飽和状態の釧路市のホテル、地方都市の駅前はどうなってしまうのか
2008年05月31日掲 載
財務省の出先機関、釧路財務事務所は30日、釧路市の中心街でのビジネスホテルの建設ラッシュについて、周辺で営業するホテルや旅館26軒のヒアリング調査の結果をまとめた。それによると、7割のホテルや旅館が稼働率などに「影響がある」と答えた。(5/31釧路新聞)
昨日のブログで函館のホテルを紹介したが、函館市は宿泊特化型ホテルの進出で、飽和状態が近づき、既存のホテルは苦戦を強いられている。その函館以上に飽和状態なのが釧路市だ。函館市同様、3,4年前からチェーンホテルの進出が目立ち始めたが、市内全体の客室数が3500室と5年前と比較して1000室増えたのに対し、宿泊者数は50万人前後と横ばい傾向である。(2月のブログで「釧路ホテル事情」として紹介)。
釧路市は、函館市と違い、観光需要よりも出張族などのビジネス需要が中心で、客単価もそれほど高くないであろう。土地の下落率が国内トップクラスで、中心部に遊休地も多いのでホテルも建てやすいであろうが、共倒れとなり、撤退など続いたら更なるゴースト化が進む。
最近、人口数万人以上の地方都市の駅前には必ずといっていいほど東横インやルートインなどの宿泊特化型ホテルが競うように建っている。以前は駅前といえばヨーカドーや長崎屋など中央からスーパーが進出して、地域の衰退が叫ばれたが、大型スーパーはイオンのような郊外型へ移り、さらに巨大化、駅前はスーパーの撤退が相次ぎ、今はビジネスホテル乱立の時代に入っている。
駅前のスーパーなら多少は地域にも恩恵があるが、ホテルとなるとさほど多くないであろう。地方都市の駅前はどうなってしまうのであろうか。
一見豪華主義、マダムは大満足の「ホテルラビスタ函館」
2008年05月30日掲 載
函館市内はホテルの新設ラッシュとなっているが、この4月にベイエリア・旧安田倉庫跡にできた「ホテルラビスタ函館」に宿泊した。
立地は金森倉庫群の一角にあり、観光利用としては最高の場所。函館駅からは中途半端な距離で、歩くと12,3分かかる。函館のタクシーは近場を告げると途端に態度が悪くなるので、気を遣ってしまう。
ホテル自体はロビーに入るなり、落ち着いたかんじでなかなかゴージャス。客室はダブル(実際のシングル)予約だったが、ツインルームに通された。写真を見ていただければわかるが、今どきのホテルのつくりであり、痒いところにも目が届く、女性が喜びそうなホテルだ。
最上階には天然温泉があるが、函館市内のホテルのスパの中ではいちばん設備が充実しており、スパからは函館港から函館山が一望できて爽快だ。泉質は市内中心部特有の塩泉の鉄鉱泉である。ちなみに客室にはバスがなく、独立したシャワーブースが設置されている。
最近、中心部に新設されたホテルの温泉掘削が相次いでいるが、こんなに掘って大丈夫であろうか。湯の川は湧出量が落ちており、心配になってくる。
ホテルラビスタ函館は、ドーミーインチェーンが運営するワンランク上のシティ&リゾートホテルである。道内では函館の他に釧路にあるが、以前宿泊した「ラビスタ釧路川」と内容はよく似ている。朝食、客室備品、スパなどが充実しているのが特徴だが、ホテル全体のコンセプトが女性客を意識している。全体的には”一見”豪華主義だ。しかし、ホテルスタッフの対応などは、宿泊特化型ホテルありがちなぎこちなさが目立つ。
函館市内のシティホテルの中ではもっとも高い料金設定となっており、この料金と内容なら当分、集客の方は大丈夫であろう。
それにしても函館市中心部には、この2,3年で全国チェーンの宿泊特化型ホテルが急増した。その煽りを食ってか廃業も相次いである。松風町に古くからあったリッチホテル(極楽とんぼの山本がトラブルを起こしたホテル)も閉鎖されていた。地場ホテルの苦戦は続く。
5月24日宿泊 シングルルーム(ツインへ変更)9,000円(朝食付き)
【参考】ホテルラビスタ函館の公式HP
外湯・客舎文化の伝統が残る温泉街 青森・温湯温泉「飯塚旅館」
2008年05月29日掲 載
最近では殆ど姿を消した外湯に通い療養滞在する温泉文化。宿には内湯がない。かつて城崎もそうであったが、客の要望には勝てず、湧出量は少ないなか、各旅館に引湯されている。現在、辛うじて外湯文化が残っているのは、山口県の俵山温泉と今回紹介する青森県・黒石市の温湯温泉ぐらいではないであろうか。
黒石市の郊外には、板留・落合・温湯の3湯が温泉郷を形成しているが、相当に鄙び具合が進んでいる。3ヶ所の中ではいちばん大きい温湯温泉には、古い木造宿が並んでおり、ライフワークにしている古温泉宿探訪のひとつてして訪れた。
温湯温泉の宿には、「客舎」と看板が出たものが多い。客舎とは湯治を中心に長期滞在する宿のことで、内湯がない。多分、青森の温泉独特の言い方だと思うが、現在ではこの温湯のほか、大鰐温泉に僅かに残っている程度である。
今回、お世話になった飯塚旅館は、「客舎」ではなく、内湯がある”温泉旅館”ある。宿の前に立派な公衆浴場があるが、3,4年前に立て替えられたのを契機に、内湯を増設したという。檜風呂にビバづくりの高い天井、目の前には川が流れ、なかなか快適だ。
大正初年に建てられた木造建築の旅館だが、古いながらも清掃は行き届いている。客室にある鶴の額絵と壷はかなり年季が入っている。女将さんが挨拶に来るなり、「家は座敷わらじが出るんですよ」と言い出した。管理人は他人事のようにホォーと笑ったが、いきなり何を言うんだと思い、不安になってきた。座敷わらじは南部地方の伝説、ここは津軽だから存在しないと言い聞かせた。女将は「お客さんは見るというのですが、うちら家族は誰一人見たことがありませんと」言った。
夕食、朝食ともに部屋食。食事をする部屋と寝る部屋は異なる。夕食の構成は前日宿泊した碇ヶ関温泉の「あいのり」と似ているが、飯塚旅館の方が3千円安い。
当日、飯塚旅館には宿泊ゼロ。温湯温泉街全体を見ても客らしきものを見なかった。実は、公衆浴場が立て替えられる前は半地下自然湧出の鄙びた浴場であったらしいが、消防法にひっかかるということで近代的な公衆浴場に生まれ変わった。これを契機に旅館(客舎)の泊り客が減り、日帰りが増えたため、飯塚旅館では、個人てはかなりの巨費を投じて内湯をつくったという。
源泉は共同管理されており、夫々に配湯されているが、総湧出量約毎分500リットルのうち、300リットルが公衆浴場に行っており、各旅館には40リットル程度しか配湯されていない。
これまでも、立派な公衆浴場や公共温泉を作ったおかげで、旅館の宿泊客、日帰り客が減り、死活問題となっている話をよく聞かされている。行政側は、地域住民のニーズや安全面や衛生面を考慮してというが、豪華な公衆浴場は、温泉街自らの首を絞め、風情を壊していることを自覚すべきだ。
温湯温泉の近くには、ランプの宿の青荷温泉や秘湯の会の温川温泉、八甲田の酸ヶ湯、谷地温泉など人気の”秘湯のやど”が目白押しの地域だ。利用者のニーズが変わり、マチに近い温泉街はどこも苦戦している。懐かしい湯の町が好きな方なら温湯のような温泉地を訪ねてほしい。
5月23日宿泊 1泊2食付 8,000円
【参考】温湯温泉 飯塚旅館のHP
客室インターネットがOK,羽州路の宿 あいのり(青森県碇ヶ関温泉郷)
青森県碇ヶ関町(現:平川市)は知る人ぞ知る温泉郷だ。街なか、湯ノ沢温泉郷、古遠部など温泉ファンには知られた名湯が所在する。
今回、この地区でももっとも秋田県側にある新しい温泉宿「あいのり」を訪ねてみた。国道7号線を大館方面へ向かうともっとも奥まった県境付近に巨大な施設があらわれる(5分も走れば秋田側の矢立温泉や日景温泉がある)。以前は豪華な温泉ホテルがあったらしいが、17年前に廃業。その後、荒れ果て状態で、このエリアでは有名な心霊スポットになっていたらしい。
2年前に老人ホームを経営する現オーナーが購入。敷地内にグループホームと温泉旅館「あいのり」をつくり、現在に至っている。元・温泉ホテルであったビルや温泉プールであったような建物は今だ使われていない。
実はこの宿「じゃらんネット」で知った。じゃらんの口コミでは高評価で、さらに客室内インターネット可能ということで予約を入れてみた。じゃらんでは、素泊まりのみで7,500円のコース(1人利用)しか載っていなかったので、直接電話をするとお一人様は2食付で1万2千円ですが、1万円で結構ですとのことだったので予約を入れた。このエリアとしては高額だが、施設も立派そうで、ネットOKの旅館などそうないので泊まってみた。
結論からいうと、老人施設を兼務しているだけあって従業員の対応が大変親切。しかし、対応が福祉施設的な親切さであって、管理人の祖母が入居している施設に来ているようであった。改善の余地はいろいろとあるが、朝食の手作りのりんごジュースや、従業員自ら採った山菜料理などこころ尽くしのサービスが気持ちいい。女社長自ら先頭に立って、切り盛りしている。
温泉は源泉が4本。そのうち3本は内湯と露天に使われており、クセのない無色透明な単純泉である。ウリはもうひとつの露天にある赤湯である。このエリア独特の鉄泉であるが、湯ノ沢温泉郷や古遠部とも異なる(湯ノ沢の秋元温泉に近いかも)。赤湯の浴槽が小さいのが何だが、それよりも日帰り入浴が多く、ゆっくり浸かることはできない。青森は朝湯習慣もあるので、宿泊客が寛げる時間は夜遅い時間だけである。
温泉力では同エリアの他所とやや劣るが、違った楽しみ方、使い方を求めればいい宿かもしれない。
5月22日宿泊 1泊2食付 1万円
【参考】相州路の宿 あいのりの公式HP
ニセコ東山プリンスがヒルトンホテルとして7月にオープン
2008年05月28日掲 載
米ホテルチェーン大手のヒルトン・ホテルズは二十二日、後志管内ニセコ町のヒルトンニセコビレッジ(旧ニセコ東山プリンスホテル)を七月一日に開業させると発表した。数億円をかけて館内を改装し、エステ施設などを新設。通年型の国際リゾートを目指す。(5/23付け北海道新聞)北海道にヒルトン・ブランド初登場である。東山はヒラフとアンヌプリに挟まれたエリアを80年代中頃に開発、スキーゲレンデとしてはかなり無理して造った感があるが上部で2スキー場と連絡している。ゴルフコース、温泉もあり(泉質はいい)、リゾートとしての条件は最低限、充たしている。
あとは、大衆的なプリンスからヒルトンに代わり、如何に高級感を出すことが出来るか。ターゲットは海外であろうが、集客力が問われる。
【参考】ヒルトンニセコの公式サイト
「ハコダテ開港150周年記念」サイトを紹介
2008年05月26日掲 載
函館開港150周年を記念した地域ポータルサイト「ハコダテ開港150」という市民参加型サイトに北杜の窓を紹介していただいた。
これまで函館関連のポータルサイトは数多くあったが玉石混交の状態であった。今回、紹介するサイトは市民の視点で函館を紹介するもので、かなり掘り下げた内容となっている。コンテンツはいいので、SMO対策を含めて、実際に見てもらえるサイトに仕上げてもらいたいと願う。
【参考】ハコダテ開港150周年 公式webサイト
ジンギスカンが食べたい・・・函館ジンギスカン考
旅や出張が3日も続くとやたら肉を食べたくなる。普段は焼肉など1年に1回程度だが環境が変わると不思議なものだ。
函館に着いた夜、急にジンギスカンが食べたくなった。普通ならサカナ系であろうが、肉モードに入っていた。函館にはジンギスカン屋が少ない。道南全体、あまり専門店を見ないがイベントなどでは他の北海道同様によく食べるから店が少ないのが不思議である。
函館のジンギスカンといえば大森町の「餃子飯店」である。何で餃子屋でというかもしれないが、ここの名物はジンギスカンであり、焼いたものを持ってきてくれる珍しい店である。
宿泊した金森倉庫群にあるホテルラビスタには、「函館ベイ美食倶楽部」という飲食店街があり、ジンギスカン屋もあったが、「美食」というネーミングはちょっと勘弁と思い、20分以上かけて餃子飯店へ向かった。
ところが餃子飯店は12月末で閉店していた。わざわざ歩いてきたので意地でもジンギスカンを探そうと大門へ行ってみた。すると簡単に店が見つかり、それも2軒並ぶようにあった。その内の1軒「ガングロ」という店に入ってみた(それにしてもスゴイ名前だ)。
店内はカウンターのみでバーのようなつくり。店員も”ガングロ”ではないが、金髪にした若い女の子二人で切り盛りしている。他に客がおらず黄色いシャツを着た金髪従業員が焼いてくれる。最初はぶっきらぼうであったが、よく見ると二人とも可愛い。思わず「一杯どう?」と勧めたくなったが、ここはスナックではなかった。
肉はアイスランド産の生肉を使用。味の方はふつうといったところだ。餃子飯店はなくなったが、次回、函館ではジンギスカンをどこで食べるであろうか。ちなみに店名の「ガングロ」とは羊の肉の種類らしい(安心)。
【参考】函館ジンギスカン ガングロのHP
現役では日本最古のボンネットバス「函館浪漫号」に乗車(今ならチョロQもどき付き)
2008年05月25日掲 載
昨年秋から函館バスがホンモノのボンネットバスによる定期観光バスを運行している。5/24(土)、元町地区ミニ観光に利用されている「函館浪漫号」に乗車してみた。
予約なしでフラリと函館駅前へ行ったが、出発30分前にも関わらず既に待機していた。係員に「空いてますか?」と訊くと「大丈夫、大丈夫、チョロQもサービスだよ」との返事。約80分のコースで2千円だが、もれなく千円のボンネットバス模型が付いてくるという。なかなかの大盤振る舞いだ。
当日の乗客は4名ほど。すべて男性で停まっているバスを見て”飛び込み”で乗ってきたようだ。運転手さんは詰入りのレトロ風の制服を着用。短時間にも関わらずガイドさんも乗車している。この詰入りの制服、どこかで見たことがあると思ったが、函館市電のハイカラ電車で着用している制服と似ている。車内の広告も昭和30年代風のものを貼っているがやり過ぎ!!最近の函館は「レトロ」にこだわっているが、そこまでやる必要があるであろうか。
バスは10時出発。座席は板張りのロングシートで乗り心地は決していいとはいえない。聞く所、このバスは四国でスクラップ寸前のような状態のものを引き取られ、修復工事には相当な費用がかかったとのことだが、エンジン部はいすゞ製(ボディ部はKANAZAWAと印字してあるプレートが何枚かあった)をそのまま使っているという。また、昭和34年製造とのことで、国内を現役で走るボンネットバスではもっとも古く、最初は小豆島バスで使われていたという。
駅前から十字街・宝来町を通り、旧公会堂の前で下車。約40分間、ガイドさんが案内して元町地区を散策。時間は短いが知らない話も聞けて楽しかった。
「函館浪漫号」は土日祝日のみの運行で1日2本。現在ならチョロQ付だが、実際はチョロQではなく、もっと高級感がある模型である。
この「浪漫号」、昨年は集客に苦労して今年は少し減便するとのころ。今回、気づいたのは、定期観光バスのポスターやチラシがどこにも置かれていないのだ。定期観光では先輩の北都交通のパンフレットは各ホテルなどで置かれているが、函館バスのものは見かけなかった。もともと定期観光やツアーには力を入れていなかった会社だが、最近は方針を変えており、勿体ない気がした。まだ試行錯誤の段階であろう。
また、このボンネットバス以外にも夜景見学用に以前、鎌倉(京浜急行バス)で走っていたレトロ風バスが流れてやってきた。窓が大きく、後部が展望席のようになっているので評判がいいという。
余談だが、この夜景バス、京急時代は鎌倉駅と大仏、鎌倉駅と大塔宮の観光路線を結んでいた。管理人は最寄の大塔宮から通勤で利用しており、まさか函館で再会できるとは思わなかった。
「なっちゃんWorld」で行く北海道 乗船体験記
写真は上から①旅客ターミナル用の送迎バス(なぜか函館ナンバー)②高速船ターミナル③車両積載を開始したナッチャンWorld
5/23(金)、青森港からこの5月に就航した東日本フェリー高速船第二弾「なっちゃんWorld」に乗船した。
昨年秋に書いたブログ「高速バス&なっちゃんReraで行く北海道」には今でも多くのアクセスをいただく。ところが、このタイトルには偽りがあり、実際は当日荒天による遅れのため、乗船できなかったのだ。その後、乗り直さなければと心に引っ掛かっていたが、やっと乗船する機会に恵まれた。
乗船当日は前泊地の黒石市・温湯温泉(鄙びた温泉地)からレンタカーで酸ヶ湯、八甲田などを通り、青森市内へ。少し時間があったので青森県立郷土館で開催されている企画展「青函連絡船なつかしの100年」を見学した。内容的には青函交流の歴史は面白いが、連絡船に関してはやや力不足であった。
その後、青森駅でレンタカーを返却。出航は13時45分だが、青森駅12時半発のシャトルバスに間に合わず、タクシーでフェリーターミナルへ(約10分1,400円)。既存の東日本フェリーのターミナルではなく、「ナッチャン」専用のターミナルがつくられている。シャトルバスや高速バスで来た人は、もう一度、フェリーターミナル構内を連絡するシャトルバスのシャトルバスに乗り換えなくてならない。
今回、チケットは購入しておらず、当日窓口で5千円のエコノミークラスを購入。この他にもビジネスクラとエグゼクティブがある。船は、今月から就航したなっちゃんシリーズ第2弾「ナッチャンWorld」であった。既に停泊していたが、イラストが違うのであろうが両船の区別がつかない。それにしても巨大である。これまでのフェリーのイメージを覆すものであり、これに社運を賭ける新生・東日本フェリーのやる気度が伝わってくる。
座席は指定になっており、管理人の席は最前列。前方の視界が開けているが、その前にはラウンジもあり、お客さんは指定された席に座らず、ソファーがあるラウンジに最初から来ている。リピーターであろうか。
当日の乗船客は見たとこ100人強。約800人収容できるので空席が目立つ。上級船室を見学に行ったが上層階にあるエグゼクティブはロープが張られており、乗船客はゼロの模様。船尾にあるビジネスクラスも無人であったが、進行方向と反対に座席が設置されており、エコノミーとそれほど差もないのでビジネスの存在自体が問われそうである。
この日の津軽海峡の波高は1メートル程度で穏やか。スムーズで座席に座っていると船に乗っているというかんじがしない。速度はあまりかんじないが、15分先に出航した室蘭行き「びなす」をあっという間に追い抜いた。また、函館発の「Rera」とすれ違う場面があるが、これまでの同僚船すれ違いとは全く違う次元のスピードで、近づき、そして離れてゆく。
サッポロクラシックビールで気分が良くなり、ウトウトしていると函館山が見えてきた。出航してからまだ1時間ちょいである。実質の所要時間は1時間40分程度で函館フェリーターミナルに到着した。確かに速く、早い。
自動車の乗客から先に下船となるが、ほぼ全員が動き出したので管理人も席を立ち、エスカレーターを降りたが何と車両甲板へ行ってしまった。乗客の多くがオバサンでてっきり”旅客のみ”だと思ったが、観光バスやマイカーの利用者が多かった。車両甲板には乗用車が20台ぐらいとトラックとバスが5台。管理人はお願いして、ふたたび船室へ戻してもらったが、乗船のみの客は僅か5人だった。乗務員の案内がまだ不慣れで、誤解を招く。
港から函館駅まではシャトルバスを利用した。床が木製、両替機も故障している古びた路線バス(帝産バス)であった(約15分300円)。
「ナッチャンWorld」初乗船、感想は順調なクルージングだったせいもあるが、全体に好印象である。最大のネックは青森、函館両港共に中心部・駅から離れており、所要時間ではJRに軍配が上がる。やはりフェリーはクルマのためにあるのかもしれない。
写真は上から①津軽海峡で姉さんの「Rera」とすれ違い②エコノミークラス③ビジネスクラス④木製床の函館駅行きシャトルバス
「青森・函館フリーきっぷ」で寝台特急「あけぼの」乗車
2008年05月21日掲 載
青森県内の大部分と函館エリア(森まで)が乗り放題の「青森・函館フリーきっぷ」を購入して、寝台特急「あけぼの」に乗車した。東京発29,100円で7日間有効、新幹線乗継以外にも寝台特急「あけぼの」のB寝台個室が乗れるのがミソだ。「北斗星」は乗車できないが、「あけぼの」で青森まで行くと2万はかかるのでかなりお得感はある。
今回は久しぶりの旅行だが、出発前日の夜に購入した”衝動買い”であった。希望のB寝台ソロは、みどりの窓口の端末で残席26と表示されており、5月の平日のせいか空いていた。
ほろ酔い加減で、これまで何十回と北斗星でお世話になっている上野駅13番線ホームへ。駅の表示板に「寝台特急 あけぼの21:45分発 青森行 8両」と出ており、いつのまにこんな短い編成になったのか、現実を見せられたかんじでショックであった。
「あけぼの」乗車は3年ぶり6回目だが、「北斗星」乗車が圧倒的に多いせいかホームの雰囲気に違和感をかんじた。どこが違うかといえば、北斗星は観光客、グループが多く、華やいだ雰囲気であるが、あけぼのの場合、グループ客が少なく、いかにも故郷へ向かうといった雰囲気の人が多い。若い女性が意外に多いのには驚いたが、いかにも秋田から津軽あたりに多い色白で彫が深いその地方独特の顔立ちの人が目立つ。生活に密着しているかんじだ。
もともと夜行列車はそういった存在。最近ではその座を夜行高速バスに奪われたが、女性専用車や寝台料金の要らない「ゴロントシート」もそこそこ乗車している。全体で50~60%といったところか。ホームの光景を見て、久しぶりに昔ながらの夜行列車、懐かしい上野駅を見た感じだ。こういう夜汽車の旅愁もこの「あけぼの」ぐらいでなかろうか。
それにしても通路が中央にあり、ベッドが線路方向の個室は狭い。「あけぼの」の下段は初めてだったが、枕木方向の個室(北斗星など)の方が居住空間がある。下段の入口など写真を見ていただければわかるが、高さ1メートル強で穴倉への入口のようである。
また、停車回数が多く、止まる度にガックン、ガックンの衝撃のため、眠れなかった。最近の機関士の腕は落ちているのであろうか。それとも電気機関車や客車の老朽化のせいか。
約11時間揺られて、寝不足のまま弘前で降りた。
「白い恋人」が長く愛されたワケは
2008年05月20日掲 載
石屋製菓がチョコレート菓子「白い恋人」の販売を再開して22日で半年となる。賞味期限偽装を招いた反省から、法令順守(コンプライアンス)の体制を強めながら品薄感解消に躍起となった半年だった。2008年4月期連結決算では、1976年に「白い恋人」を発売して以降、初の赤字となる見通しだが、量産体制は徐々に整い、販売も回復の度合いを強めている。(5/18付読売新聞)
石屋製菓の場合、赤福ような悪質さがなく、何より銀行をはじめとした支援体制がしっかりしていたので最小限の損害で済んだようだ。石水前社長は、白い恋人を赤福のような長く愛される菓子にしようと、赤福のビジネスモデルを参考にしていたようだが、皮肉にも本家の方がこけてしまった。石屋製菓が運営する「小樽出抜小路」も伊勢にある赤福の「おかげ横丁」からヒントを得たのではないか。
ところで白い恋人はアジア系観光客に人気がある。それほど美味しい訳でもないのに大量に購入する。北海道旅行へ行ってきた証、お土産で配る時のステータスなのだろうか。
管理人はこれほどまで定番化した理由にはネーミングの上手さがあると思う。白い恋人と聞くと、グルノーブル五輪(68年)のテーマソング「白い恋人たち」(フランシス・レイ)を連想するが、北海道=雪=ロマンチックといった図式が成立する。それまで定番であった「山親爺」や「わかさいも」、「バター飴」よりも女性的で購買意欲をくすぐる。最近人気のある「はまなすの恋」(北菓楼)もその流れを汲むネーミングで響きがいい。
お土産にはネーミングを始めとしたイメージづくりが重要だとあらためて思う。
夏は涼しい釧路でロングステイはいかが 管理人が薦める都市型滞在観光
2008年05月18日掲 載
釧路で夏を過ごしては――。釧路市は長期滞在者の受け入れ拡大へ、市内の12のホテル・旅館を組織化した。例年、避暑などを目的に道外から市役所に長期滞在向きのホテルや旅館の情報を求める電話が少なくないため情報を集約。滞在希望者の要望に細かく応える態勢を整え、道外からの滞在者増を狙う。(5/17付け日経新聞)長期滞在というと田舎暮らしのイメージがあるが、釧路市では、受け入れに積極的な市街地のホテルが10ヶ所、合併した阿寒湖(旧阿寒町)のホテルが2ヶ所参加して、「涼しい釧路で避暑生活 ホテル・旅館部会」を立ち上げた。
温暖化とはいえ夏の釧路は北海道でもっと涼しい地域のひとつ。霧が多く(最近は減っている)、晴天日がやや少ないのが難だが、暑さが苦手な人には最適な場所である。
管理人は釧路が好きなので1993年の夏に釧路市内のウイークリーマンションを借りて、10日間滞在をしたことがある。その後も何度か3泊、4泊程度はしており、避暑も兼ねて過ごしている。釧路市は湿原などを除いて観光スポットは少ないが、釧路湿原以外でも阿寒湖・屈斜路湖・摩周湖といったおなじみの観光地や温泉などが多くあり、クルマで1~2時間の距離にある。
何より観光地に行かなくても市街地を抜ければ自然が待っており、ノンビリしたい人は、あえて観光地に行く必要もないであろう。管理人は釧路市から海岸線を通り、昆布盛漁港・尻羽岬へ行く北太平洋シーサイドラインがお気に入りだ。
長期滞在から15年が経過するが、それがきっかけとなって今でも年に1回は釧路を訪れている。ロングステイは何もない田舎もいいが、移動や食事などに自由が利く都市部をベースキャンプに気まままに出歩いた方が飽きがこないような気がする。
現在、北海道旅行の平均日数が2泊3日だが、3日間でもいいので連泊をオススメしたい。マチを知り、人を知ることで、その地域に愛着が湧いてくる。周遊移動型の旅もいいが、一ヶ所に滞在して極めるというのはいかがであろうか。
【参考】「私の滞在型観光記-釧路10日間-」 日記編はこちら
欧州でハワイブーム、北海道観光が参考にすべきこと
2008年05月17日掲 載
ガソリン価格の高騰などで米国各地で観光客が減少する中、今年1―3月期のハワイへの観光客は前年同期比2・8%増加、約190万人に上ったことがハワイ州当局のまとめで分かった。13日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルが報じた。
ハワイへ訪れる日本人や米国人は減少傾向だが、代わりに増えているのが英国、フランス、ドイツなどの欧州勢である。欧州からハワイは大海を2つ越えなければならないので当然遠い。その分、欧州人からみれば魅力的に映るようだ。
実際、ヨーロッパの人に訊くと「一生に一度はハワイへ行ってみたい」といったことを言う人が多い。日本人から見れば大西洋のカナリア諸島やマジョルカといったところか。
現在、ユーロ高とドル安、長期に亘る経済成長で欧州全体が豊かになっている。これまで費用がかかったハワイもそれほど高いものではなくなった。日本でも最近、欧州人の姿が目立つ。英・仏・独・伊などのメジャー国以外でもスペインやポルトガル、ギリシャ、中欧のチェコやポーランドなど多岐にわたっており、聞いたことがない言葉を街で耳にする。
欧州人に限らず、グローバル化による富裕層の出現や全体が底上げされたことで旅の行動範囲が広がった。そう考えると北海道観光も「ポストアジア・豪州」としてそれ以外の国からの集客に力を入れなければならない。
欧州は勿論のこと、経済成長が著しいブラジルやインド、ロシアなどは重要なターゲットである。欧州人からみても北海道の観光資源は魅力的であり、雪の降らないブラジルやインドの人たちにとってなお更だ。
欧州からはハワイへ行くより、北海道へ行った方が早い。以前、新千歳からアムスまでのKLM直行便は最短ルートであった。ロシアからならあっという間である。
旅行のグローバル化はますます進んで行くであろうが、中国人観光客など取り合いも激しくなる。北海道観光は、もう少し世界へ目を向けた方がいいかもしれない。
来道観光客動態調査、満足度の1位はルスツだそうだ
2008年05月16日掲 載
道が14日発表した2007年度の来道観光客動態調査によると、国内から道への観光客の32.9%が5回目以上のリピーターだった。前回調査の02年度の29.4%から上昇した。観光地や宿泊施設などの満足度も軒並み80%を超えるなど、道内観光が好印象を与えていることがうかがえる。道はリピーターに加え新規の来道者も増やしたい考えだ。(5/15日付け日経新聞)
訪問客数が多いのは札幌、旭川、小樽、函館、富良野の順番である。前回(2004年)2位だった小樽は旭川に逆転され、知床は7位である。
訪問地の満足度ではルスツが1位、2位えりも3位利尻礼文の順であるが、何が満足度の基準になっているのかはっきりしない点も多い。
また、1人が1日に使うお金は、個人旅行の場合、1万5千円であり、60代が1万7300円と最高だった。
滞在日数は平均2泊3日であり、旅の短縮化が進んでいるようである。
【参考】来道観光客動態調査書のPDF(200ページ近くあります)
これは最安値か?「東京⇔小樽エコノミーきっぷ」は8,900円
2008年05月14日掲 載
新日本海フェリーのHPに「東京⇔小樽エコノミーきっぷ」なるものを発見した。最近流行のフェリーに高速バスを絡めたものだが、8,900円という価格は「青春18きっぷ」などを除けば首都圏-北海道の最安値きっぷではないであろうか(期間限定)。
ちなみにコースは池袋駅発着。【北海道方面】池袋駅発23:35 - 高速バス - 新潟駅前4:07 - 路線バス - 新潟港10:30 - フェリー - 小樽港 翌日4:30着。【東京方面】小樽港10:30 - フェリー - 新潟港 翌日6:00 - 路線バス - 新潟駅前7:05 - 高速バス - 池袋駅12:20着。(*高速バスはこれ以外の便も利用できる)
同様なチケットとしては、商船三井フェリーを使う「パシフィック・ストーリー」(東京・札幌連絡きっぷ)があり、こちらは9,900円で北海道へ行く場合のルートは、東京駅発14:00 - バス高速みと号 - 水戸駅16:32 - 路線バス - 大洗18:30 - フェリーさんふらわあ - 苫小牧 翌日13:30 - 中央バス高速とまこまい号 - 札幌駅15:45着である。(*東京-水戸間の高速バスはこれ以外の便も利用できる)
新日本海F、商船三井Fどちらも所要時間はあまり変わらないが、小樽コースは高速バス乗車が1回なのに対して、苫小牧コースは2回乗らなくてはならない。その分、千円高いのであろうか。また、小樽コースの北海道方面は最速だと2夜行になるのでかなりきつそうだ。
どちらにしても体力(若さ)と時間がある人向けの格安きっぷである。苫小牧コースは札幌でウトロ行きを当日乗継(夜行)すれば割引となり、知床へも格安で行ける。また、当日、空室があり、追加料金を払えば上等客室にも乗れるので使い方次第では面白そうだ。なお、新日本海フェリーのきっぷでは、舞鶴港を利用する大阪発着コース(9,200円)もある。
【参考】「東京⇔小樽エコノミーきっぷ」のページ
【参考】「パシフィック・ストーリー】のページ
毎日新聞が道内の夕刊を廃止、夕刊の存在意義とは?
毎日新聞社が道内での夕刊発行を8月末でやめることについて、同社北海道支社は13日付の紙面で正式発表する。(5/13付け朝日新聞より)
毎日新聞の北海道版に関しては、かねてからいろいろな噂があった。現在、道内で夕刊は札幌圏を中心に旭川、小樽、室蘭などで発行されているが、発行部数が今年3月で約1万4千部(ABC協会調べ)、2006年と比べて約4800部減少している。
ちなみに毎日新聞の朝刊は約6万8千部、道新が約120万部なのでそれと比べると少なさがわかるであろう。また、夕刊紙で比較すると道内地方紙の十勝毎日新聞が約9万部、それと比較しても6分の1以下である。
毎日新聞webサイト「大盛り北海道」はよく見るが、ニュースボリュームは少なく、手薄なことがわかる。夕刊に関しては、東京版でも読み出がなく、広告収入を考えるとよくここまで持たせたというかんじである。広大な北海道で輸送費や配達委託費だけでもバカにならない。撤退はいたし方ないことであろう。
読売や朝日でさえもガリバー道新の前には太刀打ちできない。まして、新聞全体の売り上げが落ちて、道新でも夕刊はかなり部数を減らしている。産経はだいぶ前に夕刊を廃止したが、webが発達した現在、夕刊そのものの存在意義が問われる時代かもしれない。
公共の宿、ただ売ればいいというもんじゃない
2008年05月12日掲 載
先日の本ブログで上川支庁にあった公共の宿K(道関連の施設)が、民間のM(温泉ホテルを複数展開)へ売却されたことを書いた。
実は、このニュースに関して投稿があった。この施設は、Mに超破格(40万円~80万円)で売却されたという。 数百万円の重機なども含めた売却価格のようで、競売にもかけられず非公開のうちに売却されたいう情報だ(確証はありません)。
最近、公共の宿の施設売却、特に道や健保・年金関連運営のものが多いが、中には惜しい施設がいくつもある。また、売却への経緯が不透明なものもある。ただ、闇雲に「努力していますよ」というポーズで処分すればいいという問題ではないのではいか。
本体の問題は別にして、施設が赤字なのは、施設に魅力がなく、経営努力が足りないということもある。売却する施設の中には黒字のものも含まれているが、儲かっている施設まで処分する必要があるであろうか。やり方を変えれば充分に集客できる施設はいくつもあると思う。
安く売るのは勝手だが、これでは閉店セールの在庫一掃叩き売りと一緒である。これらの施設の多くは税金によって建てられている。それらを二束三文で売却してしまうのは納税者へ対する裏切りでもある。
これまで知らなかった北海道がわかる 「北海道の歴史がわかる本」
2008年05月11日掲 載
管理人は北海道の人たちがどこから来たのか(移民)興味があり、よく尋ねるが、一部の人を除いてあまり自分たちのルーツに興味を示さないような気がする。既に入植から130年以上が経過し、すっかり根付いているということであろうが、ちょっと残念だ。
今回、紹介する「北海道の歴史がわかる本」(亜璃西社:桑原真人・川上淳著)は、これまで、あまり知る機会のなかった北海道の歴史を、石器時代から近・現代まで約3万年におよぶ時代の流れに沿い、52のトピックスで辿っている。
「北海道に現れた最初の人類は?」「アイヌ文化はいつから始まった?」「北海道にも県があった?」「屯田兵が置かれた本当のワケは?」など、興味惹かれるテーマが次々に登場する。
北海道の歴史というと五稜郭の戦いがあった幕末戊辰の役や、せいぜい松前藩が登場する江戸時代までだが、それ以前にも当然長い歴史があった。しかし、アイヌ民族やそれ以前の先住民のことはわからないことも多い。
この本で興味深かったのはアイヌ人と和人との関わりである。当時、アイヌ人が松前藩や幕府に果たした役割が大きかったことなどを知った。たとえばロシアや中国との交易ではアイヌが仲介役になっており、アイヌを通じて外国と繋がっていたことなどは初耳であった。しかし、アイヌと松前藩の関係は従属的であり、既にこの時代から和人への同化政策が取られるようになっている。
和人が道南に拠点を置き、松前藩が設置された15~17世紀は、世界史的に見ても覇権・植民化の時代である。欧州列強がアメリカ大陸やアフリカ、アジアなどに進出、先住民にとって受難の時代の始まりだが、同じようなことが蝦夷地でも起こっており、ケースはやや異なるが単なる偶然とは思えない。
明治維新となり、開拓の時代を迎えるとアイヌにとっては更なる受難の時代を迎える。狩猟から農業へ強制変更され、集団移住を強いられた。
和人化政策の法律として1898年「旧土人保護法」(何という名称か)が施行されたが、行政の世界で「旧土人」が使われなくなったのは、何と100年後の1997年「アイヌ文化振興法」が制定されるまで待たねばならなかったというから信じられない。ちなみに、新法成立に尽力したのは、あの萱野茂さんである。
「北海道の歴史がわかる本」では、これまで知らない北海道を知りえ、いろいろなことを考えさせられた。読みやすい内容なのでオススメである。
【参考】亜璃西社 本書紹介のページ
礼文島で温泉掘削が成功、道内久しぶりの公共温泉誕生か
2008年05月09日掲 載
花の名所として知られる礼文島の宗谷管内礼文町が、町内初の温泉を掘り当てた。来秋の完成を目指して入浴施設を建設する予定で、新たな観光スポットとして期待を集めている。同町建設課は「観光客だけでなく町民にとっても待望の温泉だ。町の活性化につながる」と話している。(5/9付け毎日新聞)
礼文町は2007年5月から島の中心地・香深で温泉掘削に取り掛かり、礼文初の温泉を掘り当てた。地下1300メートルからの泉温は50度で最大揚湯量は毎分240リットル。泉質はアルカリ性低張性高温泉。入浴施設は日帰り専用とする。今後設計を進め、今年秋ごろに着工する予定だ。
お隣の利尻島では利尻富士温泉があるが、国内最北端の温泉になるのであろうか。緯度的には稚内温泉と甲乙つけがたい。町のプロジェクトのようだが、HP(下記参照)を見ても、温泉にかける意気込みが伝わってくる。公営温泉の深度ボーリング掘削と聞くと「まだそんなことやってんの」という気もするが、島民にとってはお待ちかねであろう。
場所柄、観光需要も期待できるので健全な経営を望む。
【参考】礼文町温泉ボーリング情報室のページ
大型連休中の旭川線 格安2社が好調 自腹で乗るのなら
2008年05月08日掲 載
スカイマークの参入で集客競争が激しさを増した旭川―東京線の航空機利用客が格安運賃を掲げるスカイマークと北海道国際航空(AIR DO)に流れる傾向が目立ってきた。航空各社が7日発表した大型連休期間中の輸送実績では格安運賃の2社が好調で、日本航空と全日空は利用客が前年を下回った。(5/8付け朝日新聞より)
4/25に就航したばかりのスカイマークは約1万400人で利用率は81.5%とトップ。エア・ドゥの利用客は前年とほぼ同じ約8300人で、利用率は74.8%。利用客をスカイマークに奪われることはなかった。
一方、大手は日本航空の利用客が約1万7700人で利用率は63.8%。利用客は前年より10%程度下回った。全日空は利用客が約2千人で、利用率は58.4%。利用客は前年を8%ほど下回った。
スカイマークは来月までの期間限定だが、普通運賃が片道1万円という大出血サービスをしている。これに対抗してAIR DOも各種割引サービスを実施しているが、連休中、格安2社の利用者が好調だった背景には、ビジネス客が多い通常期と違い、自腹で乗るレジャーや帰省目的の個人客需要が多かったことも背景にあるのではないか。
先月のブログで「広がる運賃格差、○金、○貧どちらを選択?」というタイトルで格安2社と大手2社の利用方法などについて書いた。
自腹を切るなら安い方を選ぶ。大手2社を利用するパックツアーで申込んでも1万円ならスカイマークの普通運賃を利用した方が割安感がある。便変更も可能で、募集型企画旅行だと10日前が申込み締切りだが、当日でも空席があれば乗れる。
管理人も5月下旬の旭川線をネットで申込んでいる。やはり1万円は安い。スカイマークに求めるのは安全運行の遵守と安易な撤退を繰り返さないことである。
『「最長片道切符の旅」取材ノート』 宮脇俊三氏と村松友視氏
2008年05月04日掲 載
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鉄道紀行作家の宮脇俊三さんが亡くなられて5年が経った。現在でも熱心な愛読者が多く(管理人もそのひとり)、著書は売れ続けている。宮脇さんの訃報を訊いた時のショックは半端ではなく、その後、宮脇本の購入は封印していた。
宮脇さんの代表作のひとつに「最長片道切符の旅」(新潮社1979年)がある。ご存知の方も多いと思うが、日本縦断一筆書き乗車券を最初に世に知らしめた作品である。最近になり、「最長片道きっぷ」の取材ノートが、遺品整理中に長女灯子さん(お父様と同じく作家をされている)の手によって発見された。
そのノートが『「最長片道切符の旅」取材ノート』(新潮社)として発売され、売れている。また、「小説新潮」5月号の特集が「宮脇俊三と旅」するで取材ノートの裏話や作者と縁が深い人たちが寄稿している。宮脇さんへの評価は没して尚、上昇しており、新たな鉄道の楽しみ方、ジャンルを提供した意味においてもその貢献は計り知れない。これからも読み続けられるであろう。
宮脇さんは中央公論社に勤められていたが、その編集部の部下に作家の村松友視氏がいた。このお二人、大変な共通点がある。まず、中央公論在籍中に本を書いて、ベストセラーとなっている。そこまでは驚く話ではないが、宮脇さんのジャンルは「鉄道」、片や村松さんは「プロレス」である。
当時、鉄道とプロレスといえば、マイナーオタクジャンルの極みであり、それぞれのファンは隠れキリシタンのようにしていた時期だ。村松さんは新婚当時、部屋を真っ暗にして、見つからないようにプロレス中継を見ていたらしい。
村松さんが「私、プロレスの見方です」を著したのは1980年。ほぼ宮脇さんの作家活動スタート時と同じだが、中央公論社で同じ釜の飯を喰ったお二人が、奇しくも鉄道、プロレスという当時堂々と言うのも憚る2大ジャンルを文学にしたことはすごい!!
その後、鉄道もプロレスも晴れて隠れの身から開放され、今日に至る。実は管理人は鉄道、プロレスともに大好きであり、このお二人には感謝しかない。
小説新潮に村松さんの寄稿があるが、お二人とも会社を辞めるまで、お互いの「趣味」を知らなかったというのも興味深い。
実はよく行く居酒屋に村松さんがたまにいらっしゃる。管理人がカウンター越しにプロレスネタを振ると「またプロレスの話?」といいながら話題に乗ってこられる。できれば宮脇俊三さんのことも訊いてみたい。
ロビンソン百貨店が閉店 むずかしいススキノという立地
2008年05月03日掲 載
セブン&アイ・ホールディングス傘下のロビンソン百貨店が2日、札幌店を2009年1月18日に閉店すると発表したと3日付け日経新聞などが報じている。
ロビンソンは札幌松坂屋として1974年オープンしたが、その後、ヨーカドー傘下となり、ヨークマツザカヤ、1994年からはロビンソンに名称変更した。最近では百貨店を地下2階から地上2階までとして、3階から8階まではテナント専門店街「ラフィラ」として営業していた。
ススキノの低迷が長引き、周辺の若者の姿が少なくなるようになった。以前は大通の丸井今井や三越、パルコなどからの流れで集客もあったが、札幌駅前の大丸開業以降、大通以南の地盤沈下が続いている。もともと夜型の立地であり、交差点を渡ってわざわざ昼間に来る人も少ないであろう。
ロビンソンはススキノ交差点に位置し、待合わせのメッカとしても有名である。管理人も何度か地下の喫茶店を含め、待合せに使ったことがあるが、百貨店の中で買い物をした回数は少ない。上層階へ行くと閑散としており、コンビニ感覚のデパートであったが、常に中途半端な印象があった。最近の百貨店は富裕層をターゲットにした高級志向が目立つが、ロビンソンの場合、どこをターゲットに絞り込むか難しい。
銀座プランタンのような徹底的な女性ターゲットの店がいいような気がするが、競合店も多い。「さっぽろ東急」では若い女性狙いで上層階にスパやヒーリングサロン、女性たちが喜びそうなイタリアンなどを作り、新たな取り込みを図る。ロビンソンにはブランド品を扱う都市型アウトレットような店舗や本格的なコスメ系サロンなどが場所柄向いていると思うが。
「トワイライトEXP」の空きがわかる 便利なJR北海道「方面別空席情報」
2008年05月01日掲 載
ネットでJRの空席情報を調べる時は、JRシステムが運営する「JRサイバーステーション」を利用するのが一般的で、最近では「みどりの窓口」でもノートPCが設置しており、便利な時代になったがJサイバーは使い勝手にやや難がある。
まず、入力に手間がかかる-新幹線は列車名と駅名が画面に出るので簡単だが、在来線特急になると「在来線特急」を選択し、さらに乗降駅を手入力しなければならない。また、「北斗星」などの個室寝台の空席情報は扱っていない(開放型B寝台は検索可能)。表示も○△×なので大まかしかわからない。
また、お盆や年末年始、GWなどの繁忙期にはアクセスが集中し、サイトにつながりにくくなる。検索できる時間も6時半から22時半までという制限もある。
特に臨時扱いの「トワイライトEXP」や「カシオペア」の場合、このサイトではわからないのだ。管理人はこれまで「北斗星」個室を取る時、「みどりの窓口」にわざわざ行って確認していたが、最近、JR北海道内サイトで「JR北海道方面別空席情報」というものを発見した。
ここでは道内方面別の列車ごとの1ヵ月後までの空席情報(○△×で表示)がわかるほか、本州方面では「北斗星」のB寝台と「トワイライトEXP」の空席情報がわかる。
素晴らしいのは、これまでわからなかった「トワイライト」の空席状況がわかることである。本州方面の列車は上りのみしかわからないがこれは大変に役立つ。
JR北海道では以前から電話による空席案内もしており、利用したことがある。また、JR北海道宿泊予約サイト「ツインクル」は他の宿サイトが満室の時でも客室を確保していることが多く、札幌などで宿が取れない時は便利なのでオススメである。
【参考】JR北海道 方面別空席情報
2010.05更新
【参考】「トワイライトエクスプレス乗車体験記」上
「トワイライトエクスプレス乗車体験記」下
