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北海道のカラオケでは結構人気あり・渡辺淳一原作のドラマ主題歌「情熱」・鹿内孝  

2009年12月20日掲 載


「音楽で旅する北海道」(北海道昭和歌謡)の三回目。1,2回目は札幌オリンピック絡みの楽曲を紹介したが今日は30年以上前のテレビドラマ「ダブルハート」の主題歌「情熱」を。唄っているのは俳優としては悪役が多い鹿内孝。昔はロカビリー歌手であり、その後、本格的なミュージカル俳優を目指し渡米、歌って、踊れて、勿論芝居もできるエンターテナーだ。特にJUZZはご自分のスクールを持たれているほどでちょっと日本にはいないタイプの人。管理人はファンである。


この「情熱」、昭和51年に日本テレビ系で放送された「ダブルハート」の主題歌だが、管理人にはドラマの記憶がない。この曲を知ったのは、20年近く前で場所は釧路のスナックである。釧路が舞台の曲で何かいい曲ないかな、と飛び込みのスナックで訊いたところ情熱を教えてもらった。カラオケのみかけてもらったがいいいかんじ。

東京に帰って早速、練習を兼ねて唄ってみたが誰もこの曲を知らなかった。なので今は封印している。しかし、北海道では人気がある楽曲のようで、その後ススキノでもこれを唄っている人を何回か見たことがある。今では少ないであろうが。


ドラマは渡辺淳一原作「冬の陽」。札幌医大・心臓移植に関わる内容である。この歌詞にはどこにも釧路は出てこない。ネットで調べてもわからず、原作を読んでみないとわからない。釧路ではないかもしれないが北海道が舞台には変わりない。作曲は坂田晃一。なのでビリ-バンバンの「さよならをするために」にどこか似ている。作詞 は万里村ゆき子。作品数は多くないが万里村さんの詞はロマンチック。高田恭子の「あじさい色の日々」はよい。

この「情熱」、哀調あるメロディに男ごころをくすぐるような歌詞。♪生きている限り この情熱 おまえの長い髪に誓うよ♪ 一度でいいから言ってみたいセリフだ。鹿内さんだからこそ歌える曲だと思うが、そういえば最近、あまりお見かけしないがお元気であろうか。

なお、鹿内さんといえば「本牧メルヘン」がある。故・阿久悠がもっとも思い入れがあると言っていた名曲だ。こちらも貼り付けておく。

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札幌オリンピックブームに便乗した・・・アンルイスデビュー曲「白い週末」

2009年12月06日掲 載

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先日、トワエモアの「虹と雪のバラード」について拙ブログで紹介したが、札幌オリンピック人気に便乗した北国系歌謡曲はいくつかある。それまで北海道の歌というと「函館の女」や「小樽のひとよ」に代表される演歌やムード歌謡、「知床旅情」、「霧の摩周湖」などの北国旅情モノが多かったが、オリンピックはそのイメージを大きく変えた。

同時期にリリースされ、地名は具体的に出てこないが、朱里エイコの「北国行きで」や「ジェット最終便」も国際都市・札幌を意識したような歌詞である。夜汽車・連絡船からジェット機でひとっ飛び(古い表現)の時代である。

今回紹介する「白い週末」は1971年11月発売のポップス歌謡で、何とアンルイスのデビュー曲である。この曲、微かに記憶があり、アイドル月刊誌「平凡」か「明星」の付録に必ず付いてくる歌本に出ていたが、殆どヒットしなかったと思う。この時代はハーフ歌手全盛で、ゴールデンハーフスペシャル、小山ルミなどがおり、アンルイスとほぼ同期だと松尾ジーナの「きままなジーナ」の方が印象深く、スマッシュヒットをしている。

ジャケットを見ると当時16才ぐらいであろうか初々しいアンルイスで、あまりにたどたどしい日本語で、鼻にかかった唄い方がコニー・フランシスかフランス・ギャルのようで60年代ポップスの香りも残っている。このジャケット、「SAPPORO'72 VICTOR」とあり、オリンピックには一言も触れておらず、五輪ロゴも入っていないが、今ならIOCやJOCからクレームものの表記であろう。


10年以上前、道新が「白い週末」のB面にある「白い街サッポロ」について、アンルイス当人にインタビューした記事が掲載されていたが、本人もこの曲の記憶が殆どないと言っていた。当然かもしれない。個人的にはB面の方が好きだ。

演歌・ムード・旅情歌謡が似合っていた北海道の歌の世界であったが、ハーフの女の子がバタ臭く札幌と北海道を歌う。オリンピックを境に国際都市の仲間入りをした当時の札幌を象徴するような曲である。

その後、サッポロが舞台のポップス系のヒットは少なく、ふたたび演歌系に戻ってしまったが、中島みゆき・松山千春などニュージック系の歌い手が札幌を舞台の楽曲を提供している。

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トワ・エ・モア「虹と雪のバラード」 校庭に埋めたタイムカプセルのような名曲だ

2009年11月24日掲 載


youtubeからの埋め込みはトワ・エ・モアの「虹と雪のバラード」と共に競作となったレアなブルーコメッツ版も紹介しています


23日19時半から、NHK総合TVで「歌謡チャリティーコンサート」がオンエアされた。札幌厚生年金会館で収録されたもので、指揮が藤野浩一、演奏が札幌交響楽団 という豪華なものであった。番組では北海道に縁がある歌が披露されたが、印象的であったのがトワ・エ・モアが唄う「虹と雪のバラード」である。

今さら説明する必要もないが1972年札幌オリンピックのイメージソング。このイントロを聴いただけで、当時を思い出して鳥肌が立ってくる。ブログ読者の中にも大倉山や笠谷選手、ジャネット・リンなどがメロディと伴に浮かんでくる方も多いのでは。

管理人は東京五輪は殆ど記憶にないが、札幌は小学校4年生であったので鮮明に覚えている(最初の記憶はメキシコ五輪でサッカーが銅を取ったのを覚えている。メキシコの観客が「ハポンハポン」といって声援していた)。というか、自分にとってのオリンピックと云えば札幌であり、今だにジャンプ競技のファンなのも日の丸飛行隊のメタル独占があったからである。管理人を北海道に導いてくれたのも、このオリンピックのお陰と言ってよいであろう。

この「虹と雪のバラード」はクラスの皆でよく唄っていたが、始まるのが待ち遠しかった。かなり高価な公式ガイドブックも購入した。やはり忘れられないのが70メートル級ジャンプである。あの日は確か休日で両親・祖父母とテレビ観戦をしていた記憶がある。大相撲中継で有名な北出清五郎アナが「さあ、笠谷、金メダルへの・・・」で始まるあの実況だ。あの日からスキージャンプは憧れの競技となり、滑り台を使ったジャンプごっこが翌日から行なわれた。


あれから37年の歳月が過ぎた。昨日のトワ・エ・モアも既に還暦を過ぎているであろう。白鳥英美子さんは流石に上手かったが、男性Vの芥川さんはキーも下がり、やはり歳月をかんじた。しかし、このメロディを聴くと、遥か遠い世界へ運んでくれる。小学校の校庭に埋めたタイムカプセルのようだ。そして、何度聞いても飽きずに新鮮だ。

トワ・エ・モアの子供の時の印象では、NHK好みの優等生といったかんじであったが、名曲揃いだ。カラオケでも「虹と雪のバラード」は唄うし、「初恋の人に似ている」が大好きだ。先日亡くなられた加藤和彦さん&北山修のゴールデンコンビの作品である。


曲も素晴らしいが、河邨文一郎さんが書かれた詩は芸術の域だ。札幌医科大学の先生であった方だが詩人でもある。あの渡辺淳一氏は河邨さんの指南を受けているらしい。オリンピック賛歌と共に、新しい札幌と北海道が芽吹く・・・次時代の到来を予感させてくれた名曲である。

今後、不定期であるが、お気に入りやレアな北海道の歌(昭和の歌謡曲を中心)を紹介して行きたい。

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