2008年04月16日更新
都はるみの「小樽運河」、気になる歌詞
先日、歌手の都はるみの最愛のパートナー中村一好さんが自ら命を絶たれた。プロデューサーとしては大変才能があった方のようで石川さゆりの「天城越え」、都はるみの「千年の古都」など演歌を超えた演歌を作っている。
担当作品の中に「小樽運河」がある。この作品は都はるみカムバック第一作のもので1990年にリリースされている。吉岡 治 作詞 弦 哲也 作曲
メロディはこちら
精進落としの 酒を飲み
別の生き方 あったねと
四十路なかばの 秋が行き
セピア色した 雨が降る
イェスタディを聴きながら
二人歩いた
あぁ 小樽運河
誰のせいでも ないけれど
これで終わるの 始まるの
あなたはほんとの 男なら
私一人に させないわ
イェスタディを抱きしめて
揺らぐガスライト
あぁ 小樽運河
上りのディーゼル 待ちながら
やっぱり明日も 漂って
傘をあなたに 貸したまま
セピア色した 雨が降る
イェスタディをもう一度
窓のむこうに
あぁ 小樽運河
イェスタディをもう一度
窓のむこうに
あぁ 小樽運河
これまでの演歌にない演歌、むしろ新ジャンルを創ろうとしている意気込みをかんじる曲、詩、アレンジである。メロディは「星の流れに」(菊池章子)、「東京ブルース」(西田佐知子)に似てないこともなく、アレンジは「センチメンタルジャーニー」(松本伊代ではない)を参考にしているが、けじめをつける旅、団塊世代と思しきヒロインに「イエスタディ」となかなか意欲的な詞である。
気になるのは3番目の歌詞、「♪上りのディーゼル 待ちながら」である。驚いたのは「ディーゼル」というフレーズ。小樽駅から上りといえば倶知安、長万部方面である。小樽から先は電化されたおらず、すべて気動車・ディーゼルカー。作詞の吉岡治氏はそこを忠実に再現しており、具体的で、職人技だ。
普通の演歌歌詞ならこの部分、「♪上りの列車を」、「♪上りの夜汽車を」あたりが来るであろうが、「ディーゼル」と使ったことでリアリズムが発生している。「♪上りの気動車」では田舎臭く、マニアになってしまう。いろいろな部分で新生・都はるみを送り出そうという意気込みがかんじられる曲である。
このヒロイン、上りのディーゼルに乗ってどこへ行ったのであろう?「小樽のひとよ」の時代なら函館まで客車に揺られ、青函連絡船乗船だが、時代は1990年。倶知安あたりでもう一度「上りのディーゼル」を待ったかもしれない。
それにしても小樽運河」の楽曲はいい感性。しかし、垢抜けすぎていて大ヒットには結びつかなかったのであろう。「千年の古都」もいいが、それまでの唸り節の都はるみとは違いすぎてファン層を捕らえられなかった。現実と理想の狭間で創作活動は難しい。
2007年12月06日更新
デュエットの王道「北空港」と遠距離恋愛ソング
先日、歌手の桂銀淑(ケイウンスク)が覚せい剤で逮捕された。
この人、だいぶ前に札幌のホテル客室で暴れてスイートルームを破壊したという話を聞いたことがある。クスリをやっているのではないかと噂されていたが、やはりそうであった。
彼女と作曲家・浜圭介のデュエットソングに「北空港」がある。あまりにも有名で、デュエットの王道を行くような曲だが、この歌の歌碑が新千歳空港ターミナル2階にある。ボタンを押すとメロディが流れるが、「逮捕された人の名前を掲げておくのは、観光施設としてふさわしくない」と理由で、今週中にも歌碑から「唄・桂銀淑&浜圭介」というシールをはがすことになってしまった。浜圭介さん、お気の毒である。
管理人も「北空港」は好きな曲。北海道で唄ったことはないが、これを歌うと千歳か札幌(ススキノ)にいるような気分になる。
この曲のテーマは、ススキノのホステスさんと店のお客さん(多分、転勤か頻繁な出張で北海道に来る道外の男性)の恋愛という「定番」ものである。
こういう関係をテーマにした曲は多く、ロスプリモスの「札幌の星の下で」の歌詞では、♪泣きじゃくる 泣きじゃくる 千歳の空を 今日も飛ぶ あのオーロラよ♪という部分がある。ここに出てくる「オーロラ」とは、昭和40年代、真夜中に東京-千歳を飛んでいた「オーロラ号」のことだ。きっと好きな男が、ススキノで飲んで、午前2時頃に千歳を飛び立つYS11で帰ってゆくのであろう。いい時代である。
千歳ではないが、最近歌碑ができた「小樽のひとよ」(鶴岡雅義と東京ロマンチカ)も東京と小樽の遠距離恋愛ソングである。その後、アンサーソングとなってシリーズ化されたが、この曲のイメージは空港ではなく青函連絡船である。今から40年も前の曲だが、当時、東京と北海道は遠かった。遠距離恋愛の舞台には最高である。
時代は遡り、バブルの頃には東海道新幹線の日曜最終列車を舞台にしたユーミンや山下達郎の”シンデレラエキスプレス”のCM(You Tubeの画像、懐かしいです)が流行した。この頃になると便利な新幹線のおかげで頻繁に逢えるようになり、遠距離恋愛にも悲壮感がなくなっている(主人公は日陰の女ではなく、男女雇用均等法が施行され、総合職ではたらいているようなOLのイメージだ)。関係が対等になっている。
「北空港」も同じ時代の曲だが、航空機の大衆化により、札幌まで頻繁に会いに行けるようになる。
管理人もこの頃から金曜夜の飛行機か「北斗星」で北へ向かうようになった。北海道新幹線開通までまだ時間があり、当面は遠距離恋愛が絵になりそうな北海道である。
2007年08月01日更新
阿久悠氏死去と「ざんげの値打ちもない」
今日から8月。北海道や観光産業の話題と関係ないが、作詞家の阿久悠氏が亡くなった。ここ数年、たまにテレビで姿を見ると身体が不自由そうで、どこが悪いのかと思ったいたが、がん闘病中であることは知らなかった。
ちょうど今日は甲子園の全代表が出揃った日。毎年、この時期になると阿久氏は、愛する高校野球に関するコラムや詩を書いていたが、これも何かの偶然だろうか。そういえば朝日放送系「熱闘甲子園」のテーマソングは阿久氏の作詞。詞は流れないが、確か高岡健二が歌っているいい歌だ。
昭和歌謡の全盛に育った管理人にとって阿久氏の作品は強烈な印象を残している。歌詞がまるで絵コンテのように焼きついてきて、言葉の天才といえよう。若い頃は、その強すぎる詩が曲を喰ってしまっているようにかんじられ好きになれなかったが、後からその凄さがわかってきた。決して曲を喰っておらず、むしろ最高に引き立てているのだ。同時期に活躍したなかにし礼とは、剛と柔で対極的な作風であるが、文学的であることには共通している。
阿久氏の作品は5千近くあるそうだが、管理人が最近お気に入りなのが、もっとも初期の頃の作品「ざんげの値打ちもない」(1970年・北原ミレイ)である。おそろしく重く、ドラマチックな歌詞であり、それまでの歌謡界の常識を破る、ある種の掟破りのような作品である。若き日の阿久氏のパワーをかんじ、本人もお気に入りのようだ。
以前、この作品のイメージを「ポルトガルの教会のクリスマスの夜」だと聞いたことがあるが、すごい発想力である。
先日、日本映画で「歌謡曲だよ!人生は」が上映された。昭和歌謡黄金時代の名曲12曲をモチーフにした短編12作品で、そのなかで「ざんげの値打ちもない」もオムニバスのひとつになっている。余談だが、ざんげの値打ちもないは、1971年「ずべ公番長・ざんげの値打ちもない」(大信田礼子主演・今、彼女は都倉俊一氏夫人なので阿久悠氏とは因縁をかんじる)というタイトルで映画化されている。すさまじい題名だが、当時は東映夜の歌謡シリーズなどヒット曲と抱き合わせた作品が多い。
尚、札幌のシアターキノで4日から「歌謡曲だよ!人生は」が上映されるので、興味がある人は見てほしい。
「ざんげの値打ちもない」の画像をYouTubeで調べたが、ないのでカラオケ(インストロメンタル)で紹介。
♪1
♪2
♪3
強烈なインパクトをリスナーに与え、作詩の世界に革命をもたらしたといってもよい阿久悠氏。長く歌い継がれるであろう。
【参考】阿久悠氏オフィシャルサイト
2007年07月09日更新
小樽文学館で昭和歌謡の企画展を開催
小樽をテーマにした名曲は多い。大半が昭和中期から後期にかけてつくられたものだが、鶴岡雅義と東京ロマンチカの「小樽のひとよ」にはじまる小樽シリーズ、昭和後期には都はるみの「小樽運河」や裕次郎の「北の旅人」など枚挙にいとまがない。
「小樽のひとよ」が流行ったのは幼少だが、それでも強烈な記憶があり、管理人にとって、それが小樽の原型となっている。
名曲を生んだ小樽だが、運河近くにある市立小樽文学館で7日から企画展「昭和歌謡全集小樽編-流行歌にみる戦中・戦後」がはじまった。
小樽にまつわる名曲や小樽にゆかりがあるナンシー梅木やこまどり姉妹などの資料が展示されている。
最近は昭和懐古ブームで、歌謡曲でも映画「歌謡曲だよ、人生は」という名曲をテーマにしたオムニバス式の映画が上映中である(見た)。今回の展示が、テーマパークのようなエンタメ系ではなく、伊藤整や小林多喜二などの小樽文学系の展示で有名な文学館でやるところに意味がある。何度か文学館は訪ねているが、好きなところだ。9月2日までやっているので行ってみようと思う。
実は、管理人、行きつけの小料理の仲間と年に貸切で数回カラオケ大会をやる。それもふつうのカラオケではなく、テーマを決めて唄うのだ。これまでの例でいうと「70年代アイドル」、「ご当地ソング」、「ご当地ソング海外編」、「乗り物に関連する唄」、「色がつく唄」などバカなイベントをやっている。小樽に関連する唄でも結構ありそうであるが、ひとまわりでネタ切れしそうである。
2006年11月06日更新
内山田洋氏死去で考えたグループリーダ論
少し話題を変えましょう。
今日の新聞各紙に元クールファイブのリーダーであった内山田洋氏が亡くなった記事が出ていた(享年70)。前川清離脱後はメンバーがひとり去り、二人去りでお笑いに近いようなことをやっている元メンバー(あの小林さんが後川清とホットファイブというモノマネグループにいる)もおり、悲しい思いで見ていた。
クールファイブ転落の最大の原因は前川清の個性が強すぎ、ボーカルが前川ひとりであったため、その後の修正がつかなくなったことだ。通常、歌謡コーラスは2人以上のメインボーカルを抱えているが、クールファイブは前川ひとりで、次の準備をしていなかったのではないか。
管理人はクールファイブのCDを持っているが、そのなかで前述した南州太郎似(古い)の小林さんの歌を聞いたが、とても聴けるものではなかった。クールファイブ凋落の原因は、申し訳ないがリーダーの落ち度といえよう。
クールファイブと同じ「中ノ島ブルース」を唄う北海道出身のグループでアローナイツをご存知であろうか?クールファイブの「中ノ島ブルース」はもともとアローナイツの持ち歌で競作となった。中ノ島の詞はもともとすべて札幌がテーマである。また、メンバー全員赤平の炭鉱出身のバンド仲間という異色グループであった。
アローナイツは決して楽器などは上手くなかったようだが、ヤマ出身らしい団結力を誇った。そこそこ売れていたが、1990年頃にリーダーの秋庭豊が亡くなった。その後、再スタートをきったが、メンバーがひとり去り、ふたり去りで今はボーカルの木下あきらがアローナイツを名乗ってソロで活動している。
アローナイツもセカンド・ボーカルがいなかった。残りのメンバーはどうしているのであろうか。
グループを束ねるのは難しい。独裁者といわれても亡くなったいかりや長助のような強烈なリーダシップも必要であろう。また、包容力、寛容力も大事である。
東京ロマンチカのリーダーで「小樽のひとよ」の作曲家である鶴岡雅義などはメンバーが何度も出入りを繰り返しながらもメインボーカルを育成し、とぼけた顔をしながら「危機」に対応している。
リーダーはボーカルで稼がしてもらい、ボーカルは有名にしてもらった恩がある。条件をクリアすれば気持ちよく、どこかで送り出すのが、リーダーの度量であろう。
クールファイブの場合、前川清としてみれば充分、ご奉公をしたので卒業したつもりであろうが、結果的には喧嘩別れのようになってしまった。詳細はわからないが両者の器量が問われると思う。
音楽グループに於いてもリーダーのリスクマネージメントが問われる。
よく、子供の頃、マネをしたクールファイブごっこ、大人になったからも何十回とカラオケで唄った。特に「逢わずに愛して」が好き。これでまた昭和歌謡黄金時代が遠くなってゆjく。
内山田氏のご冥福をお祈りします。
2006年08月28日更新
「こまどり姉妹がやってくる ヤア!ヤア!ヤア!」12月に公開
先日、このブログ欄で双子のリリーズを取り上げたところ思わぬアクセス数をいただいた。
そのリリーズの姉貴分といえばザ・ピーナッツを思い起すであろうが、もう一人忘れていけない「双子」がいる。同じ北海道出身の「こまどり姉妹」だ。
そのこまどり姉妹が今夜、テレビ東京系の「昭和歌謡大全集第27弾」(27回も続いているのは賞賛だ)に久々テレビ出演をしていた。七五三のような派手な振袖は健在であったが、昭和の塊のような濃い番組であった。特に「うぐいす芸者歌手」特集というタイトルで芸者スタイルの歌手のアーカイブスをやったが、さすがテレ東といいたくなるようなお宝映像であった。
さて話が逸れたが、こまどり姉妹の映画が近々に公開されることをご存知であろうか。
昨年の春頃から映画を撮っている話は道新で読んで知っていたが、全く内容がわからなかった。ネットで調べるとタイトルが「こまどり姉妹がやって来る ヤア!ヤア!ヤア」(スゴ過ぎるタイトルだ!!)。
監督は片岡英子。この人も知らない。こまどり本人が主演なので多分、ロードムービー風なのであろうか。 公開は今年の12月にされそうだ。
こまどり姉妹というと不幸一色いう子供の頃のイメージが残っており、これほど薄幸さが似合う歌手も珍しいであろう。リリーズを一緒にしては失礼かもしれないが、リリーズにもデビュー時、翳りに似たものをかんじた(美しいものとして)。
両者の歩んだ道がまるで違うので比較の対象にならなが、北海道出身の双子歌手(こまどりは釧路出身)であり、ブランクからの復活などいくつかの共通点を思い浮かべた。
2006年05月29日更新
ばんえい競馬が舞台 「雪に願うもの」を見て
週末、久しぶりに邦画を見た。ばんえい競馬を舞台にした『雪に願うもの』である(道内は4月に先行ロードショー)。
詳しいストーリーなどについては公式HPを見ていただきたいが、一度は故郷を棄てた青年(伊勢谷友介)と兄(佐藤浩市)の不器用な対峙と兄弟愛をばんえい競馬の厩舎を背景に描いている。人生の居場所を失った青年が自分と同じように崖っぷちに立たされてしまうウンリュウという馬に巡り会い、再びスタートラインにつく物語である。
前評判の高い映画であったが見ての感想は意外に凡作であった。人物設定、心理描写などが中途半端、兄弟関係も型にはめられ過ぎており、豪華な脇役陣も含め活かしきっていない印象を受けた。テレビドラマの延長線レベルであり、根岸吉太郎監督の作品としては評価が低いのではないか?
評価が分かれるところであろうが、見終わって印象が薄い作品であった。
原作は帯広在住の作家・鳴海章の小説「輓馬」。2000年に公開されたロードムービー『風花』に続く作品だが、前作では相米慎二監督がメガホンを取り、「輓馬」を読んだ相米監督が映画化を希望していたが、2001年に他界。根岸吉太郎監督がその遺志を引き継いだ。
『風花』で新境地を開拓した小泉今日子が再び厩舎の賄いの役で出演していたが、彼女の空気のような存在感が出ていなかった。
廃止も検討されている「ばんえい北海道競馬」であるが、この映画で多少のPRになったであろうか。
私も何度か観戦したいと思いながら競馬場へ足を運んだことがない。馬体重と同じぐらいのハンディを背負いながらのレースは壮絶である。
道東で細々と行なわれている草競馬(ギャンブルではない)とばんえい競馬は北海道開拓の歴史そのものである。つきなみの言葉だがいつまでも残してもらいたいものだ。
