渋谷-函館を結ぶ高速バス&フェリーきっぷが登場
2006年07月12日掲 載
国際興業(東京)は7月1日から、東京・渋谷―函館間を高速バスとフェリーで約15時間でつなぐ「渋谷・函館きっぷ」を発売した。
同21日から運行を開始し、片道料金が大人1人1万500円と割安で、学生割引も設定。東京―青森間で高速バスを運行し、フェリーに接続させるプランは、今月に入って青森のバス会社も参入を表明している。
前々号のメルマガ(NO.34)で「北海道は若者の旅誘致を」というタイトルで若年層が気軽に北海道旅行へ行けるようにオピニオンを書いた。
特に割引きっぷの充実について触れたが、これからのシーズン夏休み、「青春18きっぷ」や「東日本&北海道フリーパス」などJRの鈍行パス以外これといったものがなく、今回の「渋谷・函館きっぷ」の登場は北海道を目指す若年層旅行者にとって朗報といえる。
これまでの首都圏と北海道をバスとフェリーで結ぶ計画はあった。
高速バスが全国へ拡大した1991年頃、相模鉄道(横浜)が夏季に横浜-札幌間にバス車両をフェリーに載せるかたちで走らせたことがあるが、あくまでも実験レベルのものであった。
その後、そうした動きは無かったが、国際興業では東京-青森線の乗車記録などから、函館、北斗両市、七飯町などの利用者も多いことがわかり、東日本フェリーと連動させたプランの検討を進めていた。
「渋谷・函館きっぷ」の発売に先立ち、渋谷―青森間の夜行高速バスには、より快適さを追求するため、新たなバス1台(購入費5000万円以上)を導入。席数は現行のバスと同じ29席だが、シートは通常の横幅より2割ほど広い50センチとゆったりして国内最高級クラスの車両を投入する。
もともと東京-青森線は高速バスが全国へ広がったきっかけにもなっているドル箱路線で弘前線では国内唯一の横2列の「スーパーシート」を導入している。
運行時刻は函館行きの場合、渋谷を21時25分に出発、青森フェリーターミナルには7時53分に到着、9時10分発の東日本フェリーに乗船し、函館フェリーターミナルには13時到着というダイヤだ。
所要時間約15時間35分、ちなみに上野から函館まで北斗星を利用すると所要時間11時間43分、B寝台利用で23,180円である。
フェリー乗り継ぎになるため、欠航、遅れなど定時運行が問題となるが当日の最終便フェリーまで利用が可能である。
高速バスはすっかり市民権を得たが、赤字路線も多く、走らせれば地方バス会社にとってドル箱・救世主という時代は終わった。路線の淘汰も進み、最近はすき間的なところでしか市場が残されていなか
った。また、主催旅行型のツアーバスの人気もアタマが痛いところである。
フェリー会社もまた、「渋谷・函館きっぷ」を担当する東日本フェリーが一度倒産したように航路の撤退縮小が相次ぎ苦戦が続いている業界である。
そういう意味において今回のような業態を越えた新しいのサービスの登場が現状打破のきっかけづくりとなるとよいが。
■全国の高速バスのインターネット予約 「発車オーライネット」(三共システム工房)
本格的クルーズ時代の到来なるか
2006年04月05日掲 載
これからは豪華客船でクルーズの時代から来る-といわれていながらかなり長い年月が経っている。
50代以上の夫婦や高所得層に根強い人気があるが、まだまだ一般に普及しているとはいえないのが実情だ。
そこで手軽な料金と日程で、カジュアルな雰囲気でクルーズを楽しんでもらおうと北海道の港を起点にした新しいスタイルの船旅「飛んでクルーズ北海道」が誕生した。
商品名にある通り、港がある北海道までは往復航空機を利用、その後、乗船し、クルーズを楽しみ起点港に戻ってくるもので途中下車ならぬ下船も可能な日程となっている。
「飛んでクルーズ北海道」では豪華客船「にっぽん丸」を使用、船主の商船三井客船とJTB北海道(4月から)が主催、北海道クルーズ振興協議会や北海道運輸局などがサポートをしている。
1回目のクルーズは小樽港を発着点に利尻・礼文島、知床半島、網走などを周遊するもので3日間と5日間のコースがある。5日間の料金は、116,000円~472,000円。3日間の料金はコースにより、54,000円(Bコース)~246,000円(Aコース)である。
ピーク時の利尻・礼文島の混雑は有名でなかなか宿が取れない。取れたとしても今時、相部屋ということもあるが、「飛んでクルーズ北海道」では船内泊なのでゆったりと休むことができる。
知床半島もピーク時は同様な状況だが、マイカーや貸切バスで周遊するのと違い、環境にも優しく一石二鳥だ。また、現地再訪者であっても海側から見る景色は全く違い新鮮である。
航空機を活用したカジュアルなクルーズを提供するのはアメリカが発祥。「飛んでクルーズ北海道」はアラスカクルーズなどを参考にしているらしいが、アメリカでは年間500万人の需要がある。
ターゲットは当然、団塊層であるが将来的には東アジア観光客を見込んでいるとある。
これまで「トワイライトエクスプレス」や「カシオペア」など豪華寝台列車での旅行は市民権を得て、かなりの人が利用をした。本州と北海道を結ぶ豪華な長距離フェリーもそれなりに認知をされている。
しかし、クルーズとなると旅行パンフを手にしながらもなんとなく躊躇をした人も多いはずだ。金額の問題もあるが、むしろ休みが取れなかったり日本近海が時化る関係で船酔いの心配もあったであろう。
今回の「飛んでクルーズ北海道」が潜在的需要の呼び起こしとなるか。
定期・定点クルーズは90年代に一度、実現しそうな動きがあったが日程が長く、しかも高費用であったのでバブル崩壊とともに消えた。
今度こそ「船旅文化」が定着するであろうか。
■参考資料 商船三井客船 にっぽん丸リリース
http://www.mopas.co.jp/news/2006/03/post_8.html#more
スーパーシートと「クラスJ」
2006年03月04日掲 載
道内の移動や北海道への往復には、たまに贅沢をさせていただく。
4,5千円でお釣りがくる程度の金額で数時間、つかの間のくつろぎが楽しめる。疲れていろ時、仕事をしたい時はありがたい。
これで札幌-函館、釧路など400キロ以上乗車の場合、追加3,500円*は決して高くないと思うがいかがであろうか。(*グリーン料金4千円から通常期の指定席料金500円を差し引いた金額)
JR北海道の多くのグリーン車は、3列シートでかなりゆとりがある。無料ドリンクサービスがあり、ツインクルレディがエスコートをしてくれる。
最近はノートパソコン用の電源も付き、JR九州のような独創性のあるサービスは期待できないにしても、値下げで大衆化し、雑然とした印象を受けるJR東日本のグリーン車に較べるとJR北海道は総じてサービスがいいと思う。
さて、グリーン車の旅客機版が、スーパーシートであるがJALからは国内線のスーパーシートが撤廃された。
それに代わって登場したのが「クラスJ」だ。千円を払えば多少、広い座席に座れ、「○○様ご搭乗ありがとうございます」と客室乗務員からの挨拶があるが、何となくわざとらしく感じ、こちらも恥ずかしい。
国際線のビジネスクラスではないのだから・・・
「クラスJ」のサービスとしては、茶菓が出るくらいであり、軽食のサービスも無く勿論、アルコールは有料である。やはり、千円なりのサービスである。
「クラスJ」とスーパーシートでは、JR北海道のエアーポートライナーに連結している「Uシート」とグリーン車ぐらいの差がある。
旧JASがレインボーセブンにスーパーシートのワンクラス下のサービスとして「レインボーシート」を設けたが、きっとこのあたりのノウハウから「クラスJ」が生まれたのでないであろうか。
国鉄が昔、1等車を廃止し、すべて車内設備やサービスを均一化したグリーン車と名称を変え、大衆化した構図と時代が違うとはいえ似ていないこともない。
搭乗時間が短い国内線に特別席は必要ないという意見もあるが、私は必要と考える。というより必要な人たちがいるのだ。
「クラスJ」の誕生により、多くのJALユーザーがスーパーシートがあるANA へ移動し、ここでもJAL離れを起こしている。
国内には沖縄線や西日本と北海道を結ぶ路線などフライトが2時間を越える路線もいくつかある。
ノンビリ旅を楽しみたい人や飛行機が苦手な人、軽く一杯機内でやりたい人、お年寄りや身体のいうことがきかない人、リピータのビジネスマンなどつかの間の贅沢を楽しみたい乗客は多いはずだ。
お年寄りや身体のいうことがきかない人たちはスーパーシートがあるという安心感から航空機を利用できると考える人がいる。
スーパーシートの廃止は機内サービスだけではなく、むしろそれ以外の面でも不便を生じている。
これまでスーパーシート利用者は、搭乗前に空港の専用ラウンジを利用できた。
早めに着いた時や疲れている時などラウンジを利用できると大いに助かる。
JALは画一的にスーパーシートを廃止した。ANAは「Sシートプレミアム」としてグレードアップを計ったが、これは好対照の差別化といえる。
現在、JALのラウンジは「クラスJ」利用者は使用できず、VIPカードを持っている人専用となっている。
これは間違っていないか。
ラウンジのVIP&ヘビーユーザー専用化は、一般乗客の締め出しであり、顧客の囲い込みどころか離散を促すはずだ。
JALは幹線や長距離線にはスーパーシートを復活させるか、条件を付けてラウンジの使用を可能にすべきでだ。採算が合わないのならラウンジの飲み物を有料にしてもいいはず。
スーパーシート利用者には年配者が多いということを忘れてはならない。
JALの世間常識との乖離は甚だしく、昨今のトラブルを見ても期待はしていないが、利用者の側にたった柔軟な発想と対応を望めないものであろうか。
廃線跡や鉄路を再利用した観光活性について
2006年02月13日掲 載
4月,ちほく高原鉄道(ふるさと銀河線・北見-池田)が廃止されます。
これから学校が休みに入るとラストランを体験しようと多くのファンが訪れことでしょう。北海道では深名線(1995年9月廃止・深川-名寄)以来の鉄路廃止であり、今後これだけの長大線の廃止は暫くないと思われので大いに盛り上がりそうです。
そのふるさと銀河線の一部が動態保存されることになりました。
動態保存区間は、陸別駅~川上駅までの9.8キロで、観光用として残し、銀河線用車両、SLやトロッコ列車のどれかの使用を視野にいれているようです。
約10キロにも及ぶ動態保存の例は全国的にも珍しく、本格的な観光鉄道としての期待がもてます。
運営会社は、陸別町商工会有志が設立する有限会社「銀河の森」となり鉄道敷地・施設は陸別町が取得・所有するようです。
陸別町は、街づくりに熱心な地域で、寒さを売り物とした「しばれの町」としてPRをしています。駅舎に隣接した町営の宿や天文台などをつくり、鉄道利用を促進しています。
また、首都圏からの陸別体験ツアーを自由旅行型で毎日催行しており、人口3千人の小町が独自のツアーをレギュラーで実施しているのは他にないと思われます。ツアーに参加をすると陸別の特産品プレゼントや、町内商品券が付いてくる超・地域密着型のツアーです。
廃線跡や鉄路を活用した観光活性は、これまでのいくつか計画されました。
道北・美深町の美幸線(美深-仁字布)は、国鉄時代日本一の赤字線として知られ、廃止後は動態保存される予定でした。実現には至りませんでしたが、線路の一部約5キロが「トロッコ王国」として自走式トロッコで楽しむことができます。
また、「愛の国から幸福へ」へ一大ブームを呼んだ広尾線(帯広-広尾)は、ドイツの古城をイメージしたグリュック王国(現在は休園中)建設の際、愛国-幸福間や帯広空港を結んでテーマパークの目玉にしようと玩具で有名な大物俳優などが中心となり動いた時期がありましたが、自然消滅をしてしまいました。
その他、小樽の手宮線跡(小樽築港-手宮)は、廃止直後から市民団体が保存に動き、観光鉄道や生活路線としての再生に望みを繋ぎ、北海道鉄道発祥の地である交通記念館までの線路跡がきれいに管理されています。
現況では鉄道復活は難しいと思われますが、線路跡はイベントなどで有効活用されており、市民の愛着が伺い知れます。
前回の当欄で釧路コールマインの石炭専用鉄道である釧路臨海鉄道の観光活用について少し触れました。先日、釧路へ行った折、関係者にその可能性について伺ってきました。
まず、海底坑内を走る炭鉱体験型トロッコ列車は、安全面をクリアしない限り、かなり難しいようです。坑内は想像以上に危険で、ライター一個でも持ち込み厳禁なので、現状ではかなり命懸けの体験鉄道になります。
地上を走る臨海鉄道に関しては、30年前までは釧路・入船町から春採まで旅客営業をしており、法律面さえクリアすれば十分可能ではないでしょうか?
機関車がトロッコを牽引するようなかたちで海岸線を走り、車内から選炭作業などが見学できるので産業体験型観光として魅力です。
鉄道廃線跡や線路の再利用は、実現に至るまでに大きな難問があります。費用、保存状態、安全対策、収入、集客、などモデル例が少ないだけに周囲の理解が必要です。
できれば今回のふるさと銀河線、陸別町のケースのように廃止前の段階からプランニングを立てないと実現性が乏しくなるでしょうし、何といっても地域の盛り上がりが大切です。
スカイマークが札幌・東京線に参入する意味
2005年11月01日掲 載
来春からスカイマークエアラインズが世界一の旅客数を誇る新千歳-羽田線へ参入することになりました。現在のJAL,ANA,エア・ドゥに加え4社体制になることで競争が激化しそうです。
スカイマークエアラインズ(以下スカイマーク)は航空業界の規制緩和により、格安旅行会社のエイチ・アイ・エスの澤田秀雄氏らの出資により1996年に設立されました。
1998年9月から羽田-福岡線を就航、同時期に産声をあげたエア・ドゥ(北海道国際航空)とともに35年ぶりに航空業界に新規参入した会社として知られています。
現在は路線を拡大し、羽田-福岡線のほか羽田と鹿児島、関西、徳島を結ぶ4路線を運航しています。
来春から新千歳線への参入を発表したスカイマークですが、北海道への乗り入れは今回がはじめてではありません。1999年4月には伊丹-新千歳線を就航させていますが、2000年の6月には業績不振により、早々と撤退をしています。伊丹-新千歳線に限らず、新規路線の就航と撤退を繰り返しているのが
スカイマークの特長ともいえます。下記はスカイマークの路線沿革です。
路線の沿革
1998年9月19日 - 羽田~福岡線就航
1999年4月24日 - 伊丹~福岡、伊丹~千歳線就航 (2000年6月廃止)
2000年5月31日 - 東証マザーズ上場
2000年9月 - ANAに委託していた航空機の整備を自社で行うようになる
2002年4月18日 - 羽田~鹿児島線就航
2003年4月25日 - 羽田~徳島線
2003年4月25日 -羽田~青森線就航 (青森線は2003年11月廃止)
2005年3月 - 羽田~関西線就航
2005年4月 - 日本航空ジャパンとのコードシェア便運行を開始(羽田-関西)
2005年7月1日 - 羽田~沖縄(那覇)に深夜便を運航(2005年9月まで)
2005年10月12日 - 羽田~新千歳線に2006年4月に参入すると発表。
同時に羽田~関西空港、羽田~徳島線、及び羽田~鹿児島間を廃止決定
*『ウィキペディア(Wikipedia)』参照
上記、路線の沿革をみていただければおわかりだと思いますが、早いものでは羽田-青森線のように数ヶ月で廃止した路線もあります。また、来春の新千歳線就航と同時期に羽田~関西空港、羽田~徳島線、及び羽田~鹿児島間を全便廃止決定することを発表しており、ベンチャー系企業ならではのフットワークのよさが伺えます。
勿論、こうした”変わり身”の早さに批判の声もあり、利益重視のために就航と撤退を繰り返す体質に対し、鹿児島県知事などから”絶縁宣言”なども飛び出しています。
スカイマークの羽田-新千歳線の就航発表は、羽田の発着枠が広がる2009年からの参入を、関係者は予想していたようなので、今回のタイミングには驚いたようです。
スカイマーク側は今年に入り、エア・ドゥに対し経営統合の話を持ちかけています。エア・ドゥ側はこれを拒否しましたが、このあたりが今回の参入につながっていると思われます。
そのエア・ドゥですが、現在、新千歳―羽田の普通運賃が片道2万3千円と既存3社で最も安い金額を打ち出しています。しかし、1998年の就航当初は今より安い価格破壊に近いような運賃を打ち出しましたが、当時の大手3社による割引運賃の導入で価格優位性が薄れたうえ、初期投資や日本航空に支払っていた整備委託費などが経営を圧迫しました。
まもなく経営破たんに陥いり、その後、迷走を続けた経緯については皆さんよくご存知かと思うので説明は省かしていただきます。
現在は民事再生計画中であり、全日本が整備、販売システム提供を支援しています。すべての便をANAとの共同運航(コードシェア)便にすることで一定の座席販売を肩代わりしてもらい搭乗率アップを図っています。
路線も暫くの間は羽田-新千歳の一区間のみでしたが、最近では羽田-旭川、羽田-函館を就航、2006年に2月からは羽田-女満別線の開設を予定しており「道民の翼」のキャッチフレーズ通り、路線拡大をしています。しかしながら経営形態が当初の理念とはだいぶ違った形になってしまい失望している道民も多いと思われます。
スカイマークとエア・ドゥは同時期に誕生、互いにベンチャー系企業でありましたが、その後、歩んできた道は異なりました。数々の「規制」のなかで苦戦していることは共通であり、その後誕生した新規航空会社も同じような「試練」を味わっています。
今回、スカイマークは普通運賃18,000円という破格値を打ち出しています。既存の3社にとっては大変脅威の金額です。また、運賃だけではなく、一日10~11往復を予定しているのも日本航空と全日空の大手2社へ影響を与えそうです。
しかし、就航までにはクリアすべき問題があります。まず、新千歳空港の発着枠の問題があり、フリークエンシーなサービスが提供できるのか、また、空港内のカウンターも新たに設置するのか、借りるのかも問題になっています。
スカイマークでは来春から就航を予定していた羽田-北九州線が空港カウンターなどがスターフライヤーとJALを前提にターミナルの設備設置を進めているために設置が難しくなり、就航を断念するのではないかといわれています。
また、羽田-新千歳線は利用者が伸び悩んでおり、02年の年間利用者986万人をピークに、04年は951万人にまで減っており、決してドル箱とはいえなくなってきています。
日本では羽田空港の発着枠を獲得することがかなり経営に左右するといわれています。エア・ドゥにしても道内-羽田線に集中しており、羽田以外に道外へフライトしたことはありません。JALとANAがそのほとんどを保有している現状では、新規参入がかなり難しい現状をいろいろな点から指摘されております。
就航と撤退を頻繁に繰り返すスカイマークの経営戦略そのものに不信感をもつ声があるのも事実ですが、もっと開かれた空にしないと新規航空会社が育たないのも事実です。
フェアで、安全な空を期待しています。
*追記
その後、スカイマークの新運賃は18,000円ではなく、16,000円になりそうであると朝日新聞に掲載されていました。まだ、正式な発表はされてはいません。
↓
11/1、正式に運賃の発表がありました。驚きの16,000円です。
■関連資料
スカイマークエアラインズ http://www.skymark.co.jp/
■函館市電を元気にするアイデア
2005年09月02日掲 載
函館市電の歴史は、1897年に馬車鉄道としてスタート、その後、函館水電(北海道電力の前身)として1913年に東京以北で最初の路面電車として東雲町-湯の川間で開業しました。
函館は災害が多く、駒ケ岳の大噴火(1929)による電流供給の停止や函館大火(1934)、台風など何度か壊滅的な被害を受けながらも復興し、最盛期の1960年代には路線延長約17km(12系統)、営業車両数84両、1日平均乗客数が約12万人を数えるようになりました。
その後はモータリゼーション化などにより徐々に路線を縮小、現在は2系統約11kmの路線と35両の保有車両での運行となり、車両の平均経年は37年となっています。
沿線には元町ベイエリアや函館山登山口、立待岬の入口である谷地頭から函館駅、五稜郭、湯の川温泉とおもだった観光地を経由するので観光客にとっては使い勝手がよい路面電車になっています。
函館は道内観光地の中で数少ない公共交通機関(路面電車)で周遊が可能なロケーションがウリのひとつです。
先月、函館へ行った折、久しぶりに谷地頭電停から終点の湯の川まで乗りつぶしをしてみました。夏休み最初の休日のせいか観光客や地元客が入替わり立代り乗車し車内は賑わってみえました。地元客は高齢者が多く、買い物や通院などが主体のようで駅間二つか三つの短距離利用者も目立ちました。観光客は東アジアからの外国人が多く目立ちましたが、アクセス手段というよりは市電に乗ること自体を楽しんでいるように見えました。
今回に限らずこれまで市電に乗車した印象をまとめると乗客の多くが高齢者であり、立ち客も多く、乗車率がよい印象があります。十字街-湯の川間は日中で5分間隔で運行されておりこれは札幌市電よりフリークェンシーが高く、最近は改造車ながら低床車も導入されており、市民の足、観光客の足として使い勝手が比較的よいと思われます。
最盛期の昭和30年代前半までは路線の延長がありましたが、1978年から路線の縮小がはじまり1992年から1993年にかけて2路線を廃止した時、全路線の廃止が噂されました。その後はおもだった動きはありませんが、受け持つ函館市交通局はバス部門の函館バスへの譲渡もあり、予断は許さない状況です。
函館市電が置かれている状況を厳しくしている理由のひとつとして都心機能を担ってきた中心街の変動があります。かって中心であった十字街や元町などの西部地区、駅前の大門地区など斜陽化が激しく、それにともない商業・公共施設が郊外へ移動して空洞化現象がおきています。
全国のそれと同じく商業・住宅圏が郊外へ移動したことで、美原地区などの路線から離れた地域が賑わうようになり、市電沿線は取り残されています。
打開策としていわれているのは、美原地区までの線路の延伸、新装なった函館空港へ現在の終点である湯の川から延長することにより、空港と中心街、函館駅をダイレクトに結ぶ案などが上げられています。
また、北海道新幹線が開業した場合、起点となる新函館駅(渡島大野駅)と中心街が離れているため、それらを結ぶ交通手段が必要となります。
そのため函館駅から低床、高速のLRT路線の新設などがいわれています。(途中のJR五稜郭駅までは函館本線に沿うように市電が走っていましたが1978年に廃止になっています)
北海道新幹線が開通した折、現在の函館駅周辺はさらに空洞化する可能性があるので新函館へのLRT化や空港接続などは検討に値するアイデアであると思いますが、市電自体は慢性的な赤字が続いており、前述したように函館市交通局はもうひとつの柱であった路線バス部門を函館バスに譲渡しています。(札幌市営バスと同じパターンです)そういった環境下での路線拡張には困難が予想されます。
そこで”低予算”でできそうなもう少しお手軽な路線拡充案を考えてみました。
その1:山麓ケーブル路面電車
函館山山麓の坂にケーブルカーを走らせます。港から観光施設が多い元町地区へ向かい何本の坂がありますが、ここにケーブルカーを走らせるというアイデアです。
これは港と坂が多く、観光地であるサンフランシスコとリスボンの市電からヒントを得ました。300メートルにも満たない距離ですが本線(ドック線)と接続をさせます。完全な観光路線ですが、函館観光の大きなウリになるはずで路面電車全体の底上げにつながります。
その2:函館駅構内まで延長し始発とする
現在の函館駅前電停から駅構内まで路線を延伸します。棒二モリヤ前にある函館駅電停はJR函館駅と2~300メートル程度離れています。今の電停は交差点にあり往来が多く危険です。また、荷物をもった旅行者などは駅から歩かなければならず始発駅ではないので不便です。朝市入口付近まで線路を延ばすことによりこれらを解決します。駅前駅を新設することで系統を変更し函館駅発着を増やすことであらたな需要が見込まれます。
ます。さらに駅前からベイサイド、金森倉庫を経て本線と合流し、前述のケーブルカーと接続できれば本格的な観光路線が誕生します。
短い線路延長であれば湯の川の終点から大型ホテルが立ち並ぶ海岸近くまで線路を数百メートル延ばし、これまでタクシー利用が多かった湯の川のホテル旅館へ市電で行きやすいようにするというアイデアがあります。
最後にもうひとつ、市電を保存できるような記念館はつくれないでしょうか。函館は歴史的にも交通遺産に相応しい場所です。現在、青函連絡船で活躍した摩周丸が駅近くで保存されていますが、見学者は多くなく、最近では隣接するシーポートプラザにクラシックカーの博物館をつくり集客に励んでいます。できればここに函館市電を展示できるような記念館をできないでしょうか。
観光ニーズの視点から函館市電の活性アイデアを考えましたが、利用者の高齢化が進む中、観光ニーズの取り込みは市電の存続へ向けて必須であると考えます。
これまでお役所仕事の印象があった函館市交通局ですが、最近は柔軟性があるサービスを提供できるようになったとかんじます。西日本の民営路面電車と比較するとまだまだといったところですが、札幌
市電とあわせて道内の路面電車が底上げできることを願いたいところです。
■参考資料
函館市交通局 http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/transport/
函館の路面電車 http://wakouji.at.infoseek.co.jp/
■トピックス 札幌市電を元気にするためのアイデア
2005年08月16日掲 載
札幌市電は上田市長の決定により、廃止を免れ、存続が決定しました。しかし、減少する利用客数や車両の老朽化など厳しい状況は変わらず問題は山積みです。沿線は住民が増えているのにもかかわらず利用者が減っており、市電の魅力不足や潜在需要を拾えていないことも想像できます。
そこで札幌市電復活へ向けてヒントになりそうなニュースを紹介したいと思います。
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わかやま電鉄貴志川線という鉄道をご存知でしょうか?
よほどの鉄道ファンか地域の方しか知らない名前であると思います。正式には来年の4月から南海電鉄貴志川線を引き継いであらたに誕生する鉄道会社線の名前です。
貴志川線は和歌山駅を基点に貴志までの14.3キロを結んでいる路線ですが赤字を理由に運行する南海電鉄が2005年3月限りでの廃止を決定していました。
存続問題が浮上しましたが、地元の和歌山市と貴志川町があらたな受け入れ先を探すことになりました。赤字のローカル線を引き継ぐ先はないかと思われましたが、岡山の市民団体RACDA(路面電車と都市の未来を考える会)の全国的な活動により南海貴志川線の存続問題について和歌山市の市民団体に話があり、岡山電気鉄道が貴志川線を継承することが決定しました。
運営事業者の募集には他に応募がありませんでしたが、県外の、それも市内電車を運営する会社が経営に参加するというのは極めて異例なケースであり、大手私鉄の路線を地方の中小私鉄が買収するというのもあまり聞いたことがありません。
この岡山電気鉄道(以下岡電)は市内中心部を走る路面電車や路線バスなどを営業しており、営業距離は4.7キロ、保有車両は21両で全国の路面電車事業者の中でも小さな部類です(ちなみに札幌市電は8.5キロ34両、函館市電は10.4キロで35両)また、岡電は、岡山県を代表する企業グループである両備グループに属しています。
岡電が離れた和歌山県でローカル線を営業するという”積極経営”に出た理由はわからない点もありますが、両備グループの意向なども考えられ、どちらにせよ画期的といっていいことです。
この岡電は地元でも積極的な動きをしています。たとえば車両のデザインをJR九州「つばめ」をデザインした水戸岡鋭二氏に依頼、新型の超低床型車両(LRT)を導入し、「MOMO」と名称、また、古い旧型車両は車体を真っ黒にして社内はレトロ風に改造し「KURO」と名づけるなど斬新なデザインで、これまでの路面電車とは一風変わったコンセプトを打ち出しています。
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現在、札幌市電に必要なことは、岡電に見られるような思い切った発想の転換ではないでしょうか。今すぐに路線の延伸や老朽車両の入れ替えには多くの投資が必要であり、非現実的と思えます。
たとえば岡電のような乗って楽しい車両への改造や電停のロケーションシステムの導入程度であればそれほどお金はかかりません。未来の構想も重要ですが、現在、手持ちのリソースでできうる改革案も重要なはずです。まずは乗客を増やすことが先決と考えます。
現在、1日平均の利用者は95年度の2万5,558人をピークに年々ダウン、2004年度は2万0,277人まで減っています。沿線はマンションが増え、交通渋滞が慢性化しているのにも関わらず利用者が減っているのが実情です。
札幌市電ではヨーロッパを模倣した低床型車両(LRT)の導入が盛んにいわれています。また、分断され中途半端な路線に問題があると線路のループ化や札幌駅前への乗り入れなども討議されています。
これらの問題は将来のためクリアしなくてならないテーマですが、既存の範囲で何ができうるか考えてもらいたいものです。
また、交通局での運営がもともと無理であるなら貴志川線のように運営事業者を公募するとか行政の枠を超えて函館市電も組み入れた同一の運営組織をつくり、効率的な運営をするといったアイデアもあるかと思います。
ふるさと銀河線の廃止問題にしても存続に対する原則論や非現実的な話が多く、現実とかけ離れた討議になっているような気がしてなりません。
北海道の場合、形から入ってしまうような傾向がありますが、是非既成概念にとらわれず、且つ現実的な論議をしてもらいたいものです。
▼参考サイト
岡山電気鉄道 http://www.okayama-kido.co.jp/
貴志川線の未来をつくる会 http://kishigawa-sen.com/
札幌市交通局 http://www.city.sapporo.jp/st/index.html
■トピックス 個人観光客向けバス事業のあらたな試み
2005年07月27日掲 載
知床が待望の世界自然遺産に認定されました。今後、知床を訪れる観光客はますます増えるでしょうが、人と自然との共生をはかる上で重要なもののひとつに半島へのアクセス手段をどうするかがあります。
マイカー、レンタカー、バイク、観光バス、路線バスなど手段は様々ですが、屋久島や白神山地と比較し、アクセスが容易なため、交通が”交害”になる可能性があります。
5月発行の「北海道の達人」13号で【観光二次交通の整備・拡充を】というタイトルで路線バスや定期観光バスのサービス拡充や利用促進について触れました。車利用でないと観光周遊が困難になってきている北海道ですが今後、増えることが予想されるシニア層の観光客や知床などの環境保護の観点からも公共交通機関の再生が望まれるところです。
この夏、路線バスを活用した観光二次交通の動きが見られます。いずれも実験レベルですが、なかなか興味ある内容になっています。
まず、浦河・様似・えりも・広尾の4町が、襟裳岬や日高山脈、すぐれた海岸美や牧場景観を有することから「とんがりロード」の名のもとに共同で観光事業に力を入れています。その一環としてガイド付きの無料バスの運行とフリー乗車券を発売し、観光資源と連携をした公共交通機関の活性化実験を7月から10月までの間、行います。無料バスは出発日によりコースが異なりますが、襟裳岬周辺の観光周遊コースと帯広-広尾間を往復するコースに分かれています。
もともとこの周遊コースは、道内観光のドル箱コースでした。国鉄時代は札幌から様似まで直通の急行で行き、国鉄バスで襟裳岬観光をして、帯広や糠平温泉まで行く周遊切符が発売されており、そのプチリメイク版といえるかもしれません。
今回は広尾を跨いでJRバスと十勝バスにフリー乗車券が分かれますが折角なので様似-帯広間の直通バスにも期待したいところです。
想像ですが、来年からJR北海道のDMV (デュアル・モード・ビーグル)車が実用化されます。線路と道路の両方を走れる車両ですが、日高線では実用化実験が行われており、JRバスが走る襟裳岬方面とは相性がいいのでそれを見越しての今回の実験ということも考えられます。
もうひとつのモデル事業として、ニセコ地区の観光スポットを結ぶ循環バスが7月30日から10月まで運行されます。千円程度で1日乗り放題とし、冬に比べて弱いといわれる夏の観光客増につなげるという意図です。
ニセコアンヌプリや昆布温泉周辺の観光地を中心に、1周約90キロを約2時間半で巡るもので、地元のニセコバスが担当をします。都市間バスが止まるJR倶知安、ニセコ両駅をコースに組み込み、主な乗降
点とし、接続を図りますが、 循環バスの運行は土、日曜と祝日限定とし、1,2時間の間隔で走らせる方向です。
道内を代表する観光地のニセコですが、スキー場とJR駅の間をバスが頻繁に行き来する冬季に比べると、夏季の集客力は多くはありません。しかし、最近のトレッキングブームなどにより、神仙沼や湯本温泉などに多くの高齢者やマイカーを持たない観光客が訪れるようになりました。
循環バスはシニアハイカーなどに重宝がられるだけではなく、ニセコ連山の植物保護などにも役立つことでしょう。
今回、紹介をしたバスモデルは、いずれも北海道運輸局の実証実験です。採算面など実用化へはまだ課題があるでしょう。
しかし、北海道観光の方向性としては、二次公共交通の拡充と整備が必要であり、知床の世界遺産登録やシニアや海外からの観光客の増加を見ての通り、時代のニーズであると思います。
これまで路線バスの便の少なさから自由な道内旅行の組み立てが難しく課題になっていましたが、今後は解消されてゆくことを望みます。
*注:ニセコ循環バスは「ぐるりヌプリ号」の愛称と決まりました。
長距離フェリーに吹く風
2005年06月19日掲 載
北海道は本格的な観光シーズンへ突入しました。これから夏休みにむけて本州方面からマイカー持参で訪れる人も多いかと思います。
マイカー利用者やライダー(みつばち族)にとって"移動の足"となるカーフェリーですが、先日、本州と北海道を結ぶ新日本海フェリーの累計乗船客数が1千万人を突破しました。
新日本海フェリーは1970年8月の就航以来、当時としては画期的な1万トンを越えるユニークな外観の大型船の就航とハイスピードがウリで、「海の新幹線」と言われ、大型フェリーブームの先がけになった会社です。
就航当初は舞鶴・敦賀-小樽航路のみでしたが、次第に航路や寄港地を拡大し、現在は本州側が舞鶴・敦賀・新潟・秋田、北海道側が小樽苫小牧東をネットワークしている現代版の北前船です。
このフェリーの魅力は、太平洋側を航行するフェリーと比べ、運賃と車積載料が安く、その割りに客室や船内施設が充実していることです。たとえば新潟-小樽間を特等で利用すると1万6千円、2等では5,600円で車積載量は4m未満で16,100円です。(積載料にはひとり分の2等運賃込み)
参考までに太平洋ルートで距離が新日本Fと近い仙台-苫小牧を結ぶ太平洋フェリーで特等使用で17,300円、車積載料は23,000円なので太平洋周りが若干高めの設定になっています。(大洗から苫小牧へ行く便は距離からするともう少し高めの設定になっている)
船室は1等以上が施錠できる個室となり、和室か洋室が選べます。特等ならバス・トイレ、テレビなどが付きホテルの客室と殆ど変わらないつくりです。また、船によっては特等以上に専用デッキがあります。
また、特等利用者以上の専用レストランもありますが、最近は休業中のことが多いようです。寝台列車のカシオペアやトワイライトエクスプレスがいくら豪華であってもゆとりでは絶対にフェリーに敵わないでしょう。
ところで、フェリー業界は長い不況が続いています。バブル崩壊以降の積荷(トラック)の減少、航空運賃の大衆化やレンタカーの値下げによるマイカー利用の減少などで長距離フェリー会社は苦戦をしいられています。また、最近は原油価格の高騰により、大変厳しい状態が続いています。
新日本海Fでも以前に較べると船内サービスが省力化されており、キャビンスタッフも減っているようなのでコストダウンを計っていることが伺えます。
同じ日本海ルートを持つ東日本フェリーは、会社更生法申請中であり、航路の縮小などリストラ化をすすめながら、新経営陣による建て直しをはかっています。
本州と道内を結ぶ長距離フェリーは最盛期と較べるとルートや便数の減が目立っています。首都圏便では、東京港発着が東京湾をまわる時間ロスの関係ですべて大洗発着に変更となりました。
また、長距離フェリーが就航する以前から長い間、道東方面への足となっていた東京-釧路を結ぶ近海郵船のフェリーも航空機へ太刀打ちできず1999年から一般旅客の取扱いをやめています。
さらに北海道ルートではありませんが、新日本Fとともに長距離フェリーブームの先がけである首都圏と宮崎(川崎-高知-日向・川崎-那智勝浦-宮崎)を結ぶマリンエクスプレスが17日から休航になり、事実上の廃止になりそうです。
新日本海Fが物流中心の現代の北前船(海の新幹線といわれた)であったの対し、マリンエクスプレス(就航当時は日本カーフェリー)は物流と共に当時はまだ新婚旅行客も多かった南国・九州へ観光客を運ぶ役割も果たしていました。サンフラワーのCMを覚えている方も多いのではないでしょうか。
今回の休航とあわせ大手旅行代理店がメモリアルツアーを催行する新聞広告が出ていましたが、新婚旅行で行った人たちが懐かしんで参加したケースもあったかと思われます。
これで首都圏(京浜)発着のフェリー便は東京-徳島-新門司を結ぶオーシャン東九フェリーと久里浜-大分を結ぶシャトル・ハイウェイラインだけとなりました。
川崎を出向したラスト航海の模様はNHKニュースで報じられていました。フェリーがニュースになるのは珍しいですが、それだけ報道的価値がある知らせなのでしょう。今年の春、惜しくも引退したブルトレ「あさかぜ」、「さくら」のラストランと較べると余りにも淋しい光景でした。
長距離フェリーを取り巻く状況は厳しいものが続きますが、新日本海フェリーや太平洋フェリーなどは移動の手段だけとしてではなく、クルージングを満喫できる快適性を求めた新造船を定期的に送り出しています。
豪華な客室は勿論ですが、パブリックスペースを充実させ、ラウンジでのショーの開催や船長のトークショー(太平洋フェリーのみ)など一般乗船客(観光客)を飽きさせないサービスを提供しています。
特に太平洋フェリーのホスピタタリティは業界NO.1といわれています。
最近の長距離フェリーの傾向としては、物流を中心に考える効率性を追求した船か、逆にクルージング感覚を取り入れ、ノンビリ船旅を楽しむ観光志向を求めた船との二極化の傾向があります。
北海道航路は一部を除き乗船客志向が強く、観光客にとってはこれからも船旅を満喫できるサービスを提供しているといえるでしょう。
物流や経済構造の変化、原油高が続けば体力がなくなり、今後も航路の廃止が予想されます。
生き残る道としては寝台列車のカシオペアやトワイライトのような観光需要を目した豪華客船型フェリーへの特化などが考えられます。特に団塊層やこれまら旅行市場を活性させるシニア層の利用が見込まれるので乗船客と乗用車の積載は上向くのではないかと予想します。
しかし、全体的にみれば日本中をネットワークし、経済活動に貢献したこれまでの役目は終わったかもしれません。今年の夏はフェリーによる船旅はいかがですか。

