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湿原画家・佐々木栄松さんが逝く 思い出深い釧路駅構内のステーション画廊

2012年01月13日掲 載

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佐々木栄松さん 98歳(ささき・えいしょう=画家)11日、急性腎不全のため死去。前夜祭は12日午後6時、発葬祭は13日午前10時、釧路市昭和中央3の54の1のベルコユアホール釧路西。喪主は法定代理人の高野範子さん。自宅は釧路市南大通3の3。幼少より独学で 油彩などを学び、道東の風土をテーマにした心象作品を制作。釧路湿原を描いた数々の油彩は高い人気を集め、「湿原の画家」と呼ばれた。一方、画壇には属せず、公募展にも出品しない「孤高の画家」としても知られた。(1/12付 毎日新聞 大盛り北海道

佐々木画伯は湿原の絵画を中心に独自な手法で最晩年まで絵筆を取られていた。釧路駅構内にあった「釧路ステーション画廊」は氏の美術館であり、1987年の開業から閉鎖される2009年10月まで20年以上に亘り、展示を続けていた。

管理人は釧路へ度々訪れていたが、ギャラリーの存在を知ったのはだいぶ後から。列車待ちの時にたまたま訪れたが、湿原の作品以外にも生命力溢れる色使いを気に入り、何度か足を運んでいる。

いつもギャラリーは無人であったが、それが逆にホッとさせてくれ、釧路へ来た実感を味わえたものだ。佐々木画伯はギャラリー閉館後も高齢にも関わらず、創作を続けている話を聞いていたが天命が訪れたようだ。

釧路駅前の北大通には「ささき画廊」という老舗の画材店がある。そこには画伯の作品もあり、てっきりオーナーかと思っていたが、関係ないらしい。独自な作風は魅力的であったが、孤高な印象があり、殆ど知られることはなかったと思う。

釧路ステーション画廊がなくなって3年近くが経過するが、不思議なあの空間が好きだった。いつも受付に居り、佐々木画伯の作品を心底愛されていたYさんも訃報をどう思われているであろうか。

ご冥福をお祈りしたい。

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ステーションギャリー閉館の際の佐々木画伯からのメッセージ

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網走・斜里・羅臼の各観光協会が流氷情報をツイッターでリアルタイムに発信

2012年01月04日掲 載

流氷情報をリアルタイムに発信─。知床羅臼町観光協会と知床斜里町観光協会、網走市観光協会の3団体は、インターネットの簡易ブログ「ツイッター」上に専用ページを開設し、網走沖から羅臼沖にかけての流氷の動きを随時提供する「流氷なび」を1月から本格的に運用する。地元観光関係者は「冬の観光シーズンに向けた期待のツール。流氷情報を知る新たな形になるのでは」と期待を込めている。(1/4付 釧路新聞

冬の北海道観光にはなくてはならない流氷だがその情報を得るのが意外に難しかった。

紋別市や網走市などの観光協会や流氷船会社などのサイトからの情報のほか、管理人がよく利用するものとして、海上保安庁のHP「海氷情報センター」や札幌管区気象台のものがあった。

それぞれの情報には長短があり、地域サイトでは海域全体の流氷の動きがわからず、たとえばどのあたりに接岸し、氷の厚さなどの総合情報が届かなかった。また、海上保安庁などのHPでは全体は把握できても性質上、地域ごとの詳細な情報がわからないなどの問題があった。何より、サイトの更新が一日1回程度なので、気象条件で一晩で接岸、消え去るその動きを把握することが出来なかった。

今回の「流氷なび」はツイッターを使い、各地の流氷の動きがほぼリアルタイムでわかるので前述した問題点もかなり解消されそうである。最近、スキー場のHPでは積雪情報のほか、ツイッターでゲレンデ状況を逐一レポートしてものが多く、非常に便利になった。ケースは違うが、釧路の夕陽も毎日ライブでブログ、youtube、ツイッターなどでレポートしている。

 

また、広域で情報を一元化できる意味も大きい。ひとくちに流氷といっても地域によって見どころは異なる。釧路新聞によると 「網走は、高密度な流氷群の中を砕氷船オーロラ号で突き進むダイナミックな観光を売りとする。一方で、羅臼は、流氷の上にたたずむオオワシやオジロワシたちを観察する氷上クルージング、斜里は、流氷に直接触れられるアクティビティー「流氷ウォーク」がそれぞれ定評だ。」とあるように知られていない楽しみ方もある。

同じ知床のウトロと羅臼でも流氷の形態も異なる。3地域以外にも北の稚内方面と南の根室方面では流氷の風景がかなり異なる。管理人は春先、根室海峡に流れ込む動く流氷を納沙布岬付近で見たことがあるが感激をした。昔、稚内で流氷船(ふつうのフェリーを使用)に乗った時はポッカリ浮いた氷の間を行き来し、網走の流氷船は厚い氷の中、醍醐味を味わえた(紋別のガリンコ号は乗船機会なし)。同じ流氷といえど楽しみ方も大きく異なる。

 

これまで流氷観光と云えば、砕氷船での見学が殆どであり、一度きりというケースが多かったのではないか。最近では国内客は減少傾向にあり、砕氷船の利用客も外国人依存であった。流氷観光は「雪まつり観光」同様、閉塞状態にあったと思う。

物見遊山の典型であった流氷観光が情報発信の拡充により、新しいものになることに期待をしたい。リピーターの呼び込みや冬季の滞在型観光の拡充などに繋げてもらいたいと思う。

なお、流氷サイトでは「流氷ナビ」とは別に民間の情報サイトとして「流氷サイト」を発見した。

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「弟子屈2daysえこパスポート」を冬期も実施、使い勝手がよいフリーパス商品に期待

2011年11月15日掲 載

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弟子屈町では4年前から摩周湖のマイカー乗り入れ規制実験を行っている。代名詞ともいえる霧が酸性化し、シラカバなどの林が立ち枯れ現象を起こしており、環境対策として、パーク&ライド方式による摩周湖行きの代替バスを運行していた。

弟子屈2daysえこパス」はその流れを組んで昨年誕生したもので、今年は夏季が7月16日~10月10日、冬期は来年1月21日から2月19日の期間実施される。おもな中身は、弟子屈町内のJR釧網線(川湯温泉駅~摩周駅)と期間中限定運行される2路線のバス、既存の路線バスが2日間乗降自由となる。また、摩周駅内摩周観光案内所で手荷物を預ってくれるという珍しいサービスもある。

こういったエコパスは各地で実施されているが、実証実験的なものも多く、実際の使い勝手となると「?」であった。弟子屈町の場合、CO2削減という目的もあるが、それ以外に弟子屈観光の利便性を高めるという目的が伺える。

弟子屈には前述の摩周湖をはじめ、屈斜路湖、川湯温泉など町内に観光地が点在しているが、それぞれが独立した印象で、以前はあまり連携が取られておらず、「弟子屈町」としての影は薄かった。町では折角ある観光資源を「オール弟子屈」として売り出そうと集約をはかり、複数あったホームページなどもひとつにした。また、観光協会を民営化し、「㈱ツーリズムてしかが」を立ち上げている。

今回のパスでは、路線バスの便がなかった摩周湖(定期観光バス扱いの「阿寒パノラマコースがあったが廃止され、今は夏季の「ピリカ号」のみ)へは、摩周駅から「摩周湖バス」が運行される。また、これまで公共交通では殆ど行けなかった屈斜路湖へ川湯温泉から硫黄山を経由して、仁伏、砂湯を通り、摩周駅で折り返す路線バスコースが誕生している。川湯温泉に泊まっても、クルマがないと屈斜路湖方面へは行けなかったが利便性が高まっている。

また、JR摩周駅、川湯駅の両駅には足湯が設置されており、釧路方面からは各駅の足湯が体験できる「足湯列車」も運行されている。冬期は運転しないかもしれないが、御馴染みの「SL冬の湿原号」は今年も運行される。

これまで冬の道東観光は流氷体験などのパックツアーが主流であり、個人旅行は不便であった。個人需要を意識した使い勝手がよいフリーパスが増えれば、北海道観光の形態も変わってくるかもしれない。

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涼しい釧路で会議や研修、ビジネスユースの「避暑」を誘致

2011年07月30日掲 載

会議や研修は、涼しい釧路で――。猛暑や節電対策に頭を悩める首都圏の企業に対し、釧路総合振興局が8月上旬から会議や研修などの誘致活動に乗り出す。同振興局によると、釧路の夏の平均最高気温は、東京より10度ほど低い。涼しさをアピールし、地域経済に生かしていこうというアイデアだ。(7/28付 朝日新聞北海道版

これまで何度か釧路避暑暮らしについては紹介してきた。手前味噌になってしまうが、管理人が1993年に市内ウイークリーマンションに10日間滞在(その時の体験記はこちら)、それ以降も年に数日間は連泊をしている。

避暑がいちばんの目的ではないが、当然それは滞在理由のひとつになっている。4年前からは釧路市が推進する「涼しい釧路でロングスティ事業」(現在は「北海道涼しい釧路で避暑生活」に改称・「ロングスティ」という言葉は某財団が登録し現在は使えない)の手伝いもさせて貰い、それなりの認知を得るレベルまでには達したと思う。道がすすめる「ちょっと暮らし」では釧路の滞在者数が昨年度は9位と健闘している。

上記プロジェクトはおもにリタイアをした中高年層が対象である。勿論、管理人と同年代やさらに若い層も夏季滞在をしているが、あくまでも「オフ」をターゲットにしている。

今回、釧路総合振興局が誘致に乗り出すプロジェクトは対象が個人ではなく、法人である点が注目だ。会議や研修などの誘致なので「コンベンション誘致」に意味合いが近いようにかんじるが、コンベンションが少ない夏季をターゲットにしているところが異なる点だ。また、サテライトオフィスの募集とも内容が異なる。

震災以降、電力不足回避やリスク回避のため、本州企業の一時移転や分散化を受け入れるサテライト・オフィス需要が叫ばれた。道内でも札幌市や函館市などがサテライト・オフィスの提供を始めた。

札幌市では市有施設や市内近郊のオフィステナントの空き室情報の提供を始めた。市有2施設の計18室を6カ月間無料で提供したが、18室のうち、利用されているのは2室のみ。問い合わせも、6月末までで約20件あっただけだ。函館市でも市産業支援センターが6月から、被災地や首都圏のIT関連産業を対象にセンター内の4室の使用料を最大9割引きにして入居者を募ったが苦戦が続いている。苦戦の理由は入居条件等あると思うが、PR不足がいちばん大きいのではないか。管理人でさえも情報を得ていなかった。

このサテライト・オフィス需要は3.11以降、関西でも当て込んだが、実際の反応は鈍いようだ。外資超巨大IT企業がオフィス機能の半分を京都へ移すという噂もあるが、やはり移動があるとすれば外資系k企業やデータセンターの移設レベルの話であろう。現実的にサテライトオフィスとなるとハードルが高そうである。特に北海道となると「遠い」という印象が前面に出てしまう。これまでもコールセンターやR&Dなど企業誘致をする際も、距離感で二の足を踏まれてしまっている。

今回のプロジェクトは大型コンベンションではなく、企業内レベルの研修や親睦会のような規模が小さものをターゲットにしているようである。これはある種の「すき間」ではないか。個人の長期滞在客は着実に増えているが、大幅に増えるものではなく、集客へは地道な作業が必要である。

個人だけではなく法人に狙いを定めることは両者の相乗効果も期待できる。今後、釧路総合振興局がPR活動を行うが、誘客へは具体的な動機付けが必要である。たとえば、 「釧路は東京と比べて10℃涼しい」、「周辺は観光地の宝庫」、「初物サンマや花咲カニが解禁」などオンリー釧路をPRすべきであろう。折角、専用サイトを作るのであれは、それ自体の周知も必要だ。

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道東観光が復調傾向、久しぶりの釧路は中心街の閑散化がさらに進む

2011年06月20日掲 載

夏の観光シーズン本番を前に、道東の主要温泉地や釧路・帯広市内ホテルの宿泊者数が改善していることが、日本銀行釧路支店の主要金融経済指標でわかった。道東3空港(釧路、帯広、中標津)の5月乗降客数も、3月と4月に比べて前年実績との減少幅が小さくなっており、東日本大震災の影響などで厳しさが増していた道東観光に、好転の兆しが見え始めている。(6/20付 読売新聞北海道版

先週の水木と釧路へ出かけた。前日にホテル予約を入れたが満室のホテルが多いのだ。コンベンションやスポーツ大会でもない限り、夏休みでも楽に取れる釧路市内のホテルであるがかなりの混雑具合であった。こういう時はJR北海道の宿泊予約サイトを使うが、何とか定宿の「釧路ロイヤルイン」が取れた。

フロントで尋ねると、特に学会などは入っておらず、ビジネスと観光客だと云う。8割方ビジネスの印象であったが観光客も結構見かけた。中高年の夫婦が目立ったが、例年の6月よりも多いようにも見受けられた。実はレンタカーも満車で、意外なほど賑わっていた。

外からのお客さんが増えるのはいいことだが、駅前から幣舞橋方面に真っ直ぐに伸びるメインストリート「北大通」は相変わらず閑散としていた。シャッター商店の数は底を打った感はあるが、古いビルが取り壊されて空地が増え始めており、さらに悪い状況になっているかもしれない。

観光スポットである「MOO」はいつも通りの開店休業の状態である。もともと駅前の「和商市場」とMOO1Fの水産物コーナーは売り物が重複してしまっており、その存在意義が問われる。開業当初からある2Fの「美鈴コーヒー」に立ち寄ると、震災の津波の影響で2ヶ月近く営業が出来なかったとマスターが嘆いていた。カフェの名前は「ベイカフェ風車」に変わったが、ここから見る夕日は素晴らしく、隠れたポイントである。

末広町などの盛り場はさらに寂れ具合が進んでいた。こういう釧路の光景には慣れてしまい、変な安堵感と居心地のよさを感じてしまうが、かつて丸井今井(その前は丸三鶴屋)があった一角は雑草が生い茂り、釧路一の繁華街の面影はなかった。既に中心街としての機能を失っているが、初めて訪れる観光客や出張族は何と思うであろうか。

繁華街の飲食店には、どこも「夕日ハイボール」のポスターが張ってあった。釧路の夕日にひっかけて、トリスとグレナデンシロップを使ってオレンジ色のハイボールを提供している。飲んでみたが、味は「ふつう」。トリスに拘らず、スピリッツやブランディを使ってもいいのでは。もともとハイボールはウィスキーとは限らないが、トリス(サントリー)がこのプロジェクトには絡んでいるかもしれない。

夕食は「北大通東家」へ。市内の蕎麦屋の大半がこの屋号であるが(札幌にもある)、ここは竹老園の次に古い大正4年の創業。初めて入ったが、ツマミも上手く、御馴染みの緑色の蕎麦(天然クロレラで着色)もある。ツマミを2品サービスしてくれたが、そば団子は美味だった。朴訥で、人がいい釧路らしい店であった。

釧路では蕎麦屋マップを配っていたが、なかなかユニークな企画である。ラーメンはどこでもあるが蕎麦屋となると、なかなかない。蕎麦屋で町おこしはいいアイデアだと思う。余談だが北海道は一杯呑める蕎麦屋が少ない。そういう客が少ないせいもあるが、折角の蕎麦どころなので、蕎麦屋文化を盛り上げていただきたい。

地域再生に試行錯誤を続ける釧路中心街だが、その不器用さに惹かれてしまうのも事実である。

*写真は後日アップします

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JR釧路支社がオリジナルの鉄道検定をHP内で開始、次々に新企画が生まれる

2011年04月25日掲 載

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鉄道ファン向けに様々な企画を提供しているJR北海道釧路支社公式HPで、鉄道クイズ「JR釧路支社検定(クシシ検定)」を始めた。第1弾は、29日から運行する「くしろ湿原ノロッコ号」に関する問題で、「ノロッコ号の車内で実際に販売されていないものは?」など5問で、いずれも4択。正解数に応じて「ノロッコ見習い」「ノロッコ博士」などの称号が与えられる。

不正解でもHP内を探せばヒントが得られる仕組みで、なかなかよく出来ているクイズだ。管理人もトライしてみたが、4問正解で「ノロッコ先生」の称号をいただいた。同支社では今後、イベントや特別列車の運行に合わせて随時内容を更新するという。

それにしても、JR釧路支社では次から次へアイデアを打ち出してくる。

これまでの主な企画

  1. キハ40を朱色の国鉄カラーに復元し、HP上でダイヤを照会→関連記事の紹介
  2. 釧路支社長のブログや最近では「駅長室」と題した管内駅長の観光ブログを開始
  3. 停車時間中に摩周駅と川湯温泉駅の足湯が楽しめる「足湯列車」の運転→関連記事の紹介
  4. 釧路が舞台の人気アニメ「僕等がいた」の原画展を釧路駅で開催→関連記事の紹介
  5. 映画「ハナミズキ」や大ヒットした中国映画「狙った恋の落とし方」(日本語タイトル)のロケ地ガイドなど

また、地元向けにも「パーク&トレイン」の利用状況がPCと携帯でリアルにわかるサービスなど観光以外でもHPを有効的に活用している。

釧路支社の話題については、これまでも何度かお伝えしてきたが、鉄道ファンの集客と共に、ローカル列車(普通列車)のPRに力を注いでいるのが特徴だ。このあたりも、集客への熱意をかんじる。

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霧笛が正式に市民へ譲渡される 夕日と共に釧路のシンボルへ

2011年03月05日掲 載

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昨年3月まで釧路市の釧路港で使われていた霧信号(霧笛)が3日、釧路海上保安部から市に無償で引き渡された。同海保によると、実際に鳴らせる機器一式の譲渡は全国で初めてという。今後は、市民団体「釧路霧笛保存会」が釧路川河口近くの市民交流施設に展示予定で、17日からは5日間の日程で「霧笛復活祭」も開かれる。(3/4付 毎日新聞大盛り北海道

国内から霧笛が消えて一年となる。以前から釧路では霧笛の保存に取組んでいたが、この度、正式に海上保安部から市に無償で引き渡された。今後は幣舞橋河畔の「港町かもめホール」(旧港町ビール)に置かれることになる。

霧がとりわけ多く、それが代名詞ともなっている釧路。片や先日のブログでは、霧ではなく、”世界一の夕日”のライブカメラ中継について紹介(記事はこちら)をしたが、霧と夕日という対極的な現象が町のシンボルとなっている。世界でもこんな場所はないであろう。

地元の人は気付かないかもしれないが、相反する劇的な自然現象が、季節の移り変わりや日内変動でも登場をする。霧はおもに春先から夏だが最近は4~12月頃まで見られる。夕日は通年であるが、とりわけ秋から冬にかけてが美しい。つまりほぼ通年を通して、釧路ならではの自然現象を見ることができるのだ。タイミングよければ、霧と夕日が同日に経験できることもある。

観光資源としての霧と夕日は魅力的である。夕日と違い霧は地元にとって厄介者であろうが、それを逆手に取ってもって売り出してもいいであろう。「霧フェスタ」もやっているが、地元のみで全国的な認知度はゼロに近い。

お宝は身近なところにあるはずだ。

3月6日、海霧と夕焼けが同時に発生

 

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釧路の夕日をライブカメラで発信、世界へ向けて三大夕日を既成事実化してもらいたい

2011年02月24日掲 載

2/22の釧路川から幣舞橋・太平洋方面を眺める

釧路ライブカメラ企画釧路の夕焼けを市内設置のライブカメラから動画配信する「釧路ライブカメラ企画」(仮称)が市民有志らによって立ち上がった。旗振り役の釧路市在住の芳賀久典さん(50)は昨年から市中心部の幣舞橋周辺で、ツイットキャストを通して夕焼けを実況中継しながら、動画をインターネット上で配信し続けている。その取り組みに賛同した市民有志らが観光資源として釧路の夕焼けを全国、世界に向けて発信する活動を開始した。(2/22付 釧路新聞

拙サイトでは、釧路の夕日について何度かお伝えしてきたが、ライブ中継については昨年10月にも紹介した(記事はこちら)。着々と進んでいるようで,現在、twitterの「釧路ライブカメラ企画」でyouyube動画を眺められるほか、今年9月までにはライブカメラを設置するという。

貼り付けた動画は2/22のもの。幣舞橋より上流の久寿里橋方面から撮ったものだ。これだけの地域財産にも関わらず、ライブがなかったのが不思議なぐらいである。テレビ各局のカメラは設置され、頻繁に登場するのも関わらず、夕日よりも「地震津波ライブ」のイメージが強かった。

釧路の夕日は「世界三大夕日」と云われているが、実際には海外はおろか国内でも殆ど知られていない。これを契機に夕日ライブを全世界へ発信して、世界に名だたる夕日の存在を既成事実化してもらいたいものだ。

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釧路-札幌間が高速バス&航空機利用で1万2千円!!「さっぽろお出かけモニタープラン」

2010年12月14日掲 載

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さっぽろお出かけモニターツアー」は、釧路から札幌の往復に行きは夜行高速バスの「スターライト号」を利用、帰りは千歳からANA便を利用して1万2千円という破格のものだ。国土交通省東京航空局釧路空港事務所「釧路空港活性化ファジビリティ調査事業」による実証実験の一環だが、アンケートに答えれば、0泊2日で1万2千円、1泊3日のコースだと1万9千円(2名利用時)となる。

期限限定で、申込み締め切りも9日前だが、釧路圏内の住民にとっては見逃せない格安ツアーだ。さらに1500円を追加すれば、札幌へ早朝到着時、法華クラブ札幌で朝食と入浴のサービスが受けられ、宿泊コースもバス停前の法華クラブとなる。往復のチケットの他に釧路空港から市内への空港連絡バスの乗車券も付いてくる。

釧路空港事務所では、昨年度から関係機関、団体の代表を集め、「たんちょう釧路空港利用者利便向上協議会」を設立した。協議会は国内就航路線を活用した地域経済活性化への具体的な事業として、国費を導入したモニターツアーの実施を行っている。

航空機と公共交通を使った活性化対策などに力を入れているが、昨年は釧路空港航空機利用者で、空港連絡バスやパーク&バスライドを利用したモニター参加者へ2千円の商品券などを出している(昨年の拙ブログで紹介)。今回は旅行ツアーとしての登場、また破格値なの注目を集めるかもしれない。

高速バスと航空機の組合せパックは、ウィラートラベルなどのツアーバスでたまに見かけるが、乗合型高速バスでは殆ど見たことがない。もし、ダイナミックパッケージなどで商品化できれば航空会社にとっても若者層の開拓などに繫がり、バス会社から見れば格安高速道路対策になるので本格導入に期待したいところだ。

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釧路の夕焼けをライブカメラで発信、これまでなかったのが不思議だ

2010年10月05日掲 載

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釧路の夕焼けを市内設置のライブカメラから全国に発信したい─。市民有志らが写真ではなく、動画で釧路の夕焼けを多くの人に見てもらおうと「釧路夕焼けライブカメラプロジェクト」を立ち上げようとしている。旗振り役の釧路市消防本部通信指令課に勤務する芳賀久典さん(49)は「建物にライブカメラを設置して、さまざまな角度から夕焼けを全国に発信したい」と意気込んでいる。(10/4付 釧路新聞


釧路の夕焼けの美しさについてはこれまでも何度かお伝えしてきた。今回の記事は夕焼けの動画配信を芳賀さんという消防署勤務の方がiponeとツイットキャストを使って1年前から行っているというもの。きっかけは、カナダのオーロラ中継をネットライブで見たことだった。カメラがとらえる瞬間ではなく、刻一刻と変化するオーロラと空に魅せられた。釧路の夕焼けはオーロラと同じくらい色の変化が楽しめるという。日の入り後の約30分を芳賀さんは「マジックアワー」と呼び、「こんなに鮮やかな変化は釧路でしか見れない」と話す。

釧路の夕焼けの魅力は日没後だ。記事の通り、30分ぐらいをかけて空が刻々と変化して行く。幣舞橋の街灯が燈る直前頃がもっとも美しいか。特にこれから冬にかけては、空気が最も澄みわたる時期なので劇的な夕陽と夕焼けを見ることが出来る。

夕焼けのポイントは幣舞橋だけではない。管理人は20年近くかけて、港や旧市街の丘の上などお気入りを数ヶ所ポイントを見つけたが、何気なく歩いていても、ハッとするような夕陽に出会うことがある。市内どこに居ても、違った顔の夕焼けに巡り会えるのが魅力だ。

ライブカメラは旧釧路川MOOの対岸にある旧港町ビールに設置されることが決まっている。芳賀さんはこの他にも数ヶ所設置しようと活動されているが、季節や角度によって、全く違うものになってくるので是非複数個所にお願いしたい。


最近になって「世界三大夕日」と云われる釧路の夕陽を観光資源に活用しようと動き出しているが、その活動ぶりが今ひとつ伝わってこない。これまでライブカメラがなかったこと自体、意外であり、怠慢と云えるかもしれない。道内テレビ局の情報カメラで釧路が登場する時は、大半が幣舞橋だが、違った角度の夕焼けをこれからは映し出してもらいたい。

■関連記事
・「釧路・鎌倉それとも・・・日本一の夕日はどこだ」2010.2.25
・「世界三大夕日の釧路が「夕日プロジェクト」を開始、まずはフォトコンを開催」2009.8.4

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「くしろ湿原ノロッコ号」の無料試乗会を開催、道内JR支社の中で企画力が目立つ釧路支社

2010年10月03日掲 載

JR北海道釧路支社は、鉄道の日(10月14日)にちなんだ謝恩企画として10月22日から2日間、JR釧網線で運行している「くしろ湿原ノロッコ号」の無料試乗会を行う。(9/30付 釧路新聞

今年度は夏場の好天も手伝い、26日現在で8万2000人余りが利用。1989年以降の累計乗車人員が120万人を突破するなど釧路圏の観光推進にも貢献している観光列車。10月22、23日とも午前10時56分に釧路発、午後0時47分に摩周駅着。同駅を同1時49分に出て釧路には同3時33分に戻る。それぞれ抽選で50人ずつを招待(1組4人まで)する。

釧路支社が奮闘している。これまで、キハ40を朱色の国鉄カラーへ復刻、ダイヤもHP上で公開している。また、釧網線では足湯が楽しめる「足湯めぐり号」を運転、根室本線ではSL十勝号の運転や池田駅では発車チャイムに地元出身のドリカムを採用した。また、釧路駅2階の元湿原画廊では、釧路が舞台となったアニメ「僕等がいた」原画展や作者・小畑友紀サイン会を開催(→拙ブログで紹介)、この他、映画「ハナミズキ」のロケ地へ行こう、など矢継ぎ早に企画が打たれている。


現在、道内のJR支社の中でもっとも動きが活発なのが釧路支社ではないか。釧路以外には函館、旭川に支社があり、これは国鉄時代の「鉄道管理局」をそのまま引継いでいる。以前は旭川支社が多くのオレンジカードの発売やユニークな鉄道ツアーの催行が人気となっていたが、ここに来て釧路支社が奮闘している。

支社長が変わったことが関係しているようだが、どちらかと云うと地味な印象の函館支社にも新しい企画を打ち出してもらいたい。「SL大沼号」以来大きな企画がないので、たとえば江差線を利用し、江差直行のイベント列車などどうであろうか(在来線存続問題もあるがあと5年は走るのである)。

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別海町・尾岱沼でも外洋クルーズ開始、盛り上がる根室地区の海洋観光

2010年07月20日掲 載

根室管内の別海町観光開発公社が運営する別海町観光船は17日、今シーズンから尾岱沼港発着で試験運航を始めた外洋クルーズを町内外へアピールする試乗会を行った。まちの観光ガイドや観光協会、マスコミ関係者ら30人余りが、コースの目玉としている北方領土の国後島を間近にし、いつもは車で走る野付半島をオホーツクの外洋から眺める景観を楽しんだ。(7/19付 釧路新聞

このところ根室エリアでの外洋クルーズの動きが活発だ。歯舞漁協や落石漁協が運営するウオッチングツアーが話題を集めており、拙ブログでも紹介させていただいた。

今回の尾岱沼からの外洋クルーズは湾内で遊覧船を運航していた別海町観光船が行うもので外海まで距離を延ばしたような格好だ。

外洋コースは三つあるが、今回体験航海をした「クナシリコース」は、野付半島の竜神崎灯台から国後のケラムイ岬の灯台まではわずか16キロで、漁業操業自粛ライン付近まで船が近づくと、国後の灯台や風力発電の風車や町並みも見えるという。

また、日本一の*砂嘴(さし)、野付半島を行きは野付湾の内海側から、帰りはオホーツクの外洋側から眺める楽しみもあり、砂嘴の最先端部、半島に点在する番屋や観光拠点のネイチャーセンターを海から眺めることができ、野付半島沖の野付水道ではミンククジラやネズミイルカの姿も見られるという。


管理人はだいぶ前(1992年)だが、根室港から尾岱沼までクルーズをしたことがある。風連湖から根室海峡・オホーツク海を北上するコースで、定期航路で開業をしたが、僅か1年程度で廃止になっている。利用者が少なかったからだが、今回のクルーズ同様、国後島の町並みまで双眼鏡で見えて記憶がある。

トドワラなど野付半島は海側から見た方が全体像が掴める。尾岱沼の観光船は古くからあるが、発展型の魅力的なコースであると思う。ちなみに料金はクナシリコースで、2時間半で5千円。完全予約制だ。


*砂嘴(さし)とは沿岸流により運ばれた砂礫(されき)が陸地から海中にのびる形で堆積し水面に現れたもの。多少湾内に湾曲した形の鉤(こう)状砂嘴や,発達の途中で成長方向が変わって枝分れした分岐砂嘴(北海道の野付崎)などがあり,成長先端がはっきりしている点で砂州と区別される。


 

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涼しい釧路で避暑生活体験お試しツアーを実施、東京発1,2週間コースという本格的なものだ 

2010年07月17日掲 載

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本州方面の人たちに夏の涼しさをアピールして長期滞在者の拡大につなげようと、釧路市内の宿泊業者などがさまざまな取り組みを進めている中、東北海道トラベル(本社北見市)は羽田発着の長期滞在型旅行を商品化した。(7/16付 釧路新聞)


涼しい釧路でお気楽避暑生活。これまでも何度か記事にしてきたが、東北海道トラベルが本格的な体験ツアーを実施することになった。出発は8/24で1週間コースと2週間コースとがある。催行する東北海道はトラベルはこれまで、陸別町や標津町体験ツアーなどを実施してきた旅行会社だ。

料金はかなり抑え目の設定だ。1週間で69,800円、2週間で86,800円(釧路シーサイドホテル宿泊の場合)の設定で、往復航空チケット、滞在日数分の宿泊代と朝食、初日のパーティ代が含まれている。また、最終日にはあの「あかん遊久の里 鶴雅」に宿泊するので、かなりお得感がある。

オプショナルツアーとして、「北太平洋シーサイドラインうまいもんめぐり」 、「石川啄木の歌碑めぐりトレッキング」、「春採湖・竹老園そば」、「地元不動産屋さんが案内する特選物件と北の住宅構造見学ツアー」など用意している(不動産屋さんコース以外は有料)。


管理人もこのプロジェクトに絡んでいたので、手前味噌になってしまうが、釧路市の夏は、6月の平均気温が11.5度、8月の平均気温が20.3度と北海道の都市ではいちばん冷涼な気候で、過しやすい。17年前には10日間、その後も数日の滞在体験があり、暑さが苦手な人、田舎暮らしが連日では飽きてしまう人などにはおススメである。

釧路エリアは周辺に観光資源が多く、経験で云えば1週間ではまわりきれない。2週間ぐらいがちょうどいいかもしれないが、ホテルに荷物を置いて、根室や十勝・オホーツク方面など泊まりで出かけるのも楽しみ方のひとつだ。

出発が8/24と既に秋風が吹いている時だが、観光客も減り、道東巡りにはよい時期だ。リタイア層の集客が中心になると思うが、このツアーをきっかけに釧路ファン、滞在リピーターが増えることを期待する。

【参考】涼しい釧路でお気軽!避暑生活体験モニターツアーHP(東北海道トラベル)
釧路市「釧路でちょっとお試し暮らし」HP

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釧路でも『美少女図鑑』を発行、地域再生への手助けになるか

2010年06月22日掲 載

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過去2回発行された「札幌美少女図鑑」


北日本広告社釧路本社が発行するフリーペーパー写真集「釧路美少女図鑑」の創刊号に掲載する女性モデルを決めるカメラテストが19日、ポスフール釧路店内で行われた。応募者の中から一次選考を通過した15歳以上の60人が参加し、緊張した様子で撮影に臨んだ。今後掲載する10人を決定。8月上旬の創刊に向け、製作作業が本格化する。(6/21付 釧路新聞

美少女図鑑」は新潟市の広告会社テクスファームが2002年から発行している超人気のフリーペーパーだ。おもにクチコミで話題となり、入手困難な状態が続いた。

「美少女図鑑」の最大の特徴は「地方都市に美少女を増やそう」のキャッチフレーズのもと、地元の素人女性をモデルに採用、カメラマンやメーク、制作なども地元のクリエーターを使い、おもに若者向けの洋服店や美容室、ネールサロンなどをクライアントとした。もともと発行部数が少なく、フリペとは思えないファッション誌を思わせる品質感(A4判全52ページ・フルカラー)が話題を呼び、幻のフリーペーパーとしてウワサが広まって行った。

地元企業が発行するフリーペーパーやタウン誌が苦戦をするなか、地方発の新しいビジネスモデルとしてテクスファームが仕切るかたちで全国各地へ進出。メディアでも地方ビジネスの成功例として何度も取上げられている。北海道版は北日本広告社が担当しており、今回の「釧路美少女図鑑」は札幌・旭川・函館・帯広に次ぐものである。


初めて美少女の成功話を聞いた時は疑問もあった。限られた人口圏、限られた読者層、限られたクライアントで果たして成立するのかと思ったが、かえってそれが成功の秘訣であったのかもしれない。たとえば多くのモデル応募者(釧路の場合は130人)の中から採用されれば、「私も見てみたい」ということで、身内や仲間内で話題となり、ウワサはどんどん広がって行くであろう。また、掲載されている美容院やサロンには「私も同じ髪型にして下さい」という客が高い確率でやってくるはずだ。

「美少女図鑑」の面白いところはすべて逆転の発想、地方の弱みを強みに変えている点だ。釧路版はクライアントを探すだけでも厳しい場所であると思うが、だからこそ仕上がりと波及効果が楽しみである。

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新しい企画が相次ぐJR釧路支社、今度は『僕等がいた』の原画展を開催

2010年06月07日掲 載

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釧路を舞台にした人気アニメ「僕等がいた」(小畑友紀作)の原画展&サイン会が釧路駅で開催されることになった。7月31日から9月5日までの夏休み期間中に駅2階の特設会場(昨年まで湿原画廊があった場所)で、カラー原画や下絵やネーム、ここでしか見ることのできない作者からのメッセージなどが公開され、会期中にはサイン会も予定されている。

JR釧路支社が次々に新企画を打ち出している。拙ブログでも「キハ40気動車を国鉄カラーの朱色に復元」、さらに「国内最長鈍行に国鉄カラーのキハ40を投入」した話題などをお伝えした。この他にも「釧路発網走行きの普通列車を足湯列車に」や池田駅の発車チャイムを地元出身のドリカムにするなど話題を提供している。


今回のアニメ、『僕等がいた』については、釧路が舞台のアニメがあることを聞いてはいたが、管理人は中身は知らなかった。

鉄道とアニメは説明をすることなく相性がよい。最近ではアニメ聖地巡りが流行っており、埼玉県の鷲宮など全く無名の町が一躍有名になっている。ドラマロケでも韓流の舞台となった秋田、釧路市も中国映画で人気が出て一躍有名になる例は多い。特に日本のアニメは人気がワールドワイドなので世界中から人を呼べる魅力を秘めている。

なお、原画展が開催される釧路駅2階は昨年まで20年に亘り、湿原を描く画家佐々木画伯のギャラリーがあったが、訪れる者は少なく、諸般の事情があり、画廊は昨年9月に閉鎖した(→この話題に関する拙ブログ)。


今年の夏の釧路は賑わうかもしれない。

■原画展
場所 JR釧路駅2階特設会場
日時 2010年7月31日(土)~9月5日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
入場料 大人500円 中高生200円 小学生以下は無料

【参考】この件に関するJR北海道釧路支社の案内

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『落石ネーチャークルーズ』は通過型であった根室観光を変えるかもしれない

2010年05月17日掲 載

北海道根室市沖の無人島、ユルリ・モユルリ島を漁船で巡る「落石ネイチャークルーズ」のデモ航海が15日行われ、「海のカナリア」とも呼ばれる希少な海鳥ケイマフリが飛ぶ姿が目撃された。(5/16付 毎日新聞北海道版

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根室半島の漁協が本格的にネーチャー・クルーズに取組んでいることは2月のブログでもお伝えした。半島太平洋側の歯舞漁協が冬季初のウオッチング・クルーズを実施、さらに5月からは少し手前の落石漁協が「ネーチャー・クルーズ」を開始することになり、この度、モデルクルーズが公開された。

毎日新聞記事によると、ケイマフリという珍鳥が見られらしい。管理人は鳥には詳しくないので初耳だったがエトピリカよりも遭える機会は少ないらしい。
 

根室市落石地区の漁協と漁民らによる「落石ネイチャークルーズ」は21日から始まる。漁船7隻を利用して、落石漁協を発着、道指定天然記念物で人が渡れないユルリ・モユルリ島及び外海を約2時間30分で周遊する。

野鳥ファンでなくても、日本とは思えないないような周囲の景観(アイルランドの断崖のよう)や管理人も一度は近づいてみたかったユルリ・モユルリ島を真近から、また、鳥以外にもアニマルウオッチングが楽しめるので飽きさせないクルーズだ。

落石はフットパスも整備されており、落石岬へは是非足を運んでもらいところだ。駐車場から徒歩で15分ほどだが、北海道へ来たことが実感できる場所である。

先日紹介した歯舞漁協のクルーズ船は冬季限定だが、落石漁協は通年で運航すると云う。全国の漁協では初の試みであり、これまで通過型であった根室観光が滞在型に変化する可能性がある。

根室観光と云えばノサップ岬が定番だが、根室の魅力は丘陵と断崖絶壁、無人島がつづく男性的な太平洋側、春国岱やノッカマップ岬など湿地・湖沼、岬が続く女性的なオホーツク側と半島の北と南でまったく違った顔を持っているのが魅力だ。
  
自然の宝庫である根室半島。ノサップ岬以外にも数多いビューポイントがあるので是非訪れていただきたい。管理人も落石ネーチャークルーズ船には近々に乗船してみようと思う。

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観光協会の民間公募、、専門分野から複数選出した方が効果的では

2010年05月15日掲 載

釧路市の阿寒町観光振興公社が公募していた阿寒本町地域の観光振興を手掛けるツアーデスクマンに佐藤康弘さん(47)と葛西哲晃さん(37)、事務局となる同マネジャーに金子よし子さん(42)が選ばれた。同公社は6日、3人に辞令を交付し、観光拠点づくりなどに携わる。(5/10付 釧路新聞北海道ニュースリンク

最近、観光協会事務局長などを一般公募するケースが増えている。採用されるのはおもに旅行会社出身などの観光業に携わっていた人、実業の世界で顔が広そうな人が選ばれる傾向があるようだ。彼らのネットワークを使って観光客を呼び込もうという思惑もあるであろうが、そんなに簡単なものではないであろう。

また、一個人がいきなり知らない組織へ放り込まれ、どこまで能力が発揮できるのか、職場環境を含めて疑問は残る。人材は人財なので殺してはならぬ。


今回、阿寒町観光振興公社が募集したのは、「ツアーデスクマン」という役職で、国のふるさと雇用再生特別対策推進事業の一環として、釧路市が同公社に委託。自然や歴史文化、食、人材といった地域資源を活用した旅行商品開発や長期滞在型観光の提案、地元各団体と連携した組織づくり、情報発信などを進める仕事だ。

任命された佐藤さんのプロフィールを見ると三越の売り場担当マネージャーをされていたらしい。食料品担当のバイヤーであれば道内各地を周っていたであろうが、記事から察する限り、どうも純粋な北海道ファンの方のようである。かえってファンの視点で観光や地域を考え、百貨店では多くの女性店員や顧客を扱っていたであろうから、ホスピタリティやマネージメント面での期待もできる。

葛西さんは阿寒町のタクシー会社出身、マネージャーの金子さんは旧阿寒町役場に勤められていたようなので、バランスとしてはいいのではないかと見受ける。


観光事務局長などの民間公募だが、管理人はトップひとりを公募するよりは、それぞれの分野のスペシャリスト複数を採用した方が効果的であると考えている。たとえば、旅行のプロ、宿のプロ、食のプロ、アウトドアのプロなど分野ごとに集めた方が実戦的ではないか。人件費がかかるが、それは「専従」だからであり、嘱託・非常勤のような形態で行なえば問題ないはずだ。また、事務局長はメンバーの中から選ぶか持ち回り、町の方でもいいではないか。

観光はフィールドが広く、一人の力では限界がある。それぞれのスキルを集めて、円卓型で行なった方が魅力的な観光施策を打ち出せると思うがいかがであろうか。


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釧路支社の国鉄色気動車が滝川とを結ぶ日本最長鈍行に定期運用される

2010年05月05日掲 載

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厚内駅と古瀬駅で交換待ちをする滝川発釧路行き普通列車 管理人は新得より乗車('99.5撮影)

前回のブログで釧網線釧路-網走間を結ぶ普通列車一本を「足湯列車」としてデビューしたことを紹介したが、3月より朱色の国鉄カラーに復元した気動車キハ40が根室本線の滝川―釧路間を結ぶ日本最長の定期普通列車「2429D」に、定期的に導入されることになった。

2429Dの国鉄色車両は今後、毎月第2・4土曜日に運行される(滝川から1両、富良野から2両編成に)。このうち、10月末までに全区間を乗車した客には、支社オリジナルの記念乗車証明書「2429D完乗証明書」がプレゼントされるという。

この列車は滝川から釧路までの308・4㌔を8時間2分かけて結ぶ、日本で最も長い運行時間の普通列車として有名。管理人も通しでの乗車はないが、何度か利用しており、時間帯もよいので鉄道旅行の醍醐味が満喫できる列車だ。滝川を出ると産炭地・赤平・芦別、観光地富良野、かなやま湖から狩勝峠を抜け、十勝平野へ、ラストは北太平洋沿岸を走り、飽きさせないルートだ。

途中駅の交換待ちでかなり停車するがそれがまた楽しい。管理人はこの列車で古瀬という秘境駅を発見。停車時間があったので、民家すらない駅周辺を歩いてみた。写真にもあるが、道内の各駅にはこの時期、無造作に水芭蕉が咲いていて感激するが、どこにでもあるせいか道民は無関心のようである。

詳しい運行スケジュールはJR北海道釧路支社のHPを見ていただきたい。


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いい旅しよう 北杜の窓

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道東の情報発信に多大な貢献をした「East・Side」が休刊

2010年04月28日掲 載

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「East Side」という雑誌をご存知であろうか。

弟子屈の出版社が2000年から季刊で発行しているカントリー・ライフを中心にした雑誌である。アウトドアの他にも幅広いジャンルで道東ならびに北海道の文化を紹介している。お仕着せの田舎暮らしや通り一辺倒の”北海道スタイル”ではなく、グラビアを含めて高レベルの雑誌である。

発行元のバルクカンパニーは移住者を中心に立ち上げた出版社である。北海道ではライフスタイル系の雑誌が育たず、底の浅さや編集者の独りよがりが目立ち、書店で手にしても殆ど購読することはなかったが、East Sideはぶれることなく、最後までポリシーを貫きとおした。

最近では「自遊人」を発行する会社のように編集部を地方(新潟県湯沢)に置く例もあるが、バルクの場合は札幌からも遠く離れた弟子屈ですべての業務をこなしていた。

その中で「East Side」は11年間に24冊発行した。広告主も限られた道東でよくここまで頑張ってきたと思う。これまで、弟子屈在住の方から戴いていたが、ラストなので札幌紀伊国屋書店で購買した。

この本を見て道東へ移住した方も多いという。弟子屈では新しいコミュニティも育っている。この雑誌が果たした役割は大きい。

これで道東発の雑誌がなくなってしまった(十勝を除く)。釧路のタウン誌も相当前に廃刊になっている。

紙媒体は厳しい時代が続いているが、10年間で蓄積されたデータ・ノウハウを定期刊行物以外の違ったかたちで、是非見てみたいと思う。

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保存が決まった釧路の霧笛、観光や地域活性に有効活用しよう

2010年04月20日掲 載


米町公園から聞く霧笛

保存が決まった釧路の霧笛。立ち上がった「釧路霧笛保存会」がメンバーを募集している。

3月で廃止となった霧笛(霧信号)を後世に残そうと活動する市民団体「釧路霧笛保存会」(木保秀一会長)が入会案内のパンフレットを発行した。 早ければ20日以降に、幣舞観光ガイドステーションなど市内各所に置く予定だ。パンフレットには会則のほか、会の目的や活動内容を記載しており、「学ぶ・伝える・聞く・保守管理」を基本方針に講演会、展示、紙芝居などを開催することが記されている。木保会長は「海の日や霧フェスなどのイベントと連動して、音を聞く場も提供したい」と意欲をみせている。会費は個人で年間2000円、法人・団体は年間3000円。(4/18付 釧路新聞

釧路の霧笛は結局、旧くしろ地ビールがあった建物に残されることになった。観光エリアなので場所としてはよいであろう。また、犬吠埼灯台など他の霧笛保存会との連携も検討しているという。

霧笛は霧まち・釧路の象徴とも云える。時報の合図や釧路駅の発車チャイムに加工使用するなど地域づくりや観光活性に霧笛を有効活用してもらいたいと思う。

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まもなく霧街・釧路から霧笛が消える

2010年03月07日掲 載

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東防波堤にある霧信号 右側の小さい方の灯台がそれ

「霧の都・釧路」のシンボルとして親しまれている釧路港の霧信号(霧笛)が3月末に姿を消す。3月中旬に管理主体の釧路海上保安部が廃止式を催す。(3/5付 読売新聞)


釧路の霧信号(霧笛)が設置されたのは1925年。当初は鐘を鳴らす霧鐘、ラッパを鳴らす霧笛だったが、現在では発信器が灯台の上部に取り付けられ、視界が2キロ以下になると音が鳴り響く。釧路のシンボルのような音色だ。

霧笛は現在全国9か所、道内8か所に減った。海上保安庁は2007年、全国の霧信号を今年3月末までに廃止する方針を打ち出している。

釧路のシンボルとでも云える霧笛を何らかのかたちで残せないものか。たとえば、昼や夕方(17時)に霧笛の音色「ボーッボーッ」を市内全域に流す。または霧の日に流す。発信機が付いている灯台を陸に移動させ、「霧笛灯台」として保存する。観光客がボタンを押すと霧笛が鳴り響くなど。霧は釧路のシンボルでもあり、霧笛の観光的効果も高いはずだ。

【追記】
聞くところによると「釧路霧笛保存会」が立ち上げられ、現在、海上保安庁などど保存へ向けての協議に入っていると云う。


【参考】拙ブログ「道東名物の霧笛が来年3月に廃止 ここでも昭和の記憶が消える」(’09.5.7)

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標津町が9月に町内独自の祝日を設定、政府の大型連休試案を先取りか

2010年03月05日掲 載

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写真は「サーモン科学館」

政府から大型連休を地域ごとに分散する試案が出された。経済界からは反対の声も多いようで、まだまだクリアすべき問題だらけであるが、ひと足先に秋の大型連休を独自に定めてしまった自治体が北海道にある。


決めたのはサーモン観光で有名な標津町。今年の9月24日を町独自の休日と定め、23日「秋分の日」から26日の日曜日までを4連休として「シルバーサーモンウイーク」と名付け、町を挙げて観光客を迎え入れるというもの。

24日は「標津本物観光体験の日」(仮称)と名付け、標津漁港での秋サケの荷揚げ見学やイクラ作り・新巻き作り、川での釣りなど、サケに関する体験メニューを用意する。24日夜には町内で製造されるサケ節など、標津の味覚を集めた地産地消フェアを開く計画。4連休最終日の26日には恒例の「あきあじまつり」を盛大に開き、締めくくる。すでに札幌や静岡県からツアーの申し込みが来ているという。


国の定める秋の大型連休は実現できても2012年からだが、町独自の休日という発想はユニークで、話題性もあるので標津へ行ってみたくさせるような動機付けとなりうる。

標津は早い時期からサーモンタウンとして売り出しており、ツアーバスも多く訪れる「サーモン科学館」やサーモンフィッシングツアーの開催など鮭にこだわり続けた観光施策を打ち出している。また、以前は土地の都市部住民へ向けた無料提供が話題を呼び、役場のサーバーがパンクしたこともあった。企画力があり、情報発信も上手い町といえよう。

標津のように旗日などを挟み、独自の「休日」をつくってみるというのはアイデアとして面白い。あとはイベントを行なう際はその質、地域住民の意識、受入れ態勢などにかかってくると思う。

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釧路・鎌倉それとも・・・日本一の夕日はどこだ

2010年02月25日掲 載

朝日新聞「アスパラクラブ」が昨年12月初めに掲載した読者会員へのアンケートで選ばれた「日本一の夕日スポット」は、第1位が由比ケ浜(神奈川・鎌倉)であった。2位宍道湖(松江市)、3位鳥取砂丘(鳥取市)の順。夕日に関しては拙サイトでも世界三大夕日に数えられる釧路の夕日を紹介している。また、「日本の夕日百選」もあるが、こちらには鎌倉も釧路も入っていない。いずれも素晴らしい夕陽の景観だが、真の日本一はどこなのであろうか。


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朝日新聞アンケートで選ばれた「日本一の夕日スポット」第1位の鎌倉・由比ケ浜

まず、朝日新聞で選ばれた鎌倉由比ヶ浜は管理人の実家がある場所なので、たまに夕陽の写真と撮りに行く。実は由比ヶ浜より1キロばかし江ノ島方面に行った稲村ガ崎が有名なスポットであるが、ここは富士山に夕日で多くのシニアカメラマンが年中三脚を構えている。

由比ヶ浜からは、その稲村ガ崎が邪魔をして富士山は見えない。しかし、岬がシャドーとなって特に冬の時期は淡い夕日が素晴らしい。背景にサーファーやカップル、散歩中の犬などもアクセントになって被写体としては魅力的かもしれない。夕日のパワーでは負けるが、周囲の背景と相まって日本一になったのか。


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「世界三大夕日」のひとつ 釧路

「世界三大夕日」の釧路、ここは拙ブログでも何回も紹介している。幣舞橋から太平洋に沈む夕日は季節を通してドラマチックである。ここの夕日の特長は「色」である。日本海に沈む夕日も強烈だが、釧路の場合、この世の終わりのような劇的な変化を遂げる。

世界三大夕日とは釧路のほか、マニラ湾、バリ島と云われているが、この他にもマニラ湾、マレーシア・マラッカ海峡、スペイン・ジブラルタル海峡を三大夕日という説もあるが根拠は曖昧なかんじがする。最近では釧路青年会議所がフォトコンなどで夕日のまち・釧路をPRしている。→拙ブログでの紹介記事


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「夕日百選」に選ばれた江差・鴎島(フィルムのスキャンのため画質が落ちています)

もうひとつNPO法人「日本列島夕日と朝日の郷づくり協会」が選定した「夕日百選」がある。これには道内3ヶ所が選定されている。北海道留萌市の黄金岬・千望台、江差町・鴎島、池田町・ワイン城が選ばれているが、留萌は20年近く前から夕日で街づくりをして力を入れている。管理人は11月に行ったことがあるが、しばれたが利尻島も見え波と夕日が絵になっていた。江差町・鴎島の夕日も一度見たが、ここは東北や北陸の海岸で見る夕日の色であった。夏であったがなかなか鮮明であったと記憶している。


さあ、どこの夕日が日本一か?これは主観であり、各々に「こころのフィルター」があるので、美しい場所は選定できても順位は決められるものではない。

しかし、折角管理人に縁が深い鎌倉が日本一で、釧路が世界ビッグスリーであるならば「夕日協定」でも結んだらどうか。観光活性の意味に於いても、夏は涼しい釧路、冬は温暖な鎌倉といった具合。釧路市では夏季ロングステイに力を入れているが、鎌倉市も現在、二拠点居住など滞在型観光に力を入れて日帰り型からの脱却を図ろうとしているので相性はいいかもしれない。

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釧路空港がパーク&バスライドなどのアンケートを実施、地元客以外にも活用できないものか

2009年12月17日掲 載

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釧路空港整備促進期成会が空港と釧路市街を結ぶ交通手段がどのような目的で選択され、どのような改善が求められているかなどをアンケート調査することになった。アンケートの参加対象は、新千歳・札幌丘珠・函館-釧路間の航空機利用者で、モニター協力参加者には、2千円の商品券が出るなどの特典がある。

期間:平成21年12月10日(木)~平成22年2月11日(木)

種類:(1)空港連絡バス・錦町駐車場利用のパーク&ライドセット 通常4,960円をモニター価格1,500円(2)空港連絡バス・路線バス利用の乗継セット 通常2,620円をモニター価格1,000円に割引(3)レンタカー利用者・2千円の商品券(4)タクシー・2千円の商品券

このアンケート、道内便に限定しているので対象が釧路地区住民のようである。釧路錦町駐車場にマイカーを置いて釧路空港連絡バスを利用する「パーク&バスライド 空港連絡バスセット券」及び「路線バス往復+空港連絡バスセット券」などの新しいサービスを試験的に行い、公共交通利用促進や中心街再生へ繋げたい目的もあるのであろう。

アンケートの趣旨は理解できるが、道外からの観光客にもこういったサービスを提供できないものか。釧路空港利用者の多くは個人客であればレンタカー、団体客は貸切バス利用で、市内は素通りされることが多い。

たとえば、「空港連絡バス+路線バス(定期観光バス)セット券」や「市内までのタクシー+路線バスセット券」、さらに動物園の入場券を付けるなどのサービスが出来れば市内へ客を呼び込むことができる。特に路線バスは釧路・根室圏など広域で利用できるようなフリーパスがあれば便利だ。

また、モータリゼーション社会に慣れた地域住民へいきなりバスに乗れというのも少々無理がある。空港連絡バス(片道910円・約45分)、タクシー(小型で約4,900円前後)どちらもかなりの負担額だ。観光客にとって使い勝手がよく、市内中心部(宿泊)へ誘導できるような仕組みづくりにも是非取組んでいただきたいと思う。パーク&バスライドは、観光客を滞留させる手段にもなるはずだ。

【参考】釧路空港アクセスモニター募集に関する公式サイト

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釧路の夕日プロジェクト、”イメージング・ツーリズム”創出への期待

2009年11月02日掲 載

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釧路青年会議所は10月31日、「くしろ夕日シンポジウム」を釧路市内で開いた。``世界三大夕日、、と称される釧路の夕日を撮影したフォトコンテストの表彰や夕日を生かしたまちづくりへの提言があった。同JCではこのシンポジウムを踏まえ、今後も美しい釧路の夕日を国内外に発信していく。(11/1付 釧路新聞)

釧路の夕日の美しさについては、何度か拙ブログでも紹介をしてきた。「世界三大夕日」とは、マニラ湾・バリ、釧路の3ヶ所で、これは「世界三大夜景」同様に、日本でしか通じないようだが、マニラ湾、マラッカ海峡、スペイン・ジブラルタル海峡を世界三大夕日とする説もあり、そうなると釧路の立場は危うくなる。しかし、こういうものは言ったもの勝ちで、たとえば函館の三大夜景に異を唱える者はいないであろう。

釧路の夕陽は今頃の時期がいちばん素晴らしい。これから冬にかけては空気が澄んでおり、晴天率が高い。また、冬の夕陽は釧路川河口延長線上の太平洋に没するが、アングルとしても撮りやすい位置となり、ピンポイントで大きな夕陽と接することができるのだ。

このあたりオフシーズン期の観光素材として、もっとPRをしてもよいであろう。今回、釧路JCが釧路の夕日の素晴らしさを全国に発信する「くしろ夕日プロジェクト」の集大成としてシンポジウム行われたが、鶴居や湿原の丹頂鶴を含め、写真好きを呼び込むプロジェクトとして立ち上げたらどうであろうか。

管理人は、カメラマンの集客を狙った観光戦略として、新たな概念として「くしろイメージング・ツーリズム」を提唱したい。写真好きの多くは、被写体テーマがあるので一ヵ所に何日間か留まる。なので連泊・滞在型観光へ繋げることができるのだ。夕陽をPRするだけでは、他の自治体もやっている。オフシーズンの観光対策も含め、写真好きを釧路市に集めさせるような新たなプロモーションの展開に期待する。

【参考】「釧路JC夕日プロジェクト公式HP

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「釧路ステーション画廊」が22年の歴史に幕

2009年09月18日掲 載

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96才 佐々木翁直筆の閉館に関する挨拶文

釧路駅構内にある駅ナカ画廊「釧路ステーション画廊」が9月30日で閉館することになった。この画廊は、釧路市在住の佐々木榮松画伯より、油絵、デッサン等約1000点の作品の提供を受け、1987年7月8日に全国で最初の駅舎内画廊としてオープンした。
 
ちょうど1年前の拙ブログ「北海道最後の民衆駅、釧路ステーション画廊」でギャラリーについては紹介をしている。佐々木画伯の特徴は、「湿原」をテーマにした作品が多いが、それ以外にも生命力溢れる色使いで、管理人は作風を気に入って何度か足を運んでいる。

JRの駅構内は経営多角化が進んでいるが、ギャラリーとなると少ない。知る限りでは現在は休止中の東京駅ステーションギャラリーや大阪駅から北新地駅に移動をした「セルヴィスギャラリー」ぐらいのものか。特に釧路駅の場合、国鉄からJRに生まれかわった1987年開設なので大変歴史がある。

閉館の理由は定かではないが、想像するところ建物の老朽化や入場者の減少、画伯の高齢化と作品の管理などに問題が生じたのではないか。殆どPRもされず基本的には常設展示であったので、もう少し使い方があったのではないかと思い残念な気もする。

画廊は残すところあと12日だが、今回はこれまで紹介されていなかった作品の展示もされているので、この連休を利用して是非見ていただきたい。なお、ギャラリーがある釧路駅2階には、あっと驚くような鉄道グッズが眠っているという噂がある。

【参考】JR北海道釧路支社の画廊閉鎖に関する案内

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等身大の釧根地域の魅力を紹介したNHK「クイズでGo!ローカル線の旅・JR花咲線」

2009年08月10日掲 載

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8月10日(月) 19:33~20:45にNHK総合テレビで放映された「クイズでGo!ローカル線の旅~北海道・JR花咲線」はなかなか見応えがある番組であった。

内容は、「JR花咲線」に渡辺徹、安田美沙子、はなわが乗り込み、特産品や沿線にまつわる様々な自慢にクイズで挑むというもの。 司会は化粧は濃いが将来化けそうな神田愛花アナ。釧路駅を起点に1泊2日で、途中、尾幌・厚岸・茶内・落石で途中下車。尾幌では北太平洋シーサイドライン沿いの難読地名(仙鳳址など)を紹介、厚岸では漁船による大黒島のアザラシツアーと別寒辺牛湿原のカヌー下りを体験する。一日目の〆として「コンキリエ」で初物の秋刀魚などのバーベキューを味会う。

翌日は浜中の開拓酪農農家を訪ね、落石では漁師がつくった海岸沿いのフットパスが登場し、漁協で花咲ガニを試食。最東端駅の東根室駅を紹介の後、ラストは納沙布岬でラッコのつがいで出会う(一頭はクーチャンか)。

出演者はすべて実際に花咲線に乗車しており、非常に丁寧に番組がつくられている。これまでテレビで紹介されることがなかった昆布盛・尾幌線の難解地名地や厚岸での体験ツアー、落石岬など管理人が勧めたい釧路・根室地方の魅力がよく紹介されている。このロケ、初日が快晴で、二日目が霧雨とこれまた夏のこの地方らさしをよく伝えている。

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世界三大夕日の釧路が「夕日プロジェクト」を開始、まずはフォトコンを開催

2009年08月04日掲 載

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釧路青年会議所(釧路JC、本間弘人理事長)は1日から、「くしろの夕日フォトコンテスト」の作品募集を開始した。釧路JCでは今年、世界三大夕日と称される釧路の夕日を観光資源にしようと「くしろ夕日プロジェクト2009」に取り組んでおり、フォトコンテストはその一環。優秀作品は10月下旬に行う「くしろ夕日シンポジウム」で発表し、賞金を贈呈するほか、グランプリ作品は大きなパネルにして釧路空港の到着口に掲げる。(8/3付 釧路新聞)

釧路の夕日の素晴らしさについてはこれまで何度か書いている。「夕日」というよりは「夕陽」であり、この世の終わりのようなドラマティックな落陽といえよう。管理人は数え切れないぐらい20年近くに亘って釧路の夕陽を追っているが、残念ながら釧路以外ではあまり知られていなかった。

「世界三大夕日」といわれているが、これは釧路のほかジャワ島、マニラ湾らしい。参考までに「世界三大夜景」は函館・香港・ナポリである。実は世界三大○○、先に言ったもの勝ちで、多分そのフレーズが存在するのは日本だけであろう。

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まあ、そんなことはどうでもいい。管理人は夕日が好きで国内各地で見ているが、釧路の夕陽は色が違うのだ。特に水平線に沈んだ後の空の色が他所では絶対出ない色である。これは、この先、何もない太平洋に沈むという地理的条件や陸と海の温度差など数々の条件が生んでいる結果であろう。

これまで、その夕日を大々的にPRすることはなかった。管理人は昨年、釧路市に対し、夕陽の素晴らしさを訴えて、フォトコンでもやったらどうかと提言したが、青年会議所が動きだしたようだ。「くしろ検定」も受験者が多かったようなので、あとはその情報をいかに外に発信するかにかかっている。


【参考】「くしろの夕日フォトコンテスト」応募要領PDF
【参考】「くしろの夕日フォトコンストキャッチコピー部門」応募要領PDF

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丸井今井 釧路などの地方営業部を廃止、外商部は過去のものか

2009年06月16日掲 載

三越伊勢丹ホールディングス(HD、東京)の支援を受けて経営再建に取り組む丸井今井(札幌)が小樽、苫小牧、釧路の3営業所を7月20日で廃止することが11日、分かった。 営業所は地方の外商拠点で、再建にあたって経営資源を札幌や函館に集中させることが必要と判断したもようだ。(6/12付 道新)

三越伊勢丹HDによる再雇用計画が発表された。旭川と室蘭の店舗は閉鎖。新会社への事業譲渡をめどに従業員はいったん解雇された後、再雇用されることになったが、6割が契約社員で退職金もなし、置かれている状況の厳しさが伺える。

また、かつて店舗があった小樽・苫小牧・釧路にある営業部(外商部)は、廃止されることになり、3つの町から百貨店の灯が消えることになった。

釧路市の場合、MOOに小型店舗まで出した西武の外商部が無くなり、今度は丸井今井、三越はまだ残っているかと思うが、外商が無くなるということはその町に法人需要・大型顧客が存在しない証拠でもあり、購買力がない地方都市衰退の象徴かもしれない。

百貨店が無くなれば、デパートの包装紙を使った中元歳暮などの贈答ができない。勿論、今は百貨店の通販やネットもあるが、こういう時、外商の存在は便利である。ある程度、まとまった数がある時など利用価値があると思うが、外商そのものが地方では知られていないのでは?

少し前までは百貨店の外商から買い物をすることはステータスであった。三越でいえば「お帳場カード」など”ツケ”で買い物が出来ることに憧れたものだが、今では景気低迷以外にも百貨店そのものに魅力がないので、外商志向は減っているであろう。いまだに百貨店信仰がある中高年層ぐらいしか外商から買わないのでは?法人需要はもっと悲惨なので外商部そのものが危機である。

どこへ向かうか百貨店。外商部・VIPカード・お馴染みの包装紙での贈り物、すべてが昭和の遺物なのか。

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「クーちゃん」姿消す  ”特別休暇”を取得か

2009年05月12日掲 載


くぅちゃんの歌 *お仕事中の方はこの曲を聴かない方がいいと思います


前ブログで動物観光について書いたが、あの釧路川の「クーちゃん」が8日から姿を見せていないという情報をいただいた。


早速、釧路市役所が開設した「クーちゃん専用サイト」で調べてみたが、7日に毛ガニを食べるのを目撃されたのを最後に8日から姿を見せていなという。太平洋に帰ってしまったのか?


先日、知人とクーちゃんについてこんな話をした。

管理人:「ゴールデンワイークが明けると、観光客も減り、お役御免になっていなくなるよ」

知人:「もう戻ってこないの?」

管理人:「いや夏休み前に戻ってくる(笑)。それも家族を連れてね」

知人:「どうしてわかるの?」

管理人:「当初の予想をに反して、3ヶ月も滞在した。そろそろネタも尽きたし、リニューアルの時期だよ。観光シーズンを前に、突如再登場させて、日本中を驚かし、涙を誘う。夏の釧路は大盛況というわけ!!」

知人:「お前は不順な奴だ」

半分冗談半分本音だが、本当に連休が終わったら消えてしまったクーちゃん。すべてがわかっているかのように。釧路観光と地域の話題提供に貢献してくれた。3ヶ月間、休暇を取っていなかったので、釧路市が与えた「特別休暇」ということにしましょうね。


クーちゃん、実は釧路市からは特別住民票を交付されている(待遇は市役所観光課臨時職員か?)。住民票交付式の時も、海に出て不在だったのが、蝦名市長が登場し、交付セレモニーを始めようとした途端に、突如海からあらわれ周囲を驚かした。なかなかの役者である。

そういえば、管理人が見にいった時も、その日は居なかったのに、幣毎橋の階段を下りた途端に登場してくれたっけ。

暫く休んで、また戻ってきてね(ウルウル)。


【参考】「クーちゃん人気は釧路観光の起爆剤となるか」(拙ブログより)

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道東名物の霧笛が来年3月に廃止 ここでも昭和の記憶が消える

2009年05月07日掲 載

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写真:釧路崎灯台 霧の日&夜間

「ボー」「ボー」。暖流と寒流がぶつかって夏に濃霧が発生しやすい道東の太平洋側で、音で船舶の安全航行に大きな役割を果たしてきた「霧笛」が姿を消そうとしている。海上保安庁が07年度から3年計画で「霧笛」を発信してきた霧信号所の全廃を進めており、道内にある7カ所の霧信号所も来年3月末までに消える。(5/3付 毎日新聞北海道版)

連休中、通常ならアクセス数が大幅に減る時期だが、カウンターを見ると1日あたり2千と大幅に増えている。この1ヶ月、更新をサボっており、どうしたのかと調べてみたら2月に続いて、ヤフーニュースで拙サイトが紹介されていた。

内容は『<霧笛>役目終え姿を消す 3年計画で信号所全廃 今年度中、道内7カ所も』。2年ほど前に「霧町・釧路から霧笛が消える」というタイトルでブログを書かせていただいている。

霧信号所は、1968年には全国に53カ所(道内は28カ所)あったが、いまや全国で8カ所を残すのみらしい。2年前の記事では、国内16ヶ所、道内10ヶ所だったので、霧笛は急速に消えようとしている。

現在、道内の霧信号所は、、納沙布岬灯台(根室市) 、花咲灯台(根室市) 、落石岬灯台(根室市) 、湯沸岬灯台(浜中町)、 十勝港(広尾町) 、日和山灯台(北海道小樽市) などで、釧路港霧信号所は既に廃止され、釧路埼灯台で検知している。


釧路へ行くと霧笛とカモメの啼き声で目覚めることがよくある。霧笛を聴けば、ホテルの部屋のカーテンを開けなくても、概ね天気の察しがつく。そして、旅情をかんじさせてくれる。

今回の廃止は、レーダーやGPSの発達によるものだが、霧自体の回数も道東では減っているらしい。道東に限らず、東京でも霧は滅多にお目にかかれなくなった。管理人が小学生であった昭和40年代は銀座や日本橋を歩くとよく霧が出ていたものだ。


霧はロマンの象徴なので昭和30年代の歌謡曲では霧をテーマにしたものが多い。「夜霧の第二国道」、「霧子のタンゴ」、「哀愁の町に霧が降る」、「霧の中の少女」、「夜霧のエアーターミナル」など都会的なムード歌謡にはよく登場している。そういえば和製ジェームス・ディーンと云われた赤木圭一郎の代表曲に「霧笛が俺を呼んでいる」があったっけ。

釧路を舞台にした原田康子の小説「挽歌」や「海霧」は、釧路をロマンと哀愁の街として昭和30年代前半に全国区に押し上げた。ちょうど霧をテーマにした歌謡曲が流行ったのと同時期なので、当時は霧ブームだったのか。実際に霧が今より多かったのであろう。

ロマンチックな印象の霧だが実際は傘がなければ髪の毛は濡れるし、クルマを運転すればフォグランプでもよく見えない。道東太平洋側のクルマはすぐに錆付くので、高く売れないなど雪よりもタチが悪い面もあるが。

霧の減少と共に、奇しくも灯台からの霧笛が消えてゆく。灯台などの建築物は産業遺産として残してもらいたいものだ。

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「くーちゃん」人気は釧路観光の起爆剤となるか

2009年03月04日掲 載

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釧路であの「くーちゃん」を見て来た。釧路駅方面で所用が終わり、くーちゃんが居る幣舞橋河端に向かって北大通を歩いたが、普段は閑散としている通りを歩く人の数が目立つ。20年近く釧路を歩いているが15年前の人出といったところか。通行人のすべてがくーちゃんを見に行ったとは限らないが、関連していることは間違いない。

幣舞橋欄干に到着すると橋の上には20人近い人が下を覗いている。管理人も川岸を覗くと4,50人の見物人が下に居り、中にはテレビクルーや転落者が出たこともあり、警備員が二人いる。階段を降り、現場に向かうとタイミングよく遊泳中のくーちゃんが棲家のコンクリート壁に戻ってきたところだった。周囲からどっと歓声が上がり、カメララッシュとなる。

管理人はラッコを見るのは初めてだが最初はアザラシかと思うぐらい大きくビックリした。確かに仕草は可愛い。釧路一の観光スポットの幣舞橋の欄干に登場するとは出来すぎの感もあるが(管理人は観光協会が連れて来たと冗談を吹聴している)、冬のこの場所で人をこれほど見たことはない。いや、夏の観光シーズンでもないことだ。

撮影を終えて、MOOの「美鈴珈琲」に立ち寄った。ここから見る夕陽は素晴らしいのでお気に入りの喫茶店だ。店主にくーちゃん効果を尋ねると売上げ3倍とのこと。普段は閑散としているMOO全体が記録的な売り上げ増で、まさに様様なのだ。DVDも発売されており、MOOでは売り切れ、宿泊したプリンスホテルでは一日で50枚売れたというから大変な経済効果を釧路にもたらしている。

MOOに限らず、くーちゃんの登場は暗い話題の多い釧路に活力を与えている。釧路観光は通過型であり、市内滞在客が少ないのが悩みの種であったが、これで増えるであろうか。

釧路市には旭山動物園ほどメジャーではないが、雄メスを取り違えたホッキョクグマのツヨシやアムールトラ、北海道固有の動物を集めたゾーンなどなかなか個性的な動物園がある。また、場所は離れているが、丹頂鶴自然公園も動物園の一部施設である。今後、展開によっては釧路市動物園が大きくブレークする可能性がある。くーちゃん、丹頂鶴など個性的な野生動物が集まる釧路市。

言うまでもなく、動物ものはメディアが飛びつくので、瞬く間に全国区になる。これまで観光集客や中心街の衰退で苦戦していた釧路市だが、動物一匹がきっかけで、起爆剤となるかもしれない。反面、人間の知恵をあざ笑うかのように簡単に人を集めてしまうくーちゃん現象に、一抹の虚しさもかんじるが。

この日の幣舞からの夕陽を見事だった。驚いたことに厳寒の中、20人以上の人が落陽を撮っている。こんなことは夏でも滅多にないことである。ちょっと嬉しい光景だった。

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長期滞在で釧路市の評価が急上昇

2009年01月27日掲 載

最近、釧路市が長期滞在で評価を得ている。たとえば、全道各地で首都圏などから参加者を募っている移住体験「ちょっと暮らし」の2008年度上半期まとめで、釧路市が前年のランク外から一転して3位に躍進。北海道移住促進協議会に登録されている44自治体の実績をまとめたもので、夏場の涼しい気候を売りにした「涼しい釧路で避暑生活」が注目されたようだ。

また、移住サポートへの官民共同の全国組織「移住・交流推進機構(JOIN)」が行った体験ツアーの人気投票で、釧路市が企画した「悠久の大地・釧路湿原に舞うタンチョウヅルに出会う旅」が最高賞に輝いた。

1万人を超す会員対象の人気投票「第二回行ってみたいde大賞」では、釧路市など全国10ヶ所からツアーをネット上に提示して行われ、釧路市が最も多くの票を得た。

釧路市の企画した1泊2日のツアーは、おもに団塊層をターゲットに、釧路市丹頂鶴自然公園や市動物園、市湿原展望台、市立博物館などの見学、地元ガイドが同行し、釧路の自然や文化への理解を深めてもらおうというものだ。

このところ釧路市動物園もシロクマで話題になっており、絶大的な人気を誇る丹頂鶴をはじめ、市内や周辺には見所は十分である。管理人が体験者だから贔屓するわけではないが、釧路市は滞在に適している街といえる。

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釧路がご当地検定を実施、告知が足りないぞ

2009年01月13日掲 載

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全国で数えきれないくらいのご当地検定が実施されているが、2月に「くしろ検定」が釧路商工会議所主催で行なわれことになった。詳細は以下の通り。

■実施日時
平成21年2月15日(日)
14:00~(制限時間90分)

■検定料
4,200円(税込)

■申込期間
平成21年1月20日(火)~2月5日(木)

■会場
道東経済センタービル(釧路市大町1-1-1)

■その他
受験票発送日 平成21年2月6日(金)
合格発表日  平成21年3月6日(金)

現在、北海道で実施されているご当地検定には、函館歴史文化観光検定(函館商工会議所)、はこだてイカマイスター認定試験(函館商工会議所)、おたる案内人検定(小樽商工会議所)、札幌シティガイド検定(札幌商工会議所)、北海道フードマイスター認定制度(札幌商工会議所)、北海道観光マスター検定(北海道商工会議所連合会)、十勝の観光文化検定(とかち検定)(帯広商工会議所)などがある。

「くしろ検定」は日にちが迫っているが、殆ど情報が出ていない。主催の釧路商工会議所や観光関連団体のHPを見ても告知されておらず、リンクも貼れない。何のための「ご当地検定」なのかよく考えてみる必要がある。

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釧路に「コンフォートホテル」が進出、地域経済への貢献は期待薄

2008年12月10日掲 載

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釧路駅前の北大通にチョイスホテルブランドの「コンフォートホテル」の建設が進んでいる。ほぼ駅前と言ってよい立地で、東急インとはくっつくように建っている。釧路のホテルは過剰気味であることは以前、拙ブログでの紹介したが、さらに新規参入が登場した。

この2,3年で「ラビスタ釧路川」、「スーパーホテル」、「スーパーホテル釧路駅前」、「ルートイン釧路」、「ホテルオーシャン」、「ラスティングホテル」、「バルーデ釧路」などが開業。全国チェーンの進出に押されて老舗の「釧路パシフィックホテル」をはじめ、地場資本のホテルの閉店が相次いでいる。既存のホテルも価格競争になっており、これまでブランドホテルとして値崩れを起こさなかった「プリンスホテル」や「全日空ホテル」、「東急イン」などでもシングル5千円前後で提供しており、3千円台のホテルも珍しくない。

釧路中心街は北大通の商店の6割程度はシャッターが閉まっており、繁華街の末広・栄町もゴースト化しており歯止めがかからない。一等地に遊休地が多い釧路は出張需要に支えられて宿泊特化型ホテルの進出が相次いでるが、地域経済への貢献は期待できない。

少人数で切り盛りする宿泊特化型ホテルでは雇用が限られ、飲食設備もないので、地元から購入するのはせいぜいリネン程度だ。もともと支店経済が崩壊して、出張需要が増えたことでホテルラッシュになったに過ぎず、フォローにもなっていないのだ。

今度、出店する「コンフォートホテル」は函館や札幌で宿泊したことがあるが、中途半端な印象なので激戦区・釧路ではよほどウリがないと苦戦するのでは。

ホテル建設もいいが喫茶店・薬局・書店もなく、駅周辺のホテルに泊まっても夕食を取る場所もない。先日、釧路の知人が「ワイングラスの贈り物をしようと思ったら百貨店がないため、まともなものを買うことができなかった」と嘆いていた。ますます中心街が歪になってゆく釧路。

以前、駅前への大型スーパー進出が問題となった時代があったが、これからは宿泊特化型ホテルの駅前への進出が社会問題になるかもしれない。

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釧路観光での人気は体験型観光、もっと素材を掘り起こせ

2008年12月04日掲 載

釧路観光協会(佐藤悦夫会長)が3日まとめた釧路への観光客アンケート調査で、釧路川のカヌー下りなど体験型観光の満足度が高いことが分かった。訪問あるいは体験した項目の中で、「良かった」との回答割合が最も高かったのはカヌーの86.0%で、2位は乗馬の50.0%だった。(12/4付 日経北海道版

観光地訪問よりも体験型観光の方が満足度が高かった。訪問・体験した人数が最も多かったのは鶴公園で586人、「良かった」とした割合は39.1%。次が釧路市湿原展望台の470人、「良かった」割合は26.0%だった。「期待はずれ」だった割合は温根内木道(湿原西端の散策木道)が21.1%で最多だった。

カヌーでの川下りは釧路観光の「定番」となっている。管理人にも「釧路湿原で川下りをしたいのですがお奨めはありますか」などどよく質問をされる。残念ながら詳しくないので答えられないが、釧路=湿原=川下り(カヌー)のイメージは定着している。最近では川下り事業者の数も多すぎる気もするが、アウトドア・釧路の印象は強い。

また、乗馬はわざわざ首都圏などから乗りに来る人もいる。北海道は乗馬クラブの料金が東京周辺の数分の一であり、スケールも違う。札幌の名門乗馬クラブといわれているところでも格安といってよいであろう。航空運賃をかけても元が取れるそうだ。鶴居には道産子馬専門の牧場や弟子屈では摩周湖まで登るホーストレッキングツアー、浜中では海岸を快走できる乗馬クラブなど魅力的なところが多い。道東は未だに草レースが残っており、馬への愛着も強い。

体験型観光は差別化を図るのが難しいが、湿原でのカヌーや雄大な環境の中での乗馬はこの地域ならではのものなのでもっと掘り起こすことはできないか。特に乗馬は潜在的な愛好者が多いので、素材としては面白く、リピーターが期待できる。

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クラツーの釧路炭鉱・社会見学ツアーが中止に 難しい産業観光

2008年11月20日掲 載

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釧路コールマイン

国内で唯一の坑内掘り炭鉱があることに着眼し、大手旅行会社が釧路市で石炭産業の歴史や意義を学べるツアーを計画。11月から12月にかけて羽田空港発着で4本の日程を組んでいたが、参加者の申し込みが鈍いことから18日に急きょ中止となった。この会社では来年度に再実施することも考えており、出鼻をくじかれた格好の地元関係者も春以降に期待をつないでいる。(11/19付釧路新聞)   

「大人の社会科見学ツアー」と題されたツアーは釧路市のコールマイン(旧太平洋炭鉱)の他、十勝のよつ葉乳業工場を訪れることになっていた。最近、大人を対象にした”社会科”産業ツアーは旅行商品としても人気を博している。また、道では「北海道産業遺産」の指定などもあり、炭鉱跡など道近代化へ貢献した場所への観光ツアーなども行われている。

たとえば北海道中央バスでは定期観光バスや貸切ツアーなどに積極的に登用、マニアックなツアーで有名な沿岸バスでは恒例行事として北海道の歴史や生活、産業に関するツアーを催行している。釧路の炭鉱の方も国内唯一の坑内型炭鉱ということで最近は修学旅行生の体験ツアーなどを受け入れて、つい先日も行われた。

こう書くと産業体験見学ツアーはバラ色のようだが実際は違う。まず、炭鉱見学の定期観光バスなどは思ったほど人が集まらない。その「趣味」がある鉄色が濃い人や以前そこに生活していた人など客層が限られてしまうと聞いた。なかなか北海道観光に訪れた一般的な人は興味を示してくれない。

また、釧路の炭鉱も受け入れる側が一枚岩ではないらしい。何しろ海底炭鉱は危険な場所。ライターで火を付けただけで大惨事になりかねない。果たして観光客に見せる必要はあるのか・・・・(個人的には炭鉱臨海鉄道にトロッコを走らせたり、DMVを導入したら魅力あると思うが)

今回のツアー、企画としては大変面白い。しかし、クラツーの会員層向けとは少し趣が違うか。また時期も悪い。首都圏発でもっと近場なら集客したであろうが、何で道東まで行って産業社会見学なのか。そのあたりの啓発PRが必要かもしれない。

【参考】クラブツーリズム「おとなの社会科見学ツアー釧路石炭講座」公式HP

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北海道最後の民衆駅、釧路ステーション画廊

2008年09月18日掲 載

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「民衆駅」をご存知であろうか?
鉄ちゃんなら知っている人も多いと思うが、駅舎の建設を国鉄と地元が共同で行い、その代わりに商業施設を設けた駅のことをいう。昭和30年代につくられたものが多く、北海道では旭川、帯広、釧路などがその類いである。駅ビルのはしりであり、だいたい「ステーションデパート」というものが入っていた。

現在、北海道で唯一残る民衆駅が釧路駅である。旭川駅は外見は変わっていないと思うが、かなり改装されており、地下のステーションデパートもだいぶ前に閉鎖になっている。ここにはラーメンの「蜂屋支店」があり、はじめて旭川ラーメンを食べた所である。ラーメン屋だが蕎麦を食べている人が多かった記憶がある。

帯広駅が民衆駅かどうか自信はないが、現在の駅ビルができる前は「ステーションホテル」というホンモノの駅ナカホテルがあった。今のJRのホテルは豪華だが、旧ホテルは1泊4千円程度でお世話になった記憶がある。また、2階にあった十勝蕎麦屋が美味しかった。

唯一残る釧路駅だが、地下のステーションデパートの方は10年以上前に無くなり、今は封鎖されている。釧路では暖簾わけをした老舗「東屋支店」(?)が入っており、待ち時間の間、よくここでそばを食べた。蕎麦屋は1階にもあり(現在もあり)、競合していた。また、釧路駅には靴磨けの爺さんがいた。ちょうどATMや中古本CDショップ、トイレがある辺りにコーナーがあった。気難しい爺さんだったが、どうしているであろうか。

釧路駅2階にはギャラリーがある。釧路ステーション画廊というが、湿原を描き続ける地元画家・佐々木榮松氏の作品が展示してある。作家本人の好意により、作品が寄贈されたらしいが、ダイナミックな、生命力がある朱色と青の色使いが素晴らしい。まるで釧路の夕陽と空のようだ。佐々木画伯は90歳代半ばの高齢だが今でも活動を続けている。100円なので釧路駅を訪れる機会がある方は待ち時間にでも覘いてもらいたい。

このステーション画廊、全国で最初の駅舎内画廊らしい。現在、東京駅ステーションギャラリーも工事のため、長期休館中である。よく釧路で20年以上続けてくることができたと思うが、2階へ昇る階段や低い天井などが無機質で、昭和30年代の雰囲気がよく出ている。最後の民衆駅に頑張ってもらいたいところだ。

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釧路で水陸両用車の試験運行を9月に実施

2008年08月07日掲 載

北海道運輸局は、釧路市内で9月に水陸両用車を試験的に運行することを明らかにした。9月20―23日(22日は予備日)に1日5便を予定。市内観光の新たな目玉として実現可能性を探る。釧路港内を約30分航行するほか、市中心街や観光スポットを結び運行する。(8/7付 日経新聞

昨日に引き続き釧路の話題を・・・・・

2年前のブログで紹介して以来、何度が報じてきた釧路への水陸両用車の導入実験が来月実現する運びとなった。「港町くしろの歴史と文化をたどる」をテーマに、今回は、MOOを発着地点に、北大通などの中心街、石川啄木ゆかりの地などを巡り、途中で釧路港に入り、海から釧路の街を眺める。

市内海陸遊覧のような格好だが、道内の都市で水陸両用車の可能性がもっともあるのが釧路だ。今回のコースはお試し的なものだが、釧路川上流湿原方面を含め、いろいろなコースがつくれそうだ。

釧路からは市内遊覧バス(くしろバス)がなくなり、釧路港を1周するクルージング船もだいぶ前に姿を消している。DMV的な話題性もあり、観光客に素通りされる釧路市市街部にとって水陸両用船は救世主となりうるか。

【参考】過去のブログ「釧路市街から湿原へ、水陸両用バスへの期待大」2006.11.16
【参考】過去のブログ「大阪で運行実験をした水陸両用バス、釧路への導入は」2007.7.3
【参考】北海道運輸局のニュースリリース

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釧路の「サンマー投げ選手権」はいろいろな意味で釧路的なイベントだ

2008年08月06日掲 載

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サンマを投げて、その飛距離を競うニュースポーツ「サンマー投げ」の競技会「第2回サンマー投げ世界選手権大会・サンマバーベキュー大会」が10日午前10時30分から、新釧路川緑地(愛国上流側)で開かれる。釧路が誇る名産品であるサンマをPRする取り組みとして、話題を集めそうだ。一回目は会員だけで実施している。(8/6付 釧路新聞

このイベント、問題になっているそうだ。冷凍サンマをブーメランばりに飛ばして距離を競うものだが、食べ物を粗末にする・汚らしい・燃料高の昨今、漁師の感情を逆なでするなどの意見が出ているとのこと。

しかし、シンプルで、ある種やけ気味、いかにも釧路らしい企画ともいえるが、アイデア自体は悪くなく、やり方次第では当たるかもしれない。だいたいサンマを投げるなどどいうふつうでは考えられない発想がどこから出てきたのか、発案者に会ってみたい気がする。海外では特産品の果物や野菜を投げ合う祭りがよくあるが、日本ではあまり見かけず、魚を投げる(投げ合うのではない)などは世界的にも見ても珍ゲームなので周囲の理解を得られれば地域イベントに成長するかもしれない。

余談だが、釧路市は遂先日、「みなと祭り」が、不発弾が釧路川で見つかったことで、花火大会を含め、急遽中止になっている。祭りがドタキャンされるというのもいかにも釧路的と言ってしまえばそれまでだが、不発弾を輸送する船が低気圧の影響で揺れ、本当に爆発する危険があったため、すべて中止したらしい。

地域再生へ向けて、挑戦ジが続く釧路だが、試行錯誤の中から釧路らしさ、釧路アイデンティティが醸成されることを釧路ファンの管理人としては願っている。

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飽和状態の釧路市のホテル、地方都市の駅前はどうなってしまうのか

2008年05月31日掲 載

財務省の出先機関、釧路財務事務所は30日、釧路市の中心街でのビジネスホテルの建設ラッシュについて、周辺で営業するホテルや旅館26軒のヒアリング調査の結果をまとめた。それによると、7割のホテルや旅館が稼働率などに「影響がある」と答えた。(5/31釧路新聞)

昨日のブログで函館のホテルを紹介したが、函館市は宿泊特化型ホテルの進出で、飽和状態が近づき、既存のホテルは苦戦を強いられている。その函館以上に飽和状態なのが釧路市だ。函館市同様、3,4年前からチェーンホテルの進出が目立ち始めたが、市内全体の客室数が3500室と5年前と比較して1000室増えたのに対し、宿泊者数は50万人前後と横ばい傾向である。(2月のブログで「釧路ホテル事情」として紹介)。

釧路市は、函館市と違い、観光需要よりも出張族などのビジネス需要が中心で、客単価もそれほど高くないであろう。土地の下落率が国内トップクラスで、中心部に遊休地も多いのでホテルも建てやすいであろうが、共倒れとなり、撤退など続いたら更なるゴースト化が進む。

最近、人口数万人以上の地方都市の駅前には必ずといっていいほど東横インやルートインなどの宿泊特化型ホテルが競うように建っている。以前は駅前といえばヨーカドーや長崎屋など中央からスーパーが進出して、地域の衰退が叫ばれたが、大型スーパーはイオンのような郊外型へ移り、さらに巨大化、駅前はスーパーの撤退が相次ぎ、今はビジネスホテル乱立の時代に入っている。

駅前のスーパーなら多少は地域にも恩恵があるが、ホテルとなるとさほど多くないであろう。地方都市の駅前はどうなってしまうのであろうか。

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夏は涼しい釧路でロングステイはいかが 管理人が薦める都市型滞在観光

2008年05月18日掲 載

釧路で夏を過ごしては――。釧路市は長期滞在者の受け入れ拡大へ、市内の12のホテル・旅館を組織化した。例年、避暑などを目的に道外から市役所に長期滞在向きのホテルや旅館の情報を求める電話が少なくないため情報を集約。滞在希望者の要望に細かく応える態勢を整え、道外からの滞在者増を狙う。(5/17付け日経新聞
長期滞在というと田舎暮らしのイメージがあるが、釧路市では、受け入れに積極的な市街地のホテルが10ヶ所、合併した阿寒湖(旧阿寒町)のホテルが2ヶ所参加して、「涼しい釧路で避暑生活 ホテル・旅館部会」を立ち上げた。

温暖化とはいえ夏の釧路は北海道でもっと涼しい地域のひとつ。霧が多く(最近は減っている)、晴天日がやや少ないのが難だが、暑さが苦手な人には最適な場所である。

管理人は釧路が好きなので1993年の夏に釧路市内のウイークリーマンションを借りて、10日間滞在をしたことがある。その後も何度か3泊、4泊程度はしており、避暑も兼ねて過ごしている。釧路市は湿原などを除いて観光スポットは少ないが、釧路湿原以外でも阿寒湖・屈斜路湖・摩周湖といったおなじみの観光地や温泉などが多くあり、クルマで1~2時間の距離にある。

何より観光地に行かなくても市街地を抜ければ自然が待っており、ノンビリしたい人は、あえて観光地に行く必要もないであろう。管理人は釧路市から海岸線を通り、昆布盛漁港・尻羽岬へ行く北太平洋シーサイドラインがお気に入りだ。

長期滞在から15年が経過するが、それがきっかけとなって今でも年に1回は釧路を訪れている。ロングステイは何もない田舎もいいが、移動や食事などに自由が利く都市部をベースキャンプに気まままに出歩いた方が飽きがこないような気がする。

現在、北海道旅行の平均日数が2泊3日だが、3日間でもいいので連泊をオススメしたい。マチを知り、人を知ることで、その地域に愛着が湧いてくる。周遊移動型の旅もいいが、一ヶ所に滞在して極めるというのはいかがであろうか。

【参考】「私の滞在型観光記-釧路10日間-」 日記編はこちら

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大盛況であった帯広・藤丸の送迎バス やはりあった百貨店需要

2008年03月10日掲 載

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閉店から1年半余りが経過 閑散とする釧路旧丸井今井前 午後7時頃(’07.8撮影)

先月のブログで帯広の藤丸百貨店が釧路からの無料送迎バスを運行する話を書いた。

3/1に運行されたが、当初バス3台・100名程度の見込みで募集したところ、予約が殺到。急遽バス10台・350名に増員するも追いつかず、その後も満員で断った客が200名ほど出たというから驚いた。

釧路からの利用客は、11時半から約3時間の滞在だったが、午後2時の時点で、売り上げは通常の40%増し、この日全体の売り上げが、普段の週末の2割増しで、宣伝効果も含めると、藤丸にとって大きなメリットがあったようだ。

この話題、NHKの朝の全国ニュースでも取上げられたようで、苦戦する地方百貨店の新たな活路として他所でも実現するかもしれない。

釧路-帯広間は約120キロ、2時間強の距離だが、札幌の百貨店への送迎バスが登場したら大変な話題になるであろう。荷物を持った客など片道利用だけでも需要があるのではないか。

これまで地方都市の百貨店の必要性について何度も訴えてきたが、今回の件で需要があることが再確認された格好だ。それにしても釧路の丸井今井閉店後の再開発も進んでいないようだ。一度、「キュート」というショッピングモールに決まったが、テナントが入らず、白紙になっている。
そろそろ2年が経過するが、リミットといえよう。

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帯広・藤丸が百貨店がない釧路から送迎 地方都市における百貨店の必要性

2008年02月15日掲 載

帯広市の百貨店藤丸は3月1日、釧路発着の無料送迎バスを初めて運行する。丸井今井釧路店の閉店後釧路地域からの買い物客が増加しており、バス運行でいっそうの顧客開拓と商圏拡大を目指す。(2/15付け道新より 道新HP記事は2週間で削除されるのでリンクボタンは貼りません)

丸井今井釧路店閉店後、釧路方面からの来客が増え、同方面に限ると会員カードが40%増、売上げが約1.8倍になったという。30,40代が中心だが、50,60代といった”交通弱者”と思われる人たちの利用がまだ少なく、白糠、音別などでも客を拾う直通専用バスの運転に踏み切ったようだ。

帯広-釧路間は120キロ近くあり、いかにも北海道らしいスケールが大きい話だが、この手の話はあまり聞いたことがない。帯広の藤丸は、地方百貨店が苦戦する中、いろいろな試みをして頑張っているデパートで、少しずつだが帯広中心街を歩く人が増えてきているらしい。

これに対し、釧路は本ブログで何度も触れているが、2年前の丸井今井閉店以来、新しいショッピングモールも決まらず、百貨店空白地帯となっている。特に中高年層以上の利用が多かったため、それに代わるものがなく、不便を強いられている。このあたりの潜在顧客を十勝圏の藤丸が引っ張りこもうという戦略であろう。
釧路に限らず、北見市も「北見東急」が閉店。三セクのモールとして再スタートをしたが、すでに百貨店ではない。

釧路市民に聞くと、高くてものがないデパートよりも、郊外店の大型モールに行くほうが遥かに便利なので百貨店は必要ないという意見も多い。確かに日常生活においてはそうかもしれないが、果たしてそれでいいのであろうか?

話が変わるが、管理人が子供の頃、百貨店に連れて行ってもらう時は、普段着ではなく、よそ行きの服に着替えてきなさいと言われたものだ。銀座のデパートへ親や祖父母のお供で買い物へ行く-やはり、それは特別なことであった。ホテルやレストランへ食事へ行くといったら、子供ながら身が引き締まった思いだった。

今の世の中、そういうことはあるであろうか?クルマ社会なのでどこへ行っても服装は同じ。地方都市なら食事も駐車場付きの郊外店なのでお洒落をする場所も必要もない。以前、釧路の蕎麦屋で同じユニクロ製ダッフルコートを着た女性が4人いて驚いたことがあったが、これはお洒落ではなく、単なる防寒「国民服」だと思った。

たとえば、札幌の三越や丸井今井へブランドものを買いにいったとする。駐車場にワンボックスカーを停め、ジャージの上下とスニーカーで入店をする。決して珍しい光景ではないが、安売りの郊外店舗に行くのと同じ井手たちで店内を闊歩する。TPOなどという言葉も死語になっているが、いつもクルマで移動し、服装も構わなくなり、日常(大型店舗など)と非日常(百貨店でちょっといいものを買うなど)の区別もなく消費の概念は同じだ。100円ショップで生活用品を買うのも、15万円のブランドバックを買うのも、店舗と物を見なければわからない。

そういう意味ではアウトレットなどはその最たるものかもしれない。かつて百貨店はよそゆきの場所であり、買い物の桧舞台であった。また、買い物以外でも食事から美術展鑑賞、子供の遊戯まで家族で一日過せるレジャーセンターであった。その機能は次第に分散化され、今では百貨から三十貨ぐらいまでに減ったが、文化的ランドマークとしての位置付けは変わらない。

最近の地方百貨店の衰退と郊外型大型店舗の増殖は、その「けじめ」を無くして、先ほどのユニクロ=国民服ではないが、貧しい画一的な社会に見えて仕方ない。

以前も書いたが、百貨店は地域の「核」にあり、文化が集う場所であった。地方百貨店が消えるのと引換えに郊外には大型モールが進出する。これは世界的な傾向でグローバリゼーションの一環だが、地方を本当に強くするためには、郊外と中心街の差別化、棲み分けが絶対に必要である。たとえば郊外では日用品やファミレス。中心街では小洒落たものがあるデパートやカジュアルデザイナーブランド、映画館、カフェなど上手く使い分けできれば人口15万人都市クラスの百貨店復活は可能だと思うが。

余談だが北海道の地方都市は喫茶店が少なすぎる。そして、すごい勢いで廃業しているのだ。

話がだいぶ逸れたが藤丸の試みに注目をする。 
 

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釧路にビジネスホテル急増、釧路ホテル事情とお気に入り宿

2008年02月11日掲 載

この数年、釧路にホテルが増えた。選択に困ってしまうほどであり、ホテルが少なかった以前では考えられないことだ。

20年ほど前まで釧路市内中心部にホテルが少なく、地場のホテルや旅館がまだ幅を利かせていた。当時、駅前に釧路東急イン、釧路東映ホテル(現:釧路ロイヤルイン)、今のプリンスのあたりにオリエンタルホテル、幣舞橋周辺には、最高級であった釧路パシフィックホテルやMOOとほぼ同じ頃に開業した釧路キャッスルホテルなどがあった。

90年代に入ると、ラムサール条約会議開催などのコンベンション需要や観光集客を見込んで全日空ホテル、プリンスホテルなどの大手資本が進出した。

その後、暫くなりを潜めていたが、この2,3年、今度はビジネスホテル開業ラッシュとなった。十字街には「東横イン」がまず開業、その後、駅近くに市内初の温泉付きビジネスホテル「スーパーホテル釧路」、「ホテルルートイン釧路」(大浴場あり)などが誕生した。そして昨年5月には久しぶりの本格派ホテル「ホテルラビスタ釧路川」がオープンしている。

また、改装や居抜きで新たにオープンしたホテルも目立つ。ホテル1-2-3釧路(旧ホテルノーススティ)駅前ホテルバルーデ釧路(旧駅前ホテルアダチ)、釧路駅前ホテルオーシャン(旧ホテルサンルート釧路?)、ラスティングホテルなど新顔も目立つ。

消えたホテルもあり、老舗のパシフィックホテルや東映ホテルもなくなった。少し外れにあったホテルレイトンも今はない。これほどホテル地図が様変わりした都市は珍しいであろう。

かつての老舗が消え、全日空やプリンスのブランドチェーンホテルが登場、しかし、宿泊特化型ホテルの急激な進出(最初は東映後にできたロイヤルイン)があり、釧路駅前周辺はホテル戦争である。

管理人は釧路に何十回と行っているがお気入りホテルをいくつか挙げよう。

客室は狭いが全体的に高水準な「釧路ロイヤルイン」、客室・展望・食事とも秀逸な「ホテルラビタ釧路川」、夜景がきれいな「釧路キャスルホテル」、地場ホテルで頑張っている「ホテルセンチュリー釧路」、道内ではおなじみの「ホテルパコ釧路」(近々に温泉完成)、海側客室からの景色だけなら「全日空ホテル」といったところか。「東急イン」は「シャングリラ」の食事が美味しかったが最近はどうであろうか。長期滞在ならMOO前の「みなと21」などがオススメである。
駅前に新しくできた「スーパーホテル」、「ルートイン」、「オーシャン」にはまだ泊まっていない。

釧路は企業の支店がなくなり、札幌や本州からの出張が増えたことでホテルがこの数年で急増した。中心街の閑散化が進むにつれてビジネスホテルが増えるという皮肉な結果だ。同様な傾向は北見市や苫小牧市などでもみられる。

また、全国へチェーン展開をしているホテルが占めるようになり、地場のホテルは苦戦をしている。宿泊需要が増えても地元にお金が落ちなければ地域の再生にはつながらない。繁華街がふたたび賑わう日が来るのであろうか。

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石川啄木と北海道、そして釧路 来釧100周年

2008年01月13日掲 載

北海道は石川啄木と縁が深く、新聞記者として滞在した各地に記念碑や像などがある。函館から小樽、札幌、釧路と流浪したが、その中でも釧路には多くのモニュメントが残っている。

そんな啄木が来釧してから100周年に当たる今年、「石川啄木来釧100年記念展」が19日から2月3日まで釧路市生涯学習センターで開催されることになったと12日付け釧路新聞が伝えている。

啄木が旧釧路新聞の記者として滞在したのは僅か76日間だが、道内で滞在した都市のなかではもっともインパクトがあると思う。啄木は明治41年1月21日午後9時半に釧路駅に降り立つが、その時のことを
「さいはての 駅におりたら 雪あかり さびしき町に あゆみ入りにき」という有名な歌で残している。

この詩、かなりリアリティがあり、たとえば今晩、釧路21時43分着の「スーパーおおぞら11号」で降り立ったとしてもきっと同じような感慨を抱くであろう。最果ての駅に着いた実感がしみじみと伝わってくるが、管理人がはじめて釧路を訪れたのも真冬の夕方であり、東京から鉄道を乗り継いで到着したせいか100年経っても啄木の詩と心情が理解できる(ような気がする)。

釧路市はかなり前から啄木で観光街おこしをしている。MOO対岸の港文館には啄木の資料と像があり、米町公園など市内に4,5個所は歌碑があるのではないか。港文館から米町公園にかけての南大通り周辺は、かつての釧路の中心街であり、啄木が勤めた釧路新聞や啄木と愛人関係にあった小奴が居た料亭跡などにも記念碑もあり、「啄木ルート」となっている。

管理人は釧路によく訪れるようになる前は啄木のことをよく知らなかったが、見聞するううちにその人間臭さに興味を惹かれるようになった。それまでは「薄幸」・「孤独」・「貧困」・「夭折」といった先入観があり、死後評価されるようになったエコールド・パリの画家のような存在であった。

ところが釧路の小奴との関係以外にも道内各地で女郎屋通いの常習で、借金まみれの放蕩生活であったようだ。啄木の貧困は度を越した遊びが原因のようである。
その後、釧路を去った啄木は、東京の朝日新聞に就職する。そこで歴史に残る大詩人への道を歩むが、3年後の26才に亡くなっている、

現在、朝日新聞夕刊で「歌う記者 石川啄木」が連載されているが、前借り前借りまた前借りで、借金、入質を繰り返していたらしい。人間臭くて親近感がかえって湧く。そのあたりのギャップも今だ人を惹きつける理由のひとつではないであろうか。

港町釧路と啄木は意外にお似合いかもしれない。

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釧路中心街の衰退さらに進む 「中心街」に対する発想の転換も必要では

2007年08月24日掲 載

丸井今井釧路店が昨年8月に閉店してから1年が過ぎたが、後継商業施設「キュート」はいまだに開業に至っておらず、北大通の空洞化も進んでいると道新などが報じている。
釧路市は中心街の活性化計画策定作業を進めているが、かぎを握る中核施設の先行きが見えないとあって、中心街の将来像も不透明感を増している。

「キュート」は、札幌のコンサルタント会社「アラ」が、昨年12月にオープンさせる予定だったが、その後何度も延期。テナント候補も訪日外国人観光客向けの家電量販や100円ショップなど何度も計画が変わっている。核となる店舗がみつかっていないようだが、ショッピングモールとして運営するには条件的に厳しいであろう。

道新によると集客施設を失ったことで人の流れは激減、釧路市が昨年9月に実施した中心街の通行量調査によると、中心街の休日の通行量は5年前に比べて半減。旧丸井今井釧路店周辺に至っては10の1に落ち込んだとある。5年前でもすでに周辺はゴーストタウン化している。つい先日も北大通にあった老舗書店が閉店した。

管理人のような釧路へ旅行や出張する人間から見れば、釧路駅から北大通にかけては「中心街」である。釧路駅からこの一帯、ホテルも集まっている。おもに、このエリアで飲食など消費をするが、釧路市民はそうではない。北大通は中心街ではなくなり、消費する場所はすでに郊外のロードサイドに移っている。中心街の再生で難しいのは、このギャップである。市民から見れば、北大通は当の昔に中心街でなくなっているのだ。実際に満足に買い物ができないのだから仕方ない。

駅前から中心街にかけての衰退は、釧路、日本だけの問題ではなく、欧州などでも現在問題になっている。釧路の場合、本屋もなければ、薬局を探すのも一苦労の状態なので深刻だ。

釧路は皮肉なことに企業の支店撤退で、出張需要が増え、ホテルの建設ラッシュが続いている。そして多くが、釧路駅から北大通周辺に建てられている。
管理人は「キュート」を観光客や出張族をターゲットにした施設にした方がいいと思う。たとえば、釧路で人気がある回転すし屋ができれば、外部だけではなく、地元客もやってくるだろう。観光客と地域住民が交流できるスペースがつくれれば理想だが、それを実現するには緻密な戦略が必要だ。MOOと同じ轍は踏めない。

「キュート」が地元客向けに、テナントを募集しても結果は見えている。地域の核づくりというが、それは結果であり、無意味なハコモノに、魅力がないテナントが入っても衰退に輪をかけるだけだ。
一度、誰のため、何のための「中心街」か、今、釧路で必要なもの、そうでないものは何か洗い出し、視点と発想を変えてみたらどうか。

釧路の夜を持て余している観光客や出張族が多いことを行政や街づくり担当者は知るべきである。

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大阪で運行実験をした水陸両用バス、釧路への導入は

2007年07月03日掲 載

先月、国内ではじめての水陸両用バスの定期運行実験が、大阪で行なわれた。約2時間をかけて市内の大川から大阪城、御堂筋などを通るもので、年内には、定期化するという。
大阪は、はとバスのような定期観光バスのコースも少なく、観光はし易いとはいえない場所だ。まだクリアすべき問題も多そうだが、注目である。

釧路でも昨年から水陸両用バスの話があり、来年度の運行を目指していると聞いていたが、試験運行に向けた道運輸局が、今月末の設立目指し、準備が進んでいるらしい。国の公共交通活性化総合プロジェクトの一環で、釧路では観光用だけでなく公共の足としての活用も検討している。

この話題は昨年、一度このブログで紹介をしたが、その後、新しい情報がなかった。釧路の場合は、湿原観光だけではなく、衰退が続く、中心街の活性にも活用しようという狙いだ。
つい先日、幣舞橋南にある米町地区から最後のスーパーが閉店となり、橋南地区から大型店舗が消えてしまった。駅前北大通りも丸井今井閉店後の再開発が決まらず、釧路駅から橋を渡り、米町まで延々とシャッター商店街が続く、異様な光景だ。かつての中心街の面影はない。

この水陸両用バス、釧路駅と幣舞橋(MOO)を起点として、湿原へ向かう往路か復路のどちらかに米町や釧路コールマイン(太平洋炭鉱・炭鉱鉄道)、春採湖や副港などに旧釧路川、新釧路川を経由して立ち寄れるようにしたらどうであろう?これまで路線バスでは不可能であった新しいコースがつくれる。

このシステムが地域住民の足として活用できるかは、現状では難しいと思うが、観光が衰退した地域を活性させるのに寄与できると思う。

道運局のHPを見ると北海道の土建コンサル会社、ドーコンという企業が、北海道運輸局の「水陸両用車の活用による中心街における公共交通の活性化調査」のコンペを取っている。釧路川の復元事業をやっていり会社のようである。

どんな具体案が出てくるであろうか。

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霧街・釧路から霧笛が消える

2007年06月17日掲 載

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写真上:釧路崎灯台 中:灯台から見下ろした炭鉱鉄道と太平洋 下:納沙布岬灯台

霧街・釧路から霧笛が消えようとしている。海上保安庁がGPSなど計器類の発達を理由に、数年以内に全廃する計画を立てているため、灯台から発せられる霧笛は、風前の灯だ。

釧路の霧笛は、米町から坂を登ったところにある釧路崎灯台が、霧を感知すると、釧路港口(南外防波堤)の赤い灯台に設置された2台の霧信号機から、自動的に発せられる仕組になっている。
霧が多いこの時期から夏にかけての釧路は、霧笛は名物であるが、カモメの鳴き声と霧笛が重なると、たまらないものがある。

釧路崎灯台は、岬の突端にあり、その下は砂浜、そこには、日本で唯一の海底炭鉱・釧路コールマイン(太平洋炭鉱)の線路と、集炭場があり、今だに現役だ。
特に、霧が多い日、釧路崎灯台の先端に立ち、霞む炭鉱と太平洋を眺め、霧笛を聞いていると、釧路にいることが実感できる。

管理人は、灯台(巡り)が好きだが、根室の納沙布岬の霧笛もいい。ここは、灯台から直接、音が発せられ、近くにいると耳をつんざかんばかりの大音響である。室蘭の地球岬も、好天気時のパノラマと好対照になり、魅力がある。
灯台と霧笛は、絵になるが、今では灯台は無人になり、気象観測所も、無人化が進んでいる。

道新によると1960年代に国内に53ヶ所、道内に28ヶ所あった霧笛は、現在、国内16ヶ所、道内10ヶ所に減ったとある。霧笛を楽しめるのは今のうちかもしれない。
今年の夏は、灯台&霧笛めぐりをしてみたくなった。天気が多少悪くても、楽しめるこういった旅行スタイルもある。

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六花亭ベアーズの新たなスポンサーに加森観光

2007年06月08日掲 載

ファイターズ、コンサドーレが絶好調と北海道をホームタウンにしているスポーツ界。

野球やサッカーに比べ、地味であるが、女子アイスホッケーの強豪・六花亭ベアーズ(釧路市)の新たしいスポンサーに、加森観光がなることになった。
これまでスポンサードをしていた釧路・六花亭が降板し、新しい引き受け先を探していたが、クマに縁(クマ牧場からスタート)がある加森観光が手を上げ、3年間の支援が決まった。新チーム名は、加森観光ベアーズとなる。

釧路はアイスホッケーが盛んなところ。昨シーズンも男子アジアリーグは日本製紙クレインズが制した。十条時代は、リーグのお荷物であったが、今では苫小牧を凌ぐ、強豪に発展。多くの選手を送り出している。管理人は釧路で試合を見たことがあるが、これほど地域に密着しているスポーツは珍しく(清水のサッカー以上)、マチに元気のない釧路にホームタウンスポーツがあることは素晴らしいことだ。

個人的には、地元の日本製紙がベアーズのスポンサードを引き受けてくれることを期待していた。男子チームと女子チームがあれば、ちょうど鶴(クレイン)のツガイとなったのだが。

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旧丸井今井釧路店のその後

2007年04月25日掲 載

釧路 街並み今・昔
釧路 街並み今・昔永田 秀郎 北海道新聞社 道新=


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久しぶりに釧路の話題を。昨年8月に閉店した丸井今井釧路店の後継だが、昨年秋のブログで「キュート」という商業施設が入ることをお伝えした。

しかし、7ヶ月以上が経過しても新しい情報がないため、どうなっているか気になっていた。先日の北海道新聞に「キュート」に関する記事が掲載されていたが、開業は延び延びとなり、オープン時期は未定とのこと。

当初は外国人観光客向けを意識したものや上階には地元のチャレンジショップのようなものが入居すると報道にあったが、道新の情報通りだとすれば、3階以上の入居は決まっていない。

このままでは百円ショップや安物衣料を売るえらくビンボー臭い店になってしまう。この場所に人気テナントを誘致するのは至難と見ていたが、このままでは釧路中心街の衰退に拍車をかけかねない。

また、幣舞橋南側の河畔にある日銀も駅に近い旧JR釧路工場の官庁街へ引っ越すことになった。重厚な建物が壊されるのは残念であるが、北大通周辺にとってはマイナス材料である。

 先日、「釧路街並み今昔」(北海道新聞発行)という写真集を購入した。戦前から昭和40年代頃まで釧路がいかに賑わっていたことがわかる貴重な資料である。70年前の方が今より建物が密集し、多くの人で賑わっている。

この「キュート」、観光客を意識した物産の販売(MOOや和商とダブるが)や飲食店、ネットカフェ・観光案内所、ギャラリーなど外向けのものが向いているのではないか。

道東最大規模の特産物センターを設けて、知床・阿寒など道東観光の折、釧路に立ち寄れる仕組みづくりをする。道東にはこういった施設はない。また、こだわりの食材があれば地元住民も買いにきて、呼び戻すことも可能である。中途半端で、使いにくいMOOよりもいいと思う。

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釧路市街から湿原へ、水陸両用バスへの期待大

2006年11月16日掲 載

道新によると来年度から釧路川で水陸両用バスを走らせるという記事があった。

北海道運輸局が事業化するものだが、JR釧路駅から幣舞橋まではバスとして走行、釧路川へ入り、船に切り替わり、湿原方面へ向かうものだ。

水陸両用バスとい乗り物自体も画期的だが、新しいスタイルの釧路観光ならびに釧路中心街の再生へも期待大である。
これまで湿原をカヌーなどで下る場合、当然「下る」ので出発地が塘路や細岡、標茶、弟子屈など釧路市街の上流となり、終着は細岡あたりまでであった。

観光客が釧路駅・空港へ降り立ってもレンタカーなどで繁華街がある南へ行くことはなく、そのまま湿原がある北方面へ向かい、宿泊も標茶や阿寒方面などで釧路中心街が素通りされることが多かった。

これまでMOOからシーグレースという川とは反対方向に行く観光船はあったが廃止となり、最近は渡し舟の復活やシクロ(3人乗り自転車)観光などで頑張っているが、訴求効果としては弱かった。

また、湿原観光は立ち入り規制があるため、コッタロ湿原などごく一部の道路しか通行ができず、湿原をナマで見るには舟くだり(カヌー)がいちばんであったが、すべての観光客が体験できるというわけではなかった。

釧路駅から幣舞橋にかけては街の中心であったがが、何度もお伝えしてる通り衰退した。
ここから水陸両用車に乗車(船)ができ、湿原へ向かうことができれば釧路北大通りの賑わい再興にも期待が持てる。特に船が釧路折り返しであれば駅周辺に宿泊をする観光客が増えることが予想され、経済効果が期待できる。

自然保護との兼ね合いや航行条件にもよるが、幣舞橋から弟子屈あたりまで運行できればかなりのロングクルーズも夢ではない。阿寒バスやくしろバスの定期観光コースに組み入れたり、サンセットクルーズなどいろいろな商品が作れそうである。

ちなみに水陸両用バスは、水上ではスクリュー、陸上ではタイヤで走行するものである。


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釧路発の日本酒の話題 「福司」のユニークな商品展開

2006年11月01日掲 載

釧路に酒蔵があると聞くと誰もが驚く。隣りの根室にも国内最東端の酒蔵(北の勝)があるので米はあまり関係ないのかもしれないが冬場は水など大変であろう。

釧路にある唯一の酒蔵福司酒造がこのところ頑張っている。今日の道内各紙には、日本唯一の坑内掘り炭鉱、釧路コールマイン(旧太平洋炭鉱)の海底坑道で熟成させていた日本酒「海底力(そこぢから)」を搬出し、15日から正式に売り出すことになったことが話題になっている。

1月下旬から海面下225メートル、坑道入口から1600メートルの地点にねかせたものだが、気温が10~15℃、湿度が70%と通年一定に保たれており、日本酒づくりには適しているらしい。
気候の厳しい釧路の環境で地場産業である炭鉱を活用するという大変、素晴らしい試みである。

また、福司酒造では、厚岸のカキ「カキえもん」にあう日本酒の開発ということで「北とさくらさく」を開発した。これはカキとセットで限定発売するものであるが、白ワインではなく、日本酒が合うかどうか興味津々である。

先日、釧路で福司の鮭ひれ酒を購入した。日本酒に特産の鮭ひれが付いているものでお燗して呑むものだが、なかなかいけるクチであった。
これまで福司は、淡白な印象があり、正直あまり呑む機会がなかったが、根室の北の勝がいい味を出せるので、気候のせいにはできない。

最近の福司の企画商品は、地域の特性を活用したものが目立ち今後が楽しみである。

地酒を通して少しでも釧路の活性に役立ってほしい。

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旧丸井今井釧路店店舗の再利用が決まる

2006年10月24日掲 載

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8月の閉店後、店舗跡がどうなるか注目されていた旧丸井今井釧路店の売却先と後継の施設内容があきらかになった。
道新によると「地下1階に食品売り場、地上1階に喫茶やパン店などのテークアウトコーナー、2階はファッション関係の売り場、3,4階は家具や家電売り場、ドラッグストア、スポーツジムなどを設け、テナントを誘致。5,6階は地元商業者が出店するミニモールなど、地域色の強いテナント構成とする」とある。

詳細がかわらないので何ともいえないが、売り場・店舗構成を見る限り、中途半端な印象を受け、近くのMOOと変わらないような内容だ。
ターゲットをどこに絞り込んでいるのか、この内容からすると旧釧路市街住民など中規模商圏をターゲットにしているのであろうか。

どうなるにしてもここは観光客などが集まる「中心街」であり、釧路の街なかの印象はこういうところで決まってしまう。しっかりとしたコンセプトのものをお願いする。

追記:10/25付けの道新によると新店舗の名称が「キュート(kute)」となった。
複合商業施設では台湾や韓国からの観光客の取り込みを狙い、ドラッグストアをはじめ、格安の衣料品や家電、日用雑貨を扱うテナントを入店させる考えを示したとあるが、思惑通りにいくであろうか。

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釧路中心街を歩いてかんじたこと

2006年09月17日掲 載

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上 北大通りの閉店を告知する看板 中 丸井今井閉店を告げる 下 丸井跡と繁華街周辺

9日から釧路を訪れた。今年1月以来であり、丸井今井閉店後は初めてである。1月は厳寒期であまり歩けなかったので今回、釧路駅から北大通り、幣舞橋へ向かう中心街周辺をじっくり歩いてみた。

まず、目にしたのは北大通りにシャッター店舗が増えたことで6店で閉店の挨拶の看板を目にした。小規模なデパートも閉店していた。
旧丸井今井釧路店には無機質な張り紙が1枚貼られているだけで、既に過去のものとなっていた。周辺に大規模小売店がなくなった為、通行人の数は少ない(もともと少ないが)。

フィッシャーマンズワーフ・MOOへ行ってみた。1階はあまり変っていないが、2階にはジョブカフェ(職安)が入いっていた。その他、飲食店以外のスペースは空いており、観光客、地元のターゲットもわからない場当たり的な施設になってきた。末期症状である。

夜、ある居酒屋で隣席の客から、MOOが出来た時、西武(セゾン)が釧路へ本格的に進出し、大規模開発すると聞かされたが、グループ再編により、MOOからすぐに撤退、その後、中心街とともにジリ貧になった話をしてくれた。噂は聞いていたが、バブル期とはいえデベロッパー、マチ側共によみが甘いのではないか。MOOも3セクでやっている限り、このままで、いつかは夕張化するであろう。

また、丸井今井が無くなって困っている人たちがいることも知った。特に駅南側に住む人たちは、歩いて買い物に行けるところがなくなったいう。同じ居酒屋で東京から転勤で来た主婦と地元に住む初老の女性(ともに南大通り方面在住) と話をしたが、車を持っていない人やお年寄りは不自由で困っている。
丸井地下にあった評判の美味しいパン屋さんも遠くにいってしまったらしい。百貨店撤退により、概ね予想通りの弊害が起きていた。

釧路の隣り、帯広では中心街に客足を戻そうと「帯広まちなか歩行者天国」が6月から毎週末に実行され、先日終了をした。タイトル通りのイベントであるが、普段、中心街に来ない人たちも目を向けてくれるようになり、賑わいが戻ったという。
売上げには直でつながらなかったようだが、帯広は元気のある店が残っており、藤丸という百貨店も健在である。
釧路と帯広を同列で扱うにはやや無理があるが、釧路で客足を戻すための何らかのイベントをできないことはないはずである。諦めが先行している。
そのためには「核」となりうるものが必要である。丸井の後にできるものが何になるのか、MOOの活用方法を含め、地域の人が中心街に戻ってこれるプログラムづくりをすべきである。
言うのが容易いが実行は難しい。外部の人間が叫んでも虚しさが残る。
15年来、釧路へ足を運んでいるが、駅周辺の衰退は極まってきたとかんじた。

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丸井今井釧路店が閉店、「中心街」とは何か

2006年08月23日掲 載

 これまで何度も釧路市中心部の衰退について書いてきたが、最後の砦ともいえた丸井今井釧路店が20日で閉店となった。このデパートは前身の丸三鶴屋時代を含めると80年以上の歴史がある老舗中の老舗だ。
これで釧路市には百貨店がなくなり、釧路駅から伸びる北大通り、末広町など中心地から大型店舗が消えることになった。既に周辺はシャッター商店街化しており、これからどうなってしまうのであろうか。

しかしながら駅周辺は本当に中心街といえるのであろうか。ビジターでやってくる人たちはこのエリアに滞在するのでマチなかだと思うであろうが、地元の人たちにとっての「中心街」は大型店舗が立ち並ぶ駅の北側のバイパス沿いなど郊外へいってしまっている。
そこまで行けばショッピングセンターだけではなく、スパやパチンコなど大抵の娯楽が揃っている。

まあ車のみで行くところが、「中心街」という定義に当てはまるかどうか疑問であるが、便利なところに人は集まる。それでは丸井今井があったかっての中心街はどうすればいいのか。
一案であるが、周辺はオフィス・官庁街である。釧路は単身赴任者が多いところなので飲み屋街で今は空き地が多い栄町や末広町にマンションをつくり、まずは人が住むことによって多少は賑わいを取り戻すことから始めたらどうであろうか。周辺に寛げる場所が少なすぎる。

現在、そのあたりの商店の多くが通いであり、人が集まる以前の問題としてそこに人が住まない限り、「中心街」などどはいえないであろう。

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釧路に「シクロ」が登場、市内観光に新たな動き

2006年07月30日掲 載

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中心街の衰退が続き、空き店舗が問題となっている釧路駅周辺の中心街だが、市内観光にあらたに動きが出ている。
まず、ベトナムの人力三輪車「シクロ」を釧路の観光案内に使っている市民団体「釧路観光ガイドの会・シクロプロジェクト」が、お年寄りや障害者などのために乗車口を低くした新車を開発し、10月末まで釧路川河畔を運行している。
また、昭和20年代まで住民の足として使われていた釧路川の手こぎの渡し舟が復活した。幣舞橋より河口側の入舟町と浪花町の間を結ぶもので愛称は「釧路ゆめこい渡し」。定期船ではないが、チャータができるようだ。

釧路市中心部はMOOや和商市場以外、目ぼしい観光施設がない。釧路駅を降り立っても幣舞橋まで行く北大通りは空き店舗が目立ち、「寂れたマチ」という印象を観光客に与えてしまう。
紹介したシクロ、渡し船はボランティアレベルの地道な活動であるが、これまでの釧路観光にはなかった動きである。駅前、MOOに降り立っても十数年、殆んど代わり映えせず、誘客させるようなものが何もなかった。

釧路市は釧路湿原、阿寒湖など観光資源は豊富だが、大半が市内を通過してしまい観光での宿泊客が少ない。いかにして通過型で終わらせず宿泊をさせるか。阿寒町との合併により、阿寒湖が釧路市になったことで数字の上では宿泊客は伸びるが、市内中心部に観光客を増やすことが、中心街の再生にもつながるはずだ。

地域の要であった丸井今井が間もなく閉店する。空き店舗が増えているが、このところビジネスホテルの建設ラッシュが続いている。これは釧路に需要があるからであり、ビジネス客以外にも観光ニーズが結構あるのも理由のひとつである。中心街の宿泊客が増えれば周辺も変わってゆく。観光客の集客と中心街の再生は並行するものであると考える。

そういう意味でも「シクロ」や渡し船は小さな動きであるが釧路の再生へ期待をしたいものだ。

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釧路市中心部のホテルで温泉掘削が相次ぐ

2006年05月04日掲 載

これまで温泉資源に恵まれなかった釧路市周辺であるがこのところ温泉掘削がつづいている。

おもに宿泊特化型のビジネスホテルであるが、幣舞橋のたもとで建設中の「ドーミーイン」が昨年掘削、駅前の来年2月オープン予定の「ルートイン」もボーリングを行なう予定だ。
また、北海道新聞によると「ホテルパコ釧路」でも2008年夏頃をメドに温泉掘削と大規模な増築工事を行い部屋数を現在の167室から218室へ大幅に増やす。

パコチェーンは道民にはおなじみの道内限定宿泊特化型ホテル。
1泊すると割引券が貰え、2泊目以降が格安で泊まれることで知られており、早い時期から各ホテルに温泉施設や最近では岩盤浴施設を完備するなどしてビジネスマンの需要を満たしてきたが、このところの大手宿泊特化型ホテルの道内進出により危機感をかんじているのではないか。

釧路市内には公営の「山花温泉リフレ」があるが、それほど湯量も多くなく温泉としては物足りない(HPには源泉100%とある)。また、釧路市内ではないが北太平洋シーサイドライン沿いの町が温泉を掘削しオープンしたが、すぐに湯が枯れてしまった話を聞いた。
標茶や鶴居など内陸へ入れば温泉資源に恵まれている釧路地方だが、海岸沿いは泉質、湯量ともボーリングをしても恵まれていない。

釧路市内中心部で3軒のホテルが温泉を掘るわけだが、少々心配でもある。

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