2008年03月10日更新
大盛況であった帯広・藤丸の送迎バス やはりあった百貨店需要
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閉店から1年半余りが経過 閑散とする釧路旧丸井今井前 午後7時頃(’07.8撮影)
先月のブログで帯広の藤丸百貨店が釧路からの無料送迎バスを運行する話を書いた。
3/1に運行されたが、当初バス3台・100名程度の見込みで募集したところ、予約が殺到。急遽バス10台・350名に増員するも追いつかず、その後も満員で断った客が200名ほど出たというから驚いた。
釧路からの利用客は、11時半から約3時間の滞在だったが、午後2時の時点で、売り上げは通常の40%増し、この日全体の売り上げが、普段の週末の2割増しで、宣伝効果も含めると、藤丸にとって大きなメリットがあったようだ。
この話題、NHKの朝の全国ニュースでも取上げられたようで、苦戦する地方百貨店の新たな活路として他所でも実現するかもしれない。
釧路-帯広間は約120キロ、2時間強の距離だが、札幌の百貨店への送迎バスが登場したら大変な話題になるであろう。荷物を持った客など片道利用だけでも需要があるのではないか。
これまで地方都市の百貨店の必要性について何度も訴えてきたが、今回の件で需要があることが再確認された格好だ。それにしても釧路の丸井今井閉店後の再開発も進んでいないようだ。一度、「キュート」というショッピングモールに決まったが、テナントが入らず、白紙になっている。
そろそろ2年が経過するが、リミットといえよう。
2008年02月15日更新
帯広・藤丸が百貨店がない釧路から送迎 地方都市における百貨店の必要性
帯広市の百貨店藤丸は3月1日、釧路発着の無料送迎バスを初めて運行する。丸井今井釧路店の閉店後釧路地域からの買い物客が増加しており、バス運行でいっそうの顧客開拓と商圏拡大を目指す。(2/15付け道新より 道新HP記事は2週間で削除されるのでリンクボタンは貼りません)
丸井今井釧路店閉店後、釧路方面からの来客が増え、同方面に限ると会員カードが40%増、売上げが約1.8倍になったという。30,40代が中心だが、50,60代といった”交通弱者”と思われる人たちの利用がまだ少なく、白糠、音別などでも客を拾う直通専用バスの運転に踏み切ったようだ。
帯広-釧路間は120キロ近くあり、いかにも北海道らしいスケールが大きい話だが、この手の話はあまり聞いたことがない。帯広の藤丸は、地方百貨店が苦戦する中、いろいろな試みをして頑張っているデパートで、少しずつだが帯広中心街を歩く人が増えてきているらしい。
これに対し、釧路は本ブログで何度も触れているが、2年前の丸井今井閉店以来、新しいショッピングモールも決まらず、百貨店空白地帯となっている。特に中高年層以上の利用が多かったため、それに代わるものがなく、不便を強いられている。このあたりの潜在顧客を十勝圏の藤丸が引っ張りこもうという戦略であろう。
釧路に限らず、北見市も「北見東急」が閉店。三セクのモールとして再スタートをしたが、すでに百貨店ではない。
釧路市民に聞くと、高くてものがないデパートよりも、郊外店の大型モールに行くほうが遥かに便利なので百貨店は必要ないという意見も多い。確かに日常生活においてはそうかもしれないが、果たしてそれでいいのであろうか?
話が変わるが、管理人が子供の頃、百貨店に連れて行ってもらう時は、普段着ではなく、よそ行きの服に着替えてきなさいと言われたものだ。銀座のデパートへ親や祖父母のお供で買い物へ行く-やはり、それは特別なことであった。ホテルやレストランへ食事へ行くといったら、子供ながら身が引き締まった思いだった。
今の世の中、そういうことはあるであろうか?クルマ社会なのでどこへ行っても服装は同じ。地方都市なら食事も駐車場付きの郊外店なのでお洒落をする場所も必要もない。以前、釧路の蕎麦屋で同じユニクロ製ダッフルコートを着た女性が4人いて驚いたことがあったが、これはお洒落ではなく、単なる防寒「国民服」だと思った。
たとえば、札幌の三越や丸井今井へブランドものを買いにいったとする。駐車場にワンボックスカーを停め、ジャージの上下とスニーカーで入店をする。決して珍しい光景ではないが、安売りの郊外店舗に行くのと同じ井手たちで店内を闊歩する。TPOなどという言葉も死語になっているが、いつもクルマで移動し、服装も構わなくなり、日常(大型店舗など)と非日常(百貨店でちょっといいものを買うなど)の区別もなく消費の概念は同じだ。100円ショップで生活用品を買うのも、15万円のブランドバックを買うのも、店舗と物を見なければわからない。
そういう意味ではアウトレットなどはその最たるものかもしれない。かつて百貨店はよそゆきの場所であり、買い物の桧舞台であった。また、買い物以外でも食事から美術展鑑賞、子供の遊戯まで家族で一日過せるレジャーセンターであった。その機能は次第に分散化され、今では百貨から三十貨ぐらいまでに減ったが、文化的ランドマークとしての位置付けは変わらない。
最近の地方百貨店の衰退と郊外型大型店舗の増殖は、その「けじめ」を無くして、先ほどのユニクロ=国民服ではないが、貧しい画一的な社会に見えて仕方ない。
以前も書いたが、百貨店は地域の「核」にあり、文化が集う場所であった。地方百貨店が消えるのと引換えに郊外には大型モールが進出する。これは世界的な傾向でグローバリゼーションの一環だが、地方を本当に強くするためには、郊外と中心街の差別化、棲み分けが絶対に必要である。たとえば郊外では日用品やファミレス。中心街では小洒落たものがあるデパートやカジュアルデザイナーブランド、映画館、カフェなど上手く使い分けできれば人口15万人都市クラスの百貨店復活は可能だと思うが。
余談だが北海道の地方都市は喫茶店が少なすぎる。そして、すごい勢いで廃業しているのだ。
話がだいぶ逸れたが藤丸の試みに注目をする。
2008年02月11日更新
釧路にビジネスホテル急増、釧路ホテル事情とお気に入り宿
この数年、釧路にホテルが増えた。選択に困ってしまうほどであり、ホテルが少なかった以前では考えられないことだ。
20年ほど前まで釧路市内中心部にホテルが少なく、地場のホテルや旅館がまだ幅を利かせていた。当時、駅前に釧路東急イン、釧路東映ホテル(現:釧路ロイヤルイン)、今のプリンスのあたりにオリエンタルホテル、幣舞橋周辺には、最高級であった釧路パシフィックホテルやMOOとほぼ同じ頃に開業した釧路キャッスルホテルなどがあった。
90年代に入ると、ラムサール条約会議開催などのコンベンション需要や観光集客を見込んで全日空ホテル、プリンスホテルなどの大手資本が進出した。
その後、暫くなりを潜めていたが、この2,3年、今度はビジネスホテル開業ラッシュとなった。十字街には「東横イン」がまず開業、その後、駅近くに市内初の温泉付きビジネスホテル「スーパーホテル釧路」、「ホテルルートイン釧路」(大浴場あり)などが誕生した。そして昨年5月には久しぶりの本格派ホテル「ホテルラビスタ釧路川」がオープンしている。
また、改装や居抜きで新たにオープンしたホテルも目立つ。ホテル1-2-3釧路(旧ホテルノーススティ)駅前ホテルバルーデ釧路(旧駅前ホテルアダチ)、釧路駅前ホテルオーシャン(旧ホテルサンルート釧路?)、ラスティングホテルなど新顔も目立つ。
消えたホテルもあり、老舗のパシフィックホテルや東映ホテルもなくなった。少し外れにあったホテルレイトンも今はない。これほどホテル地図が様変わりした都市は珍しいであろう。
かつての老舗が消え、全日空やプリンスのブランドチェーンホテルが登場、しかし、宿泊特化型ホテルの急激な進出(最初は東映後にできたロイヤルイン)があり、釧路駅前周辺はホテル戦争である。
管理人は釧路に何十回と行っているがお気入りホテルをいくつか挙げよう。
客室は狭いが全体的に高水準な「釧路ロイヤルイン」、客室・展望・食事とも秀逸な「ホテルラビタ釧路川」、夜景がきれいな「釧路キャスルホテル」、地場ホテルで頑張っている「ホテルセンチュリー釧路」、道内ではおなじみの「ホテルパコ釧路」(近々に温泉完成)、海側客室からの景色だけなら「全日空ホテル」といったところか。「東急イン」は「シャングリラ」の食事が美味しかったが最近はどうであろうか。長期滞在ならMOO前の「みなと21」などがオススメである。
駅前に新しくできた「スーパーホテル」、「ルートイン」、「オーシャン」にはまだ泊まっていない。
釧路は企業の支店がなくなり、札幌や本州からの出張が増えたことでホテルがこの数年で急増した。中心街の閑散化が進むにつれてビジネスホテルが増えるという皮肉な結果だ。同様な傾向は北見市や苫小牧市などでもみられる。
また、全国へチェーン展開をしているホテルが占めるようになり、地場のホテルは苦戦をしている。宿泊需要が増えても地元にお金が落ちなければ地域の再生にはつながらない。繁華街がふたたび賑わう日が来るのであろうか。
2008年01月13日更新
石川啄木と北海道、そして釧路 来釧100周年
北海道は石川啄木と縁が深く、新聞記者として滞在した各地に記念碑や像などがある。函館から小樽、札幌、釧路と流浪したが、その中でも釧路には多くのモニュメントが残っている。
そんな啄木が来釧してから100周年に当たる今年、「石川啄木来釧100年記念展」が19日から2月3日まで釧路市生涯学習センターで開催されることになったと12日付け釧路新聞が伝えている。
啄木が旧釧路新聞の記者として滞在したのは僅か76日間だが、道内で滞在した都市のなかではもっともインパクトがあると思う。啄木は明治41年1月21日午後9時半に釧路駅に降り立つが、その時のことを
「さいはての 駅におりたら 雪あかり さびしき町に あゆみ入りにき」という有名な歌で残している。
この詩、かなりリアリティがあり、たとえば今晩、釧路21時43分着の「スーパーおおぞら11号」で降り立ったとしてもきっと同じような感慨を抱くであろう。最果ての駅に着いた実感がしみじみと伝わってくるが、管理人がはじめて釧路を訪れたのも真冬の夕方であり、東京から鉄道を乗り継いで到着したせいか100年経っても啄木の詩と心情が理解できる(ような気がする)。
釧路市はかなり前から啄木で観光街おこしをしている。MOO対岸の港文館には啄木の資料と像があり、米町公園など市内に4,5個所は歌碑があるのではないか。港文館から米町公園にかけての南大通り周辺は、かつての釧路の中心街であり、啄木が勤めた釧路新聞や啄木と愛人関係にあった小奴が居た料亭跡などにも記念碑もあり、「啄木ルート」となっている。
管理人は釧路によく訪れるようになる前は啄木のことをよく知らなかったが、見聞するううちにその人間臭さに興味を惹かれるようになった。それまでは「薄幸」・「孤独」・「貧困」・「夭折」といった先入観があり、死後評価されるようになったエコールド・パリの画家のような存在であった。
ところが釧路の小奴との関係以外にも道内各地で女郎屋通いの常習で、借金まみれの放蕩生活であったようだ。啄木の貧困は度を越した遊びが原因のようである。
その後、釧路を去った啄木は、東京の朝日新聞に就職する。そこで歴史に残る大詩人への道を歩むが、3年後の26才に亡くなっている、
現在、朝日新聞夕刊で「歌う記者 石川啄木」が連載されているが、前借り前借りまた前借りで、借金、入質を繰り返していたらしい。人間臭くて親近感がかえって湧く。そのあたりのギャップも今だ人を惹きつける理由のひとつではないであろうか。
港町釧路と啄木は意外にお似合いかもしれない。
2007年08月24日更新
釧路中心街の衰退さらに進む 「中心街」に対する発想の転換も必要では
丸井今井釧路店が昨年8月に閉店してから1年が過ぎたが、後継商業施設「キュート」はいまだに開業に至っておらず、北大通の空洞化も進んでいると道新などが報じている。
釧路市は中心街の活性化計画策定作業を進めているが、かぎを握る中核施設の先行きが見えないとあって、中心街の将来像も不透明感を増している。
「キュート」は、札幌のコンサルタント会社「アラ」が、昨年12月にオープンさせる予定だったが、その後何度も延期。テナント候補も訪日外国人観光客向けの家電量販や100円ショップなど何度も計画が変わっている。核となる店舗がみつかっていないようだが、ショッピングモールとして運営するには条件的に厳しいであろう。
道新によると集客施設を失ったことで人の流れは激減、釧路市が昨年9月に実施した中心街の通行量調査によると、中心街の休日の通行量は5年前に比べて半減。旧丸井今井釧路店周辺に至っては10の1に落ち込んだとある。5年前でもすでに周辺はゴーストタウン化している。つい先日も北大通にあった老舗書店が閉店した。
管理人のような釧路へ旅行や出張する人間から見れば、釧路駅から北大通にかけては「中心街」である。釧路駅からこの一帯、ホテルも集まっている。おもに、このエリアで飲食など消費をするが、釧路市民はそうではない。北大通は中心街ではなくなり、消費する場所はすでに郊外のロードサイドに移っている。中心街の再生で難しいのは、このギャップである。市民から見れば、北大通は当の昔に中心街でなくなっているのだ。実際に満足に買い物ができないのだから仕方ない。
駅前から中心街にかけての衰退は、釧路、日本だけの問題ではなく、欧州などでも現在問題になっている。釧路の場合、本屋もなければ、薬局を探すのも一苦労の状態なので深刻だ。
釧路は皮肉なことに企業の支店撤退で、出張需要が増え、ホテルの建設ラッシュが続いている。そして多くが、釧路駅から北大通周辺に建てられている。
管理人は「キュート」を観光客や出張族をターゲットにした施設にした方がいいと思う。たとえば、釧路で人気がある回転すし屋ができれば、外部だけではなく、地元客もやってくるだろう。観光客と地域住民が交流できるスペースがつくれれば理想だが、それを実現するには緻密な戦略が必要だ。MOOと同じ轍は踏めない。
「キュート」が地元客向けに、テナントを募集しても結果は見えている。地域の核づくりというが、それは結果であり、無意味なハコモノに、魅力がないテナントが入っても衰退に輪をかけるだけだ。
一度、誰のため、何のための「中心街」か、今、釧路で必要なもの、そうでないものは何か洗い出し、視点と発想を変えてみたらどうか。
釧路の夜を持て余している観光客や出張族が多いことを行政や街づくり担当者は知るべきである。
2007年07月03日更新
大阪で運行実験をした水陸両用バス、釧路への導入は
先月、国内ではじめての水陸両用バスの定期運行実験が、大阪で行なわれた。約2時間をかけて市内の大川から大阪城、御堂筋などを通るもので、年内には、定期化するという。
大阪は、はとバスのような定期観光バスのコースも少なく、観光はし易いとはいえない場所だ。まだクリアすべき問題も多そうだが、注目である。
釧路でも昨年から水陸両用バスの話があり、来年度の運行を目指していると聞いていたが、試験運行に向けた道運輸局が、今月末の設立目指し、準備が進んでいるらしい。国の公共交通活性化総合プロジェクトの一環で、釧路では観光用だけでなく公共の足としての活用も検討している。
この話題は昨年、一度このブログで紹介をしたが、その後、新しい情報がなかった。釧路の場合は、湿原観光だけではなく、衰退が続く、中心街の活性にも活用しようという狙いだ。
つい先日、幣舞橋南にある米町地区から最後のスーパーが閉店となり、橋南地区から大型店舗が消えてしまった。駅前北大通りも丸井今井閉店後の再開発が決まらず、釧路駅から橋を渡り、米町まで延々とシャッター商店街が続く、異様な光景だ。かつての中心街の面影はない。
この水陸両用バス、釧路駅と幣舞橋(MOO)を起点として、湿原へ向かう往路か復路のどちらかに米町や釧路コールマイン(太平洋炭鉱・炭鉱鉄道)、春採湖や副港などに旧釧路川、新釧路川を経由して立ち寄れるようにしたらどうであろう?これまで路線バスでは不可能であった新しいコースがつくれる。
このシステムが地域住民の足として活用できるかは、現状では難しいと思うが、観光が衰退した地域を活性させるのに寄与できると思う。
道運局のHPを見ると北海道の土建コンサル会社、ドーコンという企業が、北海道運輸局の「水陸両用車の活用による中心街における公共交通の活性化調査」のコンペを取っている。釧路川の復元事業をやっていり会社のようである。
どんな具体案が出てくるであろうか。
2007年06月17日更新
霧街・釧路から霧笛が消える
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写真上:釧路崎灯台 中:灯台から見下ろした炭鉱鉄道と太平洋 下:納沙布岬灯台
霧街・釧路から霧笛が消えようとしている。海上保安庁がGPSなど計器類の発達を理由に、数年以内に全廃する計画を立てているため、灯台から発せられる霧笛は、風前の灯だ。
釧路の霧笛は、米町から坂を登ったところにある釧路崎灯台が、霧を感知すると、釧路港口(南外防波堤)の赤い灯台に設置された2台の霧信号機から、自動的に発せられる仕組になっている。
霧が多いこの時期から夏にかけての釧路は、霧笛は名物であるが、カモメの鳴き声と霧笛が重なると、たまらないものがある。
釧路崎灯台は、岬の突端にあり、その下は砂浜、そこには、日本で唯一の海底炭鉱・釧路コールマイン(太平洋炭鉱)の線路と、集炭場があり、今だに現役だ。
特に、霧が多い日、釧路崎灯台の先端に立ち、霞む炭鉱と太平洋を眺め、霧笛を聞いていると、釧路にいることが実感できる。
管理人は、灯台(巡り)が好きだが、根室の納沙布岬の霧笛もいい。ここは、灯台から直接、音が発せられ、近くにいると耳をつんざかんばかりの大音響である。室蘭の地球岬も、好天気時のパノラマと好対照になり、魅力がある。
灯台と霧笛は、絵になるが、今では灯台は無人になり、気象観測所も、無人化が進んでいる。
道新によると1960年代に国内に53ヶ所、道内に28ヶ所あった霧笛は、現在、国内16ヶ所、道内10ヶ所に減ったとある。霧笛を楽しめるのは今のうちかもしれない。
今年の夏は、灯台&霧笛めぐりをしてみたくなった。天気が多少悪くても、楽しめるこういった旅行スタイルもある。
2007年06月08日更新
六花亭ベアーズの新たなスポンサーに加森観光
ファイターズ、コンサドーレが絶好調と北海道をホームタウンにしているスポーツ界。
野球やサッカーに比べ、地味であるが、女子アイスホッケーの強豪・六花亭ベアーズ(釧路市)の新たしいスポンサーに、加森観光がなることになった。
これまでスポンサードをしていた釧路・六花亭が降板し、新しい引き受け先を探していたが、クマに縁(クマ牧場からスタート)がある加森観光が手を上げ、3年間の支援が決まった。新チーム名は、加森観光ベアーズとなる。
釧路はアイスホッケーが盛んなところ。昨シーズンも男子アジアリーグは日本製紙クレインズが制した。十条時代は、リーグのお荷物であったが、今では苫小牧を凌ぐ、強豪に発展。多くの選手を送り出している。管理人は釧路で試合を見たことがあるが、これほど地域に密着しているスポーツは珍しく(清水のサッカー以上)、マチに元気のない釧路にホームタウンスポーツがあることは素晴らしいことだ。
個人的には、地元の日本製紙がベアーズのスポンサードを引き受けてくれることを期待していた。男子チームと女子チームがあれば、ちょうど鶴(クレイン)のツガイとなったのだが。
2007年04月25日更新
旧丸井今井釧路店のその後
| 釧路 街並み今・昔 | |
![]() | 永田 秀郎 北海道新聞社 道新= Amazonで詳しく見る by G-Tools |
久しぶりに釧路の話題を。昨年8月に閉店した丸井今井釧路店の後継だが、昨年秋のブログで「キュート」という商業施設が入ることをお伝えした。
しかし、7ヶ月以上が経過しても新しい情報がないため、どうなっているか気になっていた。先日の北海道新聞に「キュート」に関する記事が掲載されていたが、開業は延び延びとなり、オープン時期は未定とのこと。
当初は外国人観光客向けを意識したものや上階には地元のチャレンジショップのようなものが入居すると報道にあったが、道新の情報通りだとすれば、3階以上の入居は決まっていない。
このままでは百円ショップや安物衣料を売るえらくビンボー臭い店になってしまう。この場所に人気テナントを誘致するのは至難と見ていたが、このままでは釧路中心街の衰退に拍車をかけかねない。
また、幣舞橋南側の河畔にある日銀も駅に近い旧JR釧路工場の官庁街へ引っ越すことになった。重厚な建物が壊されるのは残念であるが、北大通周辺にとってはマイナス材料である。
先日、「釧路街並み今昔」(北海道新聞発行)という写真集を購入した。戦前から昭和40年代頃まで釧路がいかに賑わっていたことがわかる貴重な資料である。70年前の方が今より建物が密集し、多くの人で賑わっている。
この「キュート」、観光客を意識した物産の販売(MOOや和商とダブるが)や飲食店、ネットカフェ・観光案内所、ギャラリーなど外向けのものが向いているのではないか。
道東最大規模の特産物センターを設けて、知床・阿寒など道東観光の折、釧路に立ち寄れる仕組みづくりをする。道東にはこういった施設はない。また、こだわりの食材があれば地元住民も買いにきて、呼び戻すことも可能である。中途半端で、使いにくいMOOよりもいいと思う。
2006年11月16日更新
釧路市街から湿原へ、水陸両用バスへの期待大
道新によると来年度から釧路川で水陸両用バスを走らせるという記事があった。
北海道運輸局が事業化するものだが、JR釧路駅から幣舞橋まではバスとして走行、釧路川へ入り、船に切り替わり、湿原方面へ向かうものだ。
水陸両用バスとい乗り物自体も画期的だが、新しいスタイルの釧路観光ならびに釧路中心街の再生へも期待大である。
これまで湿原をカヌーなどで下る場合、当然「下る」ので出発地が塘路や細岡、標茶、弟子屈など釧路市街の上流となり、終着は細岡あたりまでであった。
観光客が釧路駅・空港へ降り立ってもレンタカーなどで繁華街がある南へ行くことはなく、そのまま湿原がある北方面へ向かい、宿泊も標茶や阿寒方面などで釧路中心街が素通りされることが多かった。
これまでMOOからシーグレースという川とは反対方向に行く観光船はあったが廃止となり、最近は渡し舟の復活やシクロ(3人乗り自転車)観光などで頑張っているが、訴求効果としては弱かった。
また、湿原観光は立ち入り規制があるため、コッタロ湿原などごく一部の道路しか通行ができず、湿原をナマで見るには舟くだり(カヌー)がいちばんであったが、すべての観光客が体験できるというわけではなかった。
釧路駅から幣舞橋にかけては街の中心であったがが、何度もお伝えしてる通り衰退した。
ここから水陸両用車に乗車(船)ができ、湿原へ向かうことができれば釧路北大通りの賑わい再興にも期待が持てる。特に船が釧路折り返しであれば駅周辺に宿泊をする観光客が増えることが予想され、経済効果が期待できる。
自然保護との兼ね合いや航行条件にもよるが、幣舞橋から弟子屈あたりまで運行できればかなりのロングクルーズも夢ではない。阿寒バスやくしろバスの定期観光コースに組み入れたり、サンセットクルーズなどいろいろな商品が作れそうである。
ちなみに水陸両用バスは、水上ではスクリュー、陸上ではタイヤで走行するものである。
2006年11月01日更新
釧路発の日本酒の話題 「福司」のユニークな商品展開
釧路に酒蔵があると聞くと誰もが驚く。隣りの根室にも国内最東端の酒蔵(北の勝)があるので米はあまり関係ないのかもしれないが冬場は水など大変であろう。
釧路にある唯一の酒蔵福司酒造がこのところ頑張っている。今日の道内各紙には、日本唯一の坑内掘り炭鉱、釧路コールマイン(旧太平洋炭鉱)の海底坑道で熟成させていた日本酒「海底力(そこぢから)」を搬出し、15日から正式に売り出すことになったことが話題になっている。
1月下旬から海面下225メートル、坑道入口から1600メートルの地点にねかせたものだが、気温が10~15℃、湿度が70%と通年一定に保たれており、日本酒づくりには適しているらしい。
気候の厳しい釧路の環境で地場産業である炭鉱を活用するという大変、素晴らしい試みである。
また、福司酒造では、厚岸のカキ「カキえもん」にあう日本酒の開発ということで「北とさくらさく」を開発した。これはカキとセットで限定発売するものであるが、白ワインではなく、日本酒が合うかどうか興味津々である。
先日、釧路で福司の鮭ひれ酒を購入した。日本酒に特産の鮭ひれが付いているものでお燗して呑むものだが、なかなかいけるクチであった。
これまで福司は、淡白な印象があり、正直あまり呑む機会がなかったが、根室の北の勝がいい味を出せるので、気候のせいにはできない。
最近の福司の企画商品は、地域の特性を活用したものが目立ち今後が楽しみである。
地酒を通して少しでも釧路の活性に役立ってほしい。
2006年10月24日更新
旧丸井今井釧路店店舗の再利用が決まる
8月の閉店後、店舗跡がどうなるか注目されていた旧丸井今井釧路店の売却先と後継の施設内容があきらかになった。
道新によると「地下1階に食品売り場、地上1階に喫茶やパン店などのテークアウトコーナー、2階はファッション関係の売り場、3,4階は家具や家電売り場、ドラッグストア、スポーツジムなどを設け、テナントを誘致。5,6階は地元商業者が出店するミニモールなど、地域色の強いテナント構成とする」とある。
詳細がかわらないので何ともいえないが、売り場・店舗構成を見る限り、中途半端な印象を受け、近くのMOOと変わらないような内容だ。
ターゲットをどこに絞り込んでいるのか、この内容からすると旧釧路市街住民など中規模商圏をターゲットにしているのであろうか。
どうなるにしてもここは観光客などが集まる「中心街」であり、釧路の街なかの印象はこういうところで決まってしまう。しっかりとしたコンセプトのものをお願いする。
追記:10/25付けの道新によると新店舗の名称が「キュート(kute)」となった。
複合商業施設では台湾や韓国からの観光客の取り込みを狙い、ドラッグストアをはじめ、格安の衣料品や家電、日用雑貨を扱うテナントを入店させる考えを示したとあるが、思惑通りにいくであろうか。
2006年09月17日更新
釧路中心街を歩いてかんじたこと
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上 北大通りの閉店を告知する看板 中 丸井今井閉店を告げる 下 丸井跡と繁華街周辺
9日から釧路を訪れた。今年1月以来であり、丸井今井閉店後は初めてである。1月は厳寒期であまり歩けなかったので今回、釧路駅から北大通り、幣舞橋へ向かう中心街周辺をじっくり歩いてみた。
まず、目にしたのは北大通りにシャッター店舗が増えたことで6店で閉店の挨拶の看板を目にした。小規模なデパートも閉店していた。
旧丸井今井釧路店には無機質な張り紙が1枚貼られているだけで、既に過去のものとなっていた。周辺に大規模小売店がなくなった為、通行人の数は少ない(もともと少ないが)。
フィッシャーマンズワーフ・MOOへ行ってみた。1階はあまり変っていないが、2階にはジョブカフェ(職安)が入いっていた。その他、飲食店以外のスペースは空いており、観光客、地元のターゲットもわからない場当たり的な施設になってきた。末期症状である。
夜、ある居酒屋で隣席の客から、MOOが出来た時、西武(セゾン)が釧路へ本格的に進出し、大規模開発すると聞かされたが、グループ再編により、MOOからすぐに撤退、その後、中心街とともにジリ貧になった話をしてくれた。噂は聞いていたが、バブル期とはいえデベロッパー、マチ側共によみが甘いのではないか。MOOも3セクでやっている限り、このままで、いつかは夕張化するであろう。
また、丸井今井が無くなって困っている人たちがいることも知った。特に駅南側に住む人たちは、歩いて買い物に行けるところがなくなったいう。同じ居酒屋で東京から転勤で来た主婦と地元に住む初老の女性(ともに南大通り方面在住) と話をしたが、車を持っていない人やお年寄りは不自由で困っている。
丸井地下にあった評判の美味しいパン屋さんも遠くにいってしまったらしい。百貨店撤退により、概ね予想通りの弊害が起きていた。
釧路の隣り、帯広では中心街に客足を戻そうと「帯広まちなか歩行者天国」が6月から毎週末に実行され、先日終了をした。タイトル通りのイベントであるが、普段、中心街に来ない人たちも目を向けてくれるようになり、賑わいが戻ったという。
売上げには直でつながらなかったようだが、帯広は元気のある店が残っており、藤丸という百貨店も健在である。
釧路と帯広を同列で扱うにはやや無理があるが、釧路で客足を戻すための何らかのイベントをできないことはないはずである。諦めが先行している。
そのためには「核」となりうるものが必要である。丸井の後にできるものが何になるのか、MOOの活用方法を含め、地域の人が中心街に戻ってこれるプログラムづくりをすべきである。
言うのが容易いが実行は難しい。外部の人間が叫んでも虚しさが残る。
15年来、釧路へ足を運んでいるが、駅周辺の衰退は極まってきたとかんじた。
2006年08月23日更新
丸井今井釧路店が閉店、「中心街」とは何か
これまで何度も釧路市中心部の衰退について書いてきたが、最後の砦ともいえた丸井今井釧路店が20日で閉店となった。このデパートは前身の丸三鶴屋時代を含めると80年以上の歴史がある老舗中の老舗だ。
これで釧路市には百貨店がなくなり、釧路駅から伸びる北大通り、末広町など中心地から大型店舗が消えることになった。既に周辺はシャッター商店街化しており、これからどうなってしまうのであろうか。
しかしながら駅周辺は本当に中心街といえるのであろうか。ビジターでやってくる人たちはこのエリアに滞在するのでマチなかだと思うであろうが、地元の人たちにとっての「中心街」は大型店舗が立ち並ぶ駅の北側のバイパス沿いなど郊外へいってしまっている。
そこまで行けばショッピングセンターだけではなく、スパやパチンコなど大抵の娯楽が揃っている。
まあ車のみで行くところが、「中心街」という定義に当てはまるかどうか疑問であるが、便利なところに人は集まる。それでは丸井今井があったかっての中心街はどうすればいいのか。
一案であるが、周辺はオフィス・官庁街である。釧路は単身赴任者が多いところなので飲み屋街で今は空き地が多い栄町や末広町にマンションをつくり、まずは人が住むことによって多少は賑わいを取り戻すことから始めたらどうであろうか。周辺に寛げる場所が少なすぎる。
現在、そのあたりの商店の多くが通いであり、人が集まる以前の問題としてそこに人が住まない限り、「中心街」などどはいえないであろう。
2006年07月30日更新
釧路に「シクロ」が登場、市内観光に新たな動き
中心街の衰退が続き、空き店舗が問題となっている釧路駅周辺の中心街だが、市内観光にあらたに動きが出ている。
まず、ベトナムの人力三輪車「シクロ」を釧路の観光案内に使っている市民団体「釧路観光ガイドの会・シクロプロジェクト」が、お年寄りや障害者などのために乗車口を低くした新車を開発し、10月末まで釧路川河畔を運行している。
また、昭和20年代まで住民の足として使われていた釧路川の手こぎの渡し舟が復活した。幣舞橋より河口側の入舟町と浪花町の間を結ぶもので愛称は「釧路ゆめこい渡し」。定期船ではないが、チャータができるようだ。
釧路市中心部はMOOや和商市場以外、目ぼしい観光施設がない。釧路駅を降り立っても幣舞橋まで行く北大通りは空き店舗が目立ち、「寂れたマチ」という印象を観光客に与えてしまう。
紹介したシクロ、渡し船はボランティアレベルの地道な活動であるが、これまでの釧路観光にはなかった動きである。駅前、MOOに降り立っても十数年、殆んど代わり映えせず、誘客させるようなものが何もなかった。
釧路市は釧路湿原、阿寒湖など観光資源は豊富だが、大半が市内を通過してしまい観光での宿泊客が少ない。いかにして通過型で終わらせず宿泊をさせるか。阿寒町との合併により、阿寒湖が釧路市になったことで数字の上では宿泊客は伸びるが、市内中心部に観光客を増やすことが、中心街の再生にもつながるはずだ。
地域の要であった丸井今井が間もなく閉店する。空き店舗が増えているが、このところビジネスホテルの建設ラッシュが続いている。これは釧路に需要があるからであり、ビジネス客以外にも観光ニーズが結構あるのも理由のひとつである。中心街の宿泊客が増えれば周辺も変わってゆく。観光客の集客と中心街の再生は並行するものであると考える。
そういう意味でも「シクロ」や渡し船は小さな動きであるが釧路の再生へ期待をしたいものだ。
2006年05月04日更新
釧路市中心部のホテルで温泉掘削が相次ぐ
これまで温泉資源に恵まれなかった釧路市周辺であるがこのところ温泉掘削がつづいている。
おもに宿泊特化型のビジネスホテルであるが、幣舞橋のたもとで建設中の「ドーミーイン」が昨年掘削、駅前の来年2月オープン予定の「ルートイン」もボーリングを行なう予定だ。
また、北海道新聞によると「ホテルパコ釧路」でも2008年夏頃をメドに温泉掘削と大規模な増築工事を行い部屋数を現在の167室から218室へ大幅に増やす。
パコチェーンは道民にはおなじみの道内限定宿泊特化型ホテル。
1泊すると割引券が貰え、2泊目以降が格安で泊まれることで知られており、早い時期から各ホテルに温泉施設や最近では岩盤浴施設を完備するなどしてビジネスマンの需要を満たしてきたが、このところの大手宿泊特化型ホテルの道内進出により危機感をかんじているのではないか。
釧路市内には公営の「山花温泉リフレ」があるが、それほど湯量も多くなく温泉としては物足りない(HPには源泉100%とある)。また、釧路市内ではないが北太平洋シーサイドライン沿いの町が温泉を掘削しオープンしたが、すぐに湯が枯れてしまった話を聞いた。
標茶や鶴居など内陸へ入れば温泉資源に恵まれている釧路地方だが、海岸沿いは泉質、湯量ともボーリングをしても恵まれていない。
釧路市内中心部で3軒のホテルが温泉を掘るわけだが、少々心配でもある。

