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追悼・原田康子さんと映画「挽歌」、トレンチコートが似合う女性がいなくなった

2009年11月16日掲 載

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「挽歌」主演 怜子役の久我美子さん

作家の原田康子さんが10月20日に亡くなられた。その原田さんを偲び、14日から北海道立文学館で、ミニ展示コーナー「追悼 原田康子」が開催されている。入場は無料。「挽歌」「海霧」などの代表作や直筆の色紙など約20点を展示され、なかでも、10年以上親交のあった同館副館長の平原一良さんが撮りためたポートレートは大半が未公開だという。

原田さんはマスコミに殆ど登場しない作家だった。また、作家歴の割には作品数も少ない。作風同様、神秘的なイメージがある方だが、管理人が名前を知ったのは釧路旅行がきっかけであった。1990年頃だが、ちょうど原田さん原作の映画で原田知世主演の「満月」が上映されていた時で、そのあたりもきっけとなり、かなりの長編「挽歌」にトライ。次に「海霧」、「恋人たち」と釧路をテーマにした作品を読んだ。フランスのサガン登場時と似た瑞々しさとロマンチズムがあり、管理人を釧路&原田ファンにしたきっかけにしたのが「挽歌」である。

だいぶ前にビデオで「挽歌」を見た。昭和32年の作品だが、当時の釧路の町はとても日本とは思えない。原野に一本道、まるでロシアか北欧のようで、映画の中でも霧が多く登場する。50年代フランス映画のような日本なのに異国情緒ある作品である。釧路の広大な風景と当時としてはモダンな家とインテリア、そして何といっても主演の久我美子が原作のイメージを厳守している。

原田康子さんは「髪が長く、ガリガリに痩せていること」ことが女学生・怜子役の絶対条件だったらしいが、久我はそれにピッタリであったので安心したという。当時、人気急上昇のオードリーヘップバーンをかなり意識したらしいが、トレンチコートに黒のタートルネック、同じく黒のパンツにローファーは今見てもカッコいい。また、煙草をふかすシーンがあるがこれもきまっていた。この作品の衣装担当は森英恵さんで音楽は芥川也寸志という豪華版である。

管理人はトレンチコートを着る女性が好きだが、最近は見なくなった。ミーハーだがバーバリーのコートが似合う女性はいいと思うが。


管理人の中で、渡辺淳一の私小説「阿寒に果つ」の主人公、時任純子は「挽歌」の怜子とイメージがダブる。純子のモデルとされている渡辺の初恋の相手、加清純子は冬の阿寒湖で行方不明となり、その春に発見されたが、渡辺の高校時代は「挽歌」が発表される前。しかし、何らかの影響を受けているのではないかと推測する。

二人の主人公に共通するのは魔性とは言わないが、昔のフランス映画に出てきそうな男性がどこまで理性を正常に保てるかわからないような女性。先ほどはオードリーヘップバーンと書いたがちょっと違う。フランスならジャンヌ・モローかジェーン・バーキンあたりであろうか。


話が逸れたが、渡辺淳一文学館、原田さんの展示が行なわれている道立文学館も中島公園内にある。久しぶりに原田康子さんの作品を読み返してみたくなった。

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札幌芸術の森にオープンした「佐藤忠良記念子供アトリエ」へ行ってきました

2008年10月08日掲 載

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芸術の森・佐藤忠良作品の屋外展示とアトリエ いちばん下は釧路・幣舞橋 四季の女神像

札幌市南区にある「札幌芸術の森」にこのほど日本を代表する彫刻家である佐藤忠良を記念した「佐藤忠良記念子どもアトリエ」がオープンした。管理人は忠良氏のファンで早速、10/3に出かけてみた。

佐藤忠良は1912年に宮城県に生まれ。13~21歳の青少年期を札幌や夕張で過ごしており、芸術の森の屋外彫刻展示にはオープン時からの作品がいくつかある。また、宮城県立美術館には「佐藤忠良記念館」があり、過去に訪れたことがあるが、釧路・幣舞橋「四季の女神像」の夏像も有名だ。女優の佐藤オリエは同氏の娘だが作品にも多く登場する(佐藤オリエといっても知っている人少ないかな。過去、寅さんのマドンナにも登場したが最近は姿を見ない)。

管理人は以前、朝日カルチャーセンターで彫刻を習っていたことがある。そのきっかけとなったのが、芸術の森で見た忠良作品であり、あれだけ具象的に女性の美しさを表現できればと思い始めたが、彫塑は難しい。

今回完成したアトリエは、彫刻制作の一方で、美術の教科書や絵本を数多く手がけるなど、子どもの造形教育や豊かな感性を育むための活動にも力を注いできた忠良の想いを反映させた新しい芸術施設である。館内には、家族や子どもをモチーフにしたブロンズ彫刻・素描などの作品展示や実際に体験できるワークショップなどがある。森の中の小さなアトリエだが、これまで屋内施設がなかった野外彫刻スペースにアクセントができた。

芸術の森はモエレ沼公園と共に札幌市が誇るアートスペースであると思う。何度も足を運んでいるが、ひとつ文句がある。駐車場500円は高い。野外彫刻美術館(600円)と企画展を見ると2千円になってしまうので、せめて駐車場は無料にしてほしいと願う。これから紅葉の時期はおススメ。また、冬季はカンジキの貸し出しがあり、ラッセルしながらの鑑賞も面白い。

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「新日本人」よ、余裕をもって、旅にでも出たら

2008年06月02日掲 載

昨夜、テレビ東京系列で「新ニッポン人現れる」という久米宏司会の番組がオンエアされた。

番組は「新日本人」と呼ばれる20代のライフスタイルとバブル世代の40代と比較しながら探るというものだが、「新日本人」の主だった特長は、①お金を使わない②貯金をする③家からあまり出ない④酒席でも焼酎のジュース割りなど甘いものが好きで中性化している⑤居酒屋ではなくマック⑥車に興味がない⑦ボランティアが好きで社会的参加意識が強い⑧自由競争を認めるetc・・・かなり誇張されている部分はあるが、今の20代の大まかな傾向は掴んでいると思う。

管理人は典型的なバブル世代である。20代前半の頃、新人類などというフレーズが飛び出し、理解不能で、自由奔放の世代と大人たちからは白い目と羨望で見られたものだ。20代後半でバブルを体験したが、当時の異常な社会情勢にはかなり引いてはいたが、お金は結構使った。会社に着ていくスーツ(20代なのにディオールのスーツやヴィトンの鞄も買った)や普段着などのファッション、スキーや温泉旅行などのレジャー(当時はリゾートホテルや小洒落た旅館が好きで今とは別世界)、グルメなど殆どが小遣いに消えていた。

ところが平均的な今の20代はファッションや食、レジャーなどにはお金はかけない。昨日のテレビでは、コメンテーターの岡野雅行氏(岡野工業代表社員)が、「若いうちは自己投資として、どんどんお金を使わなくてはいけない。齢を取ったら何もできなくなるよ」といって嘆いていたが、管理人もその意見に賛成であった。20代から30代は自分を磨くとき。勉強でも遊びでも良質なものであれば、借金をしてもお金を注ぎ込む価値はあると思う。
20代の頃、見栄を張って、身分不相応の高級店や名旅館などに行って、恥をかいたことがあるが、若い時の恥はOK、無駄というものはないはずだ。

今の20代、たとえば真ん中の25才(1983年生まれ)は、小学校進学が1990年とバブル崩壊の年、中学進学が1996年で未曾有の大不況と大学卒業まで、世間的にいいという時を体験していないのだ。大人たちの価値観、生活も大きく変わり、その下で新日本人は育ってきたのだから、今のような生態が出来上がったのも仕方ないと思う。

2年前、「北海道は若者の旅誘致を、「旅離れ」の今だからこそ」というタイトルでブログを書いた。景気の低迷などが一因となり、若者の旅行離れが進んだといった内容だが、昨日の番組では海外旅行に興味がないのも「新・日本人」の特長と言っていた。全部が全部そうだとは思わないが、旅行離れは確実に進んでいるのは事実だ。ユースホステルでは利用者がこの十数年で4分の1まで減少し、今や中高年天国である。

管理人の学生時代は「地球の歩き方」などを片手に各地をまわるバックパッカー全盛時代である。国内組なら周遊券片手に一ヶ月近い有効期間を目一杯使って北海道を旅した。当時、ヨーロッパへ一緒に行った仲間などは旅行会社とローンを組んでも旅に出たほどだ。新日本人はさぞや軽蔑するであろう。

ところが、新日本人の旅行スタイルは、日帰りか1泊の温泉旅行、番組によると海外ボランティア旅行などが人気だそうだ。旅行スタイルは如実に時代を映し出している。

借金をしてまで旅に出ろとは言わないが、その時にしか出来ないことがある。そして、旅は長く、未来に効くビタミンとなりうる。新・日本人には是非、旅に出てリアルの世界をもっと体験してもらいたいと思う。今のままでは余裕が無さ過ぎて、どこかで燃え尽きてしまいそうだ。その為には、気軽に旅ができる環境を社会が作ってあげる必要がある。

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「根室夢幻行」-流氷を描く画家とノサップ岬

2008年02月02日掲 載

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飯沢紗千子画伯が描く流氷

今年は久しぶりに流氷が早い時期から訪れた。さぞやオホーツクの観光地は賑わっていることであろう。
同じ流氷が来るにも関わらず、ひっそりとしているのが根室だ。根室の流氷は遅いが、今年は風連湖付近まで達している。

管理人にとって根室は忘れられない地である。20年近く前、体調を崩し数ヶ月入院、退院後、待望の北海道へ旅に出たが最終ゴールが根室であった。たまたま宿泊した照月旅館は親切な宿で、凹んでいた当時の管理人にとって心底安らげる場所であった。照月さんとは今でも親しく、家族ぐるみのおつきあいをさせていただいている。

その時、宿から「根室夢幻行」という冊子を貰った。観光ガイドだが、根室の歴史やカルチャーなどかなり深く掘り下げ、自治体の観光パンフとはひと味違う内容で、読み応えがあった。

その中で「流氷」にまつわる話が紹介されている。目を惹いたのが、流氷をテーマにした油絵を書いている根室在住の画家・飯沢紗千子さんの作品であった。根室半島北海岸(オホーツク側)を埋め尽くす流氷、アンダーな色使いながらハッとするような鮮やかな原色を混ぜる。それはまるで閉ざされた世界から、かすかな春の息吹をあらわしているようであった。ロシアや北欧の画家が描きそうな世界でもある。

管理人は飯沢画伯の作品が気に入り、紹介をしていただいた。聞くと歯科医の奥様で、小学校でも絵を教えているらしい。作品の写真集を送っていただいたが、流氷とともに小さな蝶や昆虫が絵に出てくる。こんな寒い時期にいる訳ないと思い、「虫は象徴的意味ですか?」と訊くと、実際に3月後半になるといるということで実在だった。

飯沢画伯の作品には、氷で閉ざされた春国岱や番屋の廃墟、ノッカマップ岬灯台といったところが舞台になっている。
管理人は、その後、同じ場所に真冬も含め、何度も出かけてが、恐ろしく絵になる世界なのである。管理人は写真撮影だが、飯沢画伯が何でそこに惹き付けられたのかわかった気がした。

その後、都内でグループ展を見させていただいたが、この10年以上接点がなくなった。コピーであるが、彼女の作品集も引越しの際にどこかへやってしまった。少しお金ができたら飯沢画伯の「流氷」を購入し、飾りたいと思う。そうすれば原点であった「根室」をいつも近くで接することができる。

以前も書いたがノサップ岬を太平洋側へ流れる流氷の姿と音は神秘的だ。山崎ハコの歌に「流氷岬」という曲がある。マイナーなので知られていないが、管理人は北原ミレイが唄っているもの(タイトルはノサップ岬)を持っている。山崎ハコのノサップは隠れたな名曲である。

♪北の白い灯台に 一人たたずむ女がいて
漁に出たまま帰ってこないあの人の船を一人待つ納沙布。
夢でも逢えたことに喜ぶ女は、霧に濡れて
も納沙布に飛んで行きたいと願う。

話が山崎ハコに飛んだが、飯沢画伯、元気にされているであろうか。
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管理人お気に入り ノッカマップ岬灯台 70年代の廃車が絵になる

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