2008年05月11日更新

これまで知らなかった北海道がわかる 「北海道の歴史がわかる本」

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管理人は北海道の人たちがどこから来たのか(移民)興味があり、よく尋ねるが、一部の人を除いてあまり自分たちのルーツに興味を示さないような気がする。既に入植から130年以上が経過し、すっかり根付いているということであろうが、ちょっと残念な気もする。

今回、紹介する「北海道の歴史がわかる本」(亜璃西社:桑原真人・川上淳著)は、これまで、あまり知る機会のなかった北海道の歴史を、石器時代から近・現代まで約3万年におよぶ時代の流れに沿い、52のトピックスで辿っている。

「北海道に現れた最初の人類は?」「アイヌ文化はいつから始まった?」「北海道にも県があった?」「屯田兵が置かれた本当のワケは?」など、興味惹かれるテーマが次々に登場する。

北海道の歴史というと五稜郭の戦いがあった幕末戊辰の役や、せいぜい松前藩が登場する江戸時代までだが、それ以前にも当然長い歴史があった。しかし、アイヌ民族やそれ以前の先住民のことはわからないことも多い。

この本で興味深かったのはアイヌ人と和人との関わりである。当時、アイヌ人が松前藩や幕府に果たした役割が大きかったことなどを知った。たとえばロシアや中国との交易ではアイヌが仲介役になっており、アイヌを通じて外国と繋がっていたことなどは初耳であった。しかし、アイヌと松前藩の関係は従属的であり、既にこの時代から和人への同化政策が取られるようになっている。

和人が道南に拠点を置き、松前藩が設置された15~17世紀は、世界史的に見ても覇権・植民化の時代である。欧州列強がアメリカ大陸やアフリカ、アジアなどに進出、先住民にとって受難の時代の始まりだが、同じようなことが蝦夷地でも起こっており、ケースはやや異なるが単なる偶然とは思えない。

明治維新となり、開拓の時代を迎えるとアイヌにとっては更なる受難の時代を迎える。狩猟から農業へ強制変更され、集団移住を強いられた。その後の経緯についてはあえて書く必要もないであろう。

和人化政策の法律として1898年「旧土人保護法」(何という名称か)が施行されたが、行政の世界で「旧土人」が使われなくなったのは、何と100年後の1997年「アイヌ文化振興法」が制定されるまで待たねばならなかったというから信じられない。ちなみに、新法成立に尽力したのは、あの萱野茂さんである。

「北海道の歴史がわかる本」では、これまで知らない北海道を知りえ、いろいろなことを考えさせられた。読みやすい内容なのでオススメである。

【参考】亜璃西社 本書紹介のページ

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2008年05月04日更新

『「最長片道切符の旅」取材ノート』 宮脇俊三氏と村松友視氏

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鉄道紀行作家の宮脇俊三さんが亡くなられて5年が経った。現在でも熱心な愛読者が多く(管理人もそのひとり)、著書は売れ続けている。宮脇さんの訃報を訊いた時のショックは半端ではなく、その後、宮脇本の購入は封印していた。

宮脇さんの代表作のひとつに「最長片道切符の旅」(新潮社1979年)がある。ご存知の方も多いと思うが、日本縦断一筆書き乗車券を最初に世に知らしめた作品である。最近になり、「最長片道きっぷ」の取材ノートが、遺品整理中に長女灯子さん(お父様と同じく作家をされている)の手によって発見された。

そのノートが『「最長片道切符の旅」取材ノート』(新潮社)として発売され、売れている。また、「小説新潮」5月号の特集が「宮脇俊三と旅」するで取材ノートの裏話や作者と縁が深い人たちが寄稿している。宮脇さんへの評価は没して尚、上昇しており、新たな鉄道の楽しみ方、ジャンルを提供した意味においてもその貢献は計り知れない。これからも読み続けられるであろう。

宮脇さんは中央公論社に勤められていたが、その編集部の部下に作家の村松友視氏がいた。このお二人、大変な共通点がある。まず、中央公論在籍中に本を書いて、ベストセラーとなっている。そこまでは驚く話ではないが、宮脇さんのジャンルは「鉄道」、片や村松さんは「プロレス」である。

当時、鉄道とプロレスといえば、マイナーオタクジャンルの極みであり、それぞれのファンは隠れキリシタンのようにしていた時期だ。村松さんは新婚当時、部屋を真っ暗にして、見つからないようにプロレス中継を見ていたらしい。

村松さんが「私、プロレスの見方です」を著したのは1980年。ほぼ宮脇さんの作家活動スタート時と同じだが、中央公論社で同じ釜の飯を喰ったお二人が、奇しくも鉄道、プロレスという当時堂々と言うのも憚る2大ジャンルを文学にしたことはすごい!!

その後、鉄道もプロレスも晴れて隠れの身から開放され、今日に至る。実は管理人は鉄道、プロレスともに大好きであり、このお二人には感謝しかない。

小説新潮に村松さんの寄稿があるが、お二人とも会社を辞めるまで、お互いの「趣味」を知らなかったというのも興味深い。

実はよく行く居酒屋に村松さんがたまにいらっしゃる。管理人がカウンター越しにプロレスネタを振ると「またプロレスの話?」といいながら話題に乗ってこられる。できれば宮脇俊三さんのことも訊いてみたい。

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2008年02月06日更新

「JTB北海道時刻表」が休刊、旅の友がまたひとつ減る

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上から「交通公社北海道時刻表」(’68.7)・「JR北海道ダイヤ」(’89.10)・「道内時刻表」(’93.4)

JTB北海道発行の「北海道時刻表」が、3月25日発売の4月号を最後に休刊することになった。「北海道時刻表」の創刊は1944年頃と古く、横長のデザインが戦前の時刻表のようで、なかなか味わいがあった。部数は公称3万部だが最近は落ちていたようだ。

北海道は”時刻表天国”でこの他にも「道内時刻表」(交通新聞社)、2004年までは「北海道ダイヤ時刻表」(JR北海道エージェンシー)があり、暫く3誌体制が続いてた。道内のきっぷ売り場には、JR発足前までは「JTB北海道時刻表」、JR化後は「北海道ダイヤ」が置いてあった。しかし、「北海道ダイヤ」と「道内時刻表」は、共にJR資本の会社が発売しているので、そのあたり整理する意味もあったのか「北海道ダイヤ」は廃刊となっている。「道内時刻表」と「北海道ダイヤ」はサイズも同じで、興味がない人は区別がつかなかったであろう。

道内に多くの鉄路や路線バス網もあった公共交通全盛の時代は、紙面もダイヤでぎっしりであったが、現在では「隙間」を埋めるのにかなり苦労しているような編集だ。以前は多かったホテル・旅館の広告も激減している(これは大型時刻表にもいえることだが)。

先日、九州で地元の時刻表を探したが、交通新聞社の1冊のみであり(西鉄は除く)、いかに北海道が時刻表天国であったか伺える。それだけ北海道は需要があり、公共交通を利用して旅する人が多かった頃の名残であろう。小型サイズの時刻表にはワイド周遊券の旅が似合う。

管理人の本棚には1974年頃からの北海道時刻表が処分しないで何十冊とある。いちばん多いのは「北海道ダイヤ」、次が「「JTB北海道」、「道内時刻表」の順なので売り上げと逆行していたかもしれない。これは東京でも買える「道内時刻表」ではなく、道内発売限定の「JTB」と「ダイヤ」を意識的に選んでいた結果であろう。特にJTB版は紙面がワイドで、ダイヤが見やすく、実用的であった。

公共交通の数が減り、時刻表を片手に旅をする人も減っている。単純なルート検索やダイヤ情報は、PCや携帯のナビサービスでできてしまうが、経路案内ナビは、多面階層的な組み立てをする周遊旅行や遊びごころを加えることができないので、北海道の旅の友は今でも時刻表である。

最後に残った「道内時刻表」には頑張ってもらいたい。
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1968年7月の道内交通地図。国鉄ローカル線の多さもさることながら寿都鉄道、定山渓鉄道、雄別鉄道、羽幌炭鉱鉄道などの私鉄も健在。路線バスのネットワークもすごい

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2008年02月02日更新

朝日1面で紹介された北海道の地方出版、亜璃西社とあざらし君

新・札幌から行く日帰り温泉新・札幌から行く日帰り温泉
本多 政史 井上 哲

亜璃西社 2007-10-24
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現在、朝日新聞夕刊1面の連載「ニッポン人脈記」で、先週から「わが町で本を出す」と題して、地方出版を取上げている。
昨日1日は北海道特集であった。その中には、このブログで何度も登場している「北海道いい旅研究室」の舘浦海豹(通称:あざらし)も写真入りで出ている。噂通りのなかなかの男前だ。最近、シリーズの10号も出ているのでそのレビューも近々に書きたいと思う。

もうひとつ紹介されたのは、「亜璃西社(あいすしゃ)」だ。温泉、アウトドア、グルメなどのガイドものから硬派なノンフィクションまで幅広く出版している。もともとは編集プロダクションであったのでフットワークもよく、その緻密な取材力には舌を巻く。

実は管理人は亜璃西社とは親しくさせていただいている。たまたま北杜のブログを読んで、問合せがあったのがきっかけだが、温泉ガイド本(北海道源泉かけ流しの湯など)などでは他社の追随を許さないほどの正確膨大なデータだ。

昨年、亜璃西社からは管理人に北海道旅行関連の出版依頼があり(内容は秘密)、原稿を書いていたのが、テーマにやや無理があり、現在はリセットの段階である。管理人はライターはやるが、本格的な出版経験はないので、丁寧なアドバイスを戴いているところである。

管理人もあざらし君に負けないぐらいの思い切った切り口と、亜璃西社の本多政史編集長ばりの緻密な取材力と情熱で北海道について書いてみたいと思う。出版化されたら買ってくれ!!

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2007年10月04日更新

旅ガイド&タウン誌が生き残る道「大通ウォーカー」と「すきタン」の例から

旅行、情報ガイド誌やタウン誌は、ネット情報に圧され、苦戦が続いている。旅行雑誌のいくつかは、廃刊になったり、内容を大幅に変更している。また、タウン誌は旅行雑誌以上に台所が苦しく、風前の灯火である。「ウォーカー」のような中央メディアの進出、ネットの普及、地方経済・文化の衰退などが重なり、今では「ウォーカー」でさえも部数が激減している。

先日、札幌・大通地区の飲食店や、ファッションビルなどの情報を満載したガイドブック「大通ウォーカー」が、「北海道ウォーカー」を発行する角川クロスメディア北海道支社から出版された。
この雑誌は、JRタワーが開業して以来、札幌駅前地区に客足を奪われている大通地区が、巻き返しに向けて動き出し、そのよさを訴えようと発売されたものだ。

 最近、「大田区ウォーカー」、「るるぶ相模原市」など観光地といえない場所や狭いエリアを扱った”ご当地情報ガイド”が増えており、そこそこ売れているようだ。「散歩の達人」(首都圏限定)もそうだが、都市部のローカルな地名を冠し、グルメやレジャーから街の歴史まで、意外と知らない地元の穴場情報を網羅しているのものが増えている。

ケースにもよるが、大田区や相模原などは、行政からのバックアップ(制作費持ち)で作られているはずである。景気の悪い出版社にとって悪い話ではないし、情報の切り口としても面白い。「大通ウォーカー」がどういったシステムで発行されているか知らないが、恐らくお金が出ていると思われる。

また、タウン誌の老舗「すすきのTOWN情報」が、風俗関連の情報や広告をやめた。同誌は、1979年12月に創刊され、現在は公称8万部。当初は確定申告の方法など、すすきのの飲食業界向けの情報を載せていたが、飲食店を紹介する記事も掲載するようになり、次第にススキノ総合ガイドの体裁を整えた。

しかし、バブル崩壊で雑誌広告が減り、不景気でススキノの雑居ビルは風俗だらけになってしまった。また、その頃から道外の性風俗情報誌が北海道へ上陸、今でも書店へ行くと「すきタン」と並んで、大判でカラフルな風俗情報誌が並んでいる。

「すきタン」の魅力は、ススキノ文化を伝えているところにあったが、風俗広告と記事が増え、魅力がないものになってしまった。たまに手を取ると、これまでの路線を守りたい意地と背に腹は変えられない現実の苦悩が誌面からも伺い知れた。

女性社長の平野たまみ氏は、コンビニエンスストアが風俗誌の販売を自主規制するようになってきたことも踏まえ、思い切って風俗情報・広告の掲載中止を決めた。
そして、盛り場情報の原点に返り、「大人のための雑誌」に切り替えるとことにした。管理人はこの英断に拍手を送りたい。

今から20年近く前、初めて訪れた札幌でどこへ行っていいのかわからず買った情報誌が「すきタン」だ。その中に新規開店情報があり、オススメ印の郷土料理店とシャンソンが聴けるスナックに飛び込みで入ってみたが、2軒とも大正解であった。

以前はよく購読していたが、風俗記事が増えてから、遠のいてしまった「すきタン」。もう一度、大人が楽しめる街に戻ってほしいものだ。そして、雑誌の第二創刊に期待する。

旅行、情報ガイド誌、タウン誌の置かれている状況は依然厳しいが、読者ニーズを読み取り、質の高い情報が提供できれば生存は可能であると思う。紙のよさも捨てたものではない。頑張れ、地域情報誌。

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2007年10月03日更新

人気低迷で専門誌がなくなったアイスホッケーに救世主が登場

アイスホッケーアジアリーグが開幕したと言ってもご存知の方はごく僅かであろう。以前はサッカーの日本リーグ(JSL)より人気があり、テレビ放映もされていたが、この20年間はジリ貧の状態である。雪印が不祥事で撤退、盟主であった西武、コクドが1チームとなり、古河もクラブチームに変わり、日本リーグ成立が不可能となxった。現在は韓国、中国、ロシア(今シーズンは加盟なし)を加えたアジアリーグ形式で数年前から行われている。

そのアイスホッケー唯一の専門誌「アイスホッケーマガジン」が今年6月で休刊となった。もともと競技人口が少ない上にファン自体の減少もあり、発行元のベースボールマガジン社は、連盟などからの多少のバックアップがあるにしても存続は不可能と判断したのであろう。

管理人も以前は季刊の「アイスホッケーマガジン」をたまに購読していたが、最近は買った記憶がない。他社からNHLものも出ていたが、最近は見かけなくなった。

そんななか先月、苫小牧と釧路出身のアイスホッケー競技経験者が専門情報誌「ブレイクアウェイ」を発行した。競技の情報発信の場を絶やすまいと、先月20日のアジアリーグ開幕を前に道内出身者が立ち上がった。 発行するのは、出版物企画などを行っているケイ・スクウェア社(横浜市)であり、社長は、アイスホッケーが盛んな釧路湖陵高出身である。

ブレイクアウェイはB5判オールカラーで定価990円。創刊号は124ページの特大号とし、巻頭特集でアジアリーグを展望している。年10回、各5千部発行の予定だ。

ローカルスポーツとはいえ熱心なファンも多いアイスホッケー競技。是非、底上げに期待したい。
管理人は首都圏の会場のほか、道内でも2ヶ所で日本リーグを観戦している。特に釧路日本製紙クレインズのホームで見た試合は、その熱さに驚いた。会場全体が知り合いのようであり、恐ろしく競技のことを観客が知っている。東伏見や新横浜のような洒落た雰囲気ではなく、ドカジャンに長靴のオジサンが大声を上げて声援していた。雰囲気としては、サッカーの本場、清水の日本平スタジアムで見た感覚に似ているが、それよりも遥かに濃かった。

札幌では今イチなアイスホッケー人気。コンサドーレやファイターズもいいが、たまにはアイスホッケーにも目を向けてほしい。バスケのレラカムイもできて、ライバルは多いが、王子製紙や日本製紙は、遥か以前から存在する北海道のホームタウンスポーツであることを忘れないでほしい。

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2007年09月11日更新

月刊化した「旅と鉄道」

昨日、書店で「旅と鉄道」(鉄道ジャーナル社)を見つけた。この雑誌は季刊や増刊のかたちで年5,6冊発行されていたが、今回からサイズが小さくなっており、月刊化されていた。その話は前から聞いていたが、折角なのでご祝儀のつもりで10月号を買ってみた。

「旅と鉄道」、一時は毎号のように購読しており、北海道旅行の参考にもしていたが、次第に遠のき、ここ10年位は殆ど購入していなかった。
この雑誌、歴史が古い。管理人が小学生時代、ちょうどSLが廃止になり、「ディスカバージャパン」、アンノン族など個人旅行が流行り始めた頃に創刊されている。その間、編集方針は概ね変わっておらず、ローカル線や寝台車、紀行文など独特の「イズム」が貫かれていた。

しかし、さすがに最近はマンネリ化が目立ち部数も落ちていたことであろう。繰り返しの企画に著作陣の顔ぶれも殆ど変わらない・・・また、メインの「鉄道ジャーナル」ともそれほど内容が変わらない紙面構成。

今回の月刊化は明らかに新しい読者層、中高年層を狙っている。まだ様子見であろうが、話題の女性鉄道旅行ファン獲得も視野に入れている編集である。
大人の青春18きっぷものが、そこそこ売れており、ミドルエイジ向け趣味雑誌に「豪華寝台」や「ローカル線」を特集すると部数が上がるのでターゲットを変えてみたのであろう。

さて内容であるが、基本的には以前のままだ。新しい企画もあるがどれもが中途半端。相変わらず文字数が多く、ビジュアルが少ない。レイアウトも全く変わっていない。これで新しい読者を獲得できるであろうか。
月刊「旅」がJTBから新潮社に発行が移動した途端、180度内容を変え、女性を意識したものにして、こけた例もあるので”突然変異”も危険だが、鉄道雑誌愛読者だけではなく、時刻表購読者、「自遊人」や「一個人」、「danchu」など趣味系雑誌のエッセンスももっと取ってもいいのではないであろうか(あえて避けている気もするが)。

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2007年05月05日更新

新書[夕張問題]

夕張問題
夕張問題鷲田 小彌太


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市長選挙が終わり、夕張の加熱報道もひと段落した。この連休前にタイミングよくいちれんの夕張を扱った「夕張問題」(著者:鷲田小弥太)が新書で発売された。

この本を読んで興味深かったのは、戦後、夕張は二人の人間に牽引されていたことだ。ひとりめは、北炭の総帥でフィクサーである萩原吉太郎、もうひとりは、町を「タンコウからカンコウ」に変え、24年にわたり市長であった中田鉄治である。

炭鉱があった頃は萩原に、そして斜陽時代から閉山後は中田にと二人の強烈な個性とリーダーシップによって夕張が仕切られていた。
萩原は政治のドンであり、中田は労使出身と環境が全く異なるが、「中田の精神的・実戦的モデルが萩原であった」とある記述は興味深い。
絶対的な頂点が常に存在したいたため、チェック機能がはたらかず、「王制」のような状況であったのではないか。

この他、炭鉱の歴史や夕張メロンのブランド化の話など、これまで知られていない話も出ており、面白かった。夕張のとなり、夕張郡栗山出身である著者の熱い思いが文章に出ているが、構成がやや雑であり、後半部分はあちらこちらへ話がとんでいるが残念である。企画⇒出筆⇒編集⇒発売までの時間が少なかったのかもしれない。

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2007年04月28日更新

徒歩系のガイドブック「なまら蝦夷」No.6

なまら蝦夷6号
なまら蝦夷6号北海道・なまら宿主55人 松岡つとむ 宮澤英子


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徒歩系の宿主たちが書いたガイドブック「なまら蝦夷」6号を購入した。
「なまら」は、徒歩系(クルマなどを使わずにのんびりチープに旅をする人たち)旅行者をターゲットに、道内の宿主55人が書いたガイド&エッセー本である。

宿主の多くが、元はと言えば、北海道フリークスの旅行者であり、旅には飽き足らず移住してしまったという人たちである。昔のカニ族やバッカパッカー、ユースホステル族の流れを汲んでおり、紹介されている宿は手作りの質素な宿ばかりであるが、多くが2食付5千円前後で泊まることができる。

管理人は、徒歩系といわれる宿にはお世話になったことはなく(マチナカの旅館は好き)、北海道ファンの間でも、好みは分かれと思う。
道内ユースホステルの数が減り、これらの宿が、代わりをしてくれているが、最近は若者の旅行離れや嗜好の変化、飛行機・レンタカー利用による旅行期間の短縮など宿を取巻く情勢もきびしいだろう。

「なまら蝦夷」、ガイドブックとしては、なかなか秀逸である。特に地元でしかわからないようなスポットや情報が手作り地図で紹介されている。自称・道内大半の観光地へ行った管理人でも、たとえば士別市の西士別五湖や川西の丘など”未踏破”の情報が2ページにわたって紹介されている。

最近、大手出版社系のガイドブックも団塊を意識してか「歩く」に関する企画が増えている。しかしながら紹介される情報は、既存のお決まりの場所であり、新鮮味がない。
そういう意味では、「なまら蝦夷」の情報は新鮮で、クルマでまわるにしても役に立つ。

3年ぶりの発行らしいが、ページの所々に北海道への愛情が伺える。
「なまら蝦夷」は、おもに道外旅行者をターゲットであろうが、是非、道内の人も目を通してほしい。新しい発見があると思う。

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2007年04月20日更新

「サーベイ北海道版」が発売される

サーベイ北海道
サーベイ北海道

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マップルでおなじみの昭文社から口コミ型のガイドブック「サーベイ北海道」が発売された。サーベイは、観光客の声をそのまま誌面に掲載して、観光客の評価の声とそれに対するお店側のコメントを掲載している。店からの掲載料や広告を載せないなど公平性を目玉にしている。

管理人はサーベイ1号の青森版を買ったことがある。確かにこれまでにない切り口のガイドブックであるが、どこか物足りなさをかんじた。webの口コミ情報にミシュランの要素を加えているが、紙媒体のため情報が古い、また、店評価も緩く、遠慮もかんじた。企画の意図は評価できるが、どこまで突っ込めるかである。

最近、書店へ行っても旅行ガイドブックのコーナーが縮小されているところが多い。ガイドブックの数も明らかに減っている。間違いなくインターネットに食われているが、この流れを食い止めるのは至難の技であろう。特に口コミ情報などはネットがもっとも得意とする分野である。情報の信頼性という問題があるが、ユーザーもそれをわきまえて情報収集している。

サーベーは速報性では勝てない。あとは情報の正確性や信頼性での勝負である。フランスのミシュランが今秋、日本版を発売することになったが、管理人はミシュランは過去の遺物と思っている(読み物としては面白いがあれはガイドブックではない)。昭文社のサーベイは、米国の「ザガットサーベイ」をベースにしていると思うが、新しいガイドブックの形として受け入れられるであろうか。

むしろホテル・旅館の厳正な客観的評価によるガイドブックはできないであろうか。サービス面を評価するのは難しいのでハード面や温泉の内容・食事の傾向など事実のみを著し、数字で出せるものは出し,
DBをもとにした評価を下す。
日本の宿はカテゴリー分類が難しく、名前を見ただけではどんな宿なのか理解できない。外国人観光客にも喜ばれるであろうし、日本人にとっても1冊あればありがたい。

まだまだ売れる可能性がある旅行ガイドブックはあると思う。

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2007年03月11日更新

大正時代の函館が生き生きと描かれた『はこだて記憶の街』

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昨日は久しぶりに神田・神保町の古書街を歩いた。
古い地図や絵葉書、旅行関係の資料が揃う泰川堂書店では、昭和8年発行の「旅行日本」という雑誌と昭和29年昭和天皇が北海道を巡られた記念に発行された道内絵地図(北海道鉄道管理局発行)を購入した。

もう一軒、地方出版物を専門に扱っている書店を覗く。あざらし君の「いい旅」が積んであったが、その横に「はこだて記憶の街」という写真集を発見。ページを捲ってみると1920年代の函館の町並みと人々、風俗などが描かれているこれまで見たこともない写真集なので思わず衝動買いしてしまった。

作者の熊谷孝太郎は、函館在住のアマチュアカメラマンらしいが、これまで作品が紹介されることはなかった。最近になって膨大な写真が発見され、1冊の本になったようだが、これは都市風俗として恐ろしく貴重なものである。都会ならともかく函館という地方都市を描いているところに意味がある。

街を走る市電、連絡船乗り場、芸者衆、銭湯の風景、映画館、子守の女の子など生き生きととらえている。写真全体に活気があり、当時の函館が今と較べていかに元気であったのが伺い知れる。

この写真集、2,800円と手頃である。
はこだて写真図書館編・刊「熊谷孝太郎『はこだて記憶の街』」発売モール。ISBN978-4-938628-49-9

はこだて記憶の街
はこだて記憶の街熊谷 孝太郎


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2007年02月11日更新

北海道いい旅研究室9

おなじみ、あざらし君の「いい旅9」が昨年12月に発売された。札幌の書店では12,1月の売上げ1位となったというから驚きである。「いい旅8」が出てから1年半が経過していたので、いつ出るかも忘れかけていた頃。前号が150頁570円であったが、「いい旅9」では160頁となり630円である。
内容はこれまでとさして変わらないが、「正直すぎる奥尻島ガイド」など趣向を変えた企画もある。

この「いい旅」シリーズも1号から10年近くが経つ。当初は松田教授とともに源泉掛け流し塩素なしの”正しい温泉”にこだわった。このテーマをかなり早い時期から取上げたことは、ヨミが鋭く、ニーズを摑んで、宿が正しい方向へ向かっているので評価すべきだ。

最近のアザラシ君のお好みを見ていると天敵であった野口観光が経営する新しいホテル「望楼NOGUCHI登別」や、支笏湖、富良野、ニセコなどにある寶亭留(ホテル)でおなじみの翠山亭グループをえらく評価したりするなど変化が伺える。違和感を覚えたあざらしファンもいるかもしれない。

あざらし君の中では、源泉掛け流しの「正しい温泉」はひとつの使命を終え、北海道が苦手としているホスピタリティの部分にスポットに当てようとしているようである。
湯守が辛うじて守る一軒宿や糠平のような瀕死の温泉街を自ら何とかしようと足とペンで動くあたり好感が持てるし、目のつけどころは悪くない。

しかし、客観的にみてお気に入りの宿には大甘の採点(期待を込めて?)であり、たとえば「銀婚湯」を最初から高評価しているが、あのクラスの個人客重視の宿は本州ではいくらでもあり、「どうして?」と思ってしまう。そのあたりは差し引いて読む必要があるであろう(銀婚湯は道内では数少ない個人客重視の宿であるが、食事、値段など総合評価してほしい)。

道新の「あざらしの温泉宿ベスト30 2006年」にも書いてあるので参考になる(以前はあれほどボロクソ言っていた道新だが)。

あざらし君に対する評価はいろいろある。直接、本人に会ったことはないが、管理人の交流がある宿の主人や出版関係者は、「問題あるけどあれはあれで憎めない奴」、「ガイドブックではなく読みものしてみればいい本」などいろいろな評価がある。何となく最後は認められてしまう得な性分のようである。
また、あざらし君のお気に入りのはずだが、毎号紹介されない温泉宿があるのも面白いところである。

管理人もあざらし君の本への意見はあるが、今のままのポジションがいちばん似合っている気がするし、影響力もあるのではと思う。きっと10号も買うであろう。

北海道いい旅研究室 (第9号)北海道いい旅研究室 (第9号)
舘浦 海豹

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2007年01月28日更新

「女子と鉄道」酒井順子と宮脇俊三さん

女子と鉄道女子と鉄道
酒井 順子

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最近、読んだ本のなかに「女子と鉄道」(酒井順子著・光文社)というものがある。

本のキャッチが、”茶道、華道、鉄道!女子にも乗れる鉄道入門”ということで、山手線内外完乗からローカル線試乗、特殊な鉄道紹介、通勤電車の痴漢や鉄研に関することなど多岐な鉄ネタを紹介しており、これまでの鉄道エッセーとは全く違った雰囲気に仕上がっている。
女性、鉄ちゃんをはじめ鉄道に興味がない人が読んでも楽しめる内容だ。

著者の酒井順子は”30代・未婚・子ナシ”の女性を描いた「負け犬の遠吠え」で、”負け犬ブーム”を作ったことで知られているが、女鉄ちゃんとは知らなかった。

作品の冒頭に彼女が故・宮脇俊三さんのファンであることを告白している。読んでいくにつれ宮脇氏を思い出させてくれる箇所がある。
彼女の辛口は相変わらずだが、淡白そうで観察力鋭く、鉄道に対する愛情をかんじる。また、文章が上手くて品がある。このあたりは宮脇さんとの共通点であり、影響も受けているのであろう。やや文章にクセがあり、句読点の使い方が独特なので最初は抵抗をかんじるかもしれないが。

さて作品を読んで、女鉄ちゃんと男鉄ちゃんとは鉄道に対する見方が違うことがわかった。酒井順子独自の視点かもしれないが、多分、女性は目的からして違うのではないか。想像だが、女性はシンプルに乗ることだけを楽しみにしており、ガツガツしていない。あまりに前知識が多すぎると旅をしていても落ち着かなくなる。その点、女性は情報へのこだわりが少ないような気がする。

また、作者は最近、鉄道好きと思われるひとり旅の女性が増えてきたといっている。確かにそれはかんじる。勿論、昔からひとり旅好きの女性はいたが、最近は年齢が以前より上がり(30代ぐらいが平均でシニアも多い)、リピータも多い気がする。

その世代の女性はイメージからすると伊豆・箱根の高級旅館やスパがあるホテルなどを好みそうだが、すべてがそうではないであろう。かなり目が肥えている世代であり、ものの良し悪し、本質が見抜ける年齢でもある。違ったタイプのスタイルの自由時間を使い分けることも可能であろう。

ひとりの鉄道旅行は、誰にも邪魔されず、自己解放ができる贅沢な時間である(と思う)。受動的な開放感とでも言おうか、その悦びを知る女性が増えてきているのであろうか。

「女子と鉄道」、装丁のデザインがいい。まさに女性のものだが、この作品の購買層は男女どちらが多いにかも興味がある。書店の鉄道コーナーでは平積みしてあったが、鉄道書籍の購買層と酒井順子の「距離感」が何ともいえずいい。

また、本の最初には米坂線、最後にはわたらせ渓谷鉄道を紹介している。米坂線は宮脇俊三さんが終戦を迎えた日に乗車していたエポックな線。わたらせは、国鉄全線を完乗し、最初に出版をした「時刻表2万キロ」という名著があるが、そのなかで最後に残った乗車区間が、旧足尾線、今のわたらせ渓谷鉄道なのである。

それに敬意を表し、最初と最後に持ってくるあたりはニクい。終わりのタイトルも「旅の終わりは、宮脇さん」(笑)。
宮脇さんは全く新しいジャンルの紀行文学を生み出した。彼女もこれから何をやってくれるか楽しみである。
酒井、お前やるなあ、といったところである。

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2006年07月27日更新

これが最後か、貴重な連絡船写真集

青函連絡船の記録青函連絡船の記録
金丸 大作

生活情報センター 2006-06
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函館市湯川町2の金丸大作さん(81)がこのほど、生活情報センター社(東京)から写真集「青函連絡船の記録」を出版した。金丸さんは1944年から83年まで、青函連絡船の無線通信士として勤務。仕事の合い間に撮影した連絡船の勇姿や船内の様子などの写真数万点の中から約290点を厳選し、5つの年代に分けて紹介した。(7/24函館新聞)

青函連絡船が消えて18年が経過した。次第に記憶も過去のものとなり、各地へ散って行った連絡船の大半が一線から退いている。函館港に停泊する摩周丸はメモリアルシップとして丁寧に保存されており、もっとも幸せな晩年を送っているといえるが、訪れる人は少なくこれから先どうなるかわからない。

「青函連絡船の記録」は久しぶりに出た連絡船書籍である。撮影した金丸さんは連絡船が空襲により、大半の船を失った戦争末期、そして洞爺丸沈没に代表される1954年の台風被害という二度の壊滅的危機の時に乗組員として現場にいた人だ。
昭和20年代の写真は貴重である。洞爺丸ほか遭難した五隻、駅や船内での乗客やそこではたらく人などが登場する。第一級品の資料であり、まさにお宝といっていい内容である。今後これだけのものは出てこないのではないか。

この写真集に収められているものは戦後史資料としても興味深い。

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