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スカイマークが東京-旭川線開設を申請、エア・ドゥは11月から仙台就航

2008年01月31日掲 載

スカイマーク航空は30日、旭川-羽田間の路線開設を国土交通省に申請した。4月25日から一日3往復の運航を計画しており、競合する3社(JAL・ANA・エア・ドゥ)よりも大幅に安い片道運賃17,000円を検討している。

また、北海道国際航空(エア・ドゥ)は11月をめどに新千歳-仙台線に就航する方針を決めたと31日付け道新が報じている。新千歳-羽田線、旭川-羽田線などに続く5路線目で、羽田発着以外の路線を就航させるのは初めて。一日3往復を予定している。ビジネス需要が堅調なことから収益が見込めると判断した。

スカイマークの旭川就航は昨年夏頃から話が出ていたが、競合3社と比べ、大幅なプライスダウンとなった。現時期のスカイマーク東京-札幌線普通運賃と変わらず、これまで新千歳以外割高であった道内地方空港線が”値崩れ”する。動物園需要も衰えていないことから、競合4社の中ではトップの搭乗率になるのではないか。

エア・ドゥの新千歳-仙台線はANAの既存路線を減便させるコードシェア方式のようで、これまで函館線、旭川線、女満別線でも同様な処置を行っている。エア・ドゥは完全にANAの補完会社化しており、今後、規制緩和で登場することが予想される大手航空会社の安売り航空会社の一部門と捉えた方がいいであろう。

それにしても競合(それも3社以上)が参入しない限り、運賃を安くしない航空会社の談合体質は何とかならないものであろうか。JRの運賃は概ね20年以上変わっていないが、猫の目のように相手の顔を伺いながら変化する航空運賃にはウンザリである。

米国では元祖・激安徹底合理化で名を馳せたサウスウエスト航空がメジャー化して現在では米国内5位になっている。決して安かろう悪かろうではなく、信念も持って運営している会社だ。日本にも早くサウスウエストのような会社が登場してもらいところだ。

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増える温泉地への直通バス、一度システムを利用者に説明したら

2008年01月30日掲 載

稲取温泉バス.jpg
温泉協会(稲取温泉観光合同会社)が主催する東京-稲取直行バス

28日付けのブログで旅行業の規制が緩和され、地域限定付きという条件ながらホテル・旅館でも旅行商品の取り扱いが可能になる法案が今国会に提出される運びになりそうだという話題に触れた。

今月20日から東伊豆の稲取温泉が自ら東京-稲取温泉直行バスの運行を開始した。稲取温泉観光合同会社が主催するバスでバス会社が運行する路線型高速バスや旅行会社が主催する観光ツアーバスとも形態が異なる。観光協会自ら旅行取り扱い資格を取ったものだが思われるが、稲取温泉は昨年、観光協会事務局長を全国公募するなどこのところ動きが活発だ。温泉自らバス会社と契約し、集客をはかる。

料金は片道3千円なのでJRの「スーパービュー踊り子」利用の約半額である。首都圏から温泉地へ向かう直通バスは最近急増えており、草津、那須、四万、伊香保直行便や路線を延長して湯村や下呂、昼神へ伸ばすなど定期路線便の進出が目立つ。

また、北関東などの大型温泉ホテルが都心から現地まで無料送迎するものや、片道2千円程度の有料のものもある。「無料」であれば送迎扱いなので旅行業法に接触しないが、有料ならば旅行商品扱いとなる。その場合、ホテル旅館側が旅行会社と組むか、みずから旅行会社を保持して催行するということになる。このあたりの線引きは非常に曖昧であり、国交省も頭を悩ましているところであろう。

北海道ではかなり昔から札幌などからかなり遠いところへ無料送迎バスを走らせていた。今でもカラカミ観光野口観光では、定山渓、登別、洞爺湖などには「無料送迎バス」を走らせている。カラカミなどは以前、札幌から阿寒湖までの無料送迎があった気がするが、現在は「ツアー形式」となっており、カラカミ観光の旅行部門が取り扱っている。
野口観光でも函館の啄木亭までのツアーバスがあるが「無料送迎バス」扱いになっている。

「無料送迎」と「有料送迎(旅行商品扱い)」の境界線は微妙。札幌から阿寒湖まではあまりにも距離がありすぎて行政指導が入ったのか。それてもコストの問題か?しかし、函館も遠い。洞爺湖や登別にしても首都圏から考えれば、「よくも無料で」といった距離である。

今後、高齢化社会が進み、乗換なしで気軽で行ける都市部と温泉地を結ぶ直通バスは増えてゆくであろう。直通バスには、「定期バス」、「バス会社主催型ツアーバス」、「旅行会社主催型」、法案が通れば新たに資格なしでも可能な「ホテル旅館主催型」など形態はいくつかある。このあたりの違い、法令面を含め安全性の問題もあるので一度、利用者にわかりやすく説明する必要があるであろう。

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ホテル・旅館業の旅行業務解禁へ、国交省 滞在型観光促進を目的に

2008年01月28日掲 載

 国土交通省は、複数の市町村にまたがる名所や温泉を2泊以上の連泊で楽しむ観光地作りを促すための新法制定に乗り出したと27日付け読売新聞が伝えている。

新法では、規制緩和や国の補助によって隣接する地域を一体的に開発・整備し、長期滞在型の観光地に育てるのが狙い。観光圏整備法案として今国会に提出する方針だ。

具体的には
●事業費の4割を国が補助する
●旅行業者だけに認められている旅行商品の販売を、圏域ないの周遊ツアーに限って旅館・ホテルに対しても解禁する。
●地元のバス・鉄道会社が割り引き周遊券を作る際の手続きを簡素化する
●地域ぐるみで宿泊施設の外観を統一するために中小企業金融公庫から資金を借り入れる際の金利優遇処置など 

この新法では、旅行会社にしか認めなかった旅行商品取扱いを地域限定ながら旅館・ホテルに広げたことが最大の特徴だ。旅行会社に依存をせずに独自の商品がつくれるので地元にお金がおちやすくなり、地域振興につながるという狙いがある。

たとえば層雲峡や旭岳or天人峡温泉の旅館組合がそれぞれの温泉で1泊づつする旅行商品「旭山動物園と大雪湯けむり紀行」をつくったとする。
1日目は旭川空港(旭川駅)から旭山動物園、その後、層雲峡温泉へ、2日目は黒岳ロープウェイから美瑛・富良野を巡り旭岳or天人峡温泉へ3日目は旭岳ロープウェイで大雪山へ。その後、旭川空港(旭川駅)で解散とする。勿論、連泊や違う観光地のオプション選択でもいい。

道北・旭川圏は旭山動物園効果で旭川市内、周辺の美瑛や富良野も含め観光客(宿泊客)が大幅に増えているが、その「恩恵」が層雲峡や天人峡などに及んでいない。旭川周辺に2泊することで範囲が広がり、滞在客が増えることになる-という目算である(そんなに甘くないが)。

道内では、これまでも各観光協会などが連泊・滞在型のモデルコースを散々PRしていたが、実際はなかなか浸透しておらず、需要は少なかった。
新法の施行により、地域密着型の連泊・滞在型の旅行商品を売り出した場合、滞在プログラムの充実も大切であるが、旅行商品を提供する宿自身に魅力があるかどうかということが重要であると思う。
 

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あずみ野観光バス事故と優良観光バス会社

2008年01月26日掲 載

昨日25日 昨年2月、27人が死傷したあずみ野観光スキーバス事故の判決が出た。大阪地裁は、「利益を優先し、過労運転を命じた」として、道交法違反などの罪に問われた社長に懲役1年、執行猶予3年、被告の妻で専務にも懲役10月、執行猶予3年の有罪を言い渡した。

事故から間もなく一年が経過するが記憶に新しい。家族経営の零細バス会社が旅行会社からの無理な依頼に断ることができず過重労働の結果、大事故を起こした。社長の息子の運転手が亡くなるという何とも痛ましい、やるせない事故であった。

また、この事故により過酷なツアーバスの実態が明らかになり、世間に実態を知らしめた。本ブログでも何度かこのテーマを取上げたが、昨年5月の「NHKスペシャル」に関するブログ記事(動画付き)には今でも多くのアクセスがある。

先日も十和田湖でクラブツーリズムのツアーバス転落事故があったが、規制緩和により貸切事業へ多くのバス会社が参入。供給過多となり、ダンピング競争が始まったが、事故件数も大幅に増えている。事故を起こしたバスは首都圏の会社で、慣れない雪道運転をさせたのだから責任はそこを選んだ旅行会社側にあるといえる。
責任があるクラブツーリズムのHPを見てもトップページにはお詫びのひとこともなく、「新着情報」で簡単な謝罪があるだけである。これがJRであれば西日本や東日本はいまだに尼崎事故と余部事故のお詫びがトップにきている。車内誌の盗用程度でも北海道はトップにもってきている。

貸切バス事業への自由参入を放置していいのか、参入へのガイドラインの設定やダンピング競争を抑えるための最低価格の設置、ドライバーや車両に関する労働・安全基準の更なる徹底など必要だ。

また、旅行会社とバス会社の関係も根本から見直さなければならないが、簡単に業界構造を変えることはできない。今日も安い値段で契約した観光バスが全国を走っている。よく「日帰り1万円ポッキリツアー」などあるが、バス会社の「協力」によって成り立っている。このあたりも行政側にメスを入れてほしいところだが、自由競争を阻害する危険もあり、痛し痒しだ。
 
ツアーバス関連の話題でいうと先日、業界紙「旅行新聞社」が主催する第17回 「プロが選ぶ優良観光バス30選」が発表された。参考までに上位10社を挙げる。

第1位 はとバス (東京都大田区)
第2位 アルピコハイランドバス (長野県松本市)
第3位 名阪近鉄バス (愛知県名古屋市)
第4位 山交バス (山形県山形市)
第5位 三重交通 (三重県津市)
第6位 新潟交通観光バス (新潟県新潟市)
第7位 両備バス (岡山県岡山市)
第8位 名鉄西部観光バス (愛知県一宮市)
第9位 三八五バス (青森県八戸市)
第10位 東野観光 (栃木県宇都宮市)

登場したバス会社の多くは地域を代表するバス会社であったり、その貸切部門の関連会社だ。また、自社で旅行会社部門を持っているところも多い。値段もそここそ取るであろうが、当然、「安全」という意味も含まれているのであろう。

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札幌に「スープカレー横丁」が登場、北海道カレー考

2008年01月25日掲 載

スープカレー発祥の地札幌に、この春、国内初の「スープカレー横丁」がオープンすることになった。24日から出店者の募集を始める。札幌市中央区のビルに6店舗分のスペースを確保する。関係者は「スープカレーの情報発信の場にしたい」と意気込み、ラーメン横丁などと並ぶ新たな名所誕生を目指す。 (1/24付道新記事 *道新記事は2週間で削除されます)

「スープカレー横丁」ができるのは南2東2のビルの地下1階。横丁を企画したのは、不動産などのオークシステムという会社である。

北海道発のスープカレーはジンギスカンと共にすっかり全国区となった。ラーメン横丁やラーメン村があるのだからスープカレーがあってもおかしくないが果たして事業として成功するであろうか。

課題としては①やや都心から離れているのでアクセスの問題がある②ラーメンは小腹が空いた時や飲んだ後など気軽に食べられるがスープカレーは主食になってしまう③ターゲットが地元か観光客なのかそれによって変わる④スープカレーは店によって味のバラつきがある⑤道外ではブームが終焉して昔のモツ鍋化している・・・・・・このあたりがクリアすべき点であろう。

そこでというわけではないが、北海道とカレーの関係について考えてみた。

管理人が北海道に通い始めた頃(1990年頃)、札幌には多くのインド料理屋があった。チェーン店の「タージ・マハール」が目立ったが、インド料理の他にも喫茶店などで美味しいカレーを出す店が多く、最初は何で寒い所にカレーが多いのか不思議であった。インド料理屋は減っていったが、そこで働いていた人たちが各地へ散って行き、タネをまいた。

定山渓の奥にある豊平峡温泉に行った時、温泉施設内にインド料理屋があり、現地の人が調理をしているのを見て驚いたことがある。温泉とカレーの組み合わせは、昔、ピンク色のターバンを巻いて北島三郎ばりの演歌を歌っていたインド人歌手・チャダを見たときの衝撃に近い(以前たけしがよくギャグに使っていた)。

ラーメンは温まるから理解できる。しかし、カレーは暑い時の食べ物と思っていたが、それは先入観があった。カレーは暖まる食べ物なのだ。最近ではカレー鍋が家庭でもポピュラーになってきたし、漢方の薬膳としても紹介されている。寒い北海道でカレーを食べる。これはごく自然なことなのだ。

以前、苫小牧で名物のカレーラーメンを食べた。最初は不気味だったが、なかなかいける。理にかなった組み合わせである。

スープカレー、いろいろな複合的な要素が絡み合い、完成した北海道らしい”郷土料理”だと思う。

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東日本フェリーの高速船、青森-室蘭線にも就航、課題もあるが

2008年01月24日掲 載

昨日のブログで青函航路に2隻目の高速フェリー、「ナッチャンWorld」が就航することを紹介したが、運行する東日本フェリーでは、2隻体勢になったことで一部の便を5月をメドに青森-室蘭間に振り分ける計画があることを明らかにした。(1/24付け道新記事より*道新記事は2週間で削除されます)

青森-室蘭航路はリストラを進めた東日本フェリーの中で生き残った航路。この航路は明治末期の青函連絡船就航時の頃から民間(北日本商船など)で運行されていた歴史があるルートである。トラック利用など物流輸送が中心で現在の所要時間は7時間程度。「ナッチャン」により、3時間台に縮小されるというが、運賃が高いため、トラックドライバーなどが利用するであろうか。

東日本フェリーの山本会長は「室蘭は札幌にも近く、首都圏からの高速バスなどの利用も見込める」と言っているが、フェリーターミナルまでのアクセス問題や高速バス利用者はあくまでもニッチ市場であり、たかが知れている。

また、高速船の就航には、車両や旅客が乗り降りするための専用可動橋を室蘭港の岸壁に整備する必要があるという。新会社になってから青函航路を旧青函連絡船の乗り場(青森側)から出航させたいという発言もあったがその後どうなったかわからない。また、博多-直江津-室蘭を結ぶ日本海ルートも休航したまま廃止か再開か情報がない。

夢がある話を提供するのはいいが、もう少し固まった段階で発表するべきではないであろうか。

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青函高速船、2隻目船名は「ナッチャンWorld」に、大型連休から就航

東日本フェリーは22日、今春に函館―青森間で就航を予定している2隻目の高速船の概要を発表した。船名は「ナッチャンWorld(ワールド)」で、船体には「パレード」をテーマに、恐竜や動物などのイラストが描かれている。4、5月の大型連休前後からは、昨年9月に就航した同型の高速船「ナッチャンRera(レラ)」との2隻体制で、さらなる顧客獲得を狙う。(1/23付け函館新聞

新たに導入する船は、「ナッチャンRera」と同タイプ。これで2隻揃うことになり、東日本フェリーの主力体勢が整うことになる。
管理人は昨年11月、時化で「ナッチャンRera」に乗り損ね、その時の体験をブログに残しているが、乗船した何人かに聞くとかなり揺れるらしく、それほど混んでいないようだ。津軽海峡は波が高いので、それに耐えられる高速双胴船を導入したらしいが、冬季は1時間45分の所要時間を2時間15分に変更している(1時間45分という触れ込みだが実際は係留作業やイカ釣り船迂回などの為に2時間以上かかるようだ)。

これまで青函航路に東日本フェリーは、1990年にジェットフォイル「ゆにこん」、1997年には2代目「ゆにこん」を就航させているが、冬季欠航の多発、燃費の悪さ、乗船率の悪さなどで失敗に終わっている。
それが原因で屋台骨が崩れた訳ではないであろうが、「ナッチャン」の就航はかなりのリスクもあると思う。

船を利用して青函を移動する客(プロドライバーは別)がどのくらい居り、潜在需要があるのか管理人も読めないところがある。
2隻目の「ナッチャン」の就航で高速フェリーが認知され、利用が促進されて地域に根付いた乗り物になれるか注目である。

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銀河線本別駅長室跡を利用して「テレワーク」、ぴあ社員が滞在実験

2008年01月23日掲 載

北海道総合通信局が十勝管内本別町の旧ふるさと銀河線本別駅の駅長室を利用し、遠隔勤務の実証実験を行うと発表した。プレイガイド最大手のぴあが2月に社員を派遣。IP電話やテレビ会議システムを活用した遠隔勤務の可能性を探る。(1/23付け道新記事より*道新記事は2週間で閲覧できなくなる)

総合通信局とは総務省の情報通信地方部門だが、あまり馴染みがない名称だ。今回の実証実験は、2/15~2/24まで本別町ステラホール(旧ふるさと銀河線本別駅駅長室)及び町職員住宅を利用し、シンクライアント端末、IP電話、テレビ会議システムなどのテレワークを活用して、おもにクリエイティブ系のスタッフが東京と同じ仕事を本別で行なうもの。

この実験は、遊休施設の有効活用や地方の活性化、移住の促進などを目的にしているという。

「テレワーク」は、サテライトオフィス、SOHOなどと共に一時、脚光を浴びたが、現実的に難しいなどの問題もあり、最近ではあまり聞かれなくなった。
また、通信インフラを整備しなくてもPCとネット環境があればSkypeなどにより、簡単にテレビ電話会議も出来てしまう時代なので公共機関がわざわざ「テレワーク実験」をする必要もないと思われる。「実験」のための「実験」なら勘弁してほしい。

北海道に住んで仕事をしたい人は管理人を含めたくさんいる。しかし、仕事がなく諦めている人が圧倒的だ。今回の実験は企業勤務で在宅ワークが可能な人向けのものだが、サラリーマン、個人事業主に関わらず現役で仕事をしている人たちの移住受け入れ態勢は未整備である。

就職を斡旋するのも移住受入れで重要なことだが現実に仕事はないのだから、むしろ自立できる「現役」の人を迎えいれる体勢づくりの方が完全移住・短期移住に関わらず必要ではないか。

シニア向けの話ばかりで、この部分が道の移住政策では抜け落ちていると思う。

 【参考】北海道通信局ニュースリリース

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流氷初日を迎え冬季観光を考える

2008年01月21日掲 載

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網走港から見た流氷(2002年撮影)

19日に流氷初日を観測した。海上保安部の「流氷速報」を見ても紋別・佐呂間湖方面に接岸しそうであり、今年は例年になく早い訪れとなった。

タイミングよく紋別と網走の二つの流氷観光砕氷船が20日から今季の運航を開始した。紋別ではハス葉氷が見られ、観光客らが流氷クルーズを楽しんだ。運行初日から流氷を体験できるのは最近にないことではないか。

管理人は1990年に「ガリンコ号」(紋別)、1995年に「おーろら」(網走) に乗船しているが、2度とも運よく流氷航海を体験できた。その後も何度か冬の道東で流氷を見ているが、それが目的ではなく、通りがかりで見たというレベルである。

流氷観光の形態は基本的に10数年変わっていない。道外客はおもに女満別空港をベースに観光バスで紋別や網走へ、宿泊は網走、ウトロ、川湯温泉、阿寒湖など。個人客には、流氷見学や冬の観光用に「ひがし北海道エクスプレスバス」が数ルート運行され、普段は不便なオホーツク地区でも公共交通機関で効率的に回れるようにしている。

また、JR北海道釧路支社では釧網線を中心に、釧路湿原を走るSL「冬の湿原号」や網走-斜里間にはトロッコ列車「流氷ノロッコ号」が運行され、定期観光バスや貸切バスにも観光コースとして組み込まれ人気を呼んでいる。

しかしながら、この数年流氷船の乗船客が減っているという。世界遺産効果も僅か1年で終わり、ジリ貧傾向である。「さっぽろ雪まつり」同様、こちらでもアジア人観光客頼みのようで呼び込みに必死である。

国内観光客が減っている理由はいくつかあるが、やはり流氷観光のマンネリが大きいと思う。雪まつりもそうだが、2度も高いお金をかけて行きたいものではないのではないか。典型的な周遊型北海道旅行の一環に流氷観光がある。

管理人は流氷船に2度乗っているが、3度目は今のままだとないであろう。恐ろしく寒く(当たり前だが)、運賃も高く、団体客ばかりで落ち着かず、物見遊山の観光はだくさんだ。

最近では観光客があまり来ない根室方面が気に入り、冬季の風連湖や春国岱などを毎年訪れている。根室半島オホーツク側からノサップ岬をまわり太平洋側へ流氷が音を立てて流れ込むダイナミックな光景、また、多くの野鳥や野生動物など静寂のなかで過す時間は素晴らしく、自分だけの世界を持つことができる。

現在の流氷観光は、おもにツアーなら流氷船乗船-周辺観光地訪問-温泉宿泊-買い物というパターンが続いているが、冬の道東は流氷だけではない。最近は宿のレベルも上がっており、体験型ツアーも増えている。

今年からは根室・釧路でバードウオッチングに特化した祭り・イベントなども行われるなど地域固有の魅力を活かした冬の楽しみ方は少しずつだが登場してきている。

流氷観光や「さっぽろ雪まつり」など2月にかけて本格的な冬季観光シーズンを迎えるが、国内観光客に冬の北海道の魅力をステレオ型ではなく、新しく、斬新な視点で伝えてもらいたいと思う。

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小檜山博氏、JR北海道車内誌での記事盗用と情報社会の怖さ

2008年01月19日掲 載

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回収されることになったJR北海道車内誌1月号 「お宝」になるか

毎月楽しみにしているものにJR北海道の車内誌「THE JR Hokkaido」がある。特急電車の車内やツインクルプラザなどで無料で配布しているが、東京ではファン向けに神保町の「書泉グランデ」などでバックナンバーを販売している。

創刊以来、紙面サイズや編集内容もあまり変わらず、イラストレーターの渡辺俊博さんの紀行イラストは創刊の頃から続いている。また、もうひとつ長く連載されているものとして小説家小檜山博氏の読みきり小説があった。

いつも泣かせる人情話を書いてくれるが、盗作していたことが発覚してしまった。19日付けの読売新聞によると1月号の「THE JR Hokkaido」掲載の「新・人生劇場 電車」が、毎日新聞で掲載された読者投稿を盗用したものであり、小檜山氏も事実関係を認めているという。ちょっとショックな話である。

JR北海道は同誌の回収を始め、小檜山氏は読者投稿した主婦に謝罪文を送り、掲載打ち切りを申し出たという。

管理人は小檜山さんの小説を何冊が読んでいる。現在は削除してしまったが、本ブログの「おすすめ書籍」で紹介したこともある。

盗用は当然よくないことだが、毎月ネタを探すのは大変であろう。テーマが”ちょっといい話”的なものが多いので新聞の投稿欄に目が行くのも分からないわけではない。北海道では部数の少ない毎日新聞なので「大丈夫かな。まあ使わせてもらおう」という意識もあったのではないか。

最近、新聞社の社説やコラムが盗用していた事件が何度か起きたが、ネット社会の今、情報収集をしているうちにどれがオリジナルかわからなくなってしまうことも多いであろう。

このブログにしても、管理人が自分の言葉・考えで書いているつもりだが、新聞社HPやニュースブログなどから情報収集する際、一部記事をペーストして内容を把握、自分流の解釈をして再構築をかけるので、パクリにならないようにかなり気を使って書いている。

webによって情報収集が容易になった分、慎重さとルール厳守が求められるといえる。

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新千歳と帯広を結ぶ都市間バス開業か、期待できる新千歳発便

2008年01月18日掲 載

新千歳空港と帯広市内を結ぶ都市間バスの新設を北都交通(北広島)と帯運観光(帯広)が17日に帯広運輸支局に申請したと18日付け道新が伝えている。認可が得られれば4月25日から1日2往復運行する。帯広と新千歳空港を結ぶ定期直通バスは初めて。

これまで道内の都市間長距離バスは札幌発着が中心であり、新千歳発着便は冬季のニセコや室蘭、登別など比較的短い距離路線に限られていた。

出発時刻は、帯広駅前が午前5時と午後2時、新千歳空港が午前11時と午後9時半と航空機利用を意識したダイヤ設定となっている。道内で早朝発の便が登場するのは初めてと思われるが、首都圏では真夜中2時頃から羽田や成田空港行きの高速バスが北関東や甲信越方面から運行されており、”すき間”を狙ったものとして定着してきている。

帯広空港は航空機の本数が少なく、料金も高い。以前から新千歳利用者が多かったが、そこを狙ったものであろう。今後、旭川・旭山動物園や函館道南方面、道東、道北地区からの新千歳直通バスができるのではないか。

また、道外客の観光利用しての需要も期待できる。たとえば道東方面の観光地へJRで行く場合、南千歳乗換え、さらに最寄の駅で別の交通手段に乗り換えになるが、直通バスができれば十勝川温泉や阿寒湖、知床方面の旅が乗り換えなしで楽になる。道東にも空港はあるが、本数が少なく、パックツアー以外では料金が高い。

新千歳-帯広線のバスは27人乗りで独立3列シートのようである。道内の昼行便、それも所要3時間強程度の路線で採用するのははじめてであろう。九州では当たり前の昼行3列シートだが、長距離バスのサービスが遅れているといってもいい北海道では大いに評価できることだ。

北都交通と共同運行する帯運観光は、「おびうん観光」という名前で観光貸切をやっている会社だ。道内各地で見かけるおなじみの「ブルーバス」である。十勝バスや拓殖バスではなく、おびうん観光が参入したのも興味深い。

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夕張に外国人向け別荘建設の動き

2008年01月17日掲 載

ニセコに続き、夕張でも外国人向け別荘を建設する動きがあると15日付け道新が報じている。
道新のデータは2週間で消えてしまうので一部を抜粋しておく。

「昨年後半以降、ニセコ地域で別荘の売買実績がある数社から、土地を所有する夕張市に照会が相次ぎ、既に分譲の具体的構想を市に説明した会社もある。土地を売って財政再建の助けにしたい市側も協力する姿勢だ。 夕張が注目され始めたのは、ニセコ地域が国際リゾート化で地価が高騰しているのに加え、外国人スキーヤーで混雑し「もっと静かな環境で滑りたい」というニーズが高まったため。」

夕張で外国人向けリゾート開発というと「えっ?」という言う人もいるかもしれないが、充分、市場は期待できると思う。まず、新千歳空港から1時間程度の距離で、千歳発ではもっとも近い規模が大きなスキー場であること。
ゲレンデはニセコに比べればスケールは落ちるが、ほどよい大きさとレイアウト、雪質もいいので満足させられるレベルであること。スキー場とホテル、中心街(シャッター商店街だが)が隣接していること。石炭の歴史村などレジャー施設があり、アジア人観光客をターゲットにできることなど上げられる。

何よりも外国人から見れば夕張に対する先入観がないことが魅力だ。国内では、炭鉱の町、財政破綻の町といった負の暗いイメージがあり、リゾートとしてマイナス材料であるが、外国人からみれば関係ないことである。

海外でもドイツ、スコットランドなどで炭鉱町がリゾートに転身した例がいくつかある。夕張の外国人向け開発と観光客誘致に注目してゆきたい。

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東日本海フェリーが社名変更、ハートランドフェリーへ

2008年01月16日掲 載

利札航路や奥尻、サハリンとの国際航路を運航する東日本海フェリーが1月1日より、社名を「ハートランドフェリー株式会社」に変更した。

新社名は、利尻・礼文や奥尻を「ハートランド」と名付け「思いやりの心が根付いた自らの地域を住民が誇りに思い、島を訪れる観光客にもその魅力に触れて欲しい」(同社)との願いを込めて名づけたという。

実際は資本関係(親会社?)であった東日本フェリーが経営破綻し、広島の会社(リベラ)の傘下に入った為、東日本海フェリーとの関係がなくなり、社名変更をしたのであろう。もともと東日本海フェリーと東日本フェリーは、名前が紛らわしく、塗装もよく似ているので同じ会社と思っている人も多かったであろう。
新しい塗装(コーポレートカラー)は濃紺とピンクでなかなか新鮮なカラーリングだ。

それにしても「ハートランド」という社名、ビールの銘柄を思い浮かべてしまう。

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ドンキホーテ?「全国温泉旅館同盟」オーナーの大手航空会社への挑戦状

2008年01月15日掲 載

全国温泉旅館同盟という会社をご存知であろうか。温泉予約よりも「飛び得」などの格安航空券で有名な会社だ。

管理人はだいぶ前から興味があった会社だが、昨年暮れからトラブルを起こしてしまった。年末年始の旅行に出かける利用客の航空券を用意できず、全国旅行業協会に1000件以上の苦情・相談が寄せられていたのだ。1月11日付け朝日新聞などでも報じられている。資金繰りの悪化のため、3月末までに順次返還してゆくと言っている。

国内線格安航空券の場合、ふつう「エアー+ホテル1泊」が基本だが、温泉同盟では航空券のみ、片道のみでもOKで、東京発札幌行の場合、往復で2万3千円程度で販売している(8日間程度のFIXだが)。宿なしのバラ売り、これは完全に業界の掟破りの行為である。利用者にとってはありがたいが、航空会社とは長年に亘り、もめていたようだ。

これを見て欲しい。謝罪文とともに大手航空会社、特にJALへの恨みつらみが延々と書かれている。

たとえば
東京から札幌までホテル付きの往復航空券が2万円なのに、札幌から東京へのホテル付き航空券は2倍の4万円。海外の格安航空券の申し込み締切は1日前なのに、国内の格安航空券の申し込み締切は10日前。東京から8時間かかるハワイツアーと2時間しかかからない沖縄ツアーの料金が同じという、とんでもないデタラメが横行しています。
過去十数年の間、日本航空と全日空に対して数え切れない程の抗議をしてきましたが、逆に出発直前のキャンセル、予約受付停止等の嫌がらせを受け続けています。しかし日本全国どこでも1万円を目指し、航空貴族との戦いを続けていきますことを約束致します。」

日本航空のオソ松社長(西松遥)と最低顧問(糸山英太郎)及びダメ検顧問(矢田次男、則定衛)等の自分勝手な日本航空の資産のタタキ売りと航空運賃の値上げを止めさせ、航空運賃値下げのため、戦い続けることをここに宣言し、更に格安航空券闘争史を掲載させて頂きます。」

まるで全共闘時代の言い方である。そして、完全に責任をJALに転化している。15日付け夕刊フジにはオーナーである後藤氏に関する記事があり、なかなか面白い。
知らなかったが、オーナーの後藤氏は、格安航空券で有名であったサカイトラベルの創業者で、HISの沢田氏などと共に業界の革命児であったようだ。

沢田氏はスカイマークを立ち上げたが、後藤氏は違った形で航空会社へ挑戦状を叩きつけている。航空業界の運賃体系は後藤氏の言うとおりの矛盾だらけで利用者無視も甚だしいが、このやり方ではドンキホーテになってしまう。もっと違ったかたちで訴えた方が理解を得られると思うが。

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旅行会社販売の客室売れず、ビジネスモデルに限界か

昨日のブログで直前宿泊予約を原価で販売するサイト「トクー」について書いた。これまで旅館・ホテル側は、客室の多く(過半数?)を旅行代理店に提供していたが、平日を中心に稼動が悪く、これまでの集客は旅行会社、運営は宿側が行なうというシステムに限界が来て、ネットエージェントや自前サイトを通して販売を行なう方向にシフトしている。

12日付けの業界紙・観光経済新聞にそれを裏付ける記事が出ていた。国土交通省発表のものだが「観光旅館・ホテルの客室流通の効率化に関する調査研究」というもの。
記事を一部抜粋すると
「宿を対象に実施したアンケート調査では、旅行会社に販売を委託したブロック客室の消化率が平日で2割程度、休前日でも5割に満たないことが分かった。ブロック客室の提供を「減らしたい」と回答した施設は約7割に達した。団体客需要が減少し、個人客のニーズが多様化する中、ブロックによる客室流通の硬直化を浮き彫りにする結果が出た。

この中で、最も売れている販売ルートでは、45.5%が旅行会社(旅行会社が運営するネット販売を含む)を挙げ、今でも重要な販路であることに変わりはないが、自社直販と答えた施設も35.7%、インターネット予約サイト(楽天、じゃらん、一休など)も15.4%に上っている。」(観光経済新聞より抜粋)

このデーダが何を言っているかというと旅行会社に販売をお願いしても売れず、これまでの旅行会社とホテル・旅館のやり方(ビジネスモデル)では集客ができないということ。宿側は在庫を抱え(旅行会社もそうだが)、身動きとれず、売れないこともわかっているが、つきあいもあり、返室などの無駄な作業を繰り返す。

利用者からみれば空いているのに値段が高い。宿に直接予約の電話を入れれれば嫌な顔をされ、旅行会社を通した客を優遇する。消費者と宿、旅行会社の歪な三角関係はなかなか解消されていない。

ごく一部の人気ブランド旅館は旅行会社中心でビジネスが成り立つであろうが、その他の多くは現状のシステムでは限界に来ている。ネットエージェントに加入し、自前サイトで集客を図っても、思うような結果が出ていないところが多い。
昨日のブログでも似たようなことを書いたが、楽天やじゃらんのようなネットエージェントが、手数料稼ぎの既存旅行会社と変わらない存在となってしまい宿側にとって救世主ではなくなってしまっている。

大きく変わるかと思われた旅行業界だが、本質は旧態依然としたままである。消費者になかなか恩恵は回ってこず、ホテル・旅館業の50%は赤字、旅行会社の多くが手数料頼みの薄利ビジネスである。

この構造、変えるにはどうしたらいいか。


このニュース記事に関する詳細 観光経済新聞

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原価予約サイト、「トクー」が復活、様変わりするネットエージェント

2008年01月14日掲 載

宿泊予約サイトが知られるようになって10年が経過した。日立造船の社内ベンチャー「旅の窓口」(現・楽天トラベル)の成功により、雨後の筍のように新規参入が増え、やや遅れるかたちで大手旅行会社も参入した。

現在シェアでは楽天トラベルが強く、後発ながらマーケティング力に優れている「じゃらんトラベル」、高級をコンセプトにした「一休」などが目立っており、旅行会社系サイトも試行錯誤ではあるが少しずつ伸ばしている。大手数社の独占といっていい市場であるが、女性に特化した「OZトラベル」、温泉旅行の「ゆこゆこネット」など差別化により強みを発揮しているものもある。

初期からある宿泊予約サイトに「トクー!」(1998年開設)があった。トクーの特長は、直前宿泊予約をメインに、宿泊施設から手数料を取らずに、利用会員からの会費で運営するサイトだ。

宿泊施設が設定した価格をそのまま利用者に提示する仕組みで、料金がガラス張りなのが魅力であったが、最近は先細りとなり、他社サイトのようにポイントを付加する「タビータ」を開設しトクーと統合したが、システムがわかりずらくなり、料金もトータルするとそれほど差がないので、会員数や登録宿泊施設が減少していたようだ。大手予約サイトと同じビジネスモデルでは、宿の登録数が少ないのでどうみても厳しい。

そんな中、今年から「トクー」を復活させることにした。管理人も以前、トクーに会員登録をしていたが、ビジネスホテルなどはそれほど他サイトと差がない上、利用頻度が少ないと元が取れないこともあるので辞めていた。

新トクーの会費は、パブリック会員は以前と同額、プレミアム会員は5250円に設定した。またトクー、タビータのどちらかで会員登録をすれば両サイトとも利用できるようにした。旧トクーでは、予約開始日についての制限は設けていなかったが、新トクーでは、パブリック会員は宿泊日の3日前からの予約受付、プレミアム会員は同90日前からの予約受付としている。

トクーは、初期の「旅の窓口」と同様、ネットの強みを最大限利用し、利用者と宿側に安く提供できる仕組みを出せたことにある。空室の有効活用、旅行会社への高い手数料など業界が抱える矛盾・問題点を解消するに貢献した部分は評価できる。

ネットエージェントの多くは、旅行代理業ではなく、ネット予約システムの発想でスタートしているが、いつのまにか安かったコミションが高くなり、既存の旅行会社窓口と変わらなくなってきている。これでは予約手段は変わっただけであり、利用者にとって意味がないことである(宿側からしても値上げ、コストダウン、空室日の増加そして経営の悪化とマイナス材料ばかりである)。

もう一度、原点、顧客本位と業界の健全な発展という立場でネットエージェント大手は考えてもらいらい。
 

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石川啄木と北海道、そして釧路 来釧100周年

2008年01月13日掲 載

北海道は石川啄木と縁が深く、新聞記者として滞在した各地に記念碑や像などがある。函館から小樽、札幌、釧路と流浪したが、その中でも釧路には多くのモニュメントが残っている。

そんな啄木が来釧してから100周年に当たる今年、「石川啄木来釧100年記念展」が19日から2月3日まで釧路市生涯学習センターで開催されることになったと12日付け釧路新聞が伝えている。

啄木が旧釧路新聞の記者として滞在したのは僅か76日間だが、道内で滞在した都市のなかではもっともインパクトがあると思う。啄木は明治41年1月21日午後9時半に釧路駅に降り立つが、その時のことを
「さいはての 駅におりたら 雪あかり さびしき町に あゆみ入りにき」という有名な歌で残している。

この詩、かなりリアリティがあり、たとえば今晩、釧路21時43分着の「スーパーおおぞら11号」で降り立ったとしてもきっと同じような感慨を抱くであろう。最果ての駅に着いた実感がしみじみと伝わってくるが、管理人がはじめて釧路を訪れたのも真冬の夕方であり、東京から鉄道を乗り継いで到着したせいか100年経っても啄木の詩と心情が理解できる(ような気がする)。

釧路市はかなり前から啄木で観光街おこしをしている。MOO対岸の港文館には啄木の資料と像があり、米町公園など市内に4,5個所は歌碑があるのではないか。港文館から米町公園にかけての南大通り周辺は、かつての釧路の中心街であり、啄木が勤めた釧路新聞や啄木と愛人関係にあった小奴が居た料亭跡などにも記念碑もあり、「啄木ルート」となっている。

管理人は釧路によく訪れるようになる前は啄木のことをよく知らなかったが、見聞するううちにその人間臭さに興味を惹かれるようになった。それまでは「薄幸」・「孤独」・「貧困」・「夭折」といった先入観があり、死後評価されるようになったエコールド・パリの画家のような存在であった。

ところが釧路の小奴との関係以外にも道内各地で女郎屋通いの常習で、借金まみれの放蕩生活であったようだ。啄木の貧困は度を越した遊びが原因のようである。
その後、釧路を去った啄木は、東京の朝日新聞に就職する。そこで歴史に残る大詩人への道を歩むが、3年後の26才に亡くなっている、

現在、朝日新聞夕刊で「歌う記者 石川啄木」が連載されているが、前借り前借りまた前借りで、借金、入質を繰り返していたらしい。人間臭くて親近感がかえって湧く。そのあたりのギャップも今だ人を惹きつける理由のひとつではないであろうか。

港町釧路と啄木は意外にお似合いかもしれない。

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かつてのカニ族からエビ族の登場

2008年01月12日掲 載

昨年の暮れ、某公共放送からカニ族とエビ族についての質問があった。管理人はカニ族は知っていたが、「エビ族」という呼称ははじめて聞いた。

エビ族とは、かつてカニ族(バックパッカー)として北海道を旅していた人たちが、荷物を小さめにしたエビ族として再び北海道へ戻ってくる現象をいうらしい。いい名づけは電通のようだが、この1,2年団塊層の大量退職もあり、道内のユースホステルなどは中高年層の客で賑わっているようだ。

カニ族といわれている世代は、概ね団塊~1957年生まれあたりと思われ、ちょうど「ディスカバー・ジャパン」やアンノン族、SLのラストランを知っている世代だ。長期間、ユースホステルなどを泊り歩くスタイルで括れば、もう少し年代は広がり、1960年代前半生まれあたりまで含まれそうだが、その頃は、カニ族が愛用したベージュのキャンパス地リュックは消えている。

ウイッキペディアでカニ族を調べるとエビ族についての記述もあり、最近登場したものではなく、円筒形の少し小ぶりのリュックを背負っている旅行者を以前からそう呼んでいたとある。平成のエビ族は、旅行日程の短縮と年齢かる来る体力の問題などで軽量化したためそう呼んだのであろう(カニ族が愛用した横長式のリュックもないが)。

どちらにしても、中高年が青春時代の旅よもう一度ということで北海道に戻ってきている。最近、シニア向けの「青春18きっぷ」指南書が売れているのも需要があるからであろう。団塊退職者の北海道旅行=ゴージャス志向というイメージがあるが、選択肢はいろいろとある。

旅行会社や行政は、シニアの北海道観光市場を、豪華さや長期滞在(移住を含む)、体験型などお決まりのセットメニューでプロモーションしているが、意外に抜け落ちているのは、カニ族型の旅行である。管理人も東京発だと20日間有効であった「北海道ワイド周遊券」を使って旅をしたが、時間をかけて点と点を移動する旅の方が彼らは落ち着くのではないであろうか。

このあたりの市場を掘り下げたら面白いかもしれない。特にユースホステルが減少し、それに代わる「とほ宿」に登場するような宿の情報は少ない。
ユースホステルの中にはシニア層で商売しているところもあるようだが、背に腹は変えられないのが現状のようだ。

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スキージャンプの影がますます薄くなる

かつてウインタースポーツを代表するものとしてスキージャンプがあった。札幌・長野五輪ではお家芸として大いに盛り上がったが、このところの凋落ぶりは目を覆うばかりだ。主役はフュィギアスケートに奪われ、昨年札幌で開催されたノルディックの世界選手権もろくにテレビ中継されず、ジャンプ陣が頑張り、銅メダルを取ってもたいして話題にならなかった。

年が明け、本格的なジャンプシーズンが札幌で始まった。5日の雪印杯、11日の札幌オリンピック記念、今日のHTB杯、明日のSTV杯HBC杯と続き、2月2,3日は恒例の大倉山W杯だ。

実はショックだったのが全国ネットのテレビ中継がなかったことである。昨年までは東京ではTBSが雪印杯、テレビ朝日がHTB杯を中継していたが今年はなくなり、民放系カップ戦の全国中継はSTV,HBC,TVH(未定)だけとなった。
STV杯は日本テレビが例年通り中継するが、こちらもいつまで続くかわからない。STV杯中継は南海キャンディーズがゲストに出て盛り上げるようだが、お笑いを使わなくていけないほど厳しいのだ。

国内組ではいまだに岡部や東輝が一線である。トップキャリアは20年近い。海外遠征組でも葛西がトップで彼らは92年のアルベールビルからの選手である。同年にバルセロナ五輪が開かれたが、その時のトップ選手でいまだ現役はいるであろうか。

問題は若手が育たず層が薄いことだ。下川町の強化育成が話題になっているが、かつてのジャンプどころ・小樽や余市から選手が出ず、何といっても札幌出身の選手が少なすぎる。受け入れ先の実業団も廃部縮小が多く、最近は個人スポンサー型の所属形態が目立つ。。
選手の超高齢化と若手育成の課題は、日本のジャンプ競技を滅ぼしかねない深刻な問題だ。

日刊スポーツのブログで面白い記事を発見した。北海道日刊の記者が書いたもので「スキージャンプを取巻く高齢化」というタイトル。

選手だけではなく、計測員の裏方さんも平均年齢が60才を越えているのではないかとある。札幌五輪のメダル独占から36年が経過したが、いまだに時がそこで止まっている人が多いのでないか。長野からも丸10年、ノスタルジーに浸っている場合ではない。JOCやSAJも本気で草の根からの強化策を考えてもらいたい。

とりあえず今楽しみなのは、女子ジャンプの13才伊藤有紀であろうか(下川は伊藤姓が多い)。

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4年目を迎えることができました

2008年01月03日掲 載

皆さん、明けましておめでとうございます。

今年も「北海道観光研究所・北杜の窓」をよろしくお願い致します。

2005年10月のスタート以来、今年で4年目を迎えることになりました。当初は今よりテンコ盛りのコンテンツを考えており、メルマガ「北海道の達人」を発行していましたが、この1年はお休みをしています。また、昨年、北海道観光とそれ以外の情報を分ける意味で「旅をマーケティングするブログ」を開設しましたが、2つのブログの管理はキビシイのでこちらも休止してしまいました。

観光ミシュランやリンク集の更新も放置したままで、現在は日々のブログ更新が中心作業となっています。
ブログ内容も北海道観光に関するものから観光産業全般、私的な旅や乗り物ネタ、直接関係ない時事スポーツネタなどテーマが拡散しており、私と公の使い分けで頭を悩ましています。

今年はどういったコンセプトでいくか。
アクセス解析をすると訪問者の50%弱が道内からなので、そこは外さずに、北海道以外のニュースでもそこらへんを意識しながら続けてゆきたいと思います。そして、何よりも「観光」と北海道への熱い思いが基本であることは変わりありません。

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