「ハコダテ開港150周年記念」サイトを紹介
2008年05月26日掲 載
函館開港150周年を記念した地域ポータルサイト「ハコダテ開港150」という市民参加型サイトに北杜の窓を紹介していただいた。
これまで函館関連のポータルサイトは数多くあったが玉石混交の状態であった。今回、紹介するサイトは市民の視点で函館を紹介するもので、かなり掘り下げた内容となっている。コンテンツはいいので、SMO対策を含めて、実際に見てもらえるサイトに仕上げてもらいたいと願う。
【参考】ハコダテ開港150周年 公式webサイト
別府オンパク全国へ波及、道内でも函館に続きにニセコが
2008年04月17日掲 載
食や散策など多彩な体験型講座への参加を通じて地域の魅力を味わってもらう別府市の「ハットウ・オンパク」(別府八湯温泉泊覧会)の手法に、全国から注目が集まっていると12日付け西日本新聞が伝えている。
オンパクの本家本元である大分県別府市の別府八湯温泉泊覧会(ハットウオンパク)を運営するNPO法人「ハットウ・オンパク」はこれまで北海道函館市の湯の川温泉と福島県いわき市のいわき湯本温泉にノウハウを伝授、既に2カ所でオンパクが開催された。
「オンパク」は全国に波及し、函館市ではいち早く2006年秋に「湯の川オンパク」1回目を開催、去年に続き今年も開催される予定である。また、ニセコ町でも開催予定である。
このオンパク、いいイベントであると思うが、北海道の温泉観光は九州の観光地を参考(パクリ)にしているものが多い。客室、露天、町並み景観計画など「あそこと同じ」というものがいくつかある。それはそれで他所を参考にしながら、北海道観光を改善・向上させてくれればいいことだが、観光立国といわれながらも二番煎じが多く、個性の乏しさには一抹の寂しさも覚えてしまう。
道産子にはもっともっと自分たちに身近にあるものの良さを知って、それを地域づくりに活かしてもらいたいと思う。隣の芝生はよく見えるかもしれないが、目の前に宝の原石がころがっているかもしれず、それを洗い出す作業も必要だ。
そして、オンパクに関しては是非、その地域の特長が前面に出る企画を打ち出して欲しい。
稚内全日空ホテル、市の大幅出資で当面の危機脱出をしたが
2008年04月13日掲 載
稚内市議会は11日、稚内全日空ホテルを運営する市の第3セクター、稚内シーポートプラザの経営悪化を受け、2億8000万円を追加出資する議案を可決した。市からの融資案が議会に否決され3セクが法的整理となる可能性もあったが、当面の危機は脱したと12日付け日経新聞などが伝えている。
稚内全日空ホテルの経営危機に関しては3/11付けブログ「ホテルが経営危機、三セクだったとは驚き」のタイトルで触れている。 ホテルは1994年に開業。長期負債の返済負担が重く、資金繰りが悪化していた。4月中に民間の株主にも追加出資を求め、計3億円を増資する。市の追加出資で出資比率は5割を超える。
このニュースには大きな違和感をかんじる。稚内全日空ホテルはシーポートプラザの中核であり、市のランドマーク的存在であることは理解できるが、素朴な疑問として何でここまで”協力”をしなくてはいけないのか。市は「これ以上の支援はない」と説明しながら、時代錯誤と思える行為をしている。
管理人は市が「全日空」ブランドへのこだわりと全日空への遠慮を感じる。前回でも触れた羽田-稚内便の通年運行に向けて市が補助する形で2万円程度の格安ツアーを催行。今年はなくなったかと思ったが調べたらやはりあった。全日空ホテルの問題と空路維持の問題はリンクしていると思うのは考えすぎてあろうか。
全日空ホテルは規模は小さいながらもシティホテル機能なので無駄なコストも多そうである。仮にホテルを民間に手放せば、観光客が多い稚内なので宿泊特化のアパホテルやルートインなどが購入するであろう。シティホテル機能を削れば単体では十分に黒字になるはずである。
ANAホテルチェーンは資本を外資(モルガン)に売却して以前ほどのブランド力もなくなっていると思う。こだわる必要もあるまい。
この問題、仮に破綻すれば大変なことになる。それでなくても稚内市は三セク施設が多い。実は管理人、5年前の冬、誘われて稚内1泊2日2万円格安ツアーに参加したことがある。訪問する場所は公共温泉、サハリン村(ロシア村?)など多分、三セクと思える施設で「お抱え観光」であった記憶がある。宿泊は追加料金を払い全日空ホテルであった。
旭川買物公園で地域特産物を集めた市場をオープン
2008年03月25日掲 載
旭川青年会議所は、道北地域の食材を集めた青空市場「たいせつマルシェ(仮称)」をJR旭川駅前の歩行者天国「平和通買物公園」に今夏設け,地元食材のPRとともに、通りのにぎわい復活も目指すと25日付け日経新聞が伝えている。
市場は生産者や加工業者、飲食店経営者のほか、道北地域のJC関係者、商議所などと連携。5月までに実行委を立ち上げ、具体的協議に入る予定。7―9月の日曜日に毎月1回開催し、旭川市が通りに地場産業・観光情報の発信拠点として構える「旭川屋」のそばに設け、連携を狙う。
平和通買物公園は、旭川駅前から約1kmに渡る歩行者天国である。1972年に日本初の恒久的歩行者天国として開設され、通りには丸井今井、西武百貨店や若者向けのテナントビルなどが入る商店街が続いている。
道内では数少ない大規模駅前商店街&ホコテンなので、管理人は旭川に立ち寄れば必ずといっていいほどここを歩いていた。しかし、最近では通りの奥、北側ではシャッター商店街化が進み、訪れる度に店の数と歩行者が減り、客は全盛期の半分程度までに落ち込んだという。
今回の試み、期間限定であるが、旭川動物園などを訪ねる観光客で賑わう夏季に実施するのは意味がある。商店街などの中心街に地域の特産品や食などが一堂に介す機会はあまりなく、観光客が駅前商店街で消費する機会も少ない。
これまで各地で空き店舗などを利用したチャレンジショップなどが行なわれてきたが、大半が地元客対象のもので、客層とマッチしない店も多く、成功事例は少なかった。
旭川は観光地へ仲間入りしてが、マチ中自体はまだそれに追いついておらず、魅力に乏しい。国内・海外の観光客へ動物園以外の魅力を訴求し、知られていない特産品、特に食以外でも木工製品家具なども含めて旭川情報発信の場にしてほしい。観光名所になれば常設化できるはずだ。
また、こういった試みは旭川以外の地方都市でも是非トライしていただきたいと思う。
銀河線本別駅長室跡を利用して「テレワーク」、ぴあ社員が滞在実験
2008年01月23日掲 載
北海道総合通信局が十勝管内本別町の旧ふるさと銀河線本別駅の駅長室を利用し、遠隔勤務の実証実験を行うと発表した。プレイガイド最大手のぴあが2月に社員を派遣。IP電話やテレビ会議システムを活用した遠隔勤務の可能性を探る。(1/23付け道新記事より*道新記事は2週間で閲覧できなくなる)
総合通信局とは総務省の情報通信地方部門だが、あまり馴染みがない名称だ。今回の実証実験は、2/15~2/24まで本別町ステラホール(旧ふるさと銀河線本別駅駅長室)及び町職員住宅を利用し、シンクライアント端末、IP電話、テレビ会議システムなどのテレワークを活用して、おもにクリエイティブ系のスタッフが東京と同じ仕事を本別で行なうもの。
この実験は、遊休施設の有効活用や地方の活性化、移住の促進などを目的にしているという。
「テレワーク」は、サテライトオフィス、SOHOなどと共に一時、脚光を浴びたが、現実的に難しいなどの問題もあり、最近ではあまり聞かれなくなった。
また、通信インフラを整備しなくてもPCとネット環境があればSkypeなどにより、簡単にテレビ電話会議も出来てしまう時代なので公共機関がわざわざ「テレワーク実験」をする必要もないと思われる。「実験」のための「実験」なら勘弁してほしい。
北海道に住んで仕事をしたい人は管理人を含めたくさんいる。しかし、仕事がなく諦めている人が圧倒的だ。今回の実験は企業勤務で在宅ワークが可能な人向けのものだが、サラリーマン、個人事業主に関わらず現役で仕事をしている人たちの移住受け入れ態勢は未整備である。
就職を斡旋するのも移住受入れで重要なことだが現実に仕事はないのだから、むしろ自立できる「現役」の人を迎えいれる体勢づくりの方が完全移住・短期移住に関わらず必要ではないか。
シニア向けの話ばかりで、この部分が道の移住政策では抜け落ちていると思う。
【参考】北海道通信局ニュースリリース
北見東急が三セクモールに
2007年12月11日掲 載
10月末で閉店した北見市の「きたみ東急百貨店」のビルが8日、「まちづくり北見大通りビル」と名称を変えて生まれ変わり、一部オープンした。
旧きたみ東急百貨店は、北見駅前にバスターミナル、東急インなどを併設するかたちでマチの「核」として存在していた。しかし、地方都市に於ける中心街の空洞化や東急グループのリストラなどもあり、次第に存在感が薄れて閉店に追い込まれた。
新しいビルは、北見市が百貨店跡の土地を購入しビルの無償譲渡を受け、第三セクター「まちづくり北見」に管理運営を委託するというもの。最初に地階(食料品)と1階(洋品雑貨)、6階(レストラン・映画館)の3フロアが開店した。
果たして三セク形式のショッピングモールが成功するであろうか。同じ三セクが運営する釧路にある「フィッシャマンズワーフMOO」は、出来た頃の面影もなく、何とかテナントを埋めようとするだけで、全くコンセプトに欠ける魅力ないものになってしまっている。北見東急の場合は、地域住民がターゲットとなっているが、郊外店舗から呼び戻すことができのか大いに疑問である。
現在、道東地区で百貨店があるのは帯広の藤丸だけで孤軍奮闘している。釧路市は丸井今井が撤退した跡に民間施設「キュート」がオープンする予定であったが、テナントが集まらず募集を中止していると聞く。
北見市は人口が帯広や釧路と比べ少ない。この規模で百貨店を運営するのは、困難に近く、ショッピングモールに転換するとしてもよほどの”ウリ”がない限りは厳しいであろう。
北見市は釧路の二の舞を避けたかったのかもしれないが、三セク以外の方法(PFIなど)なかったのであろうか。唯一、救いはターミナルに位置し、ホテルや映画館「シアターボイス」があることである。集客機能があり、また地域の文化的拠点にもなりうる。
なお、「まちづくり北見大通りビル」では、愛称を募集中とのことである。
門司港、関門地区の観光活性と青函地区の比較
2007年11月21日掲 載
1ヶ月以上、諸般の事情がありブログ更新が滞った。本日から再開とします。
先週末、博多に所要があり訪れたが、その折、門司港に寄ってきた。門司港はかつて九州の玄関口であったが、関門トンネルや橋の開通、さらには航空機の発達により、取り残されたような場所になっていた。鉄道や海運が華やかし頃の歴史的建造物が残り、それを活かしたマチづくりをしようと「門司港レトロ」をキーワードに整備を続けてきた。
管理人は以前、函館で行なわれたマーケティングセミナーで「海峡観光交流」というテーマで話をしたことがあった。実は今回、訪れた関門地区、下関へは行ったことがあったが、九州側には行っておらず、門司を訪ねないことには罪悪感が消えず、いつか行こうと思っていた。
当日は博多からJR九州自慢の特急「ソニック」で小倉へ、フローリング調の床は流石と思い、その独創性にあらためて感激。小倉からは、赤いカラフルな電車に乗換え、門司港まで行った。まず、驚いたのは門司港での下車客が多いことである。終点であるが、多くが観光客。本数も1時間に3本以上あるが、鉄道を使ってこれほどの観光客が下車する光景は地方では珍しい。ちょっと感激した。
門司港の街はまるでハウステンポスのようであり、無料のテーマパークといったところ。コンセプトがしっかりしており、バラつきがない。北海道で似たような観光地を探せば、函館や小樽であろうが、観光地としての歴史がないにも関わらず、統一感ではこちらが上である。逆にいえば、完璧すぎて遊びがない。アーケードなど生活場を歩くと現実が見えて楽しかったが。
それにしても九州から対岸の下関は近い。レンタサイクルで関門人道国道で渡ったが、押して歩いても20分とかからない(乗っての走行は禁止。自転車は20円)。下関からは船に自転車を積み、門司へ戻ったが、非常に手頃な遠足である。
ところが青函地区の場合、そうはいかない。青森-函館間は、JR、高速フェリーを使っても2時間かかり、往復すれば1万円。関門往復なら往路人道、復路船で千円でお釣りがくる。
航空機が発達する前、連絡船で北海道旅行をした頃は、行きか帰りのどちらか十和田湖や浅虫などで1泊するのが普通の観光ルートであったが、今は別個の観光コースとなっている。
今回、門司港を訪ねて青函観光の難しさをかんじた次第だ。
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地元のアーケード商店街にはこんな食堂が・・・・
道内路線価、格差広がる 滝川がワースト、釧路も止まらず
2007年08月02日掲 載
全国の路線価が発表されたが、北海道では、札幌市中央区北5西3・道道札幌停車場線通りが前年比25.4%で1位になった。かつての大通方面から札幌駅周辺に主役が移って4,5年経つが、JR札幌駅北口の西通りの路線価が前年比30%上昇し、2位になるなど駅前人気は北口にも飛び火をした格好だ。
反対に札幌以外の地方は、下落が続いており、下げ止まり感はあるものの格差はますます広がっている。もっとも下がったのは滝川市で17.4%で、下落幅も2・6ポイントも拡大した。郊外大型店の進出に伴い、市中心部の地価が下がったためとみられる。滝川に限らず深川、美唄、砂川あたりの駅前のさびれ方は際立っている。
また、20万都市では全国NO.1のシャッター商店街&さびれ度ではないかと思う釧路市は、今年も下落が止まらず北大通5丁目で▼12.2%と二桁の下げ幅であった。
札幌中心部と地方都市の格差の広がりはまだまだ広がってゆきそうだ。
北見東急閉店、苦しさを増す道内地方百貨店
2007年05月16日掲 載
きたみ東急百貨店が、10/31付で閉店することになった。
管理人は、隣接する東急インへ宿泊した際、何度か立ち寄ったことがあるが、閑散としていた印象がある。オホーツクの小都市・北見にデパートがあるのは意外なかんじがしたが、倒産した北見バス(現・北海道北見バス)が東急グループという関係からであろう。
丸井今井の再編による道内地方都市からの撤退、規制緩和による急激な郊外型店舗の拡大で地方百貨店は、存在そのものが危機に立たされている。
何度かこのブログでお伝えしている釧路市中心街の衰退は、丸井撤退後、テナントビルとして再生するはずであった「キュート」がいまだに開店しておらず、苦しさを物語っている。
帯広は、郷土愛が強い地方なので、唯一の地場百貨店「藤丸」が頑張っているが、実情は厳しいであろう。
札幌は、二極化が進んでいる。大通で苦戦していた丸井今井は、伊勢丹との提携により、かなりよくなった印象だ。個人的にNO.1デパートと思う伊勢丹の参加は、客層的にも共通するものがあり、プラスにはたらくであろう。しかし、札幌では成功しても、伊勢丹の高級路線は地方では通じない。
北見や釧路、帯広、室蘭、苫小牧クラスのマチに百貨店は必要であろうか?
中心街の核づくり、パブリック的な側面を含め、マチに百貨店がある、ないとでは、かなり違う。管理人は何度か百貨店の必要性を訴えてきた。
しかし、これらの都市にある百貨店は、「百貨」の体をなしておらず、品揃いでは、郊外型の大型専門店には勝てない。クルマがあれば、全国ブランドの衣類が地方でも買える。買い物だけではではなく、食事や映画鑑賞、ゲームなどひと通りのことが一ヶ所でできてしまう。
こういった状況でいちばん心配なのは、三浦展氏(下流社会著著者)が言う地方の「ファースト風土化」である。
昨年、釧路市内の飲食店に入ったところ店内にユニクロのダッフルコートを着ている女性が周囲に3人もいて驚いたことがある。クルマ社会になると、お洒落をする機会が減る。ユニクロやGAPのようなカジュアル服は売れるが、そうでないものはきびしい。
ブランドものがほしい時は、札幌などの都市部まで出かけて購入する。地元の百貨店ではめぼしいものがないため無視されることになる。
地方百貨店の危機は、駅前・中心街の衰退、クルマ社会、規制緩和、地方の慢性的不況、購入機会の全国均等化、消費行動の変化など背景にあるものは、複合的でえらく根深いものがある。
合併した町にかんじた旧町の二極化
2007年04月05日掲 載
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旧熊石町・町営国民宿舎ひらたない荘へ向かう道と八雲町「ハーベスター」から望む噴火湾
31,1日と以前、マチづくりのアドバイザーをしていた旧熊石町(現八雲町)を1年半ぶりに訪れた。
函館からレンタカーで約1時間50分の道程であるが、途中にある道路標識が「八雲町(旧熊石町)」や「八雲町(旧熊石)」に変わっている。「旧熊石町」は間違いではないが、熊石は存在するのだから「旧熊石」という標識はおかしい。
それにしても日本海沿いの追分ソーランラインルートに「八雲」という標識を見ると違和感を感じる。
八雲町と熊石町は一昨年の10月に合併をした。八雲町は渡島支庁、熊石町は桧山支庁に所属しており、支庁を超えた合併となった。また、両町は太平洋(噴火湾)、日本海に面しているため多分、日本唯一2つの海に接している町になったので新たに二海(ふたみ)郡という名称になった。
しかしながら表向きは対等合併ながら実質は吸収合併であり、役場は旧八雲町に置かれ、支庁は渡島となった。
合併から1年半が経過したが、旧熊石町は新しい話題に乏しい。人口は旧八雲町は1万7千人を擁するが、旧熊石町はこのままでは3千人を切りそうな勢いで八雲町全体で人口2万をキープするのは難しいかもしれない。
熊石町内を歩いている人はお年寄りしか見かけない。これは過疎地どこでも同じ光景であるが、閉まっている商店が多く、唯一人を見かけるのがセイコーマートである。
熊石の方に八雲町を案内して戴いた。先ごろできた「噴火湾パノラマパーク」は高速道路から乗り入れできる体験型の公園である。当日はみぞれ模様にも関わらず多くの子供たちが室内遊戯施設に集まっていた。
また、ケンタッキーフライドチキン系の「ハーベスター」も賑わっていた。手作りピザがウリらしいが、行列をして待たないといけないほどの盛況。
この新しい施設を見ていると都会郊外の日曜風景と変わらなかった。八雲町は函館からも離れており、ファミレスやイタリアンなどを食する機会は少ない。函館でさえも本格窯で焼くピザハウスが登場した時は行列していた。盛況なのは当然であろう。
それにしても同じ八雲町でも熊石とは違い過ぎる。同じ町に「過疎・田舎」と「都会もどき」があった。語弊がある言い方かもしれないが、同じ町内に強い町と弱い町が存在し、二極化しているとかんじた。
たまたま札幌に赴任が決まり、熊石町で最後の夜を迎えていた校長先生と酒席を交わした。先生は道内各地、転勤したが、熊石ほど子供たちのこころが優しく、年寄り思いのマチは初めてと語っていた。「森でキャンプを張った帰り、子供たちがひとりで5つ6つと大沼団子を買うんだ。そんなに買ってどうするんだと聞いたら家の爺ちゃん、婆ちゃんと近所のお年寄りの家に配るというんだ。それがひとりでなく、みんなそうするから驚いたよ。普段も年寄りを見かけると必ず挨拶するしね。こんなマチはないよ」と言っていた。
高齢化・過疎化ばかりが話題になるが、田舎も捨てたものではないなと町民ではないのに少し誇らしい気分になった。
春の函館バル街が今年も開催
2007年03月22日掲 載
東京は早々とサクラ開花宣言が出たが、北海道はまだ一ヶ月以上先の話。今年も恒例となった「函館バル街」の案内状が送られてきた。7回目の今回は4/24(火)に開催され、56店舗が参加する。
函館の旧市街にある飲食店が、スペイン式のタパス(つまみ)を出し、食べ歩き・飲み歩きをするイベントであるが、平日開催にも関わらずお茶とケーキなど昼間からも営業しているファミリー向けの店もある。
函館山の頂上にある店も参加し、ロープウェイがチケット1枚(5枚綴り3千円のチケットを購入するとワンドリンクとつまみタパスが付いてくる)で往復無料になるので夜景見学も兼ねて行くのもいいであろう。
地元向けのイベントであるが、開催エリアが元町・ベイエリアなどの旧市街であるので観光を兼ねてはしご酒をするのも楽しい。地元の人とも親しくなれる。
管理人もこれまで4回参加している。本格的なスペインバルが楽しめる「ラ・コンチャ」や洋食の元祖として名高い「五島軒」など有名店を”格安料金”で周りながら函館グルメツアー体験することができる。
函館のサクラの開花予想が4/25なので気持ちいい夜になるかもしれない。
地域資源を観光に有効活用する標津町
2006年10月02日掲 載
上:サーモンパーク外観 下:お湯がよくリーズナブルな標津温泉旅館
地味であるが標津町が頑張っており、注目している。
知床半島の南側の付け根、国後を眼前に望み、根室海峡に接する標津町は、人口7千たらずの町である。
JR標津線も廃止され、寂れかけた1991年、漁獲高日本一のサーモンで売り出そうと「サーモンパーク」を建設した。知床半島の中継基地としてツアーバスがサーモン科学館へ訪れるようになった。これだけでは単なる箱物であるが、その後もサーモンへのこだわりが続いた。
最近では、捕獲調査を目的とした忠別川のサーモンフィッシングツアーを実施、このツアーはANAのスカイホリデーの8月~10月の人気コースとなっている。
また、クラブツーリズムのパックツアーでは、「幻の味・鮭児 海の恵みと大地の恵みの収穫祭」と銘打ち、 標津町で獲れた鮭児とここでしか食べられない鮭料理を食するなどこだわったツアーがある。
フッシングツアー、食ツアーの両方とも標津町内の旅館に泊まる。観光ホテルがない標津町であるが、街なかの各旅館には温泉がある。この温泉の泉質が意外によいのだ。何よりも周辺の阿寒やウトロではなく、標津町に泊まるのがミソであり、経済効果が桁違いに違う。
この他にもホエールウオッチングツアーや今年話題を撒いた移住促進のための土地無料プレゼントもある。また、道路を走ると知床旅情が流れるメロディーロードもユニークな発想だ。
野付半島、トドワラの他にはこれといった観光地がない標津であるが、地域ブランドを最大限に活かしたマチづくりをしている。
まだまだ小さい波であるが、大きな観光ホテルや観光地がない町でも観光成功のビジネスモデルになることを期待する。
どこかのマチも見習わなければならない。
土地下落率1位は釧路中心街、上昇率1位はニセコ
2006年09月19日掲 載
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上 中 住宅地上昇率1位の倶知安町ヒラフスキー場
下 下落率日本一の釧路北大通1丁目付近
国土交通省が基準地価を発表した。
道内では「全国一」がふたつ登場した。まず、住宅地上昇率の1位が倶知安町山田地区(ヒラフスキー場付近)で、上昇率33.3%、1平米あたり1万6千円である。
これは説明するまでもなくニセコの豪州絡みであり、建設ラッシュが続くなか、暫くは投機目的も含め上昇しそうな勢いである。
しかし、その効果は周辺にはあまり波及しておらず、ニセコ町の東山やアンヌプリ方面の伸び方は鈍い。さらに、倶知安町の中心部では全国で10番目、全道でも4番目の下落率であり、シャッター商店街化が進んでいる。これは2極化といってもいいであろう。
前回のブログで中心街の更なる衰退をお伝えした釧路は、とうとう商業地の下落率日本一になってしまった。釧路市北大通11の1の1(駅前通りのもっとも賑やかであった場所)は下落率22・1%である。
丸井今井の撤退をモロに受けている数字であるが、実勢はもっと下がっているのではないであろうか。
歪な日本と北海道がそのまま表われた数字である。
スペインを題材としているタパスとバル街が開催
2006年09月03日掲 載
7/23のブログで紹介をした「さっぽろタパス」が9月7日(木)から10日(日)まで開催される。
タパスとはスペイン語で小皿に出てくる「つまみ」のことだが、開催エリア内(地下鉄さっぽろ駅~幌平橋駅/円山公園駅~バスセンター前駅、および市札幌電沿線)の参加各店の特色あるタパスと飲み物を食べて飲みながら、札幌の街を自由にまわり、地域の交流や再認識、公共交通の利用促進などにつながればというのが狙いでもある。
また、9/12(火)には同じスペインを題材にした6回目の「函館バル街」が開催されることになった。おなじみとなったバル街は「さっぽろタパス」の兄貴格のような存在であるが、今回の目玉は総参加店が53ととこれまでの最大となり、14時スタートの「昼バル」も前回に続いて実施される。
また、「あとバル」として使い残したチケットをバル街翌日から9月18日までの6日間利用できる試みもはじめた。函館山ロープウェイも利用できるので観光客も充分楽しめるであろう。
「さっぽろタパス」の終了2日後に函館バル街が実施されるがこれはまったくの偶然である。さっぽろの方は「国際短編映画祭」と当初から絡める予定であり、函館の方は祝日の関係もあるのか一昨年、去年よりやや早い開催となっている。
この2つのイベントはスペインのバルやつまみ(ピンチョスやタパス)を題材に、回数券で食べ歩き、飲み歩きをするのは共通であるが、それぞれの趣旨は微妙に違う。一般の利用者から見れば変らないであろうが札幌、函館それそれが抱える地域性や問題点の解消・改善が開催の背景にはある。
偶然、スペインを代表する文化であるバルをキーワードにしているが、地域主義が未だに根強く、地域の食や文化を大事にする地方が元気なスペインを北海道が見習う価値は大いにある。
湧別町に芝居小屋跡が記念館として復活
2006年05月15日掲 載
写真上 寿都町・寿都劇場(?)跡1991年頃撮影 既に取り壊されている 写真下 函館市南茅部・豊崎にある劇場跡(名称不明)
かつて映画や芝居が上演され、地域の娯楽の場だった網走支庁湧別町栄町の「湧楽座」が、記念館として36年ぶりに復活した。舞台や楽屋を備えた芝居小屋の造りをそのままに、往年の日本映画のポスターなどを展示した。ラーメン店も併設し、新たな観光スポットとしても注目されそうだ。(朝日新聞より)
映画や実演(死語)が全盛であった昭和30年代までは全国各地に多くの劇場があった。映画だけではなく、歌謡ショーや浪曲、旅芝居などが公演されたがテレビの普及で瞬く間に姿を消した。
しかし、最近になって存在が見直され、秋田県小坂町の康楽館や愛媛県内子町の内子座などは全国的にも知られた観光名所となっている。
また、芝居小屋復興中のものや復興運動も各地で起きており、芝居小屋が街づくりの拠点として活用しはじめている。
北海道ではこういった劇場の復興話を聞いたことがなかったが、道内各地を周っていると劇場跡の廃墟をたまに見ることがあった。
今は取り壊されたかもしれないが、美唄市の三菱炭鉱近くにあった数百人入る大きな劇場跡、上記写真は寿都町と南茅部町(現・函館市)にあった劇場跡である。
ナマの娯楽しかない当時は今で言う地域センターやコミュニティセンターの役割を劇場(芝居小屋)が兼ねていたのであろう。
湧別町の「湧楽座」、機会があったら訪れてみたい。北海道では開拓関係の記念館は多いが、芸能関係は少なく、大衆芸能や庶民文化を地域おこしの目玉にしているところも少ない気がする。
北海道は歴史が短かく古い建物がない。伝統芸能が少ないなどのハンディはあるが、民間ベースの「湧楽座」は多岐な面でいいアイデアであると思う。
最近では主要都市以外で実演(ライブ)に触れる機会が激減した。鉄道や商店街も無くなり、「集う」機会が減った湧別のような町に公共以外でコミュニティ・スペースができることは地域再生へつながる。
また、サロマ湖以外にこれといった観光がない湧別町にとっても新たな拠点づくりとなり目玉となる。
「道の駅」だけが拠点ではない。
湧別町の「湧楽座」入館料は大人300円、子ども200円。水曜日休館。
