| 1988年10月 |
27歳 |
初渡道 完成して間もない青函トンネル経由で上陸。函館−ニセコ−札幌−旭川と5泊する |
| 1989年11月 |
27歳 |
前月の旅が忘れられず1ヵ月で再訪。札幌パークホテルに2泊。この頃から定宿になる |
| 1989年2月 |
28歳 |
廃止がせまったJR天北線、名寄本線に乗車 |
| 1990年1月 |
29歳 |
旧・産炭地に興味が生まれ、真冬の大夕張を訪ねる その後、空知を中心に各地を周る |
| 1991年3月 |
30歳 |
はじめて根室ならびに納沙布岬を訪れる。根室の自然が好きになり以降年1〜2回訪れる |
| 1992年 |
31歳 |
釧路ならびに釧路湿原が気に入り、以降幣舞橋、米町、湿原展望台などで定点撮影をはじめる |
| 1993年8月 |
32歳 |
釧路市内にウイークリーマンションを借り8日間滞在する。
この頃より街づくり企画案などを自ら作り、自治体などに提案をはじめる |
| 1994年 |
33歳 |
私設「北海道開拓使の会」に入会する
8月運転していた車が根室・厚床付近でエゾ鹿を避け切れず横転大破 本人は無事 |
| 1995年7月 |
34歳 |
これまでの中でもっとも長い15日間の旅をする 往復新日本海フェリーを利用 北海道移住を決意し、就職も内定するが家庭の事情で取止めになる |
| 1996年 |
35歳 |
この頃より道内は一通り周ったので気に入った場所へ集中的に行くようになる |
| 1996年 |
35歳 |
10年勤めた外資系企業を退社 |
| 1997年 |
36歳 |
外資系通信企業に入社(マーケティング担当)
小樽・銭函張碓付近に土地を購入したく不動産会社回りをする |
| 1998年 |
37歳 |
外資系通信企業を退社
外資系情報機器企業に入社(マーケティング担当)
この頃から札幌を中心に道内の友人・知人が急速に増える
温泉巡りが本格化する これまでに道内200湯以上に入湯する |
| 2000年 |
39歳 |
15年のサラリーマン生活に別れを告げる |