山には「鉄一本」でいつまでも頑張ってもらいたい。

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北海道の産炭地を思い出させるくりはら田園鉄道と細倉鉱山跡

2007年12月25日掲 載

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写真上:細倉マインパーク駅跡 中:1989年まで終点であった細倉駅跡 下:構内にある給水施設跡(?)

22日に今年3月で廃止になった「くりはら田園鉄道」(旧栗原電鉄)のその後を見に行った。滞在先の鳴子温泉からは駅レンを借り、40分程度て到着。

薄すら雪が積もり、かつての終着駅「細倉マインパーク前」は駅舎や線路、ホームもそのままの形で残されていた。駅舎に併設されていた寿司屋は廃業しており、ホーム上には機関車が展示されていた。

この鉄道はもともと細倉にある鉱山(炭鉱ではなく銅)のために作った鉄道で、栗原電鉄時代は鉱山を運営する三菱マテリアルが親会社であった。しかし、1988年に鉱山は閉山され、三菱は鉄道事業から離れ、三セクで営業していたが、遂に力尽きた。

町の景色はその間、すっかり変わり、鉱山住宅など取り壊され、人口は激減した。今でも三菱マテリアルの事業所があり、輸入製品などの精錬やリサイクルなどを行なっているようだが、精錬所の前にあった中心街と思しきところはゴースト化していた。奇跡的に旅館が一軒残っていたが、鉄道の代替バスも空気を運んでおり、本数も鉄道時代よりも少ないようだった。

鉱山は現在、「細倉マインパーク」という遊園地兼鉱山内が探索できるような施設になっている。時期が時期だったので観光客は誰もおらず、鉱山には入らなかったが、三菱の精錬所前にある町の資料館を覗いてみた。

昔の写真を見ているとまさに夕張や三笠といった道内の産炭地の景色に似ている。実際、細倉を歩いていると一時の大夕張や美唄、赤平などを彷彿させた。大夕張には三菱の大夕張鉄道と三菱鉱業バス(のちの美鉄バス)、美唄も三菱系の鉄道とバスであったが、閉山と共に去ってゆく。

東北と「ヤマ」というのはあまりピンとこないが、岩手の八幡平にある松尾精錬や秋田の尾去沢、小坂など銅山はかなりあり、松尾や小坂には行ったことがあった。北海道の炭鉱と同様、過去には悲惨な歴史があったが、宮城の穀倉地帯からの僅か奥にこんなところがあるとは知らなかった。

今は静けさだけが残っているが今後どうなってゆくのか。

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写真上:三菱マテリアル 山上にかつての施設跡がみえる 中:中心街があったあたり(?)旅館が一軒残り営業中のようだ 下:旧終点であった細倉駅からマインパーク駅と鉱山跡をみる

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究極の鄙び系・かつての栄華が偲ばれる東鳴子温泉・旅館田中温泉

2007年12月24日掲 載

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写真上:田中温泉湯治部 昭和29年に完成した時はそのモダンさで大変な話題だったらしい
中:昼でも薄暗いロビー 下:大浴場脱衣場 椅子がいい

今回、鳴子には3日間滞在したが、東鳴子温泉の田中温泉に日帰り入浴で2回訪れた。この田中温泉、お湯はアブラの香りがしてヌルヌル感満点。このお湯は大のお気に入りなのだが、建物もまた味わい深い。今回は館内や外回りをじっくり写真に納めてきた。

何しろ田中温泉は平安時代からあるらしい由緒正しい温泉である。今は総称で東鳴子温泉とこのあたりのことを言っているが、少し前までは「田中温泉」と言っていた。事実、バス停の名称は「田中温泉前」である。また、古い旅行ガイドを見ると鳴子や松島の定期観光バスは田中温泉始発となっている。さぞや賑わっていたことであろう。

と、書くと今はどうなのか。これはとんでもないことになっている。「鄙び系」などというぬるい言葉では済まされないが便利なので使わせてもらう。
広大や敷地には江戸時代末期(?)に造られたらしい旅籠跡廃墟、昭和29年頃新築された当時は超モダンであったであろう湯治部、そして旅館部とあり、いくつ客室があったかわからない。客室の大半は廃墟化しており、今はごく一部しか使用されていない(できない)。なかには雪が積もっている部屋があった。

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写真上:古い病院のような廊下 中・下:使われていない湯治部客室 床が抜け床下は雪面であった

風呂は昔は超モダンであったであろう混浴大浴場、女風呂、貸切風呂が3つ、ここまでは200円で誰でも入れる(安い)。この他、旅館部にも風呂が3つか4つあるが、泊り客は殆んどいないようである。

ここの特長は電気がついていないので昼間から真っ暗であることだ。夕方に訪ねた時も電気が付いていない!!混浴大浴場も脱衣場も暗闇で、照明スイッチを探すのに苦労をしたが、何とか混浴大浴場に入るとお婆さん4人組が民謡を唄いながら2組づつで背中を流し合っていた。

円をくり抜いような不思議な形の浴槽では、お爺さんがひとりこれまた「大漁節」を唸っていた。暗く、湯気で顔や姿もはっきりわからないが、何だか不気味で、怖くなってしまい湯船には浸からずにすぐに出た。そして、着替えるのも面倒なので、籠を抱えて、裸で廊下を歩き(人もおらず暗闇なので大丈夫)、近くの貸切風呂に入った。風呂の窓を開けると江戸時代末期の旅籠廃墟が目の前に現われた。

田中温泉はワンダーランドである。真面目な話、維持だけでも大変であろうし、お兄さん(ご主人)とパートのおばさんだけで切り盛りしているようである。名物であった受付のおばんさんは身体を壊されて辞めたらしい。いつまでも続けてもらいたい田中温泉旅館である。残念ながら今回も宿泊する勇気がなかった。次回こそ。
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写真上:江戸時代末期のものといわれる旅籠廃墟 中:家族風呂 下:混浴大浴場

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駅前にある温泉旅館・鳴子中山平温泉「旅館三之亟湯」

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三之亟湯(さんのじょうゆ)の夕食と朝食

鳴子温泉郷2泊目はいちばん奥にある中山平温泉・旅館三之亟湯(さんのじょうゆ)に初宿泊。鳴子は陸羽東線の沿うかたちで手前から川渡・東鳴子・鳴子・中山平と続く。さらにバスで山に入るとスキー場がある鬼首(オニコウベ)がある。

その中では中山平は、今でも湯治客が多いところで、肌にまとわり付くようなヌルヌルの湯が有名だ。今回お世話になった三之亟湯は、温泉街からは離れ、中山平温泉駅のホーム裏手に位置している。普通の民家が並ぶ一角にあるが、旅館自体が民家と変わらず、見過ごしてしまうかもしれない。

今回、飛び込みで交渉をしたが、大変親切な応対であった。客室は9室。館内は絨毯敷きでスリッパははかない仕組みだ。温泉は重曹泉で、透明なお湯だがヌルヌル感は相当ある。皮膚病への効果は抜群だと若女将が言っていた。浴室はシンプルで男女それぞれ一つずつ。時間で入れ替えをしている。

食事はヘルシーで味付けも悪くない。豪華ではないが、ひとり旅や旅館の食事が続いた時などにはちょうどいいバランスだ。嬉しかったのは地酒がサービスで出てきたことだ。管理人は、旅館の夕食の際、必ず地酒を注文するが、どこにでもある銘柄が多く、レアなお酒になかなか出会えない。特に鳴子の場合、周辺が穀倉地帯でいい蔵があるのに出るのは一ノ蔵や浦霞ばかりだ。

実は、三之亟湯が出した「森泉」(森民酒造店)という地酒は鳴子の隣町、岩出山の酒で管理人は鳴子に行く際は必ず買ってくるお気に入りなのだ(通販でも買っている)。聞くと宿の親戚の方が森泉酒造で、その関係で味噌、醤油も使っているという。卸値が高いので、他の旅館は仕入れないと言っていたが、管理人は追加でオーダーしたところ1本500円しか取っていないので良心的な値段だ。

三之亟湯は楽天トラベルに加盟しているが、利用者の評価が高く、投稿数も多い。最近、ビジネス客が増え、古川に泊まらず、わざわざ鳴子まで来る客も多いという。じゃらんネットについても若女将に聞いたが、トイレが男女共同で、洗浄機もない。また、露天風呂もなく、今どきの女の子を満足をさせるサービスを提供できないので今は加盟してないと言っておられた。

全体的に良心的で、温かい宿であった。

12/22宿泊 1泊2食付 8,500円

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上:客室の窓を開けるとホームが 下:中山平温泉駅から見た三之亟湯(SLの向こう側の建物)

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温泉番付東横綱に輝いた鳴子温泉で泊まった「旅館すがわら」

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「旅館すがわら」の夕食と朝食

仙台出張の翌日、夕方に仕事が終わるのでその足で鳴子温泉へ向かった。鳴子温泉は大のお気に入りで管理人のリフレッシュ=鳴子なのである。以前は年に2,3回は足を運んでいたが今回は1年半ぶりである。

当初、仙台17時過ぎの新幹線に乗り、古川で陸羽東線に乗換え19時前に到着する予定であったが、仕事が早く片付き、1日1本の16時発鳴子温泉行き高速バス(ミヤコー大崎バス)に乗れた。料金は千円と安く、所要時間も1時間25分なので新幹線を利用するより早い。たまたまバスの終点・鳴子車湯が今回宿泊した「旅館すがわら」の真ん前でなので助かった。
JR鳴子温泉駅や温泉街の中心はここから10分程度歩かないといけないのでこのあたり、温泉直通バスにしては不親切だ。

今回、旅館すがわらへの宿泊は初めて、鳴子温泉では割といい評判を聞いていた。古い旅館だが、風呂の数が多く、特に貸切風呂がいくつかあるのでカップルに人気があるらしい。泉質は芒硝・重曹-食塩泉であるが、鳴子にしてはやや特長にかける(鳴子のお湯はどこも強烈な個性がある)。

食事は夜朝とも部屋食。実は鳴子温泉郷の宿の最大の問題点は食事である。食事に関してはどこもかなりアバウト。
宿は団体向けか湯治向けの二つに大きく傾向が分かれ、肝心の真ん中が抜けているのだ。お湯がいいからといって黙ってでも客が来る時代ではない。現に湯治客は減っており、団体客も大幅減少。旅館の廃業や経営交代も目立つが、いつ来てもあまり変わっておらずゆっくり時が動いている印象だ。

旅館すがわらの食事は、新しいものにチャレンジしようという意気込みは感じられた。「創作」とまでは言えないが、家庭料理ながら努力が伺える。食事に限らずロビーにある無料のコーヒー(この程度のサービスはどこでもやっているが鳴子では珍しい)など若いオーナー夫妻は頑張っていた。

全体的な印象でいれば及第点といったところだが、「じゃらん」ウケしそうな宿である。値段もお手頃なので若いカップルにはおススメである。

なお、鳴子温泉は雑誌「旅の手帖」が行なった「温泉番付」で東横綱に輝いた。温泉そのものの質でいえばえらく妥当な結果である。西は別府温泉であったが、これも当然と思い納得いく。鳴子はもっと、もっと知って、来てもらいたい温泉地である。

12/21宿泊 1泊2食付 1万円(じゃらんネット)
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三井アーバンホテル仙台アネックス(最近泊まった宿)

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年も押し迫ったが出張で仙台へ行った。仙台宿泊は2年ぶり、仙台国際ホテルか仙台ホテルがお気に入りだが、今回は予算の都合で三井アーバンホテルアネックスに宿泊した。

管理人はグランビスタグループ(札幌グランドやパークホテルなど旧三井観光系)が運営すhoteland.comの会員なので最初そこから予約を入れる予定であったが、楽天トラベルやじゃらんねっとの方が安く、結局ポイントを貯めているじゃらんから申し込んだ。
自前サイトより、宿泊ポータルサイトから予約を入れた方が安いケースはよくあるが最近では減っている。このあたり新生グランビスタグループは顧客管理ができていない。

ホテルはアネックスと名が付く通り、本館とは離れており、こじんまりしている。デラックスシングルにしたが、客室は17㎡とビジネスとしてはやや大きい程度、ベットは170cmのダブルサイズを使用しており、こちらは合格点だ。また、全客室にPCが設置されている。テレビ&VOD兼用だが、今回の出張ではノートを持って行かなかったのでここを選んだ。便利だが、客室PCはこれ以上普及しないのではないか。

朝食は1,050円で1階のイタリアンレストランで和洋セットのチョイス。可もなし不可もなしといった内容。仙台駅からは徒歩7,8分の距離。駅周辺は朝食無料宿泊特化型ホテルの進出が相次いでおり、実用性ならそちらに負けるであろう。

宿泊日12/20 料金7,900円(じゃらんネットより予約)
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定禅寺通りの「光のページェント」

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にっぽんの温泉100選」で草津が5年連続で1位に

2007年12月18日掲 載

旅行業界紙、観光経済新聞社が主催する第21回「にっぽんの温泉100選」で草津温泉が5年連続で1位に輝いた。

順位は以下の通りカッコ内は昨年の順位
 1位(1) 草津(群馬)
 2位(2) 由布院(大分)
 3位(4) 黒川(熊本)
 4位(3) 登別(北海道)
 5位(5) 指宿(鹿児島)
 6位(10)有馬(兵庫)
 7位(6) 道後(愛媛)
 8位(7) 別府(大分)
 9位(8) 和倉(石川)
10位(11)城崎(兵庫)

全体的には大きな変化はないが、”首都圏温泉”の草津と由布院、黒川の九州勢は強い。先日のブログで書いた口コ旅行ミサイト「フォートラベル」の人気温泉投票でも1位黒川 2位由布院 3位草津とあまり変わりない。

業界向けの観光経済新聞と個人利用者が投稿するフォートラベルでは投稿の視点も異なるが、上位は一致しているようだ。但し、フォートラベルの「ひとに勧めたい度」では、乳頭、酸ヶ湯、玉川、松之山、黄金崎不老不死などが登場し、今後は「秘湯的」な宿も業界紙のランキングに登場してくるのではないか。

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おんたけスキー場のゴンドラ事故、リフトの老朽化と経営者の変更との関係は

2007年12月16日掲 載

昨日全国ニュースになったが、長野県王滝村にある「おんたけ2240」スキー場で、運行中のゴンドラリフト(6人乗り44基)が緊急停止し、乗客90人が宙づりのゴンドラ内に閉じ込められる事故が起きた。ゴンドラの数が多く、救出に手間取り、最後の乗客は11時間半以上、狭いゴンドラ内に取り残された。
今朝、スキー場のHPを見ると通常通り営業しており、昨日の件に関しても謝罪はしているが、1,2行程度のものであった。

「2240」は、昨シーズンまで「おんたけスキー場」と呼んでいたが、今シーズンから名称を「おんたけ2240」に変更した。標高の高さとロングコースを売り物にしているが、すぐ近くには「御岳ロープウェイスキー場」があり紛らわしかった(ロープーウェイスキー場では2,3年前夏山リフトのゴンドラが落下し、死者を出した事故が記憶に新しい)。また、岐阜県側の御岳にはJR東海が運営する「チャオ御岳」があり、このエリアには「御岳」ブランドのスキー場は3つあるのでわかりずらかった。

今回、事故のあった「おんたけ2240」は中京圏のスキーヤーに親しまれた老舗ゲレンデであり、長く王滝村村営であった。しかし、客足が減り、昨年から運営が加森観光の子会社に移され、名称を差別化をはかる意味で変更されたのであろう。

スキー不況が長く続くなか、ゴンドラ、リフトなどの老朽化が進んでる。80年台後半から90年代に初頭にかけて多くの新設・架け替えがされたが、20年以上経過している。今回、事故があったゴンドラは1989年製である。一部の索道を除いて大半が冬季のみの営業なので、毎年、運輸局の審査を通っているとはいえ不安は残る。

加森観光では、道外でも安比高原や猫裏磐梯魔などいくつかのスキー場を運営している。加森に限らず、最近はスキー場の経営変更が多いので、あらためて施設の再点検と緊急時の対応方法など安全面でのチェックをお願いしたい。

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エアトランセ、ロング遊覧飛行や都市間貸切に活路か

2007年12月15日掲 載

先日のブログでかなり厳しく書かせてもらったエアトランセだが、既報通り、15日から函館-仙台線を再開させた。当面は15,000円のバーゲンプライスのようである。

トランセの新たな試みとしてクリスマスに道内を一周し、空から雪景色などを楽しむ遊覧飛行を企画している。 フライトは函館空港を25日昼ごろ出発し、洞爺湖・羊蹄山-札幌上空を経て旭川・大雪山、さらに東へ阿寒・摩周湖、知床半島を通り、北方四島を空から一望して函館に戻る計画という。所要時間は約2時間半で、料金は1人2万5000円。

また、チャータ便にも力を入れるようで、HPによると【函館からから丘珠、女満別、旭川、帯広など12名以上乗ると普通の飛行機代金と同じで好きな時間に好きなところへ飛べます!!】とある。非常に曖昧な表現だが、料金の目安はフライト時間1時間 、道内20万円 、道外24万円 とある。

どのあたりまで行けるのか詳しいことはわからないが、社内旅行や記念旅行で使ったら面白いかも。観光遊覧飛行は以前、道内に限らず全国各地にあった。しかし、飛行機が特別なものではなくなったこともあり、現在は数が減っている。

エアトランセは、チャーター形式で、ある程度距離がある遊覧飛行や都市間移動での団体需要に活路を見い出した方が、乗り合い方式の準定期便よりも可能性がありそうである。
まず、需要を作るためには、信頼を回復することである。

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隠れた名湯、留辺蕊の滝の湯が休業 増える公共温泉の閉鎖

2007年12月13日掲 載

北見市留辺蘂(旧留辺蕊町)にある温泉施設「滝の湯センター」が11月30日で休業した。市は4年前に事業継続を条件に民間業者に無償で経営委譲していたが、利用者の減少、管理費の高騰などを理由に休業を決めた。

国道39号線沿い、温根湯から少し離れたところにあるが、滝の湯は泉質が素晴らしかった。ところが2回入浴したが2度とも誰もいなかった。すぐ隣りにニュー静林荘があり、こちらはお年寄りが多かった印象だ。
また、歩ける範囲に「塩別つるつる温泉」がある。ここはなぜか人気で、平日でも駐車場がいっぱいであった。

管理人は塩別つるつるよりも、滝の湯が方が好きだ。静かというだけではなく、お湯が滑らかで、まさにお肌スベスベ(高砂親方のフレーズ)になる。泉質として相当な高レベルだ。小さな風呂がひとつなので物足りないという人も多いかもしれないが、こういう温泉の方が落ち着く。公共の湯としては数少ないかけ流しであった。市では新しい引き受け先を探しているとのことなので再開を期待する。

滝の湯の場合、至近エリアに温泉が3ヶ所もあり、民間事業としては成立しないであろう。塩別つるつるは派手に宣伝しているが。

そういえば同じ北見地区置戸町の「勝山温泉ゆぅゆ」(勘弁してほしいネーミングだ)も引き受け先が見つからず閉鎖されていた。管理人は昨年入浴したが、その豪華さに驚いた。リゾートホテル並みである。置戸は公共温泉と宿が3ヶ所(鹿の子温泉と宿は町営ではないかも)もあり、このご時勢で大丈夫かと思ったが、案の定、閉鎖に追い込まれた。さらに町HPによると「メモリーハウスおけと」も休業しているようである。ゆぅゆは、最近新しい管理事業者がみつかったようだが。
 

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ルスツが温泉を掘削、12/20にオープン

2007年12月12日掲 載

スキーシーズンが幕を開けたが、ルスツ・リゾーートに温泉が12月20日、オープンすることになった。泉質はカルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉。日帰り入浴も可能で、利用できる時間帯は午前6時から午前9時と午後2時から深夜1時までに分かれている。入浴料は大人、子どもを問わず1人1050円。

ルスツにこれまで温泉がないのは意外なかんじがしたが、2008年夏に開催される北海道洞爺湖サミットで国際メディアセンターになるなど存在価値が大きくなっている。

サミットの際は外国人プレスも温泉に入るのであろうか。先日、「クーリエ・ジャポン」を読んでいたらスイス人記者の日本温泉探訪記があった。その中で、【日本人は身体を丁寧に洗い流してからでないと入浴できない決まりがあり、温泉は日本人にとってレジャーではなく儀式のようなものだ】といった内容で書いてあった。その的外れぶりぶり(ジャポニズム趣味)に笑ってしまった。

来年の夏はルスツ温泉の話題が世界に流されるのであろうか。洞爺湖、登別などの温泉ホテルに宿泊する外国プレスも「浴場」にさぞや驚くであろう。

【参考】ルスツリゾートの公式サイト

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北見東急が三セクモールに

2007年12月11日掲 載

10月末で閉店した北見市の「きたみ東急百貨店」のビルが8日、「まちづくり北見大通りビル」と名称を変えて生まれ変わり、一部オープンした。

旧きたみ東急百貨店は、北見駅前にバスターミナル、東急インなどを併設するかたちでマチの「核」として存在していた。しかし、地方都市に於ける中心街の空洞化や東急グループのリストラなどもあり、次第に存在感が薄れて閉店に追い込まれた。

新しいビルは、北見市が百貨店跡の土地を購入しビルの無償譲渡を受け、第三セクター「まちづくり北見」に管理運営を委託するというもの。最初に地階(食料品)と1階(洋品雑貨)、6階(レストラン・映画館)の3フロアが開店した。

果たして三セク形式のショッピングモールが成功するであろうか。同じ三セクが運営する釧路にある「フィッシャマンズワーフMOO」は、出来た頃の面影もなく、何とかテナントを埋めようとするだけで、全くコンセプトに欠ける魅力ないものになってしまっている。北見東急の場合は、地域住民がターゲットとなっているが、郊外店舗から呼び戻すことができのか大いに疑問である。

現在、道東地区で百貨店があるのは帯広の藤丸だけで孤軍奮闘している。釧路市は丸井今井が撤退した跡に民間施設「キュート」がオープンする予定であったが、テナントが集まらず募集を中止していると聞く。
北見市は人口が帯広や釧路と比べ少ない。この規模で百貨店を運営するのは、困難に近く、ショッピングモールに転換するとしてもよほどの”ウリ”がない限りは厳しいであろう。

北見市は釧路の二の舞を避けたかったのかもしれないが、三セク以外の方法(PFIなど)なかったのであろうか。唯一、救いはターミナルに位置し、ホテルや映画館「シアターボイス」があることである。集客機能があり、また地域の文化的拠点にもなりうる。

なお、「まちづくり北見大通りビル」では、愛称を募集中とのことである。

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コンサドーレスポンサー、今後はニトリ主導か

2007年12月10日掲 載

来季からJ1に復帰するコンサドーレのメーンスポンサーにニトリがなることになった。広告料として2億円、チーム強化費として1億円を出すもので、財政難のチームにとっては救世主の登場である。

ニトリは来季からユニホームの胸スポンサーとなり、コンサ2シーズン目の97年から続いた「白い恋人」は背中ロゴにまわることになる(コンサ初年は確か胸がハドソンで背中がサッポロビールであった)。これまでコンサドーレは石屋製菓=白い恋人=石水勲色があまりにも強く、それが災いして大物スポンサーが就きづらかった。

実際、石水氏(石屋製菓)は、豪華な「白い恋人サッカー場」まで提供し、スポンサー兼チーム運営にも携わる実質のオーナーであったが、あの不祥事により、これまでと同じ形態、規模でのスポンサードができなくなった。

そこでニトリが登場した訳だが、似鳥昭雄社長は慈善事業的な活動にも熱心な方である。もともと石水氏と似鳥社長は親交があり、その関係で協力を依頼したのであろう。J1とJ2では露出効果が全く違い、全国進出を果たしているニトリにとってはいいタイミングである。

約10年続いた石屋製菓(白い恋人)主導のスポンサードだが、来季からは体制が大きく変わりそうである。

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マウントレースイで雪上車ツアーを開催、増える雪上車の活用

2007年12月08日掲 載

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夕張市の夕張マウントレースイスキー場が、ナイター終了後、雪上車に乗ってマウントレースイの山頂を目指し、札幌方面の夜景や都会では見ることのできない満点の星空を見学するツアーを開催することになった。 料金は4,200円
期間は、12月22日(土)~3月29日(土)の毎日で出発は日没後。所要時間は約1時間 である。
また、レースイでは、最大斜度53度(こんな斜度聞いたことがない)の超ハードコースの「エクストリームライン」が登場。流行のオフピステを気軽に堪能できる。

最近、雪上車を利用したツアーが増えている。
札幌市の藻岩山では、冬季は展望台行きシャトルバスが雪上車となり、さらに「そり」付きの雪上車「もーりす号」が今年も登場する。昨シーズンはなかなか好評であったらしい。なお、北海道中央バスの定期観光バス「冬の札幌号」では、雪上車とそり付きの雪上車の体験乗車が組み込まれている。

この他、札幌国際スキー場では、山頂散策ツアーや3月からはキロロスキー場を結ぶ雪上車も運行される。

スキー経験がない人や外国人観光客などに冬の自然の雄大さを気軽に楽しんでもらうことができる雪上車の活用は、新しい試みとして注目である。

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動物園効果で好調な道央、知床、道東は大苦戦

2007年12月07日掲 載

道内主要地域の4―9月の観光客数が発表された。

全体的には不振の中、ひとり気を吐いているのが旭川市で前期比8.1%増の471万6600人。宿泊延べ数、外国人宿泊延べ数とも2年連続の最高を更新した。動物園さま様だが、交通アクセスがよい「丘のまち」美瑛町も大幅増と恩恵を受けている。

但し、すべてがそうではなく、層雲峡は減少している。 温泉地としての魅力の無さといってしまえばそれまでだが、個人客が少なく、団体に依存している限り、層雲峡は悪循環から脱することはできないであろう。あそこからビルが無くなり、乳頭温泉や黒川温泉のような宿群ができれば、大人気となると思うが。

落ち込みが目立つのは道東圏である。知床の世界遺産ブームが去り、斜里町では、前期比13.7%減の98万2000人だったのを始め、網走市は6.7%減、弟子屈町が8.2%減と苦戦した。
知床半島は、成熟型の観光地であり、効果が続かないとみていたが、早々に落ち込みを示した。このあたりの経過については、過去のブログでも触れている。

全体的には旭山動物園や富良野・美瑛、冬季のニセコなど一極集中型であり、新鮮味に欠ける結果となっている。観光スタイルは変化しているようだが、実は個人、団体を問わず、ネームバリューがある一部に需要が集中する傾向には変わらない。

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デュエットの王道「北空港」と遠距離恋愛ソング

2007年12月06日掲 載

先日、歌手の桂銀淑(ケイウンスク)が覚せい剤で逮捕された。
この人、だいぶ前に札幌のホテル客室で暴れてスイートルームを破壊したという話を聞いたことがある。クスリをやっているのではないかと噂されていたが、やはりそうであった。

彼女と作曲家・浜圭介のデュエットソングに「北空港」がある。あまりにも有名で、デュエットの王道を行くような曲だが、この歌の歌碑が新千歳空港ターミナル2階にある。ボタンを押すとメロディが流れるが、「逮捕された人の名前を掲げておくのは、観光施設としてふさわしくない」と理由で、今週中にも歌碑から「唄・桂銀淑&浜圭介」というシールをはがすことになってしまった。浜圭介さん、お気の毒である。

管理人も「北空港」は好きな曲。北海道で唄ったことはないが、これを歌うと千歳か札幌(ススキノ)にいるような気分になる。
この曲のテーマは、ススキノのホステスさんと店のお客さん(多分、転勤か頻繁な出張で北海道に来る道外の男性)の恋愛という「定番」ものである。

こういう関係をテーマにした曲は多く、ロスプリモスの「札幌の星の下で」の歌詞では、♪泣きじゃくる 泣きじゃくる 千歳の空を 今日も飛ぶ あのオーロラよ♪という部分がある。ここに出てくる「オーロラ」とは、昭和40年代、真夜中に東京-千歳を飛んでいた「オーロラ号」のことだ。きっと好きな男が、ススキノで飲んで、午前2時頃に千歳を飛び立つYS11で帰ってゆくのであろう。いい時代である。

千歳ではないが、最近歌碑ができた「小樽のひとよ」(鶴岡雅義と東京ロマンチカ)も東京と小樽の遠距離恋愛ソングである。その後、アンサーソングとなってシリーズ化されたが、この曲のイメージは空港ではなく青函連絡船である。今から40年も前の曲だが、当時、東京と北海道は遠かった。遠距離恋愛の舞台には最高である。

時代は遡り、バブルの頃には東海道新幹線の日曜最終列車を舞台にしたユーミンや山下達郎の”シンデレラエキスプレス”のCM(You Tubeの画像、懐かしいです)が流行した。この頃になると便利な新幹線のおかげで頻繁に逢えるようになり、遠距離恋愛にも悲壮感がなくなっている(主人公は日陰の女ではなく、男女雇用均等法が施行され、総合職ではたらいているようなOLのイメージだ)。関係が対等になっている。

「北空港」も同じ時代の曲だが、航空機の大衆化により、札幌まで頻繁に会いに行けるようになる。

管理人もこの頃から金曜夜の飛行機か「北斗星」で北へ向かうようになった。北海道新幹線開通までまだ時間があり、当面は遠距離恋愛が絵になりそうな北海道である。

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ユニークな小樽観光応援ファンドが登場、最初のターゲットは鉄ちゃん

2007年12月05日掲 載

小樽観光の活性化に役立てようと小樽観光協会が4日から、市内ホテルへの「応援金」を一般公募する。
仕組みは出資希望者が応援したいホテルを選ぶ。どの宿泊施設を応援したいかを選び、1口2万2000円または3万2000円を振り込む。旅行プランの期間は12月9日から来年2月29日まで。

各施設がこの期間中に該当プランで黒字を出せば、応募者は3月に、応援金に数百―数千円上乗せした額のホテル利用券をもらえるというもの。
プラン利用客が少なかった場合は、応援金から最大で2000円少ない額のホテル利用券をもらう。応募はインターネットを通して今月25日まで受け付ける。

投資というよりは、小樽ファンづくりと冬季観光対策といったかんじだが、観光客が減少傾向にあり、宿泊率が低い小樽にとってはいいアイデアだ。
地域産業活性プランの一環で、助成金が出ている事業だが、宿泊施設を対象にしたのは、はじめてということでどういった反応があるのか興味がある。

また、プランとしては、「てっちゃん小樽の一人旅プラン」、スキーツアーなど6種類が用意されている。小樽は、北海道鉄道発祥の地であるので鉄道ブームにあやかろうということか。

なお、対象の宿泊施設は小樽グランドホテル、ホテルノルド小樽、武蔵亭、ホテルソニア、ウィンケルの5施設である。
 
小樽応援サイト詳細

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ツアー予約が好調、底を打ったかスキー客

2007年12月04日掲 載

今シーズンは雪が早い。道内の標高が高いスキー場はすでに大半がオープン済み。
本州でも東北を中心に、八甲田、安比高原、蔵王、グランデコなど、上信越でも奥只見丸山、かぐら、志賀高原、八方や栂池など天然雪でオープンしている。20年以上前ならこれらのスキー場は12月の声を聞けば滑走可能となったが、昨今の温暖化でシーズンインが2週間以上遅れるようになった。

また、各スキー場の客足が好調だ。昨季は暖冬と雪不足に悩まされたものの、今季は早めに雪が降ったことが好影響になっているようだ。
道内では、本州方面からのスキーツアーの予約は好調らしい。ALスキーツアーによると、12月の北海道スキーの予約は前年比7%増。他社も同じようである。

オーストラリアや韓国など海外からも昨季以上の来道が見込まれている。昨季はオーストラリア客を中心に1万5千人の外国人が宿泊した倶知安町(ニセコヒラフ)では来年1,2月の最盛期はほぼ予約で埋まっており、昨年より2,3千人は増える見込みという。また、ウォン高で海外旅行ブームが続く韓国からも大幅に増えそうである。

底を打ったかにみえるスキー不況。もともとスキー場は供給過多であり、この数年で大幅なスキー場の整理が行われた。バブル前の1985年頃の数字で需要とのバランスが合うのではないか。
下げ止まりをみせ始めたスキー客だが、以前のような大幅な伸びは期待できない。これまで知恵をあまり絞ることなく、殿様商売のツケが長い低迷と関係してるが、最近になって各スキー場個性を打ち出すようになってきている。

今週は断続的に寒気が入るので週末にかけてオープンするスキー場も増えそうだ。今期のスノーリゾートビジネスの動向に注目したい。

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お気に入り札幌ロイヤルホテルが営業を再開

2007年12月03日掲 載

経営破たんでいったん9月から閉館していた老舗のシティホテル、札幌ロイヤルホテルが先月の23日から営業を再開した。

札幌ロイヤルホテルは、札幌駅前にあるセンチュリーロイヤルホテルと同じ経営(札幌国際観光)だが、経営難に陥り、センチュリーは営業を継続したもののロイヤルに関しては、閉鎖をして新たな運営会社を探していた。

その後、新しい運営会社としてゴルフ場運営の恵庭開発が同ホテルを購入。廃業を免れ、営業再開にこぎつけた。新しいHPを見る限り、これまでのロイヤルのサービスを継続している。ホテルが転売されると新会社の方針でシティホテルだったものがビジネスホテルなどに鞍替えされることがよくあるが、ロイヤルホテルはシティホテルとしてやってゆくようである。

また、道新記事によると「再開後の新たな試みとしては、帯広の人気ベーカリー「十勝ベーグル」の商品を毎日100個限定で販売。同店の商品が帯広以外で購入できるのは同ホテルのケーキ売り場だけで、午後1時からの販売ながら、連日ほぼ完売という好評ぶりだ。また、営業再開を口コミで観光客らに伝えてもらおうと、タクシー運転手向けに特別ランチ(840円)を設けるユニークな試みも。」とある。

休業が決まった際、8月のブログでも書いたが、札幌ではグランドに続く歴史があるホテルで、以前はかなりの高級感があり、良質なホスピタリティがかんじられたお気に入りホテルであった。従業員の多くが戻ってくるようなので以前と変わらないサービスを期待したいものだ。

建物は老朽化しているが、今後、新生ロイヤルホテルとしてどういった集客戦略を打ち出すか?このホテルは以前から「食」がウリであったので飲料部門の充実(時代に逆行しているようだが)や親会社のゴルフ客を取り込むなど泊まる以外の部分に価値を見出すべきではないか。

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消え行く寝台列車はかつてのSLブームを彷彿させる

2007年12月02日掲 載

現在、発売中の趣味情報誌「自遊人」と「一個人」では、寝台列車特集をしている。自遊人では、「汽車旅賛歌」と題し、カシオペア・トワイライトエクスプレス・北斗星の「三大豪華寝台覆面取材 」が面白い。また、一個人では、「豪華寝台列車と冬のローカル線の旅」を特集しており、競合誌である両誌が同じテーマを組んでいる。

以前、「HANAKO」と「OZマガジン」などが鎌倉や京都特集で重なることはあったが、男性中年以上向けの雑誌で、最近は寝台列車特集が定番になっている。
鉄道雑誌でも以前、ブルトレ特集をやると部数が伸びたというが、その頃の鉄道少年がいい齢となり、購読をしているのであろう。

ところで先日、来年春から再来年にかけてのダイヤ改正に於ける寝台列車の大幅削減が発表された。九州ブルトレの廃止は遂に来るべき時が来たかというかんじだが、一時は3往復体制であった「北斗星」が2往復から1往復に減らされた。
プラチナチケットといわれた北斗星でさえもさすがに需要が減っているのであろう。車両の耐用年数も限界に来ており、ごく限られた豪華寝台を除き、日本から寝台列車がなくなる。

これから消え行く寝台車ということで何度もメディアで取り上げられていくであろうが、これに似た現象をかなり昔に経験した記憶がある。
それは管理人が小学生から中学生にかけての頃に起きたSLブームである。当時、蒸気機関車がなくなるというのでテレビや雑誌では、食傷気味になるほど特集が組まれていたのだ。最初は客車、客車がなくなってからは貨物と5年ぐらいは続いたのではないか。

確か弘済出版(現在の交通新聞社)発行の時刻表には、SL専門のものがあった記憶がある。管理人はSLにはあまり興味がなかった。なぜならSLと時代を共にしていないので郷愁を誘うといわれても実感がないのである。6才の時、館山から両国まで房総西線(内房線)で乗った海水浴客向けの臨時列車が唯一乗ったSLである。

それよりも憧れたのはブルトレであった。「あさかぜ」など九州行きの個室寝台に乗ることは、飛行機のファーストクラスに乗ることよりもすごいというのが当時の感覚であった。なので未だに寝台列車へのこだわり、憧れは強く、その結果、90回以上も「北斗星」に乗ってしまった。

管理人オススメの寝台列車と寝台タイプは、「トワイライトエクスプレス」のシングルツイン、「あかつき」の同じくシングルツイン、「サンライズ」のシングル、「あけぼの」のソロ、「北斗星」であれば高いがロイヤル、また、寝台ではないが、「はまなす」ののびのびカーペットカーがいい(これに似たものがサンライズにもある)。唯一列車を挙げるなら「トワイライト」であろう。

最後に東京、大阪発の九州方面ブルトレを全廃するのなら、是非、東京発九州方面(宮崎や大分・湯布院方面)行きの豪華寝台列車を走らせてほしい。カシオペアのような隔日1編成でいい。東京を16時頃に出て、名古屋と深夜帯に近いが大阪で客を拾う。
別府、湯布院、宮崎などかつて新婚旅行で訪れたシニア層などターゲットに「カシオペア」、「トワイライト」の九州版ができることを願っているが。九州新幹線の工事も進み、JR各社の思惑利害が異なるので実現は難しいかもしれないが、需要は見込めるのではないか。

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エアトランセがこの時期、函館-仙台線を再開させるらしい

2007年12月01日掲 載

エアトランセが30日、11月1日から運休している函館-仙台便を12月15日に再開する方針を固めたことを30日付け道新が伝えている。

道内連絡便から撤退し、さらに沖縄離島便も僅か3ヶ月で退散。、その後、函館-仙台便は、予約があれば一人からでも運航する「乗り合い便」方式で7月から就航しが、仙台空港の保安検査場を使用できなくなったため、11月から運休してた。また、11月1日から就航した大分-那覇の「乗り合い便」は、予約が少なく”一人からでも”を11/9から「一定の人数以上・・・」に変更。今度は僅か8日間で、撤退ではないものの変更で迷走ぶりが続いている。

また、エアトランセは、函館空港内にある格納庫が抵当権に入っており、先日、税金滞納で航空機1機が函館税務署に差し押さえられていることがわかった。仙台線休止の理由も保安検査場の使用料金が払えないからであろう。

そんな中、エアトランセへ融資をしていた函館の信販会社のハコセンが倒産。同社はエアトランセ向けに20億円にのぼる無担保融資をしていたことがわかり、航空機差し押さえもわかってしまった。
先月、ハコセンが自らの経営破綻記者会見において、エアトランセと会長夫妻に融資している計20億円程の返済が滞っていることを明かした。

エアトランセの江村林香社長は、無担保融資20億円が回収困難になっていることについて「事業を続け、できるだけ要望に応じ返済していきたい」との意向を表明し、「民事再生法の申請や業務停止は考えていない」と言い、資金繰りについて、増資を検討していることも明らかにしている。
ちなみにエアトランセの07年3月期決算は売上高約3億円、純損失約16億6千万円である。

この話で驚いたのは、エアトランセのような場当たり的”無責任企業”に20億円もの融資を無担保でするハコセンという会社の存在である。ずさんな融資の結果が倒産だが、どうしてこのようなことが起きるのか不思議である。
また、エアトランセ側も増資を検討し、新たな資金調達先を確保したようなことを江村社長が示唆していたが、これまた場当たり的な発言ではないであろうか。これが事実だとしたらいったいどこから?

はっきり申し上げて、エアトランセと江村社長は、既に社会的信用を失っている。収益確保が困難なコミュータ航空に参入したチャレンジ精神は評価するが、その後のやり方が悪すぎる。小さいながらも公共交通の一翼を担っているという意識をかんじられないのだ。
社長は何か勘違いをしているのではないか。多分、被害者意識、ヒロイズムのようものがごちゃ混ぜになっているのでは。

函館-仙台線の運行再開は、これが本当に最後の最後の試金石であろう。

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