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2005年10月18日
ロッテ優勝の思い出
プロ野球プレーオフで千葉ロッテが31年ぶりのリーグ優勝を飾りました。ひとことで31年といいますが長いですね。前回の優勝の時は中学1年でしたが(歳がバレる)鮮明に覚えています。
当時は前後期の2シーズン制で強敵の阪急をプレーオフで倒し、日本シリーズでも「燃えよドラゴンズ」の中日に勝って日本一になりました。
テレビや新聞を見ているうち当時のことが蘇ってきました。
金やん(金田監督)が大人気で、「俺と金やん」という漫画が少年キングで同時連載されていました。また、太平洋クラブとの遺恨試合が話題を呼び、グランドには一升瓶や汚物が投げ入れられ、今では考えられない「喧嘩」を売りにして物議をかもしたものです。
当時の本拠は今は楽天が使用している宮城球場。僕はその前の本拠であった南千住にあった東京球場によく父と行ったものです。一時、ロッテ子供会の入っていたことがあります。入った70年はチームがリーグ優勝し、エースの木樽や名物オーナー・永田雅一氏がグランドでファンから胴上げされています。
仙台は準本拠であり、残りは後楽園、神宮、川崎などで試合をしていたので「ジプシー球団」(今はジブシーは放送禁止用語)と呼ばれていました。
まだ、東北新幹線もなく、プロペラ機の時代。関西や九州の遠征にはブルトレやバスで移動をしており、今では考えられない劣悪な環境でした。
31年前の優勝時はマサカリ村田兆冶の台頭、速球の三井、ロッテアイスの宣伝にも出ていたラフィーバー、弘田の活躍などが印象的です。
優勝した年はチームが東京を離れ2年が経ち、僕はチームへの愛着が薄れかけていた頃でした。宿敵の太平洋クラブライオンズへ心変わりしかけていましたが、74年シーズン後半からはふたたびロッテを応援。当時、ロッテの応援グッズがなく、無地のTシャツにロッテのトリコロールカラーを絵具で描いて、にわかレプリカ・ユニホームに仕立て神宮へ応援に行った記憶があります。
隣にいた応援団のお兄さんが着ているユニホーム(多分ホンモノ)がまぶしかったでした。
投稿者 hokutonomado : 2005年10月18日 09:55 | [EDIT]
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