2008年05月01日更新
「トワイライトEXP」の空きがわかる 便利なJR北海道「方面別空席情報」
今日から5月、ゴールデンウイークだがJRの空席が気になる方も多いであろう。
ネットでJRの空席情報を調べる時は、JRシステムが運営する「JRサイバーステーション」を利用するのが一般的で、最近では「みどりの窓口」でもノートPCが設置しており、便利な時代になったが問使い勝手にやや難がある。
「JRサイバーステーション」の場合、まず、入力に手間がかかる-新幹線は列車名と駅名が画面に出るので簡単だが、在来線特急になると「在来線特急」を選択し、さらに乗降駅を手入力しなければならない。また、「北斗星」などの個室寝台の空席情報は扱っていない(開放型B寝台はわかる)。特に臨時扱いの「トワイライトEXP」や「カシオペア」の場合、このサイトではわからないのだ。
また、お盆や年末年始、GWなどの繁忙期にはアクセスが集中し、サイトにつながりにくくなる。検索できる時間も6時半から22時半までという制限もある。
管理人はこれまで「北斗星」個室を取る時、「みどりの窓口」にわざわざ行って確認していたが、最近、JR北海道内サイトで「JR北海道方面別空席情報」というものを発見した。
ここでは道内方面別の列車ごとの1ヵ月後までの空席情報(○△×で表示)がわかるほか、本州方面では「北斗星」のB寝台と「トワイライトEXP」の空席情報がわかる。
素晴らしいのは、これまでわからなかった「トワイライト」の空席状況がわかることである。本州方面の列車は上りのみしかわからないがこれは大変に役立つ。
JR北海道では以前から電話による空席案内もしており、利用したことがある。また、JR北海道宿泊予約サイト「ツインクル」は他の宿サイトが満室の時でも客室を確保していることが多く、札幌などで宿が取れない時は便利なのでオススメである。
【参考】JR北海道 方面別空席情報
2008年04月21日更新
「まりも」が廃止、道内発着夜行寝台がすべて消える
札幌-釧路を結ぶ寝台特急「まりも」が今夏を持って廃止されることになった。「まりも」は昨年、秋のダイヤ改正で週末や繁忙期運転の「臨時」に格下げされ、昨年春に臨時化された「オホーツク81.82号」、「利尻」(はなたび利尻)はひと足先に廃止が決定。いよいよ伝統列車の「まりも」にも終焉の日がやってきた。
昨年、臨時化が発表された段階で、全廃へ向けた既定事実とかんじたが、これほど早く無くなるとは想像できなかった。
夜行列車、寝台車の廃止は加速度に進んでいるが、北海道関係だけでも「北斗星」の1往復化(最盛期は3往復)、「日本海」のルート短縮(函館→青森終着へ変更)、快速「ミッドナイト」の廃止など国内で最後まで夜行列車が元気だった北海道も例外ではなくなった。
一般の利用者から見れば、すでに夜行列車はビジネスや帰省の際の移動手段には入っておらず、臨時化された段階で命運尽きたと思う。夜間移動の主役は鉄道からバスへ移っており、寝台車は非日常的な特別なものになってしまった。寝台料金を11月から5月の間、3千円に下げても選択肢に入っていないので客は戻らない(大幅な値下げをして大々的なPRをすれば別だが)。
「まりも」には、2001年春に乗車している。その時は「おおぞら13号」の名称だった。(「まりも」は以前、急行として運行されていたが、特急格上げの際「おおぞら」に名称変更。その後「まりも」としてまた復活)。
羽田を最終便の飛行機で発ち、22時近くに千歳着。札幌まで戻る時間もあったが、空港内の三井アーバンホテルのバーで時間を潰し、タクシーで南千歳へ出て、「まりも」B寝台に乗車した。
5月末の金曜日であったが車内は閑散としていた。早朝、曇天で薄ら寒い釧路へ到着。ホテルの朝食もまだ開いておらず、早朝の北大通りを幣舞橋まで散歩した記憶がある。夜行列車なのに「おおぞら」という呼称は合わないと思ったが、窓から見た早朝の北辺の大地は幻想的であった。
1959年9月に運転を始めた道内発着の夜行列車は、「まりも」の廃止で59年の幕を閉じる。
【参考】JR北海道のプレスリリース
2008年03月25日更新
DMV、今年も釧網線で試験運行 生活路線より観光鉄道に適性か
JR北海道は、開発を進めている「デュアル・モード・ビークル(DMV)」の乗客を乗せて行う試験的営業運行を4月26日から昨年と同じJR釧網線で行うと発表した。
運行区間は昨年と同じ浜小清水―藻琴間(約11キロ)のレールを走行し、周辺の道路をバスモードで走る。運行は4月26日から5月6日までの毎日と、5月10日から6月29日までの土日。計27日間の予定している。
DMVについては久しぶりに書いたがその後の進展はどうなっているのであろうか。昨年11月に脱線事故を起こしたが、つい先日、南阿蘇鉄道に車両が貸し出され、走行体験会が行なわれている。各地で導入の声は揚っているが、南阿蘇の場合、購入の確立はかなり高そう?島原鉄道の廃止区間にも走らせたいという話もあったらしいがその後どうなったか。
最近のニュースを聞いているとこのDMVの適性、定員などから考えて閑散区は当然だが観光地に隣接している鉄道に向いていそうで、岳南鉄道のような純粋な地域の足というよりは、観光鉄道としての方が活路を見出せそうである。また、2,30キロ程度の短距離路線がいいのではないか。
管理人は是非、新夕張-夕張間に走らせてもらいたい。観光バス機能も兼ねれば夕張観光の目玉になるのではないか。その他、大沼-森(砂原回り・駒ケ岳周辺観光)、留萌-増毛(町内観光)、幌延-稚内(サロベツ原野・豊富温泉など)など観光需要があり、バス機能の観光に適していると思う。
なお、DMVについては「線路にバスを走らせろ 「北の車両屋」奮闘記」(朝日新書)に詳しく誕生への経緯などが書かれている。少し前の本だが興味深く読んだ。
【参考】JR北海道ホームページ
2008年03月18日更新
1往復になった北斗星、繁忙期「はまなす」の八戸延伸は
昨日の寝台列車に関するブログで、管理人がこれまで「北斗星」に80回以上乗車した話を書いた。「カシオペア」や「はまなす」、「日本海」、「はくつる」、臨時エルムなどを含めると寝台での渡道は100回に近づくと思う。よく乗ったものである(さすがに最近は減っている)。
ところが16日付け朝日新聞北海道版を見ると「300回乗車」をしたツワモノがいた。
札幌市在住のイラストレーター鈴木周作さん(35)で、最後の「北斗星1号」での旅を終え、札幌駅に降り立った。初めて乗った20年前から数えて、この便でちょうど300回。「人生の節目にはいつも北斗星があった」と振り返る。
管理人は1989年からだが年平均4回といったところ。鈴木さんは20年間だと15回乗ったことになるので上手はいるものである。実は鈴木さんらしき姿をロビーカーでお見かけしたことがある。スケッチデッサンをされていたのではないか。また、「旅と鉄道」(鉄道ジャーナル社)誌でもだいぶ前に鈴木さんの記事を読んだことがある。
私にとって「北斗星」はリセットの場であった。下りで北海道へ行く時は、発車と共に職場や私生活のことを忘れ、やがて仕事の問題などの解決案が寝台に乗っていると出てくるのだ。飛行機ではテイクオフする瞬間、いっきに旅モードへ切り替えができるが、速すぎて、問題解決まで至らない。
北斗星に限らず、道内の鉄道に乗っていると突然仕事のヒントや企画案、プライベートの解決案などが浮かんでくるからすごい。特に特急「Sおおぞら」は”ソリューション・トレイン”である。
最近は上り利用が多い。会社員を辞め、時間の自由が利くようになったこともあるが、帰路の北斗星は頭の整理にちょうどいい。最近は仕事が絡んで北海道へ行くことが多いので、今後の展開を考えたり、東京での仕事のことなど思案する。16時間あれば気分の切り替えと同時にある種の北海道ボケ解消にもつながる。
15日から「北斗星」が1往復になった。ついに北斗星までもがというかんじだが、青函トンネル工事が終わっても復活しないのではなかろうか。
以前から思っているのだが、青森発の「はまなす」を八戸発に変更できたら便利である。青函トンネルが開通した時、盛岡発の寝台特急が出来ると思っていたが青森発に。現在もそのままだが、八戸発着なら乗換えが1回で済み、最終の1本前位の「はやて」に接続すれば現ダイヤを維持できるはずだ。
北斗星が減らされた現在、「北斗星」個室が取りにくい週末や繁忙期に「はまなす」の延伸運転をしてほしい。また、余剰車両で個室を連結できないものか。「あかつき・なは」のシングルツインやレガードシートが余っていれば楽しい旅になるが。
2007年12月25日更新
北海道の産炭地を思い出させるくりはら田園鉄道と細倉鉱山跡
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写真上:細倉マインパーク駅跡 中:1989年まで終点であった細倉駅跡 下:構内にある給水施設跡(?)
22日に今年3月で廃止になった「くりはら田園鉄道」(旧栗原電鉄)のその後を見に行った。滞在先の鳴子温泉からは駅レンを借り、40分程度て到着。
薄すら雪が積もり、かつての終着駅「細倉マインパーク前」は駅舎や線路、ホームもそのままの形で残されていた。駅舎に併設されていた寿司屋は廃業しており、ホーム上には機関車が展示されていた。
この鉄道はもともと細倉にある鉱山(炭鉱ではなく銅)のために作った鉄道で、栗原電鉄時代は鉱山を運営する三菱マテリアルが親会社であった。しかし、1988年に鉱山は閉山され、三菱は鉄道事業から離れ、三セクで営業していたが、遂に力尽きた。
町の景色はその間、すっかり変わり、鉱山住宅など取り壊され、人口は激減した。今でも三菱マテリアルの事業所があり、輸入製品などの精錬やリサイクルなどを行なっているようだが、精錬所の前にあった中心街と思しきところはゴースト化していた。奇跡的に旅館が一軒残っていたが、鉄道の代替バスも空気を運んでおり、本数も鉄道時代よりも少ないようだった。
鉱山は現在、「細倉マインパーク」という遊園地兼鉱山内が探索できるような施設になっている。時期が時期だったので観光客は誰もおらず、鉱山には入らなかったが、三菱の精錬所前にある町の資料館を覗いてみた。
昔の写真を見ているとまさに夕張や三笠といった道内の産炭地の景色に似ている。実際、細倉を歩いていると一時の大夕張や美唄、赤平などを彷彿させた。大夕張には三菱の大夕張鉄道と三菱鉱業バス(のちの美鉄バス)、美唄も三菱系の鉄道とバスであったが、閉山と共に去ってゆく。
東北と「ヤマ」というのはあまりピンとこないが、岩手の八幡平にある松尾精錬や秋田の尾去沢、小坂など銅山はかなりあり、松尾や小坂には行ったことがあった。北海道の炭鉱と同様、過去には悲惨な歴史があったが、宮城の穀倉地帯からの僅か奥にこんなところがあるとは知らなかった。
今は静けさだけが残っているが今後どうなってゆくのか。
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写真上:三菱マテリアル 山上にかつての施設跡がみえる 中:中心街があったあたり(?)旅館が一軒残り営業中のようだ 下:旧終点であった細倉駅からマインパーク駅と鉱山跡をみる
2007年12月02日更新
消え行く寝台列車はかつてのSLブームを彷彿させる
現在、発売中の趣味情報誌「自遊人」と「一個人」では、寝台列車特集をしている。自遊人では、「汽車旅賛歌」と題し、カシオペア・トワイライトエクスプレス・北斗星の「三大豪華寝台覆面取材 」が面白い。また、一個人では、「豪華寝台列車と冬のローカル線の旅」を特集しており、競合誌である両誌が同じテーマを組んでいる。
以前、「HANAKO」と「OZマガジン」などが鎌倉や京都特集で重なることはあったが、男性中年以上向けの雑誌で、最近は寝台列車特集が定番になっている。
鉄道雑誌でも以前、ブルトレ特集をやると部数が伸びたというが、その頃の鉄道少年がいい齢となり、購読をしているのであろう。
ところで先日、来年春から再来年にかけてのダイヤ改正に於ける寝台列車の大幅削減が発表された。九州ブルトレの廃止は遂に来るべき時が来たかというかんじだが、一時は3往復体制であった「北斗星」が2往復から1往復に減らされた。
プラチナチケットといわれた北斗星でさえもさすがに需要が減っているのであろう。車両の耐用年数も限界に来ており、ごく限られた豪華寝台を除き、日本から寝台列車がなくなる。
これから消え行く寝台車ということで何度もメディアで取り上げられていくであろうが、これに似た現象をかなり昔に経験した記憶がある。
それは管理人が小学生から中学生にかけての頃に起きたSLブームである。当時、蒸気機関車がなくなるというのでテレビや雑誌では、食傷気味になるほど特集が組まれていたのだ。最初は客車、客車がなくなってからは貨物と5年ぐらいは続いたのではないか。
確か弘済出版(現在の交通新聞社)発行の時刻表には、SL専門のものがあった記憶がある。管理人はSLにはあまり興味がなかった。なぜならSLと時代を共にしていないので郷愁を誘うといわれても実感がないのである。6才の時、館山から両国まで房総西線(内房線)で乗った海水浴客向けの臨時列車が唯一乗ったSLである。
それよりも憧れたのはブルトレであった。「あさかぜ」など九州行きの個室寝台に乗ることは、飛行機のファーストクラスに乗ることよりもすごいというのが当時の感覚であった。なので未だに寝台列車へのこだわり、憧れは強く、その結果、90回以上も「北斗星」に乗ってしまった。
管理人オススメの寝台列車と寝台タイプは、「トワイライトエクスプレス」のシングルツイン、「あかつき」の同じくシングルツイン、「サンライズ」のシングル、「あけぼの」のソロ、「北斗星」であれば高いがロイヤル、また、寝台ではないが、「はまなす」ののびのびカーペットカーがいい(これに似たものがサンライズにもある)。唯一列車を挙げるなら「トワイライト」であろう。
最後に東京、大阪発の九州方面ブルトレを全廃するのなら、是非、東京発九州方面(宮崎や大分・湯布院方面)行きの豪華寝台列車を走らせてほしい。カシオペアのような隔日1編成でいい。東京を16時頃に出て、名古屋と深夜帯に近いが大阪で客を拾う。
別府、湯布院、宮崎などかつて新婚旅行で訪れたシニア層などターゲットに「カシオペア」、「トワイライト」の九州版ができることを願っているが。九州新幹線の工事も進み、JR各社の思惑利害が異なるので実現は難しいかもしれないが、需要は見込めるのではないか。
2007年11月21日更新
新・交通博物館もいいが九州鉄道記念館もオススメ
大宮に新しくできた交通博物館が大人気である。これほどまでに「鉄道趣味」が陽の目を浴びるとは想像もつかなかったが、この現象は、かつてプロレスが「私も実は昔からのファンなんですよ」といったかんじで、隠れキリシタンが一斉に外へ出てきたような時と似ている。潜在力の凄さをメディアに利用されているかんじだ。まあ嬉しいことだが。
大宮の交通博物館は混雑で当分行く気がしないが、先日、門司港へ行った折、駅に隣接する九州鉄道記念館を訪ねた。最初は何も期待しないで行ったが、結構見所がある。展示車両は門司港駅構内に併設するかたちで縦に並んでいる。
気になった車両は初の量産型気動車である戦前のキハ40000系、これは大宮の新博物館でも人気があるらしいが、九州でも記念撮影をしている人がもっとも多かった。何がひきつけるのであろうか。
また、管理人の世代には郷愁を誘う世界初の電車特急511系「月光」なども展示されている。レンガずくりの旧・九州鉄道本社跡建物が資料館となっており、なかなか見ごたえもある。ここだけの限定グッズもあるので見逃せない。東日本在住の人間には、生で見る機会が少ない車両や資料が展示されている。そういった意味でも新鮮で面白かった。
2007年09月13日更新
「トワイライトエクスプレス」などが2ヶ月ぶり運転再開
新潟県中越沖地震で線路が土砂に埋まり、不通になっていたJR信越線の柿崎-柏崎間が13日、約2カ月ぶりに運転再開した。これで地震の影響によるJRの不通路線はなくなった。
大阪-札幌を結ぶ「トワイライトエクスプレス」や大阪-青森間の「日本海」など、関西地区と北海道方面を結ぶ夜行列車は、13日に始発駅を出る列車から運転を再開する。
テレビで被害状況を見た限り、数ヶ月はかかるかと思ったが、意外にも早く復旧した。高山線や越美北線と違い幹線であり、トンネルの崩壊や橋脚がなかったことも幸いした。しかし、突貫工事だったのであろう。これで関西方面から北海道への鉄路も復活して、何とか秋の行楽シーズンにも間に合った。
不通区間の柿崎は管理人の祖父母の出身地。親戚へ見舞いを送ったが、窓が割れ、蔵は全壊したらしい。3年前の中越地震とは比較にならないほど揺れ、被害も大きいという。
余談だが、昨日もスマトラで大地震があった。ちょうど昨日の夕焼けの色が異常で、鱗状の雲(地震雲というやつ)が不気味だった。管理人が「数日中に南西か北東方向で大地震があるかもよと居酒屋で話していた直後ニュースが入り、そこに居た連中は驚いていた。場所が離れているので偶然かもしれないが連鎖があるので気を引き締めていたい。
2007年08月03日更新
昭和の旅がよみがえる「大鉄道博覧会」
このところの売れ筋として「昭和懐古」と「鉄道趣味」がある。「三丁目の夕日」に代表される昭和30年代ブーム、また、鉄道趣味では、鉄道好きアイドル(鉄子)の登場や鉄っちゃんものがドラマ化(特急田中3号)されるなど以前では到底考えられない世界が急速に市民権を得ている。
マーケティング的に捉えると「団塊リタイア」と「団塊ジュニア」市場、「オタク・AKIBAの一般化とグローバル化」なども背景にあり、大きなマーケットとなっている。
前置きが長くなったが、昭和懐古と鉄道趣味を合体させたような企画展が今、両国江戸東京博物館で開催されている。「大鉄道博覧会 ~昭和への旅は列車に乗って~」という展示会で、管理人は昨日、覘いてきた。昭和30年代から40年代を中心に、高度成長期の鉄道と大衆の旅の様子を見ることができる。
展示物としては、3段寝台、修学旅行列車「きぼう」座席、初期のきっぷ自動販売機、殺人的ラッシュの103系中央線の車内を再現したもの、そして人気の列車ヘッドマークやサボなどが展示されている。モノクロ写真もいいものが多く、就職列車コーナーでは、井沢八郎の「ああ上野駅」が流れていた。
管理人の親の実家は上野駅前で薬局を長く経営していた。親しい従兄がいたので、よく遊びにいっていたが、上野駅が遊び場であり、何より鉄道を見るのが最大の楽しみにであった。
昭和40年代から50年代にかけての上野駅は花形列車のオンパレードで、多くの人で賑わっていた。北国から到着する列車は、見知らぬ土地への想像力と旅への誘惑を駆り立ててくれた。冬になると客車の屋根に多くの雪を積んで入線してくる列車を見るのが楽しみだった。東京に雪が降らなくでも、冬の上野駅にはいつも雪があった記憶がある。
管理人が池袋に近い実家へ帰る夜になると夜行列車を待つ人々がホームから階段にかけて長い列をつくっていた。特にお盆や正月の帰省時期は、外の広場まで驚くような人が地面に座っており、壮観な光景であった。幼い管理人は、どうしてここまでして故郷へ帰りたいのか理解できなかった。宅配便もない時代であったので人間よりも土産などの荷物がスペースを多く占めていたものだ。
昭和中期~後期前半、旅は今より遥かに重かった印象がある。東海道新幹線はあってもこれは特別な乗り物、特に上野駅は、荷物だけではななく、人生の大きな何かを背負っているような人たちが行き来していることを子供ながらにかんじていたのかもしれない。
新幹線が発達した今、気軽に旅や帰省ができるようになったが、近くなった反面、駅や列車に人間臭さが消えてしまった。博物館の帰り、両国でちゃんこ鍋をつつきながら、そんなことを考えた。
2007年06月15日更新
JR北海道のICカードは「KITACA」に決定
JR北海道は13日、前払い式のICカード乗車券を来年秋に導入すると発表した。名称は「Kitaca(キタカ)」。2009年度の導入予定だったが、作業が順調なうえ、顧客の要望が多いため約半年早める。(6/14北海道新聞)
1年前のこのブログで、導入が検討されているICカードの名称候補として、個人的に「KITACA」、「NORUCA」、「HOTUCA」の3つを挙げた。JRグループのICカード名称の特長として、語尾に必ず[CA]が付く。「SUICA」、「ICOCA」、「TOICA」然り・・・なので、想像はし易いが、自作では「NORUCA」がお気に入りであった。
英語のNorth,仏語のNour(共に北)、それと「乗る」をひっかけたものだが、まあ仕方ない。
新しいカードは、札幌圏を中心とした55駅からスタートする。客の動向を見て地域を広げる見込みである。当初、噂された札幌市営地下鉄やバスとの共通カード化は、規格の違いなどから見送りになった。
話が逸れるが、札幌市のウイズユーカードで、6月25日から札幌出身のアーティストKaokaoPandaさんのイラストシリーズが発売された。Kaokaoさんは、札幌出身で、壁画を得意としている。色使いが斬新で、管理人はファンである。札幌の方で興味る人は見たほしい。
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鎌倉市営プールにあるKaokaopandaさんの壁画(現在は鎌倉市で活動中)
2007年06月10日更新
「大人の休日倶楽部」とCツーリズムが共同で、「夢空間北斗星」を運行
JR東日本「大人の休日倶楽部」とクラブツーリズムは共同企画商品「夢空間・北斗星トレインクルーズ」を発表、それぞれの会員に向け、限定発売することになった。
ツアーは、JR東日本が所有する豪華寝台列車「夢空間」を利用し、5泊6日(車中2泊)で、北海道を周遊する。通常の「北斗星」や「カシオペア」が走る東北本線ルートではなく、往路は、上越線から羽越線を北上し、日本海の夕陽が楽しめる。そのため、上野発は午前9時となる。また、復路は、常磐線経由なので、朝方の太平洋が見られるのがウリである。
道内では、層雲峡、阿寒湖(遊久の里・鶴雅)、ウインザーホテル洞爺に泊まり、移動はJRとバスになる。今、話題のウインザーと評判が高い鶴雅に泊まれるのが魅力だ。
ツアーは、9月2日出発から10月7日出発まで9本設定。募集人数は各回限定70人で、旅行代金は1人25万円から50万円に設定している。
「大人の休日」とクラブツーリズムのジョイント商品であるということで、ターゲットは中高年向きの企画である。これまで、北斗星やカシオペアなどの乗車歴があった会員にも、往復のルートを変えることで、新鮮味を出し、新たな寝台車リピータを引き込もうという狙いもあるのであろう。
特に、羽越本線で夕陽を見られる寝台列車はないので、(大阪発トワイライトEXPは手前の北陸線内でのみ可能)興味がある。
管理人は、過去1度、1994年、「夢空間」に乗車したことがある。この車両、誕生したのが、バブル期でかなり老朽化しているのではないか?
その時は、トマム行きであったが、上野出発が夕方早く、仕事で間に合わないので、東北新幹線で追っかけ、21時頃に仙台から乗車した記憶がある。
食堂車やバーがあり、一部個室車両は、オリジナルの豪華客室である。その他は、通常の北斗星個室であった記憶だ。最近、「夢空間」の名前を時刻表で見かけなくなり、お役ご免かと思っていたが、健在であった。
今後、こういった「特別な旅行」向けに、新しい寝台車両の製造が必要かもしれない。管理人は、北斗星には、50回以上乗車しているが、流石に、車両の老朽化(管理人も段々と老朽化し疲れる)もあり、最近は頻度が減ってきている。
JRには、観光ニーズの、付加価値がある新しい寝台車計画に期待したい。
2007年05月10日更新
札幌-旭川間の新特急名称は「スーパーかむい」に
JR北海道は老朽化した特急「ライラック」に代わる新型特急列車の愛称を募集していたが、9日に新愛称を「スーパーかむい」に決定したと発表した。
「かむい」は懐かしい名前である。長く急行列車として札幌-旭川間を中心に活躍していたが、「ライラック」に格上げされ、1986年には廃止になっている。ライラックに”吸収”されたかむいが、「スーパー」のかたちで復活するのは面白い。
北海道らしく、地域を表すので、愛称としては最適であるが、ひとつ思ったのは、また「スーパー」かということである。スーパーを冠した愛称は「Sホワイトアロー」にはじまり、「北斗」、「おおぞら」、「宗谷」、「とかち」と続いており、石北線以外の特急の大半が「スーパー」である。
愛称にスーパーという冠が付いたのが、80年代後半あたりからなので、そろそろやめたらどうであろうか。新型特急の多くが「スーパー」のはずである。
そして、北海道から花の愛称の列車がまたひとつ消えてゆく。
2007年04月10日更新
残り僅かになった茨城を走る北海道の炭鉱私鉄車両
写真上は茨城交通キハ20型・下はJR北海道711系(共に1996年頃撮影)・鹿島鉄道の写真がなく残念
3月31日に廃止となった鹿島鉄道(旧・関東鉄道鉾田線 石岡-新鉾田)に旧夕張鉄道の気動車キハ714(夕鉄時代は気は251)が最後まで走っていた。
管理人は10年以上前にこの夕鉄車両に乗ったことがある。廃止の1週間前、たまたま茨城に所要で出かけ、途中、石岡駅を通ると最後の乗車に来た鉄道ファンでごったがえしてきた。
昨年のちほく高原鉄道廃止の際も思ったが、廃止直前になると駆け込みでラッシュ状態になる。宮城のくりはら高原鉄道でもそうだった。いつも繰り返されるこの光景を見ると、普段からこれだけの人が乗っていればこんなことにはならなったのに、とため息をついてしまう。
鉄路の廃止ではないが、3/18のダイヤ改正で廃止された特急「東海」(東京-静岡)に廃止2日前、東京駅から乗ったが、ホームは100人近い鉄道ファンのカメラでごったがえしていた。
しかし、彼らの大半は乗車をしない。車内はいつもよりは混んでいたが(管理人は日常的によく利用していた)廃止直前にしては空いているのだ。
ちょうど今回、鹿島鉄道の廃止と夕鉄車両の話を書こうと思っていたが、タイミングよく北海道新聞に現役夕鉄車両が活躍していた鹿島鉄道廃止の記事が出ていた。
この車両、50年以上に前に作られた車両であるが、当時流行の湘南電車スタイルである。夕陽に染まる霞ヶ浦をゴトゴト走ったのが印象的である。
茨城には夕鉄以外にも北海道の炭鉱を走っていた車両がいまだ健在である。常磐線の勝田と阿字ヶ浦を結んでいる小私鉄・茨城交通では、羽幌炭鉱鉄道や留萌鉄道で活躍していた気動車が今も残っている。
運行日は限られているようだが、この鉄道、狭い家の間を抜け、暫くすると海に出る。終点の阿字ヶ浦は目の前が砂浜で何もない。距離は短いがなかなか味わいがあり、何度か乗ったことがある。
道内では昭和の面影を残す車両は少ない。私鉄がないせいもあり仕方ないが、強いてあげれば赤に白色の帯が入った電車711系車両が最後のお勤めをしているようで気になる。しかし、最近では札幌駅に殆んど登場しなくなってしまった。岩見沢や苫小牧周辺で僅かに見かけたが、時間の問題であろう。
先日、まもなく廃止される「ライラック」に旭川まで乗った。車内放送に流れる鉄道唱歌のオルゴール音が郷愁を誘った。このオルゴール音も無機質な電子音に変わり、まもなく聞けなくなる。
2007年03月14日更新
DMVの営業免許が下りる
9日、JR北海道が予てから申請中であったDMVの免許が国土交通省北海道運輸局から下り、4月から試験営業運転(釧網線・浜小清水-藻琴間)ができることになった。
DMV当初は道内のローカル線対策として計画されたが、道内では観光ニーズの方が高そうである。先日、JR北海道の社長が夕張線に走らせたいようなことを言っていたが、新夕張から特急に接続するかたちで発車し、鹿ノ谷あたりで線路を降り、石炭の歴史村方面へ向かう観光コースを作ったら需要があるかもしれない(夕鉄バスの定期観光バスがあるが)。
また、JR西日本の社長もDMV購入について触れていたが、全国屈指の閑散区間(木次線や三江線などの陰陽連絡など)が多い同社にとっても地域輸送と観光ニーズを上手くマッチさせるにはいい手段かもしれない。
”ローカル線の救世主”とまでは期待していないが、ローカル線旅情+定期観光バスのようなツアー型での利用が北海道では合っていると思う。
2007年02月16日更新
「ライラック」が10月改正で廃止、新型車両投入で国鉄はふた昔前に
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写真は「ライラック」の妹分?にあたる同781系「すずらん」室蘭駅
1980年から道内の電化路線を走り続けてきた特急「ライラック」でお馴染みの781系が引退することになった。現在、札幌-旭川間は785系の「スーパーホワイトアロー」と交互に30分間隔で運転されているが、10月ダイヤ改正より新型車両の791系を導入、列車の愛称も統一されて運転されることになる。
また、JR北海道では、ライラック、スーパーホワイトアローに代わる新愛称を募集している。
「ライラック」は1980年10月室蘭までの電化完成によって登場した特急電車車両で、記憶では千歳空港駅(現在の南千歳駅)誕生と共にデビュー、国内初の空港シャトル的な位置付けで運用されたのでよく利用をさせてもらっている。
札幌-旭川間は、L特急「いしかり」に代わり登場、1時間半で結んだ時は「速い!」という印象であったが、のちにバブル時代の申し子のような面構えの「スーパーホワイロアロー」が現われ、1時間20分に短縮、それ以後、二番手になってしまった。
そのライラックが登場してから27年、Sホワイトアローが出てからも17年が経過している。もうそんなに経ったのかと思う。管理人も齢を重ねるはずである。
あれほど威勢がよかったSホワイトアローも最近はかなりくたびれて来ている。ライラックに至ってはなおさらで何度も塗装をし直し、はげかけたボディが痛々しかった。
国鉄末期に登場した車両では、「ライラック」に代表される1980年10月改正のものが最後の輝きを発していたような気がしてお気に入りだ。現在でも「踊り子」で使用されている185系も新鮮であった(塗装は変えたが古さは感じない)。
今年の3月で国鉄分割民営化から20年になる。
2007年01月17日更新
DMVの釧網線運賃は1,500円
16日の日経新聞によるとJR北海道が開発を進めるDMVの試験運行の運賃が1,500円に決まった。
4月から釧網線の浜小清水と藻琴間を運行するが、観光ガイドなども添乗させるとのことでお披露目見学会の色合が強い。道路区間は網走バスの運転手が担当し、JRの運転士とあわせ2人体制で乗務することになる。定員も12名ということで採算は取れず試乗会ということであろう。
このDMV、先日、静岡県富士市の小私鉄・岳南鉄道(富士急系)で走行実験が行なわれた。岳南は私鉄の中では数少ないDMV購入を公式に手を上げている会社である。
短い距離で途中、工場なども多く、北海道のような閑散地とは印象が違うが、意外にこういう立地にDMVは適しているのではないか?
たとえば工場最寄の駅から道路を走れば乗換の手間がかからない。また、岳南は民家も多いので効率よくバス機能の代替になるのでは。
また、観光地などのマイカー乗り入れ規制地域や渋滞対策など環境を考えての活用という方法もある。
先駆けである松本電気鉄道の新島々から中の湯、上高地の区間、渋滞対策として江ノ電や京都の嵐電や叡電など。和歌山あたりの生活路線が中心の小私鉄にも適しているかもしれない。
過疎地以外でもDMVは活用法がありそうだ。
2006年10月31日更新
絶対オトクな「いい夫婦きっぷ」が今年も発売
JR北海道から今年もオトクな「いい夫婦きっぷ」が発売されている。
JR北海道、東日本の全列車に5日間乗り放題で普通車用が49,800円、グリーン車用が69,800円で二人分の料金込みである。
昨年までのパスは利用期間が3月までであったが、今年からは来年6/30までと広がり、観光シーズンでも利用可能となった。
普通車用では北斗星のデュエット(二人用B個室)や「はまなす」、「あけぼの」などのB寝台(が利用でき、グリーン車用では北斗星のA寝台ツインデラックスが利用できる。
また、追加料金(19,800円)を払えば「カシオペア」の利用が可能である(トワイライトEXPは利用できない)。
このキップは制約が少ないのが魅力であり、JR東日本と北海道エリアが完全乗り放題というのは青春18などの鈍行キップを除くと存在しない。フルムーンパスが6日間で8万円なのでそれと比べても大幅に安いことがわかる。
たとえば東京から札幌へ行く場合、函館までは新幹線で乗り継ぎ、全区間グリーン車を利用した場合、軽く3万円を超えてしまうので片道乗車で元が取れる。途中、東北などの温泉に寄るなどコースづくりも楽しい。
東日本エリア、北海道どちらからでも出発が可能であるが、キップの販売を行うのはJR北海道なので東日本エリアの駅では購入できない。また、東京や仙台などのJR北海道プラザでも販売をしないので、北海道で購入をするか郵送購入(振込みかカード決済)なら入手可能である。
2006年09月01日更新
稚内-西大山4泊5日鈍行の旅
JR北海道旭川支社が稚内から最南端の西大山まで普通列車を乗り継ぐツアーを企画した。まもなく9/2の出発であるが、募集10名に対し、14名の参加者が集まった。
構成は道内が4名、本州が10名(東京2、愛知7、岐阜1)、男性が8名、女性5名、最高齢は74歳であり、平均年齢は58.8歳。
最近、関口宏ジュニアの鉄道乗り継ぎ番組や、青春18きっぷのシニア層での人気など各駅停車の旅に注目が集まっているが、スケジュールを見るとかなりの「苦行」である。
特にJRになってから長距離鈍行が姿を消し、車両もボックス型から通勤型のロングシートへ地方も変わり、鈍行の旅がしにくくなっているのが実情である。
東海道本線などを乗り継ぎながら延々と九州まで行くことを考えると鉄道好きの管理人もゾッとする。
企画した旭川支社は「企画旅行」の元祖である。以前の駅長さんが国内最初のサハリン鉄道ツアーやオレンジカードのシリーズ化を図るなど企画マンであったと聞いており、その伝統が引き継がれているのであろう。列島縦断の旅は2年前から催行しており、好評のため「各駅停車」が登場した。
それにしてもJR北海道は全国一周バスの旅(一ヶ月)に始まり、こういった企画モノが好きである。
2006年08月12日更新
廃線跡に鉄路を、”ひがし大雪高原鉄道”が開業
糠平温泉にある鉄道資料館内に約350メートルのプチ鉄道が開通した。旧士幌線(帯広-十勝三股)の跡に敷設したものだがトロッコ列車などを走らせる計画だ。士幌線跡は上士幌以北は瘢痕がなかり残っており、保存運動のおかがで糠平湖に架かるアーチ橋は観光の目玉になった。また、糠平から十勝三股間も線路が一部保存されており、幌加駅周辺などはトロッコ列車を走らせることができそうだ。
余談だが、糠平から帯広を経由して広尾線の終点であった広尾までかっては急行「大平原」が夏季に運行されていた。乗ったことはないが、さぞや列車名の如く雄大な景色であったであろう。
廃止になったふるさと銀河線では陸別町が一部動態保存をすることになり、約8キロの本格的な距離で来年からの運行を計画している。また、道北の旧・美幸線(美深-仁字布)では、線路の一部を活用してトロッコを走らせているところへふるさと銀河線の車両を移設し、誰でも運転体験ができる施設を計画している。
こういった廃線を利用した「プチ鉄道」の誕生は、ブームになっており、青森県の下北交通跡では旧JASのパイロットなどが中心となり、大畑駅で動態保存をして体験運転を楽しんでいる。関東では信越線の碓氷峠の入口、横川に立派な施設がある。
全国には将来の「復活」へ夢を託して線路を保存しているところがいくつかある。幌内線の三笠-幌内間などは両端が鉄道公園で、線路もかなり保存されており、いつでも復活できそうなかんじだが、一度も走ることなく最近は草生している。
動態保存には費用がかかり、大人の趣味の世界を脱しない面もあるが、子供たちには生きた教材となり、後世まで伝える価値があるはずだ。
2006年08月07日更新
来年4月からDMVが実用化される
国土交通省とJR北海道は三十一日、線路と道路の両方を走行できる新型車両「デュアル・モード・ビークル(DMV)」の営業運転を来年四月から始める方針を固めた。製造費や燃料費の安いDMVは、過疎地の地域交通の切り札として期待され、八月にも決める運行ルートには学園都市線、富良野線、日高線が候補に挙がっている。(北海道新聞)
DMVが来年4月から実用化されることになった。ローカル線の救世主のように言われているが実際はどうなのであろうか。たとえば一両の定員は17人で、車両を2両連結しても乗員は34人である。朝の通学時間帯にその定員で対応できるのであろうか。
昭和30年頃、北海道を中心に全国の閑散区へレールバスと呼ばれたバスのようなかたちをした小型の気動車が多数投入された。しかし、定員が少なかったため通勤通学時間帯には乗り切れずに不評であった。また、道路を走る訳ではなかったので数年で撤退してしまった「前科」がある。
DMVの利用方法としては超・閑散区間への投入(学園都市線・石狩当別-新十津川間など)、JRバスとリンケージさせた生活路線への投入(日高本線など)、空港連絡線としての投入(富良野線&旭川空港、石北線&女満別空港)などが考えられる。
当時とは交通環境が大いに変わっているがDMVに需要があるかどうかなど未知数である。
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9日、JR北海道からDMVの運転区間の発表があった。区間は釧網線の浜小清水-藻琴間、道路運行は藻琴-浜小清水間と決定した。あくまでも1年間の試験的営業運行であり、乗車するのも予約制になりそうだ。
先日のブログでは空港連絡か生活路線を予想したが、実際は障害が少なそうな区間を選定した実験レベルに落ち着いた。物珍しさで当初は人気が出るであろうが、かなり慎重で地味めのスタートである。
